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 野生生物の成長は早い。


 グノールは、あっという間に、圭太たちと初めてであった頃の、大きさになった。 



 一緒に育った鳥たちも、もう、りっぱな若鳥だ。鳥たちは、一緒に育ったグノールを、本当のきょうだいと思っているようだった。


 いつだって、グノールのそばにいて、頭や尻尾に止まって羽を休めたり、身づくろいをしたりしている。かぎ爪の間で、鬼ごっこをして遊ぶ子達もいた。



 彼らが遊び疲れるまで、グノールは、じっとしてた。



 鳥たちはまた、圭太とおねえちゃんにも、よく懐いていた。



 グノールは、とっくに、自分で餌を捕食できるようになっていた。彼が捕まえるのはもちろん、この時代の哺乳類だ。


 恐竜のお父さんに育てられようが、鳥の親に育てられようが、自分で捕食するようになれば、そこから先は、同じだと、圭太は思う。


 だって、どちらも、グノールという、一匹のラプトルが生きていくために、必要な狩りだからだ。


 未来から来た圭太達が狩りをするのとは、訳が違う。

 グノールが自分の為にする狩りでは、タイムパラドクスは、発生しないだろう。






 「ねえ。そろそろ、気球に乗る?」

ある日、圭太はグノールに声をかけてみた。



 グノールの頭のてっぺんの。オレンジ色のとさかから、鳥が一羽、空へと飛び立った。


「気球? 何、それ?」


 気づかわし気に、飛んでいく鳥を目で追いながら、グノールが問う。



 ああそうか。


 このグノールは、前のグノールとは違うんだっけ。ハッピーだいちゃん♡ に依頼してきたグノールとは、別人(竜)なのだ。


 だって、別の過去を生きたから。

 恐竜のお父さんではなく、鳥の両親に育てられたから。

 大勢の鳥のきょうだいたちと一緒に。



 圭太は、前と同じように、地面に絵を描いて、説明した。

 グノールが、首を傾げた。


「なぜ、こんなのに乗るの?」



「だって、君、空を飛びたいって言ったじゃないか」

 思わず圭太は大声を出してしまった。



「私たちは、ハッピーだいちゃん♡ と言ってね。恐竜の幸せを助けるお手伝いをしているの!」


 おねえちゃんが、圭太を押しのけた。「ハッピーだいちゃん♡ 」の仕組みを説明する。


「初めて会った時、あなたはね。ええと、それは、”たいむぱらどっくす”のあなただけど、多分……」


 その辺りの説明が、やっぱり怪しい。


「とにかく私たちを呼んで、あなたは、空を飛びたいって言ったのよ。鳥と仲良くしたいからって」



「空を……」

 グノールは、遠い目をした。その目を、圭太とおねえちゃんに向けた。


「別に」



「別にって!」

おねえちゃんが叫んだ。

「鳥たちと一緒に、空を飛びたいんじゃなかったの!?」


「必要ないよ」

歌うように、グノールは言った。

「だってね」


 グノールは、げっぷを堪えるような顔をした。

 少しだけ頭を下げて、口を細く開けた。



 ピーーーーーッ、ピピピピピピ。



 ピピピ。

 ピチュピチュピチュ。

 ピチュルルル、ピチュルルル、ルルルルルル……。



 たちまち、あちこちから、にぎやかな鳥のさえずりが返ってきた。



 鳥たちの声は、森中に広がり、大合唱となった。

 それは全く、うっとりするような調べだった。


 圭太とおねえちゃんは、全てを忘れ、聞き惚れた。


 ハッピーだいちゃん♡ のことも。

 自分達が、哺乳類であることも。

 ここが恐竜の世界であることも。


 全てを忘れさせてくれるような、歌声だ。

 ……みんな仲間だ。



 どこからか、花の匂いが強く香った。

 シダと、裸子植物だけの世界に、いつの間にか、被子植物が誕生したようだ。


 おしべは花粉を飛ばし、なんとかめしべに届けようとする。花の美しさと芳香、それに蜜は、鳥や虫たちへの、花粉を運んでもらうお礼だ。



 ……何かが、変わろうとしている。



 その変化に、恐竜が追い付いて行けたら!

 それが、圭太たちの使命であるはずだ。







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