58



 植物の放つ、むっとするような熱気、遠くの雨のにおい、遠くで噴火した火山の、かすかな硫黄の匂い……。


 ダンは、猛スピードで、下生えをなぎ倒し、木々の間を走り抜ける。


 圭太は今度は、目をつぶらなかった。大きく開けた目で、大空いっぱいを滑るように走る流れ星たちを、じっとみつめていた。





 スーとリーは、中腰になってにらみあっていた。

 どちらも、石で作った彫像のように、ぴくりとも動かない。


 スーの群れの子どもが一頭、血を流して倒れていた。リーの手下たちが、子どもの頭を抑え、今にもむさぼり食おうとしている。


 長いこと、獲物にありつけなかった彼らは、今、同じTレックスを喰おうとしているのだ。


 かつて、同じ群れの仲間だった、子どもを。



 許さない。

 スーの怒りが、あたり一面に満ちあふれているのが、ひしひしと感じられる。



 「フォード!」

ダンの叫び声が、空気をつんざいた。


 「ダン!」


 フォードは、背後に群れの子どもと年よりをかばい、凄い目をして、リー一族の若者たち4頭とにらみあっていた。


 ダンは、一声吠えると、すぐさまフォードの脇に並び立った。



 圭太と、おねえちゃんは、ダンがはねた拍子に滑り落とされ、枯れ葉がいっぱい敷き詰められた地面に着地した。




「大丈夫、おねえちゃん?」

「大丈夫よ。それより、銃は?」

「ここにある!」


 しかし、地面の上からでは、狙いがつけにくかった。辺りは暗く、月と星の光だけでは、よけいに照準が合わない。



 「ぎぃあおおおおおおっ!」


 その時、スーとにらみあっていたリーが、恐ろしい叫び声をあげて、スーに飛び掛かっていった。



 「あっ!」



 リーは、スーの、怪我をした右足をまっすぐにねらっていた。


 スーは、すばやく上体を立て直して、飛び下がる。

 しかしリーもしつこかった。右足を、右足だけをねらい、とびかかっていく。



「リーは卑怯だぞ。スーの右足ばかりをねらって!」

ダンが叫ぶのがきこえた。


「へん、戦いに卑怯もくそもあるものか。勝ちゃいいんだ」


 ダンとフォードと睨み合っていた敵のティラノサウルスが、憎々しげにうそぶいた。



 それが合図だった。4頭は、同時に、ダンとフォードにとびかかった。


 すさまじい戦いが繰り広げられた。

 6頭は、ひとつの塊となり、敵にくらいつき、しっぽをふりたてた。


 その後ろで、子どもたちが、おびえたように、一塊になっている。



 頭から血を流した子どもを囲んでいた一団が、6頭の若者たちの戦いを、じっと見守っている。


 ダンとフォード2頭に対して、彼らの仲間は4頭。倍の数だ。数的にあり得ないことだが、もし仲間が、劣勢になったら、助太刀に行くつもりなのだろう。



 もう一度、リーが、態勢を整え、スーの右足にとびついた。

 痛ましい悲鳴が、森の空気を切り裂いた。


 若者達の戦いが、一瞬途切れ、その場の全員がスーとリーの戦いに神経を集中させた。




 「圭太、あたしの肩に銃口をのせて。安定するでしょう?」


 圭太は、深く息を吸い込んだ。太古の森の、濃く、澄み切った空気を。

 東の空が、わずかに明るい。


 夜明直前の森に、銃声が轟いた。



 恐竜たちは、何が起こったのか、全く理解できなかったようだ。



 大きく息を吸い、圭太は、引き金を引いた。

 圭太は、外した。大きなリーの背中を、わざと、外して撃った。



 「駄目だ!」

スーの怒りに満ちた声が、真っすぐに飛んできた。


 銃声に驚き、リーに一瞬の隙ができた。すかさず、スーが振り落とす。

 しかし、スーの右足からは、深く肉がはぎとられていた。真っ赤な血が、ほとばしる。



 四頭の若者のうちの一頭が、ダンの喉元深く食らいついた。


「ダン!」

フォードの悲鳴が鋭くあがる。



 圭太は、再び銃を構えた。

 ダンの喉に噛み付く恐竜に、狙いを定める。今度は、外すつもりはなかった。



 「それでも、だめだ!」



 スーの声が、強く、抑え込むように、圭太をうちのめした。

 そして、何かが、ぐおーんと、横っ跳びにふっとんだ。


 信じられないことだった。骨のむき出た足で、スーがはね、ダンの喉にぶら下がった敵に、体当たりを食らわしたのだ。



 「きゅきゅきゅわーん」


 敵は情けない声をあげ、しっぽを高くあげ、仲間の方へ走り去った。



 「お前たち、まだ、一人前じゃないね。ダンもフォードも、そしてケイタも」

スーの声は、しかし、優しかった。



 「ぐるぐるぐるーっ!」

 お前の相手は、あたしだ!



 リーが言うのが聞こえた。スーとリーは、再び、険悪な表情でにらみあった。


 リーが、強くはねた。


 正面勝負だ。リーは、スーの急所を狙ってきた!



 その時、どーんという地響きが、大地をゆるがした。


 遠くの方から、何かが、津波のように、押し寄せてくる。木々をのみこみ、大きな岩を舞いあげ、恐ろしいなにかが、強烈な熱を発しながら、どんどん、どんどん、近づいてくる。


 熱い。そして、胸が苦しい。鼻と口から、空気が入ってこない。、息ができない!

 砂ぼこりと熱に、息をふさがれた。


 気を失いかけた圭太が、最後にみたのは、スーが、リーの顔にかみついたところだった。









◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇


 ティラノサウルスも、ラプトルと同じく、獣脚類です。現在の鳥類は、恐竜の獣脚類から進化しましたから、ティラノサウルスも、鳥の仲間です。


 ただ、羽毛の残っているティラノサウルスの化石は、まだ発見されていません。それで、お話では、羽毛や前足の翼については、あえて描写しませんでした。



 なお、スーという名のティラノサウルスの化石は、実在します。アメリカのサウスダコタで発見された、有名人(竜)です。

 アメリカ中西部なら、有名な隕石衝突の影響もあっただろうな、と思い、名前を借用しました。



 ちなみに、私自身は、隕石衝突、あるいはその後の気候変動で、世界中の全ての恐竜が、一斉に滅亡した……とは、思っていません。この辺りについては、自分なりに、もっと考えを深めていきたいと思っています。







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