23


 二人は上を見上げ、息を飲んだ。


 長い首を真前へすっと延ばし、ムチのようにしなやかなしっぽをしゅるしゅると動かして、その恐竜は、圭太たちをじっと見ていた。その、大きいこと、大きいこと。見上げる首が痛くなりそうだ。


 けれども、皮膚はまだ柔らかく、ところどころ薄ピンクにも見え、まだ、子どもであることがわかった。



「僕はモーモ。あっちが、おじいちゃん。君らは、僕のおじいちゃんのしっぽの辺りをよじのぼっていたんだ」


 モーモが首で指した方を見て、二人は今度こそ、びっくりぎょうてんした。


 さっき、二人が山と間違えたのも無理はなかった。学校のグランドくらいの大きさの巨大な恐竜が、横倒しに倒れていたのだ。


 今、圭太たちは、丁度、その、お腹の前辺りにいた。巨大恐竜の頭は、遥か向こうにあってどんな顔か、見ることができない。



 「セイスモサウルスだ!」

興奮して圭太は叫んだ。

「これ、セイスモサウルスだよ!」


「ディップなんとかじゃないの?」

おねえちゃんが尋ねる。


「ううん。ディプロドクスより、ずっと大きいもん」



 20世紀の後半、北アメリカで恐竜の化石が発見された時、そのあまりの大きさに人々は驚いた。全長40メートルから50メートルと推定され、その大きさゆえに、新種であると判断された。


 つけられた名前は、「セイスモサウルス」。地震トカゲという意味だ。


 ところがその後、その化石の恐竜は、当初考えられたほど大きくないとされるようになった。


 また、体の構造から、すでに発見されていた「ディプロドクス」の一種であると、考えられるようになったのだ。



 こうしたことは、お父さんが教えてくれた。例の、「大恐竜展」へ行った時に、パネルを見ながら、説明してくれたのだ。




 「なんだっていいじゃないの、名前なんて」

それなのに、白けた顔で、お姉ちゃんが言う。


「よくないよ! これは絶対、セイスモサウルスだ!」

頑固に、圭太は主張した。



 「大きい恐竜を、『セイスモサウルス』っていうの?」

モーモが目を丸くしている。


「だったら、『セイスモサウルス』でいいんだよ。おじいちゃんをごらんよ!」

「そっ、そうね……」


 まるで小山のような恐竜を眺め、さすがにおねえちゃんが同意する。


「ここまで大きいと」


 なんだか要領を得ない。


 実は圭太も、セイスモサウルスより、もっとずっと大きいんじゃないかという気がしてきた。


 自分が小さくなっているのでよくわからないが、全長50メートルなんてレベルじゃない。もっとずっと大きい。



「新種かも。まだ、化石が発見されていない、新種かもよ!」


 早口になった。胸がどきどき、ときめいている。


「それは凄い!」


さすがにおねえちゃんにも、この凄さがわかったようだ。騒ぎ出した。


「私たちの名前をつけちゃおうか! 『リササウルス』とか!」

「ずるい! 『ケイタサウルス』だよ!」


「リササウルス!」

「言いにくいし! ケイタサウルス!!」



 「ケンカは止め!」


 怒った声が、割って入った。

 モーモだ。


「ケンカするなら、『セイスモサウルス』にしなよ」


 圭太とおねえちゃんは顔を見合わせた。

 小さく頷きあう。恐竜の子どもに怒られたことが照れくさいのだ。


「わかった」

圭太が言うと、


「仕方ない」

と、おねえちゃんが賛成した。



「おじいちゃんは、百年以上生きてるんだ。その間ずっと、大きくなり続けてるんだよ」

誇らしげに、モーモが教えてくれた。



「でも、あなたのおじいちゃん、どうして寝てるの?」

心配そうにおねえちゃんが問う。


 ……おじいちゃんを助けて。

 白蛇が読み上げた、呪文のような通信文を思い出し、圭太も不安になった。


「寝てるんじゃない、転んじゃったんだ。ねえ、助けてよ。起きられないの。セイスモサウルスは、体が大きいから、一度転ぶと、ひとりでは起き上がれないんだ」


 モーモの大きな瞳から、涙がころんと転がった。


「怪我は? 何も言わないけど、ねえ、君のおじいちゃん、眠ってるの?」

圭太は尋ねた。すると……。


「わっしなら、おっきてる、ぞー」

遥か前方から、地響きのような声がした。



「こんにちはーっ! ハッピーだいちゃん♡  ですーっ!」


圭太は叫び返した。声が届いたかどうか、心もとにない。


「これじゃ、大変よ。おじいちゃんの顔のそばへと移動しましょうよ」

おねえちゃんが提案した。







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