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 「いやーーーーっ! いやっ! いやああああああ!」

静かな森に、おねえちゃんの絶叫が轟く。


「しっ! 静かに!」

圭太は慌てた。



 親鳥は留守だけど、雛を狙う敵が現れるかもしれない。巣の下で騒ぐなんて、論外だ。



 「だって、いやよ。死んだネズミを背負うなんて!」

相変わらず悲鳴のような声でおねえちゃんが喚く。


「しょうがないだろ。大丈夫だよ。冷凍になってるんだから。そりゃ、冷たいかもしれないけど」


「いやなものは、いや! あんた、一人で行きなさいよ!」


「ええーーーーーーっ!」



 それは不公平だと、圭太は思う。第一、ペットの餌用のネズミは、ひどく小さいのだ。ラプトルの子どものがお腹いっぱいになる為には、圭太一人で、何往復もしなければならない。


 ちなみに、カイバは、協力する気が、まるでなかった。一緒に行こうと誘ったのに、知らん顔して、どこかへ隠れてしまった。



「とにかく、私はいや! あんなものを背中に乗せるなんて。ううん、触るのも見るのもいや!」


「仕方ないなあ」



 時間がもったいなかった。

 鳥の親が戻ってくる前に、グノールに、餌を運ばなければならない。


 圭太は、冷凍になったネズミに目をやった。

 ビニールは、腐って土に返ることはない。この時代の動植物に、どのような悪影響を与えるかわからない。それに、未来の堆積層から出土でもしたら、大変なことになる。


 だから、予めスーパーおろちの中で、真空パックの包装は、剥いできた。

 今、冷凍ネズミは剥きだした。



「もう、それほど冷たくないよ。少し、溶けてきたから」


「よけい、嫌!」

頑として、おねえちゃんは拒絶した。



 ため息を吐き、圭太は、ネズミを背負った。慎重に木を登り始める。

 片手で背中の荷物を支えているので、手と足、合計3本しか使えない。


「ねえ。鼻で、下から押し上げてよ」


「いっ、……」


おねえちゃんの、声が裏返った。毛皮の下の顔がみるみる赤くなったかと思うと、あっという間に青ざめる。



「わかったわかった」


 これ以上、大声を出されたら、本当に危険だ。

 圭太は再び、木を登り始めた。




 ようやく木を登り終え、枝を伝って、巣に向かう。

 おわん型の巣の中に辿り着くと、鳥たちが一斉に鳴き始めた。


 この子たちはまだ、目が良く見えていない。圭太を、親鳥と勘違いしたようだ。


「ごめんね。君たちの分は、ないんだ……」

圭太が言いかけた時だった。


 ふいに、空気を引き裂く、鋭い音がした。


「わっ!」


 グノールだった。

 グノールがかぎ爪で、襲い掛かってきたのだ。


 逃れることができたのは、運が良かったからだ。圭太の側に、ひな鳥が一羽いて、その子が邪魔で、かぎ爪の勢いがそがれたのだ。



 グノールは、しっかりと目を開けていた。鳥と違って恐竜は、卵から孵るとすぐ、一人で行動できる。


 怒った目で、グノールは、圭太を睨んだ。


「僕の大事なきょうだいたちを襲う、悪い奴!」

 目に殺気を漲らせ、グノールが叫ぶ。



「襲う? 違うって。君に餌を持ってきたんだ。ねえ、僕だよ、圭太だよ!」


「悪い哺乳類! 捕まえて食べてやる!」

 再びかぎ爪をむき出しにし、襲い掛かろうとする。



 ……そうだった。

 ……このグノールはグノールだけど、グノールじゃない……。


 タイムトラベルで卵に戻ったグノールは、当然、圭太のことも知らないわけで……。



 それでも圭太は叫ばずにはいられなかった。


「グノール! 思い出して! 僕だよ、圭太だよ!」



「グノール?」

振り上げられたかぎ爪が揺れた。

「聞いたことある、その名前」


「君の名だ」

「僕の名……」


 卵を温めながら、お父さんラプトルが呼び掛けていたのだと、圭太は思った。


「僕は、敵じゃない。ひな鳥を襲いに来たわけじゃない」



「そうよそうよ!」


 不意に、巣の外から声がした。

 おわん型の縁の外から、おねえちゃんがのぞいていた。


「あたしたち、あなたにごはんを持ってきてあげたのよ?」



「ごはん……」


不意に、グノールの目に、涙が盛り上がった。


「僕が、きょうだいの分まで食べ過ぎるって、お父さんとお母さんが、困ってた。このままだと、弱い子が死んじゃう、って」



「だから、君の分は、僕たちが運んできてあげる!」

圭太は叫んだ。

「これは、少ないけど、今日の分だ」



 さっき襲い掛かられた拍子に落とした冷凍ネズミ指し示した。

 ネズミは、グノールと圭太の間に落ちていた。


 おずおずと、グノールは、冷凍ネズミに近寄った。


「冷たい」

鼻面を押し付け、つぶやく。


「安心して。少しすると、常温に戻るから」

おねえちゃんが教えてあげた。




 次の日。

 グノールは、木の下まで降りてきて、圭太たちを出迎えた。







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