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 「マフラ!」

圭太とおねえちゃんは、たった一頭、取り残されたマフラに駆け寄った。


 「ああ、君たち」

マフラは、気がついて、ほほ笑んだ。


「なんで、群れと行かないの? 君は、ヒーローじゃないか!」


「そうよ、そうよ。子どもを助けたじゃない」

おねえちゃんも、叫んだ。



 けれども、マフラは、静かに言った。

「駄目だよ。もう、群れには、戻れない」


「なぜ?」

 圭太は憤った。理屈に合わなすぎる!



 普通の調子で、マフラは答えた。

「頭の角をなくして、みんなと、形が、変わってしまったから」


 「そんなの、関係ないよ!」


 圭太は腹が立った。マフラをおいていってしまった群れに、ではない。マフラに対して、猛烈に腹が立ったのだ。


 「形が違ったっていいじゃないか。大事なのは、中身だろ? 君は、充分勇敢に戦った。かわいそうな子どもに、他の奴が何をしてやった? みんな、自分がかわいかったんだ。だから、誰も、アルバートサウルスと戦おうとしなかった。でも、君は違う。君は、真っ先に駆けつけて、全力で戦って、アルバートサウルスを倒した。命懸けで、子どもを助けたんだ。威張れよ。もっと、威張っていいんだよ。頭の角がないのは、勲章だよ!」



 「でも、次から、敵と戦えない」

相変わらず、静かに、マフラが言った。


「角を直してもらって、君らには感謝している。だが、直した角は、元どおりではない。当たり前だな。これじゃあ、もう、獰猛な肉食恐竜とは、戦えない」



 「それにしても、あの女もあの女よね」

圭太の隣で、おねえちゃんが、別の怒り方をしていた。


「自分の為に決闘して、それで、角折っちゃって、もう一度決闘を申し込んでそれで勝って、子ども助けて戦って、そんな男を、ふつう、ふる? 変よ、あの女」



「彼女を悪く言ってはいけない」

相変わらず、穏やかに、だがきっぱりと、マフラが、おねえちゃんの悪口を止めた。


「僕の角は、生まれつき折れやすいんだ。彼女は、そのことが、よくわかったんだと思う。僕の角は、他の雄より弱い。多分、僕の子どもも、角が弱いのが出てくる。だから、僕の子どもを産むのは、群れの為にならない」



 「何言ってんだ。よくわかんないよ。君の言ってることは、全然、僕には、わかんないよ」


 圭太は、わめいた。角がないからって、全てを諦めてしまうマフラに、地団駄踏みたい気分だった。



 マフラは、優しい目で、圭太を見た。


 「この頃、少しずつ寒くなってる。火山の噴火も多い。食べられる植物が、どんどん減ってるんだ。群れは、食べ物を求めてしょっちゅう、移動しなくてはならない。だから、群れには、頑丈な奴しか、残ってはいけない。頑丈で、その上、自分と同じ、頑丈な子どもを残せる奴しか。だって、数が多ければ多いほど、食べ物の植物が足りなくなるだろ? 仕方がないんだ。誰かが、生き残らなければならない」



 「だから、文明をお勧めするんでしょう。便利な道具を使って、生き残るのです」


 のたのた這ってきた白蛇が、息を切らしながら、やっとのことで、口にした。


「畑を耕して、種をまいて、体の悪いところはどんどん治して。便利な道具を使えば、それができます。実際、この子らの世界では、」


言いながら、白蛇は、圭太とお姉ちゃんを顎で指示した。


「みんな、そうして、長く生き続けているのです」



 すると、トリケラトプスは、しっかりと圭太の目を見つめて、こう尋ねた。


 「じゃあ、君らの世界には、仲間外れはないのかい? ひとと違うからといって、いじめられるようなことは、なくなったかい?」



 トリケラトプスのきれいな、穏やかな緑色の目に見つめられて、その目を真っすぐに見返すことが、圭太には、とても苦しかった。


 恐竜たちは、群れが生き残っていく為に、仲間外れをする。


 では、人間はどうだろう? 充分食べ物があって、明日まで、1年先、もっとずっと先まで生きていけると思ってて、なぜ、仲間外れをするのかな。



 マフラの問いに、圭太は答えられなかった。



 「仲間外れをなくすことができないのなら、便利な道具なんていらないや。僕は、恐竜らしく生きていくよ」


 マフラは、ぶるぶると体を震わせた。細かなほこりが、夕日にあたって、きらきらと飛び散った。



 「これから、どうするの?」

恐る恐る、圭太は尋ねた。


「なるべく群れから離れる。それから、食べ物を探す。他の群れを見かけたら、みつからないうちにそっと離れる。肉食恐竜と出くわしたら、戦わない。全力で逃げる」


マフラは、高々と笑った。

「いつまで続くかわからないけどね。でも、きっと、もうしばらくは、生きられる」



 ふぉーん。

 よく響く声でマフラは吠え立てた。とても楽しそうだった。


「さようなら、不思議なチビさんたち。君らの道具は素晴らしい。でも、恐竜は、恐竜らしく生きるのが、一番幸せなのさ。角を治そうとした僕が間違ってた。さようなら。もう、きっと、会うことはないね」


 そして、地響きの音も高らかに、マフラは、夕日を背に、歩き去っていった。







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