58
植物の放つ、むっとするような熱気、遠くの雨のにおい、遠くで噴火した火山の、かすかな硫黄の匂い……。
ダンは、猛スピードで、下生えをなぎ倒し、木々の間を走り抜ける。
圭太は今度は、目をつぶらなかった。大きく開けた目で、大空いっぱいを滑るように走る流れ星たちを、じっとみつめていた。
*
スーとリーは、中腰になってにらみあっていた。
どちらも、石で作った彫像のように、ぴくりとも動かない。
スーの群れの子どもが一頭、血を流して倒れていた。リーの手下たちが、子どもの頭を抑え、今にもむさぼり食おうとしている。
長いこと、獲物にありつけなかった彼らは、今、同じTレックスを喰おうとしているのだ。
かつて、同じ群れの仲間だった、子どもを。
許さない。
スーの怒りが、あたり一面に満ちあふれているのが、ひしひしと感じられる。
「フォード!」
ダンの叫び声が、空気をつんざいた。
「ダン!」
フォードは、背後に群れの子どもと年よりをかばい、凄い目をして、リー一族の若者たち4頭とにらみあっていた。
ダンは、一声吠えると、すぐさまフォードの脇に並び立った。
圭太と、おねえちゃんは、ダンがはねた拍子に滑り落とされ、枯れ葉がいっぱい敷き詰められた地面に着地した。
「大丈夫、おねえちゃん?」
「大丈夫よ。それより、銃は?」
「ここにある!」
しかし、地面の上からでは、狙いがつけにくかった。辺りは暗く、月と星の光だけでは、よけいに照準が合わない。
「ぎぃあおおおおおおっ!」
その時、スーとにらみあっていたリーが、恐ろしい叫び声をあげて、スーに飛び掛かっていった。
「あっ!」
リーは、スーの、怪我をした右足をまっすぐにねらっていた。
スーは、すばやく上体を立て直して、飛び下がる。
しかしリーもしつこかった。右足を、右足だけをねらい、とびかかっていく。
「リーは卑怯だぞ。スーの右足ばかりをねらって!」
ダンが叫ぶのがきこえた。
「へん、戦いに卑怯もくそもあるものか。勝ちゃいいんだ」
ダンとフォードと睨み合っていた敵のティラノサウルスが、憎々しげにうそぶいた。
それが合図だった。4頭は、同時に、ダンとフォードにとびかかった。
すさまじい戦いが繰り広げられた。
6頭は、ひとつの塊となり、敵にくらいつき、しっぽをふりたてた。
その後ろで、子どもたちが、おびえたように、一塊になっている。
頭から血を流した子どもを囲んでいた一団が、6頭の若者たちの戦いを、じっと見守っている。
ダンとフォード2頭に対して、彼らの仲間は4頭。倍の数だ。数的にあり得ないことだが、もし仲間が、劣勢になったら、助太刀に行くつもりなのだろう。
もう一度、リーが、態勢を整え、スーの右足にとびついた。
痛ましい悲鳴が、森の空気を切り裂いた。
若者達の戦いが、一瞬途切れ、その場の全員がスーとリーの戦いに神経を集中させた。
「圭太、あたしの肩に銃口をのせて。安定するでしょう?」
圭太は、深く息を吸い込んだ。太古の森の、濃く、澄み切った空気を。
東の空が、わずかに明るい。
夜明直前の森に、銃声が轟いた。
恐竜たちは、何が起こったのか、全く理解できなかったようだ。
大きく息を吸い、圭太は、引き金を引いた。
圭太は、外した。大きなリーの背中を、わざと、外して撃った。
「駄目だ!」
スーの怒りに満ちた声が、真っすぐに飛んできた。
銃声に驚き、リーに一瞬の隙ができた。すかさず、スーが振り落とす。
しかし、スーの右足からは、深く肉がはぎとられていた。真っ赤な血が、ほとばしる。
四頭の若者のうちの一頭が、ダンの喉元深く食らいついた。
「ダン!」
フォードの悲鳴が鋭くあがる。
圭太は、再び銃を構えた。
ダンの喉に噛み付く恐竜に、狙いを定める。今度は、外すつもりはなかった。
「それでも、だめだ!」
スーの声が、強く、抑え込むように、圭太をうちのめした。
そして、何かが、ぐおーんと、横っ跳びにふっとんだ。
信じられないことだった。骨のむき出た足で、スーがはね、ダンの喉にぶら下がった敵に、体当たりを食らわしたのだ。
「きゅきゅきゅわーん」
敵は情けない声をあげ、しっぽを高くあげ、仲間の方へ走り去った。
「お前たち、まだ、一人前じゃないね。ダンもフォードも、そしてケイタも」
スーの声は、しかし、優しかった。
「ぐるぐるぐるーっ!」
お前の相手は、あたしだ!
リーが言うのが聞こえた。スーとリーは、再び、険悪な表情でにらみあった。
リーが、強くはねた。
正面勝負だ。リーは、スーの急所を狙ってきた!
その時、どーんという地響きが、大地をゆるがした。
遠くの方から、何かが、津波のように、押し寄せてくる。木々をのみこみ、大きな岩を舞いあげ、恐ろしいなにかが、強烈な熱を発しながら、どんどん、どんどん、近づいてくる。
熱い。そして、胸が苦しい。鼻と口から、空気が入ってこない。、息ができない!
砂ぼこりと熱に、息をふさがれた。
気を失いかけた圭太が、最後にみたのは、スーが、リーの顔にかみついたところだった。
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※
ティラノサウルスも、ラプトルと同じく、獣脚類です。現在の鳥類は、恐竜の獣脚類から進化しましたから、ティラノサウルスも、鳥の仲間です。
ただ、羽毛の残っているティラノサウルスの化石は、まだ発見されていません。それで、お話では、羽毛や前足の翼については、あえて描写しませんでした。
なお、スーという名のティラノサウルスの化石は、実在します。アメリカのサウスダコタで発見された、有名人(竜)です。
アメリカ中西部なら、有名な隕石衝突の影響もあっただろうな、と思い、名前を借用しました。
ちなみに、私自身は、隕石衝突、あるいはその後の気候変動で、世界中の全ての恐竜が、一斉に滅亡した……とは、思っていません。この辺りについては、自分なりに、もっと考えを深めていきたいと思っています。
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