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 「だったら、お母さんが帰ってくるまで待ってたら? お母さんが、弟か妹を産みに来るまで」


 お母さんと一緒なら、安全に海へ帰れるだろうと、圭太は思う。

 だって、普通のお母さんは、優しいもの。


「ダメだよ、そんなの」

シレンは、大きく目をみはった。

「いつになるかわからないもの!」


「一緒に生まれた友達とか、いなかったの?」

おねえちゃんが尋ねる。


 とたんに、シレンの目に、涙が盛り上がった。

「とっくに海へ帰っちゃったよ! 僕が陸を探検している間に!」


「かわいそうに。置いてけぼりをくらったんだ」


 それは、辛い。

 圭太はすごく同情した。


「恐竜にもいるのね。、トロイやつ」

 それなのに、おねえちゃんが毒づいた。


 ひどい。ひどすぎる。



 幸い、小さな声だったので、シレンには聞こえなかったようだ。


「ちょっと遠くまで出かけたんだ。だって次に、いつ来れるかわからないじゃない? 海で暮らしてたら。陸地へは」


「そうだね」


 見知らぬ土地を探検したいという気持ちは、圭太にもよくわかる。



「陸地って素晴らしい。乾いた大地、たくさんの木や、地平線……。でも、僕らは、ほら、後ろ足が短いだろ? スピノサウルスは、歩くのが、得意じゃないんだ」



 確かに、二足歩行は無理そうだった。

 4本の足を使っても、虎やライオンのように素早く動けるとは、とても思えない。


 足の長さのわりに、体が大きすぎる。



 差し出された前足を見て、圭太は、気がついた。

「水かきがついてる!」


 指と指の間に、薄い膜のようなものが張っている。


「ああ、これ。うん。水の中では便利だよ。歩くときには邪魔だけど」


「やっぱり君らは、水の中の生き物なんだねえ」

しみじみと圭太は口にした。


「そうだよ」

シレンが頷く。


「だから、お願い。僕を海まで、道案内してちょうだい」 



 その時。


「しっ!」

突然、おねえちゃんが鋭い音を立てた。


「わっ! びっくりした。なんだよ」


驚く圭太の足を、おねえちゃんが、踏みつけた。


「だから、静かに、ったら! あの木の下を見て!」



 あまりの剣幕に、圭太とシレンは、おねえちゃんの指さす方向に、目を凝らした。


 この辺は、どこまでも平地なので、遠くまで、よく見はるかすことができる。

 川岸を少し離れると、緑は途端に少なくなっていた。こんもりと茂った木が、点在しているのがわかる。



 そのうちの一本の根元を、おねえちゃんはじっと睨んでいた。


「ほら! あそこに、恐竜が丸まってる!」

「丸まって……?」


 確かに、大きな木の根元に、恐竜が伏せているのが見える。

 まるで、猫が丸まっているようだ。


 そいつは、昼寝をしているようにも見えた。少なくとも、そのふりをしている。だが、なんだかすごく、ぴりぴりしたものが伝わってくる。


 焦り。

 そして、期待。



 ……期待?

 お腹いっぱいになるまで食べることへの、焼けつくような期待感だ。



 はっと、圭太は思い出した。


 そういえば、トリケラトプスの群れを窺っていたアロサウルスが、あんな風に身を伏せていた……。



「ケラトサウルスだ!」

圭太は叫んだ。

「大変だ。肉食竜が、こっちを狙ってる!」



 気づかれたことが、わかったようだ。

 ケラトサウルスは飛び跳ねた。


 凄い勢いで走ってくる。



 「飛び込むよ!」

シレンが叫んだ。

「川の中なら、僕に任せて!」


 圭太とおねえちゃんは、一瞬、顔を見合わせた。

 ほぼ同時に、背中の突起に、飛びついた。


 ばしゃん!

 水しぶきを上げて、シレンが川に飛び込む。


 圭太もおねえちゃんも、びしょぬれだ。

 だが、そんなことを、言ってはいられなかった。



 間一髪だった。


「ガオォォォォーーーーーーーーーーッ!!」


 川べりまで走ってきたケラトサウルスが、物凄い雄叫びを上げた。



 一瞬早く、圭太とおねえちゃんを背中に乗せて、スピノサウルスは、川を下っていった。







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