19



 「あっ、やめろ、マフラ!」


 けれども、圭太の声は、マフラには届かない。マフラは、後足で2~3度砂をかいて頭を下げ、そのまま、弾丸のようなスピードでアルバートサウルスに突進していった。


 マフラの角が、アルバートサウルスの柔らかい腹を狙った。


 ぎゅわーん!

 肉食竜の悲鳴。


 と同時に、マフラの角が、ぽろっと折れた。



「ああ、やっぱり!」



 もともと折れていた左の角が折れたのだ。


 しかし、マフラは、少しもひるまず、前を向いたまま後じさり、再び勢いをつけて、攻撃に出た。


 アルバートサウルスは、腹をかばって背を丸めた。そして、真正面から、マフラの攻撃をくい止めようとした。その左目に、マフラの残ったもう1本の角、右角が、深々と突き刺さった。


 苦しさに悶えて、アルバートサウルスが、後ろ脚で立ち上がった。


 一瞬、マフラの巨大な体が持ち上がったかのように見えた。

 次の瞬間、マフラの巨体は地面にどうとおち、マフラはもんどりうって転がった。


 アルバートサウルスは、狂ったように暴れ回っている。左目には、マフラの右角が、突き刺さったままだ。



 「マフラ!」


 マフラは無事だった。一回転して素早く起き上がると、再び油断なく身構えた。

 その頭にはもう、角は1本もなかった。


 しかし、まだ、マフラは戦う気だった。再び、彼の襟飾りは、赤く染まっていた。



 ぎーっ! ぎーっ!


 アルバートサウルスは、残された右目で、マフラを睨んだ。物凄い憎しみをこめたまなざしだ。


 マフラも負けてはいない。


 ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ!


 低く短く吠えながら、隙を狙う。



 今度は、アルバートが先に攻撃に出た。鋭い鉤爪が、空を切り、マフラの襟飾りをひっかく。


 真っ赤な血が飛び散った。


 だが、マフラは、ひるまない。

 素晴らしいスピードで、前傾したアルバートサウルスの真下へ走り込んだ。


 猛烈な勢いでジャンプした。


 鼻の角! 頭の角ほど有利な武器ではないが、マフラにはまだ、鼻の上に短く太い角が残されていた。


 マフラの鼻の上の、三角の角が、アルバートサウルスの喉をつく。


 ぎぎぎぎぎぐー!


 奇妙な音を、アルバートサウルスの喉がたてた。

 そして、どうと倒れた。



 「勝ったの? 勝ったの?」

おねえちゃんが両手で目をしっかり抑えたまま、涙声で聞く。


「うん、うん」

圭太も言葉にならない。



 マフラは、立派だった。勇敢なトリケラトプスだ。


 頭をぶるぶると振って、アルバートサウルスの死体から鼻の角を抜き、マフラがしっかりと立ち上がった。襟飾りに掻き傷を作った以外、大きな怪我はないようだ。


 凶暴な肉食恐竜相手にひるまずに戦い、そして相手を倒した。


 マフラこそが、次の、群れのリーダーにふさわしい。もう、誰も、そのことに文句を言うまい。圭太は思った。






 ところが、意外なことがおこった。


 マフラが、群れのみんなのところに戻ろうとすると、群れの全員が、後ずさったのだ。


 マフラは立ち止まった。たくさんの目で、群れ全体が、マフラを見つめた。


 マフラは、悲しげに首をふり、ぐおーっと鳴いた。


 それを合図のように、群れ全体が、くるっとマフラにお尻を向けた。ゆっくりと、彼から遠ざかり始めた。


 ぐおーっ。

 ぐおーっ。


 マフラの声が、悲鳴のように、群れを追いかけていく。だが、彼は、そこから一歩も動かなかった。



 小さな子どもが、くるりと、マフラを振り向いた。マフラが助けた、あの子どもだ。だが、雌のトリケラトプスが……恐らく、お母さんだ……、その子のお尻をちょんちょんとつつき、群れの中程に追い戻した。


 マフラの彼女は、やっぱり、あの幼なじみの雄と並んで歩いていた。彼女は、一度も振り返らなかった。まるで、マフラのことも、さっきの決闘のことも、忘れてしまったかのようだ。


 群れ先頭には、堅そうな皮膚と頑丈そうな角を持った、大きな年老いたトリケラトプスがいた。すぐ後ろに、息子とマフラの彼女を従え、西に向けて、黙々と歩み去っていった。







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