13
長い長いトンネルを抜けたように、突然、眼下に森林が広がった。滴るような緑、今まで圭太がみたこともないくらい濃い緑だ。
はるか向こうに、火山が煙を上げているのが見える。そこだけ、ごつごつとしたはげ山だ。
スーパーおろち号の前面の窓いっぱいに青い空が垂れ下がった。危険を感じさせるくらい、青く、そして重た気だった。
「白亜紀に到着です」
白蛇が告げた。
スーパーおろち号は、静かに、大空を下降し始めた。
ボー!
大きな汽笛が轟いた。
ぶぅおーっ! ぶぅおーっ!
何者かが、それに応えるように吠え立てる。
声は、一つや二つではない。高い声や低い声が入り交じって、地が揺らぐような雄叫びが、立ち上がってくる。
太古の森が、揺れた。高い樹の梢が、おいでおいでをするように、手招いている。
「当車輛は、白亜紀の恐竜たちに受け入れられました」
白蛇が重々しい声で言った。
圭太は、武者ぶるいする思いだった。
スーパーおろち号は、静かに停車した。
「では、お気をつけて。私はこれからひとっぱしり、『現代』のスーパーへ行ってきます」
「スーパーで買うの? トリケラトプスの角を直す材料を?」
なんだか、突拍子もないことに思われた。
「一番安くすみますから。こちらにも予算があるのです」
すまして、白蛇が答える。
ぷしゅーっと、空気圧の音がして、スーパーおろち号のドアが開いた。まず、ふわっと、カイバが、外へ流れ出た。続いて、やっと、おねえちゃんが飛び降りた。
外へ出たおねえちゃんを見て、圭太は、目をみはった。
「おねえちゃん、なに、そのかっこう!」
「えっ?」
自分の手足を見、振り返ろうとして、今までセーラー服を着た女の子だったその動物は、ぎゃっと叫んだ。
ちょこちょこと毛が生えた、短い耳。
ぴんとはったひげに、ちんまりとした鼻。
いつか動物園で見た、たぬきそっくりだと、圭太は思った。
「あー、言い忘れましたが、この時代、まだヒトはおろか、サルも発生しておりません。哺乳類は、そのような低級な姿で、恐竜世界の片隅をうろうろしていたわけですな。あなた方が、そういう姿になるのは、ま、一種の先祖返りとでも申しますか……」
「ふざけるな!」
たぬきのようなおねえちゃんが叫んだ。
「今までそんなこと、一言も言ってなかったじゃないの。この卑怯者!」
「卑怯者と言われましても……」
白蛇は、にやにやとしている。とても楽しそうだ。
「恐竜時代の地球の二酸化炭素濃度は、あなた方の時代の約18倍です。ひよわな人間は貧血を起こしてしまうほどの濃さです。温度も平均して10度から15度ほど、高めです。このような世界で、恐竜ほど高度でない体を持った人間の姿のまま仕事をするのは、ほとんど不可能と言っていいでしょう。みすみす、肉食恐竜の餌食になりに行くようなものです。先祖返りするのが一番。大自然が生み出した、一番合理的で、この時代にフィットした姿なんですよ、それが」
「うーぐ」
おねえちゃんになったタヌキ……じゃなくて、原生動物がうなった。
「うーぐ」
タヌキに似た動物が怒りながらとまどっている。なんだかおかしくて、圭太はくすくす笑った。
スーパーおろち号のデッキにいる圭太は、まだ、人間のままだ。
「あんたも、笑ってんじゃないよ!」
おねえちゃんが、デッキの上に向かって、文句を言った。
「とっとと降りて、こっちへ来な!」
「そうそう、早くお行きなさい」
白蛇が、しっぽで、圭太の背中を押した。思い切って、圭太は、デッキから飛び降りた。
体が、ふわっと、軽くなった気がした。とても快適だ。世界中の悩みが、なんだか、とてもつまらないものになってしまった気がする。というより、悩みというものがあるのを、忘れてしまったようだ。
とてもさわやかで、快適な気分だった。
「あ、言い忘れましたが、恐竜たちとは、言葉が通じます。なにせ、あなた方は、龍王様に選ばれた哺乳類ですからね!」
デッキで、白蛇が叫んでいる。
「それに、ご安心を。大型肉食恐竜は、ちっぽけな哺乳類なんか襲ったりしませんから。では、ご成功をお祈り致します」
最後にくっ、くっ、くっ、と笑ったような気がした。
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