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 「あああ~、あたし、四ツ足で歩いてるよ」


先を歩いているおねえちゃんが、絶望的な声でつぶやいた。


「それに、見て、この手。足も、けむくじゃらだよ。昨日エステへ行って脱毛してきたばかりなのに」



 「でもさ、四つん這いで歩くのって、とても気持ちよくない? 早く歩けるしさ、ちっとも疲れない」


軽々と落ち葉を踏み締めながら、圭太は前を行くおねえちゃんに話しかけた。おねえちゃんの鼻先に、カイバが浮かんでいる。


「何言ってんの、あかんぼうじゃあるまいし。……ちょっとあんた、なに、あたしの後からついてくんのさ。このエッチ」


おねえちゃんは、上げていたシッポを下ろした。

「見たね」


「ぼく、何も見てないよ。見ても楽しくないし。ほら、ぼくのお尻の穴、見せてあげようか」


圭太は、きゃっきゃっと笑いながら軽々とおねえちゃんを追い越し、思いっきり高くしっぽを上げてみせた。


「見たくねえよ、別に。見せんなよ」


「ああ、体が軽い! 走るのが、楽しい!」



 圭太は愉快だった。動かしたいように体が動く。楽々と走り、飛び跳ねることができる。


 鼻がひくひくした。

 圭太は、太古の森の空気を胸いっぱい吸い込んだ。湿り気が多く、体の中にたまった何かが、洗い流されるような気がした。



「あー、やだやだ、ガキはすぐに走りたがる」


 ぶつくさ言いながらも、おねえちゃんが追いかけてきた。


 まるで、スキップをしているような走り方だ。スキップ……四つ足だから、ええと、ギャロップかな? すごく軽々と走っている。


 実は、おねえちゃんも、走るのが楽しいんじゃないかな、と圭太は思った。



 どすん!

 先を走っていた圭太は、何かにぶつかった。


「ぐえっ」

 全速力で走ってきたおねえちゃんが、圭太にぶつかる。

「ちょっと、急に止まるなんてあぶな、」


「しーっ!」


 思わず叫ぼうとした圭太の口を、そいつがしっかりと塞いだ。


「……いじゃない……」

 口だけ動かして、おねえちゃんがつぶやく。



 声が聞こえた。

「静かに! 大声を出さないで! 見つかっちゃう!」



 小さくなってしまった圭太が、そいつの全体を見渡すのは、とても難しかった。


 鳥のくちばしのような堅そうな口元が、まず、圭太の目に飛び込んできた。それから、鼻の上の、短く太い角。何より、穏やかそうな丸い目、ただし、何かにおびえている……。そして、どうにも収まりの悪い、たった一本しかない、頭の角。


 トリケラトプスだ。


 ただし、左の角は、ぱっきりと折れている。



 「始めまして、ハッピーだいちゃん♡ です」

圭太の後ろから、ひそひそ声で、おねえちゃんが話しかけた。

「あなたが、角の折れたトリケラトプスさんですね」


 それしか考えられなかった。


 これが、依頼竜……。

 ハッピーだいちゃん♡ 、初の依頼竜の、トリケラトプスだ。



 「マフラっていうんだ」

相変わらず、小さくひそめた声で、トリケラトプスが、返した。


「角が折れてしまったんですね。でも、もう、安心。私たちが、便利な道具を使って、元どおりにしてさしあげます」


 まるで練習してきたように、すらすらとおねえちゃんが言う。圭太は感心してしまった。



 「見てよ。こんなに。ぽろっと」


 トリケラトプスのマフラは、そっと、前足で地面をつついた。そこには、折れた角が落ちていた。


 圭太がかがんで、角の折れ口を確かめようとした、その時……。



 どどどどーん!

 凄い音をたてて、木々が押し倒され、猛烈な砂嵐が巻き起こった。



「な、な、な、」



 きききききー!

 いやな金属性の音をたてて急停車したのは、スーパーおろち号だった。



 「お待たせー」


 もうもうと舞い踊る木の葉や、細かい砂、砕かれた木の幹のかけら。

 その向こうから、得意気な白蛇の姿が現れた。


「まさに、どんぴしゃ、絶好のタイミングでしょ?」



 「うるさーい!」

それに答えたのは、マフラだった。


「せっかく仲間から隠れているのに、これじゃ、気づかれちゃうじゃないか。静かにしてって、言ってるのに!」


「ゴメンナサイ」

白蛇は、しゅんとした。


「こんなに大きな音をたてたら、おとなしい植物食の恐竜は、寄ってこないよ」

圭太は、そっと、なぐさめた。


「でも、なんで、仲間から隠れてるんだい?」

てっきり、肉食竜から隠れているのだと思った。



 マフラは、鼻を鳴らした。

「決まってるじゃないか。角が折れてしまったんだよ? こんな姿、群れの仲間に見せるわけにはいかないからね」


「大丈夫、まだまだ充分、魅力的よ」

おねえちゃんが、慰めるように言った。


「そうじゃなくて……」


 マフラが、何か言いかけた時、スーパーおろち号のデッキから、白蛇が、どさどさと荷物を落とし始めた。


「ハッピーだいちゃん♡  は、迅速第一。素早い対応が、お客さんに好評です」



 ……まだ、お客第一号だくせに。

 圭太は思ったが、黙っていた。






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