14
「あああ~、あたし、四ツ足で歩いてるよ」
先を歩いているおねえちゃんが、絶望的な声でつぶやいた。
「それに、見て、この手。足も、けむくじゃらだよ。昨日エステへ行って脱毛してきたばかりなのに」
「でもさ、四つん這いで歩くのって、とても気持ちよくない? 早く歩けるしさ、ちっとも疲れない」
軽々と落ち葉を踏み締めながら、圭太は前を行くおねえちゃんに話しかけた。おねえちゃんの鼻先に、カイバが浮かんでいる。
「何言ってんの、あかんぼうじゃあるまいし。……ちょっとあんた、なに、あたしの後からついてくんのさ。このエッチ」
おねえちゃんは、上げていたシッポを下ろした。
「見たね」
「ぼく、何も見てないよ。見ても楽しくないし。ほら、ぼくのお尻の穴、見せてあげようか」
圭太は、きゃっきゃっと笑いながら軽々とおねえちゃんを追い越し、思いっきり高くしっぽを上げてみせた。
「見たくねえよ、別に。見せんなよ」
「ああ、体が軽い! 走るのが、楽しい!」
圭太は愉快だった。動かしたいように体が動く。楽々と走り、飛び跳ねることができる。
鼻がひくひくした。
圭太は、太古の森の空気を胸いっぱい吸い込んだ。湿り気が多く、体の中にたまった何かが、洗い流されるような気がした。
「あー、やだやだ、ガキはすぐに走りたがる」
ぶつくさ言いながらも、おねえちゃんが追いかけてきた。
まるで、スキップをしているような走り方だ。スキップ……四つ足だから、ええと、ギャロップかな? すごく軽々と走っている。
実は、おねえちゃんも、走るのが楽しいんじゃないかな、と圭太は思った。
どすん!
先を走っていた圭太は、何かにぶつかった。
「ぐえっ」
全速力で走ってきたおねえちゃんが、圭太にぶつかる。
「ちょっと、急に止まるなんてあぶな、」
「しーっ!」
思わず叫ぼうとした圭太の口を、そいつがしっかりと塞いだ。
「……いじゃない……」
口だけ動かして、おねえちゃんがつぶやく。
声が聞こえた。
「静かに! 大声を出さないで! 見つかっちゃう!」
小さくなってしまった圭太が、そいつの全体を見渡すのは、とても難しかった。
鳥のくちばしのような堅そうな口元が、まず、圭太の目に飛び込んできた。それから、鼻の上の、短く太い角。何より、穏やかそうな丸い目、ただし、何かにおびえている……。そして、どうにも収まりの悪い、たった一本しかない、頭の角。
トリケラトプスだ。
ただし、左の角は、ぱっきりと折れている。
「始めまして、ハッピーだいちゃん♡ です」
圭太の後ろから、ひそひそ声で、おねえちゃんが話しかけた。
「あなたが、角の折れたトリケラトプスさんですね」
それしか考えられなかった。
これが、依頼竜……。
ハッピーだいちゃん♡ 、初の依頼竜の、トリケラトプスだ。
「マフラっていうんだ」
相変わらず、小さくひそめた声で、トリケラトプスが、返した。
「角が折れてしまったんですね。でも、もう、安心。私たちが、便利な道具を使って、元どおりにしてさしあげます」
まるで練習してきたように、すらすらとおねえちゃんが言う。圭太は感心してしまった。
「見てよ。こんなに。ぽろっと」
トリケラトプスのマフラは、そっと、前足で地面をつついた。そこには、折れた角が落ちていた。
圭太がかがんで、角の折れ口を確かめようとした、その時……。
どどどどーん!
凄い音をたてて、木々が押し倒され、猛烈な砂嵐が巻き起こった。
「な、な、な、」
きききききー!
いやな金属性の音をたてて急停車したのは、スーパーおろち号だった。
「お待たせー」
もうもうと舞い踊る木の葉や、細かい砂、砕かれた木の幹のかけら。
その向こうから、得意気な白蛇の姿が現れた。
「まさに、どんぴしゃ、絶好のタイミングでしょ?」
「うるさーい!」
それに答えたのは、マフラだった。
「せっかく仲間から隠れているのに、これじゃ、気づかれちゃうじゃないか。静かにしてって、言ってるのに!」
「ゴメンナサイ」
白蛇は、しゅんとした。
「こんなに大きな音をたてたら、おとなしい植物食の恐竜は、寄ってこないよ」
圭太は、そっと、なぐさめた。
「でも、なんで、仲間から隠れてるんだい?」
てっきり、肉食竜から隠れているのだと思った。
マフラは、鼻を鳴らした。
「決まってるじゃないか。角が折れてしまったんだよ? こんな姿、群れの仲間に見せるわけにはいかないからね」
「大丈夫、まだまだ充分、魅力的よ」
おねえちゃんが、慰めるように言った。
「そうじゃなくて……」
マフラが、何か言いかけた時、スーパーおろち号のデッキから、白蛇が、どさどさと荷物を落とし始めた。
「ハッピーだいちゃん♡ は、迅速第一。素早い対応が、お客さんに好評です」
……まだ、お客第一号だくせに。
圭太は思ったが、黙っていた。
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