32
「だったら、お母さんが帰ってくるまで待ってたら? お母さんが、弟か妹を産みに来るまで」
お母さんと一緒なら、安全に海へ帰れるだろうと、圭太は思う。
だって、普通のお母さんは、優しいもの。
「ダメだよ、そんなの」
シレンは、大きく目をみはった。
「いつになるかわからないもの!」
「一緒に生まれた友達とか、いなかったの?」
おねえちゃんが尋ねる。
とたんに、シレンの目に、涙が盛り上がった。
「とっくに海へ帰っちゃったよ! 僕が陸を探検している間に!」
「かわいそうに。置いてけぼりをくらったんだ」
それは、辛い。
圭太はすごく同情した。
「恐竜にもいるのね。、トロイやつ」
それなのに、おねえちゃんが毒づいた。
ひどい。ひどすぎる。
幸い、小さな声だったので、シレンには聞こえなかったようだ。
「ちょっと遠くまで出かけたんだ。だって次に、いつ来れるかわからないじゃない? 海で暮らしてたら。陸地へは」
「そうだね」
見知らぬ土地を探検したいという気持ちは、圭太にもよくわかる。
「陸地って素晴らしい。乾いた大地、たくさんの木や、地平線……。でも、僕らは、ほら、後ろ足が短いだろ? スピノサウルスは、歩くのが、得意じゃないんだ」
確かに、二足歩行は無理そうだった。
4本の足を使っても、虎やライオンのように素早く動けるとは、とても思えない。
足の長さのわりに、体が大きすぎる。
差し出された前足を見て、圭太は、気がついた。
「水かきがついてる!」
指と指の間に、薄い膜のようなものが張っている。
「ああ、これ。うん。水の中では便利だよ。歩くときには邪魔だけど」
「やっぱり君らは、水の中の生き物なんだねえ」
しみじみと圭太は口にした。
「そうだよ」
シレンが頷く。
「だから、お願い。僕を海まで、道案内してちょうだい」
その時。
「しっ!」
突然、おねえちゃんが鋭い音を立てた。
「わっ! びっくりした。なんだよ」
驚く圭太の足を、おねえちゃんが、踏みつけた。
「だから、静かに、ったら! あの木の下を見て!」
あまりの剣幕に、圭太とシレンは、おねえちゃんの指さす方向に、目を凝らした。
この辺は、どこまでも平地なので、遠くまで、よく見はるかすことができる。
川岸を少し離れると、緑は途端に少なくなっていた。こんもりと茂った木が、点在しているのがわかる。
そのうちの一本の根元を、おねえちゃんはじっと睨んでいた。
「ほら! あそこに、恐竜が丸まってる!」
「丸まって……?」
確かに、大きな木の根元に、恐竜が伏せているのが見える。
まるで、猫が丸まっているようだ。
そいつは、昼寝をしているようにも見えた。少なくとも、そのふりをしている。だが、なんだかすごく、ぴりぴりしたものが伝わってくる。
焦り。
そして、期待。
……期待?
お腹いっぱいになるまで食べることへの、焼けつくような期待感だ。
はっと、圭太は思い出した。
そういえば、トリケラトプスの群れを窺っていたアロサウルスが、あんな風に身を伏せていた……。
「ケラトサウルスだ!」
圭太は叫んだ。
「大変だ。肉食竜が、こっちを狙ってる!」
気づかれたことが、わかったようだ。
ケラトサウルスは飛び跳ねた。
凄い勢いで走ってくる。
「飛び込むよ!」
シレンが叫んだ。
「川の中なら、僕に任せて!」
圭太とおねえちゃんは、一瞬、顔を見合わせた。
ほぼ同時に、背中の突起に、飛びついた。
ばしゃん!
水しぶきを上げて、シレンが川に飛び込む。
圭太もおねえちゃんも、びしょぬれだ。
だが、そんなことを、言ってはいられなかった。
間一髪だった。
「ガオォォォォーーーーーーーーーーッ!!」
川べりまで走ってきたケラトサウルスが、物凄い雄叫びを上げた。
一瞬早く、圭太とおねえちゃんを背中に乗せて、スピノサウルスは、川を下っていった。
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