10
最後尾車両の、一番後ろは窓になっていた。確かに、流れ去ってゆく景色も見える設計だ。けれど、先頭車両ほどの迫力はない気がする。
それに今は、タイムトンネルを走っているから、外は真っ暗だ。
車内には、寝台車のようなスチール製の二段ベッドが置いてあった。
先頭車両の豪華なソファーに比べると、格段に質素で、実用的だ。
「ぼく、上の段!」
圭太は、叫んだ。ハッピーだいちゃん♡ なんて変な名前をつけられたから、今度は負けられない。
「はいはい、どーぞ。あたしはどっちでもいいです」
意外にもあっさり、おねえちゃんは、そう言った。
おねえちゃんの気の変わらないうちに、とベッドによじのぼると、カイバがふわふわとついてきた。
「ねえ、カイバ、白蛇の言ったことは本当かな? 本当に、このままだと人間は滅びちゃうのかな」
白蛇の話は、いまひとつ、圭太には難しかった。だけど、人間が地球を壊そうとしているということだけは、よくわかった。モニターで見せられたような、あんな、砂しかない所では、生きていけない。
「シンパイ、シンパイ」
かぼそい声で言って、カイバがすりよってきた。
「うん、心配だよ」
圭太は、ちょっと考えた。
「じゃ、いままでって、何だったのかな、って考えちゃう。スイミングやサッカーなんかのスポーツクラブに通ってるやつらとか、学習塾で勉強しているやつらとか。あいつら、放課後も、忙しくてさ。親も一生懸命で。でも、何をやっても、結局、人間は滅びるんだもの。うざいよね」
「ウザイカ? ケイタ、ウザイカ」
「僕? ううん、僕はうざくない。だって、僕は何もやってないもの……」
言ってはみたが、なんだか、虚しかった。
だって、塾やスイミングは、お金がかかる……。
「でも、結局は、全部、無駄なんだ。だって、このままいったら、人間は滅びるんだもの」
「キョウリュウ、スクウ。キョウリュウ、ニンゲン、ノ、ミライ、モ、スクウ」
カイバがむきにになって言う。
「本当はね、ぼく、ちょっとこわいんだ。恐竜の化石って、すんごくでかいんだよ。ぼくなんか、食後のデザートだよ。恐竜に噛み付かれたら、痛いだろうなあ。噛み付いて頭を振ったら、ぼくの胴体なんか、簡単に、ちぎれちゃうんだろうなあ」
「キョウリュウ、コワイ、キョウリュウ、コワイ」
もっともらしい顔でカイバはうなずいた。
「うるさいわね、眠れないじゃないの」
下のベッドから、おねえちゃんの声が聞こえてきた。
「ねえ、おねえちゃんは、こわくないの?」
「べつに」
「恐竜に食べられても平気?」
「食べられやしないって。もし、白蛇が食べられたって、あたしはだいじょうぶ。もし、あんたが食べられたとしても、あたしだけは、逃げられる」
「なにそれ」
圭太は心底むっとした。
「僕だって、食べられたりするもんか。おねえちゃんこそ、気をつけなよね。おねえちゃんの方が太くておいしそうだもの」
「なによ!」
「イッテイハイケナイ、イッテハイケナイ」
カイバが、小声で言ったが、もう遅かった。
下の段を抜け出したおねえちゃんが、はしごを半分くらいのぼってきて、圭太の半ズボンから出ている脚をぐいっ、とつねった。
「いたたたたー!」
圭太は叫んだ。
「あのね。たとえ今まで通りの生活をしていても、人間の世界はもう、長くないの。あたしたちが年寄りになる頃には、生きていくのが、とても辛くなるかもしれない。ううん、つらくなる。そんなの、あたしは、や。何があっても、どこでだって、あたしは、最後まで楽しく生きる。生きてみせる」
「ゴリッパ、ゴリッパ」
カイバがきんきんと言った。
「あんたが一番うるさい。もうあたしは寝るんだから、静かにしてよ」
そうして、ずんずんと地響きをたてて、はしごを降りていった。
見ると、圭太の脚には、つねられたあざができていた。
「まったく、やられたらやり返しなよね、張り合いのない」
下の段から、ぶつぶつ声が聞こえた。
「ま、やり返すことができるような子なら、ここには来なかったでしょうけど。気が弱くて優しい子が、選ばれたのよ、竜王に。あたしみたいな」
「誰が、気が弱くて優しいって?」
圭太は大声で聞いたが、下のベッドからは、すやすやと安らかな寝息しか聞こえてこなかった。
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