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 「ケイタ」

低い声で呼びかけられ、圭太は飛び上がった。


「ケイタ、ごめん、驚かせて。僕だよ。Tレックスのダンだ」



 あの、若いティラノサウルスだった。いつの間に近づいたのやら、落ち着かない目をして、すぐそばに立っていた。



「ああ、ダン、スーはまだ、怒ってるかい?」


「スーは、怒ってはいないよ。イグアノドンたちが死んでいないとわかった時から、怒ってはいない」


「本当に?」


「うん。だが、時間がない、聞いてくれ。リーたちが帰ってきたんだ。スーを殺しに」



「何ですって?」

おねえちゃんが叫んだ。


「リーって、前に縄張り争いでスーに負けて、勝手におん出てった、いやみったらしい奴でしょ? 何だってまた、今頃?」



「スーの縄張りを奪いにきたんだ。どうやら、行けども行けども、獲物がいないらしいんだ。スーの縄張りの獲物も減ってきている。でも、よそよりはましだってことらしい。やつら、スーを殺して、ここに住み着く気だ」



「そんなこと、できるもん……」


 言いかけて、おねえちゃんの声がしぼんだ。


 圭太も思い出した。

 スーは、右足にけがをしている!



「そうなんだ。普通だったら、決して負けはしない。でも、今、スーは、満足に走ることもできない。このままでは、リーに殺されてしまう。頼む! スーを助けてくれ。ケイタ、君にしかできない」


「僕に、どうやって……」

いいかけて、圭太は、はっとした。


「いやだ。それはできない。誓ったんだ」


「スーのためだ。お願いだ、ケイタ。スーを死なせるわけにはいかない」


「そのスーの為に、僕は、断る。だめだ。いやだよ」


「スーが殺されれば、小さな子どもたちも殺されるんだ。僕も、フォードも、死力を尽くして戦う。でも、……」


ダンは、悲しそうに目を伏せた。



「本当に、スーのことが、好きなんだね」


圭太が言った。ダンの目が輝いた。


「リーが反乱を起こした時、大多数の仲間たちは、リーの味方についた。スーのやり方は、弱いもの中心だから、子どもや、病気の者から先に、食べ物が分け与えられる。力のあるものは、なかなか、えさにありつけないんだ。でも、スーと戦って、リーは負けた。ほとんどのおとなのTレックスも、リーと一緒に出ていった」



 ……そうだったのか。


 圭太とおねえちゃんは顔を見合わせた。


 ……スーは、本当に、弱い者の味方なんだ。



「その結果、群れに残ったのは、子どもと年よりばかりさ。でも、そんな僕らを、スーは、命懸けで守ってくれた。リーに噛まれた右足をかばいながら。実は、スーは、前にも、右足を骨折したことがあるんだ。その時は、谷に落ちた子どもを拾いあげようとしたんだ。その間抜けな子どもが、僕さ」



 「うん、あんたとフォードじゃ、力不足かも」

決然とおねえちゃんが、口を出した。


「さ、圭太、行くわよ。ついてきなさい。あんた、弱虫だけど、銃の腕は、一流だもの」



 圭太は、まだふっきれないでいた。しかし、おねえちゃんは、大声で白蛇を呼んでしまった。


「白蛇ー、銃を。さっきの、銃を!」



 スーパーおろち号の窓から、白蛇が、顔だけ出した。


「駄目ですーっ。すぐ、発車ですーっ。ここにいては、危険ですっ」


「何言ってんのよ」


「今日だったのです。大量の流れ星、異常な寒さ、その日は、今日だったんですよ!」


「だから、何がっ!」


 おねえちゃんの怒った声も、白蛇には届いていないようだった。

 白蛇は、慌てふためいていた。


「恐竜が絶滅した大きな原因のひとつはなんですか? 恐竜時代の終わりの地層に、イリジウムなんていう、地球上には存在するはずもない物質が含まれていた理由は?」



圭太は、ぎょっとした。


「隕石衝突……? まさか、今日?」



「急いで乗るのです。スーパーおろち号は、タイムマシーンです。手遅れになる前に、一刻も早く、この『時』から離れるのです」



 「待って。ダンやフォードはどうなるの? 怪我をしたスーや、その仲間たちは?」



 話の内容がよくわからないのか、ダンは、きょとんとした顔をしている。



 「知ったこっちゃない。今となっては、助かる可能性があるのは、時空を超えてきた我々だけです。さ、はやく乗って。すぐ、発車します」



 「僕、スーのところへ行く」

圭太が言った。



「何をいまさら!」


もし、足があったなら、白蛇は、スーパーおろちの床が抜けるほど、地団駄をふんだだろう。


「圭太君、君なら、隕石衝突の危険なことはよくわかるでしょ? 死にますよ。ここにいたら、みんな、死ぬんです」


「行かなくちゃいけないんだ」



 なんでだか、わからなかった。でも、圭太は、このまま逃げ出したら、スーの怒った顔しか記憶に残らないと思った。


 本当は、やさしい恐竜なのに。

 弱いものを決して見捨てない、愛情あふれた恐竜なのに。



 白蛇は、口をぎりぎりと引き結んだ。しかし、圭太の決心が変わらないのを知ると、黙って、スーパーおろち号の中へ引っ込んだ。


 それから、スーパーおろち号の中から、白蛇が出てきた。


 月の光を受けて、白銀色にまがまがしく光る武器をしょって。

 銃を、一丁だけ、担いで。



 「ひとつだけ、圭太君。これは、麻酔弾ではない、実弾入りです。のんきなことをいってたら、間に合わなくなる。どうせ、死ぬのです。隕石衝突で、リーも、スーも」


 拳銃を受け取る圭太の手が震えた。


「さ、早く。隕石衝突は、夜明け前です。さっさと済ませて、スーパーおろちに乗車して下さい」




 「圭太、乗ってくれ!」


 よくわからないながら、圭太がスーを助けに行くということだけはわかったのだろうか。

 ダンが、大声で叫んだ。



「あたしも、行く!」


「おねえちゃんは、スーパーおろち号に残りなよ」


 これは、僕の勝手なんだから。圭太は、もごもごとつぶやいた。

 かっこ悪いと思ったが、テレビのヒーローのように、きっぱりと言い切ることはできなかった。



 「ううん、あたしも行く」

だが、おねえちゃんは言った。

「見届けなくっちゃね、なにもかも」



 「二人とも、しっかりとつかまっててくれ。いいか!」


叫ぶが早いか、ダンは、風のように駆け出した。

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