57
「ケイタ」
低い声で呼びかけられ、圭太は飛び上がった。
「ケイタ、ごめん、驚かせて。僕だよ。Tレックスのダンだ」
あの、若いティラノサウルスだった。いつの間に近づいたのやら、落ち着かない目をして、すぐそばに立っていた。
「ああ、ダン、スーはまだ、怒ってるかい?」
「スーは、怒ってはいないよ。イグアノドンたちが死んでいないとわかった時から、怒ってはいない」
「本当に?」
「うん。だが、時間がない、聞いてくれ。リーたちが帰ってきたんだ。スーを殺しに」
「何ですって?」
おねえちゃんが叫んだ。
「リーって、前に縄張り争いでスーに負けて、勝手におん出てった、いやみったらしい奴でしょ? 何だってまた、今頃?」
「スーの縄張りを奪いにきたんだ。どうやら、行けども行けども、獲物がいないらしいんだ。スーの縄張りの獲物も減ってきている。でも、よそよりはましだってことらしい。やつら、スーを殺して、ここに住み着く気だ」
「そんなこと、できるもん……」
言いかけて、おねえちゃんの声がしぼんだ。
圭太も思い出した。
スーは、右足にけがをしている!
「そうなんだ。普通だったら、決して負けはしない。でも、今、スーは、満足に走ることもできない。このままでは、リーに殺されてしまう。頼む! スーを助けてくれ。ケイタ、君にしかできない」
「僕に、どうやって……」
いいかけて、圭太は、はっとした。
「いやだ。それはできない。誓ったんだ」
「スーのためだ。お願いだ、ケイタ。スーを死なせるわけにはいかない」
「そのスーの為に、僕は、断る。だめだ。いやだよ」
「スーが殺されれば、小さな子どもたちも殺されるんだ。僕も、フォードも、死力を尽くして戦う。でも、……」
ダンは、悲しそうに目を伏せた。
「本当に、スーのことが、好きなんだね」
圭太が言った。ダンの目が輝いた。
「リーが反乱を起こした時、大多数の仲間たちは、リーの味方についた。スーのやり方は、弱いもの中心だから、子どもや、病気の者から先に、食べ物が分け与えられる。力のあるものは、なかなか、えさにありつけないんだ。でも、スーと戦って、リーは負けた。ほとんどのおとなのTレックスも、リーと一緒に出ていった」
……そうだったのか。
圭太とおねえちゃんは顔を見合わせた。
……スーは、本当に、弱い者の味方なんだ。
「その結果、群れに残ったのは、子どもと年よりばかりさ。でも、そんな僕らを、スーは、命懸けで守ってくれた。リーに噛まれた右足をかばいながら。実は、スーは、前にも、右足を骨折したことがあるんだ。その時は、谷に落ちた子どもを拾いあげようとしたんだ。その間抜けな子どもが、僕さ」
「うん、あんたとフォードじゃ、力不足かも」
決然とおねえちゃんが、口を出した。
「さ、圭太、行くわよ。ついてきなさい。あんた、弱虫だけど、銃の腕は、一流だもの」
圭太は、まだふっきれないでいた。しかし、おねえちゃんは、大声で白蛇を呼んでしまった。
「白蛇ー、銃を。さっきの、銃を!」
スーパーおろち号の窓から、白蛇が、顔だけ出した。
「駄目ですーっ。すぐ、発車ですーっ。ここにいては、危険ですっ」
「何言ってんのよ」
「今日だったのです。大量の流れ星、異常な寒さ、その日は、今日だったんですよ!」
「だから、何がっ!」
おねえちゃんの怒った声も、白蛇には届いていないようだった。
白蛇は、慌てふためいていた。
「恐竜が絶滅した大きな原因のひとつはなんですか? 恐竜時代の終わりの地層に、イリジウムなんていう、地球上には存在するはずもない物質が含まれていた理由は?」
圭太は、ぎょっとした。
「隕石衝突……? まさか、今日?」
「急いで乗るのです。スーパーおろち号は、タイムマシーンです。手遅れになる前に、一刻も早く、この『時』から離れるのです」
「待って。ダンやフォードはどうなるの? 怪我をしたスーや、その仲間たちは?」
話の内容がよくわからないのか、ダンは、きょとんとした顔をしている。
「知ったこっちゃない。今となっては、助かる可能性があるのは、時空を超えてきた我々だけです。さ、はやく乗って。すぐ、発車します」
「僕、スーのところへ行く」
圭太が言った。
「何をいまさら!」
もし、足があったなら、白蛇は、スーパーおろちの床が抜けるほど、地団駄をふんだだろう。
「圭太君、君なら、隕石衝突の危険なことはよくわかるでしょ? 死にますよ。ここにいたら、みんな、死ぬんです」
「行かなくちゃいけないんだ」
なんでだか、わからなかった。でも、圭太は、このまま逃げ出したら、スーの怒った顔しか記憶に残らないと思った。
本当は、やさしい恐竜なのに。
弱いものを決して見捨てない、愛情あふれた恐竜なのに。
白蛇は、口をぎりぎりと引き結んだ。しかし、圭太の決心が変わらないのを知ると、黙って、スーパーおろち号の中へ引っ込んだ。
それから、スーパーおろち号の中から、白蛇が出てきた。
月の光を受けて、白銀色にまがまがしく光る武器をしょって。
銃を、一丁だけ、担いで。
「ひとつだけ、圭太君。これは、麻酔弾ではない、実弾入りです。のんきなことをいってたら、間に合わなくなる。どうせ、死ぬのです。隕石衝突で、リーも、スーも」
拳銃を受け取る圭太の手が震えた。
「さ、早く。隕石衝突は、夜明け前です。さっさと済ませて、スーパーおろちに乗車して下さい」
「圭太、乗ってくれ!」
よくわからないながら、圭太がスーを助けに行くということだけはわかったのだろうか。
ダンが、大声で叫んだ。
「あたしも、行く!」
「おねえちゃんは、スーパーおろち号に残りなよ」
これは、僕の勝手なんだから。圭太は、もごもごとつぶやいた。
かっこ悪いと思ったが、テレビのヒーローのように、きっぱりと言い切ることはできなかった。
「ううん、あたしも行く」
だが、おねえちゃんは言った。
「見届けなくっちゃね、なにもかも」
「二人とも、しっかりとつかまっててくれ。いいか!」
叫ぶが早いか、ダンは、風のように駆け出した。
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