竜王

59


 「圭太、圭太」

誰かが、圭太を揺すぶっている。


「圭太、ほら、みて」



 圭太は、薄目を開けた。


 おねえちゃんだった。おねえちゃんは、セーラー服姿に戻っていた。

 おねえちゃんが指さす方向を見て、圭太は、息を飲んだ。



 「きれい」


 空は、水の色に柔らかく輝き、地上から、二重の虹がかかっていた。

 その虹を伝って、数え切れないほどの光の玉が、空へ上っていく。


 光の玉のひとつひとつに、恐竜の姿が、透けて見えた。


 軽そうなとさかをふりたてたパラサウロロフス、鼻の上にぶあついこぶをもつパキリノサウルス、いぼいぼ背中のかみなり竜カルタサウルス……。



「あ、スーだ! スーがきた!」


「何か言っているよ」

おねえちゃんがささやいた。



 ……「あ・り・が・と・う……」



 電話線を伝ってくる声のように甲高く、雑音交じりの小さな声だったが、圭太には、充分だった。



「ありがとうだって、」

おねえちゃんが言った。

「それならなんで、スーは、銃を使うなって言ったのかな?」



「きっと、恐竜は、道具が嫌いなんだよ。便利になるのが、いやだったんだよ」


 圭太は、心の中にすとんと落ちた気がした。


 トリケラトプス、マフラの誇りが。

 セイスモサウルス、モーモの勇気が。

 スピノサウルス、シレンの友情が。

 ラプトルの、グノールの希望が。

 そして、ティラノサウルス、スーの優しさが。


「便利じゃないから、恐竜は、長い間、生き残ることができたのかもしれない」



 「あ、フォードだ」

おねえちゃんが叫んだ。

「ダンもいる!」



 ダンが、短い手を、こちらに向けて、わずかに振った。


「ケイタ、君に言っておかなくてはならないことがある」


夢の中で聞く言葉のようなもどかしさで、ダンの声が伝わってくる。


「僕の本当の母親は、リーだ。リーが、僕を産んで捨てたんだ」



「なんですって!」

おねえちゃんが叫んだ。

「信じらんなーい!」



 ふわふわふわ。

 ダンとフォードの入ったまるい玉たちは、きれいに輝いて、空高く消えてゆく。




 「いや、世の中案外、そんなものかもしれないよ」


 気がつくと、圭太は、そんな風につぶやいていた。


 母親というものは、子どもを捨てる。そうじゃないお母さんもいっぱいいるかもしれないけど、鳥のお母さんは、お父さんと一緒に、一生懸命だったけど、でも。


 子どもを無視して、時々ヒステリックに叱り付けるだけの母親というものも、確かに存在する。


 僕の母さんがそうだもの。母さんは、僕の話を聞いてくれない。いつも遠い目をしてよそを向いている。そして、時々、ちょっとしたことで切れて、激しい言葉でののしり、殴りつける。



 「悪い子だから?」

今までせき止めていた言葉があふれる。

「悪い子だから嫌われるの? ぐずだから? とろかったから?」



 「スーは、ダンを見捨てなかった」

そう言うおねえちゃんの声は優しかった。

「自分は骨折しても、谷底に落ちたダンを助けた。さっきだって、命がけで、ダンを助けようとした」



「スーは、ダンのお母さんなんかじゃない! ダンのお母さんは、リーだ! ダンにとって、本当のお母さんは、敵なんだ!」



「本当のお母さんに、なんか、意味でもある?」

歌うようにおねえちゃんが続ける。

「考え方が違ったら、本当のお母さんであろうとなかろうと、一緒にやってけないよ、きっと」



 うん、そうかもしれない。圭太は思った。つまり、僕と僕の母親である人は、意見が違ったんだ。


 考え方が違う。

 つまりは、僕には、僕の、考えがあるということだ。

 それは、悪いことじゃない。



 恐竜たちを中に入れた玉は、いつ果てるともなく、いくつもいくつも、空に昇っていく。







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