セイスモサウルス(ディプロドクス)

21



 角のないトリケラトプスが、夕陽の向こうに消え去ってから、圭太は、元気がない。



 「道具を何も売り込めなかったけれど、まあ、いいじゃないですか、恐竜に食べられなかったんだから」


 白蛇は、ワインをぺろぺろなめながら、上機嫌で話す。

 ここは、スーパーおろち号の食堂車だ。




 数日前。

 外へ出たおねえちゃんは、カモノハシ竜(詳しい名前は、ちょっとわからない)が食べていた赤い実を食べたがった。


「ダメですよ。お行儀が悪い。第一、忘れたんですか? あなた方は、元々は人間なんですよ? スーパーおろち号の食事以外のもの食べるのは、体に悪いです」

白蛇が叱った。


「忘れるわけないでしょ! 私は人間よ! あんたがさらってきたんでしょ!」

お腹の空いていたおねえちゃんは怒りだした。


「いえ、それは、スーパーおろちのコンピューターが……」


「でも、さらったのは、あんた。誘拐よ! あたしは、人間の世界にいたかったのに!」


「しっ! 誘拐とは人聞きが悪い」

にわかに白蛇は慌てだした。

「龍王様のお耳に入ったら、どういうことになるか……」


 全ては竜王という人が決めたことなんじゃないの?

 圭太は疑問に思った。現に白蛇は、毎日のように、スーパーおろちのコンピューターで、竜王と通信している。


「いいわ。静かにしてあげる。その代わり……」

おねえちゃんの目が、きらりと光った。


「その代わり、スーパーおろち号の食堂車で、一番高いお料理をごちそうして」


「え?」


「豪華なお料理よ。あなたがいつも、こっそり食べているような」


「失礼な。私はこっそりつまみ食いなんか……」


「とにかく、おいしいものを食べたいの! わたしは!」




 そういうわけで今、圭太とおねえちゃんは今、スーパーおろちの食堂車にいる。


 いつもは、学校の給食のようなものしか出てこないのだが(それだって、圭太にはご馳走なのだが)、その日の食事は素晴らしかった。


 温かい、大きな白い皿に、ニワトリの蒸し焼きがのっている。圭太の嫌いなマイタケとタマネギまで薄く切られて、気取ってのっかっていた。


 スープは、カボチャのようだった。カボチャは、煮たのしか食べたことがなかったから、クリーミーな味に、圭太は驚いた。



 「どうですか、お味は」

ワインのせいで、ほんのりピンク色に染まった白蛇が上機嫌で尋ねる。


「まあまあね」

おねえちゃんが、がつがつ食べる合間になんとか答える。


 ちなみにここは、スーパーおろち号の車内なので、おねえちゃんは、人間の姿だ。


「これは、どこで料理しているの?」

圭太は尋ねた。


 だって、ニワトリ、キノコ、タマネギ、カボチャ……。

 どうみたって、太古の食べ物ではない。


「『現代』ですよ」

さらっと白蛇が答えた。


「『現代』!」


「ええ。『現代』のシェフ達が料理したものが、時空を超えて、出現するのです」


言い終わらないうちに、こんもりしたアイスが3つも乗った皿が、ぽん! と現れた。


「うわお! デザートだ!」

おねえちゃんが飛びついた。


「あ、こぼした。ほら、食器は音をたてない」

と、白蛇。


「おいしく食べ、美酒に酔う。会話を楽しみ、マナーを守る。これが、文明の、本当の良さなんですよ?」


 「だけど、マフラは、文明なんていらないと言ったよ」



 「文明」という言葉を聞いた途端、圭太の頭の中で、マフラの言葉が蘇る。


 ……仲間外れをなくすことができないのなら、便利な道具なんていらないや。僕は、恐竜らしく生きていくよ。


 圭太のスプーンからアイスが落ちた。


 バニラ、ストロベリー、チョコレート。

 大好きなアイスが3種類もあるけど、急に食欲が落ちた気がした。



「おや、まだそんなことを気にしているんですか」

白蛇は、じろりと圭太を見た。


「恐竜たちは、まだ、文明の本当の良さを知らないのです。だから平気で、便利な道具などいらないと言い切れる。でも、そうじゃないでしょ? 人類三千年の歴史が作り上げた本当の快適さを、教えてあげなければ。生きているだけでせいいっぱいの恐竜たちを、幸せにしてあげるのが、あなた方二人の使命なんじゃないですか?」


「でも、マフラは……」


「マフラだけが恐竜ではありません。他にも、あなた方がを必要としている恐竜がいるのです!」


 白蛇が言った時。スーパーおろち号のサイレンが、ブー、ブー、ブーと鳴り響いた。


「あっ、依頼だ!」


 ピンク色に酔っぱらっていたのに、白蛇は、サイレンを聞いた途端に、すーっと白くなった。







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