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 おねえちゃんが振り返って、圭太を見た。白い顔だった。圭太は首を横に振った。

 そして、ぱっと駆け出した。


 本気になれば、圭太は速い。足のないヘビに負けるものではない。あっという間に、白蛇を追い越し、貨車の前に立ちふさがった。


「スーパーおろちを、そんな風に使っちゃ、駄目だ」



 白蛇が鎌首をもたげた。


「なんで!? このままでは、人類が繁栄するしかない。そして、神崎理沙は、死ぬ。おねえちゃんの死を回避するには、人類を繁栄させてはなりません。我々ヘビ族が地球を支配するしかないのです」



 ……そうだった。理沙おねえちゃん……。

 横に広げた圭太の両腕が、だらんと垂れ下がった。



 「あのね、わたしね」


 おねえちゃんが、静かに歩き始めた。白蛇に近づいていく。そして、追い越しざま、とぐろをまいた蛇を、ぽんと蹴り上げた。


「そこまで人間が、嫌いじゃないのよ」


 白蛇の体は、空高く舞い上がった。



 その時、激しい稲光が空を切り裂いた。中を舞う白蛇の体は黄色に輝いた。

 ふいに、見えない壁にぶつかったように、静止した。べっちょりと平たく伸びた形で。



「あっ」



 空の割れ目から、顔が覗いた。見たこともないほど恐ろしい顔だった。金色の目、耳まで裂けた口、そして二本の角。顔全体は、うろこでびっしりと覆われていた。



「ケイタ、ケイタ」


 懐かしい声がした。二本の角の真ん中にちょこんと座っていたのは、カイバだった。


「カイバ。無事だったんだね」

圭太は思わず涙ぐんでしまった。


「カイバ。お前、なんでそこに」

白蛇が弱々しく尋ねる。


「シロヘビ、ゴメン。スパイ。カイバ、リュウオウノ、スパイ、ニ、ナッタ」


竜王のスパイ。



「裏切ったな。この、タツノオトシゴ!」



「黙れ!」

空気をびりびり震わせて、大音声が轟いた。


「わしの名をかたるとは、この不届きものめ! 恐竜たちを文明化しようだなんて。便利さなど必要ないのだ。気高い太古の覇者には」


割れるような大声が轟いた。圭太とおねえちゃんは、思わずうずくまった。


「おまけに、スーパーおろち号まで盗み出しおって。この罪、重いぞ!」



 圭太とおねえちゃんは、顔を見合わせた。

 恐竜の文明化は、竜王の意志ではなかったのか。



「そうさ、はじめっから、地球を乗っ取るつもりだったのさ」


やけっぱちみたいな裏返った声で、白蛇が叫んだ。


「恐竜が恐竜の町を作れば、人類なんてちっぽけなものは繁栄できない。愚鈍な哺乳類のままで、人間などといものは、誕生さえ、できないのだ」



 確かに、恐竜が生き続けている限りは、哺乳類は、この時代のままかもしれない。


 大きめのネズミのような姿形で、恐竜を恐れ、夜しか活動できない。


 視力は弱く、闇の中で生きる以上、ひょっとして、色の識別さえ、できないかもしれない。匂いを嗅ぐ力も劣るだろう。もちろん、知能が発達することもない。



「そして、文明によって便利さに慣れた恐竜は、次第に怠惰になって、自分勝手になる。太古の大絶滅は免れることができるかもしれないけど、遠からず、滅びるだろう。ちょうど、人間がそうであるように!」



「ちょっと待って!」

たまらず圭太は割り込んだ。


「文明って、便利な道具って、恐竜の為になるんじゃないの? 僕らは、恐竜を助けるために、仕事をしてきたのではないの!?」



「そうよ!」

おねえちゃんも金切り声を出す。

「私達が、時給も一切なしで、ただ働きをしてきたのは、恐竜の為だわ!」



 白蛇の体が、しゃっと伸びた。


「おめでたい哺乳類めが。私はお前たちを利用したのだ。我らがヘビ一族の繁栄の為に」



「何ですって!」

「利用だって!?」


おねえちゃんと圭太は、同時に叫んだ。


 恐竜の為じゃなかった!?

 あんなに頑張ったのに?


 それなのに、このいやらしいヘビの為に働かされていたとは!



 ショックだった。

 ……つまり、僕らは、失敗してよかった、ってこと?








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