12
不機嫌なのは、おねえちゃん一人だった。
「で、どうやって直す? その、折れた、角?」
「うーん、折れ具合にもよるけど、ボンドでくっつけるとか、新しい角の模型を作って、ひもで頭に結わえるとか……」
圭太は首を傾げた。
……でも、白亜紀だぞ?
「材料が必要になってくるよね。ボンドとか、模型の角とか、ひもとか……」
「そうしたものは、私が、スーパーおろち号で『現代』へと飛んで、買って参りましょう」
頼もしく、白蛇が申し出た。
「なるほど」
おねえちゃんは、ちょっと見直した、という風に、蛇を見た。
「で、どのくらい、時間がかかるの? あんたが『現代』から戻ってくるまで」
「だから、スーパーおろち号は、タイムマシンなんですよ」
白蛇は、鼻でふふんと笑った。
「どの時間にでも、自在に出現できるのです。消えたばかりの、出発した直後の時間に戻ってくることも可能です」
「というと?」
「たとえば、あなたが、ボンドを買ってきてくれといいますよね。私はすぐにスーパーおろち号に乗り込みます。そして、あなたが、次の息を吸うか吸わないうちに、もう、私は、スーパーおろち号に買ったボンドを乗せて、あなたの前に帰ってくるのです」
「まさか、お店の棚から取って、お金を払わずに出てくるから早いんじゃないでしょうね」
怪しむ目を、おねえちゃんは白蛇に向ける。
白蛇は、むっとしたようだ。
「なんてことを。私は、スーパーおろち号で『現代』へ行き、お店でボンドを買います。ちゃんとお金を払って、レシートをもらってね。それからまた、スーパーおろちに乗り込みます。そして、いいですか、ここが重要です、タイムマシンの時計の目盛りを、恐竜時代の、あなた方と別れた1秒か2秒後に設定するのです。すると、ああら不思議、別れた直後の時間に早帰り……」
「じゃ、そうして」
おねえちゃんが、ぴしっと言った。
「私、待たされるの、大っ嫌い」
「いいですよ、コンピューターが計算してくれるから、特別手間のかかることじゃないし、あなた方がトリケラトプスに出会った頃を見計らって、戻ってまいりましょう」
白蛇は澄まして言った。
「そして、お仕事がうまくいった暁には、トリケラトプスは、気がつく筈です。ボンドって便利! それとも、ひもかな? すると、他の恐竜も思うわけです。『僕も欲しい!』」
「じゃ、僕たちは、ボンドとひもを、欲しがる恐竜たちに、じゃんじゃん、あげようよ」
圭太は興奮した。
つられて、お姉ちゃんが命じた。
「白蛇。『現代』から、たくさん持ってくるのよ!」
「ええ!」
とぐろを巻いたまま、白蛇は飛び上がった。
「考えてもみて下さいよ? 恐竜達が、ボンドやひもを受け取る。そして、便利さに気がつく。それらは、文明の産物です、人間のね。だが、恐竜は賢い。恐竜は偉大だ。すぐに、自分たちで、もっともっと素晴らしいものを作り出すでしょう。かくして、ここに、恐竜の文明が誕生するのです。なんて、素晴らしいことでしょう!」
「あんたの使命は達成されるでしょうよ」
苦々し気に、おねえちゃんが言った。
「で、私らはどうなるの? うまくいったら、『現代』へと帰してくれるの?」
「あなたは、帰りたいのですか? すぐに滅びる『現代』へ」
真顔で白蛇が尋ねる。
「帰りたいわよ。100年なんて、遠い先のことだもん。地球が滅びるかどうかなんて、その時に考えればいいことだしね!」
「なんという、場当たり思考というか……」
「うるさい!」
お姉ちゃんは一喝した。白蛇は、ぴゅっ、と縮こまった。
「明日のことは明日、考えればいいの! ね、あなたもそうよね?」
突然ふられて、圭太はとまどった。
「ぼく……。ぼく、よくわかんない」
「何、言ってんの!」
おねえちゃんは、ものすごく怒った。
「でかいだけが取り柄の、ワニの親戚みたいのが、うろうろしている世界の、どこが楽しいのよ? テレビもアイスクリームも、ゲームもない世界で、あなた、暮らしていける?」
「でも、学校もない、家もない」
圭太は言った。
「いじわるもない、仲間外れもない、蹴られたり殴られたり、無視もない」
「あんた……」
おねえちゃんは、びっくりして目を丸くした。でも、それ以上、何も言わなかった。
「まあまあ」
縮こまっていた白蛇が体を伸ばす。
「『現代』へ帰るかどうかは、いくつか仕事をしてもらって、それが成功してから決めましょうよ。いずれにせよ、あなた方は、失敗するわけにはいかないのです。失敗したら、どうなるか……」
白蛇は意味あり気に、言葉を切った。
「クワレル、クワレル。キョウリュウニ、クワレル」
やけに嬉しそうに、カイバが言った。
「でも、トリケラトプスは、植物食だよ!」
恐竜好きとしては、絶対譲れない事実だ。
「別に、依頼竜じゃなくてもいいんですよ、あなた方を食べるのは。白亜紀にも、肉食恐竜は、たくさんいるのですから」
「絶対、食べられたりするもんですか!」
おねえちゃんが息を巻いた。
「あ、いけない!」
不意に真面目な顔をして、白蛇は、マイクに向かった。
「まもなく、白亜紀に到着です。お降りの方は、お忘れもののないように。まもなく、白亜紀後期に……」
「お降りの方って、ぼくたちの他にも乗客って、いるの?」
「いいえ、乗客はあなた方だけです」
すまして、白蛇は言った。
「でも、車内放送は、規則なんです」
「あんたの趣味なんじゃないの?」
おねえちゃんが、毒づいた。
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