「なんですってぇー!」

おねえちゃんが叫ぶ。


「結局、あたしたちは、もう二度と、もとの世界へ帰ることができないってこと? 冗談じゃないわ。報酬もなしに、仕事なんか、できないわよっ!」



「まあまあ」

白蛇は言った。憎らしいくらい、落ち着いている。


「いずれあなた方が帰るのは……仕事が成功したらの話ですがね……よりよき世界です。あなた方は、人類を、自ら招いた滅亡の危機から救うのです。あなた方は、愚かな人類にとっての、救世主になるでしょう。地球を、賢い恐竜が支配する、素晴らしい世界に変えることによって。あなた方が帰る世界は、偉大なる恐竜が支配する、パラレルワールドです」



「パラレルワールド」



 それは、もう一つの世界、という意味だ。

 ひとつは、今まで圭太たちがいた世界。これは、あと100年で滅びる。

 でも、もうひとつの世界は……。



「そこにも、僕のお母さんはいるの?」


「いますよ、もちろん」

白蛇は即答した。

「でも、もっとずっと、いいお母さんです」


「いいお母さん?」


「恐竜が支配するパラレルワールドでは、全ては、よりよきものとして存在するのです。人間の支配する世界よりもね!」



 圭太の胸が、とくんと高鳴った。



 「『ニャーニャ』や、『ストロベリー・アイランド』は?」

お姉ちゃんは、原宿のショップに、まだこだわっている。


「さあ、それはどうでしょう……」


「ちょっと!」


「『ニャーニャ』や、『ストロベリー・アイランド』は、人類の文明が作り出したお店ですから。パラレルワールドには、恐竜のお店はあるでしょうが……いや、ないかもしれない……」


「どっちなのよ!」


「あったとしても、随分大きいでしょうなあ。なにせ、恐竜の服ですからね。売っているのは」


「ちょっと! そんなの、意味ないじゃない。恐竜の服なんて、着たいとも思わないしぃ。私、そんな世界、い、」



 「僕、やるよ」


お姉ちゃんをおしのけ、圭太は、身を乗り出した。


「このままいけば、100年経たないうちに人類は滅亡するんだよね。みんな、死ぬんだ。僕、恐竜に文明の良さを説明する。そうすればどこかで、哺乳類もその文明に参加できるかもしれない。そうすれば、みんな一緒に生きられるんだ」


 確かに、人間だけが地球を独占するのはよくないと、圭太は思った。

 まして、その地球を、人間が、自分たちの手で、滅ぼしてしまうなんて。



「恐竜とか、トカゲとか、ヘビとかカエルって、大嫌いよ。恐竜もきっとぬめぬめしてるに違いないもん。気持ち悪いしぃ」


 不満げにお姉ちゃんが言った。鼻にしわを寄せている。



「しっ、失礼な! ヘビ皮のバッグは高級品なんですぞ」


 白蛇が、また、赤くなりかけてる。



「あのね。恐竜は、ぬめぬめじゃないから。両生類や魚類でもない。中には、きれいな羽毛の生えているのもいたんだ」


 最新の研究を、圭太が披露する。



「ふうん……」


 ちょっとだけ、お姉ちゃんも、興味を持ったようだ。



「いずれにせよ、選ばれてしまった以上、あなた方に、選択権はないのです。さあ、あなた方は、恐竜の為に、何をやりますか? 誇り高き種族に、どうやって、文明を伝えるつもりですか?」


「お菓子屋さん!」

圭太は叫んだ。


「馬鹿ね、恐竜がお菓子を食べるもんですか」

と、お姉ちゃん。


「ゲームを教える!」

「あの鉤爪で、どうやって、スマホをタップするのよ」


「ううん。じゃ、病気を治す!」

「お医者じゃないのよ、あたし達。恐竜の病気について、何を知っているっていうのよ。第一、恐竜って、病気、する?」


「そりゃ、しますよ」

白蛇が言った。



「文句ばっか言ってないで、おねえちゃんも考えてよ」

圭太はむくれた。


「えっ、あたし? ええっと、そうねえ……。さっき、道具って便利だよって教えればいいって言ったわね」


 おねえちゃんは、あごに手をあて、考えるポーズをする。


「例えば、派遣とか。あたしのママが、派遣会社に登録してんのよ。掃除とか介護とかのお手伝い。頼まれるとなんでもやるの。何でも屋さんよ。そうだ、派遣ビジネスがいい。恐竜から頼まれたことを何でもやるの、道具をつかって。そして、どう、便利でしょ、って言って、その道具を売りつけるの。そしたら口こみでどんどん広がるから、商売繁盛、仕事大忙し……」



「なんか、怪しくない? その仕事?」

思わず圭太はつぶやいた。



「いや、いいかもしれない」

反対に、白蛇は乗り気だ。


「いままで、そういう仕事に挑戦した人はいませんでした。みんな、なにかしらのお店を開いて、お客を待っていて、そして、失敗しました。食われてしまった……。だから、必要な所へ、自分から出向くのは、いいかもしれないですね!」


「んじゃ、決まりね」

あっさりとおねえちゃんが言った。



「じゃ、わたしは、三畳期、ジュラ紀、白亜紀の全恐竜に、派遣ビジネスのことを宣伝しておきましょう。名前があった方がいいですね、会社みたいに。ええと、」

 白蛇は考え込んだ。


「ダイノサービスとか。恐竜が便利で幸せになれるように、ダイノハッピーとか」

 夢中で圭太は言った。


「だったら、ハッピーだいちゃん♡ よ。最後に♡をつけて、ハッピーだいちゃん♡、かわいいっ! 絶対これ!」



「ええっー!」


 圭太と白蛇は同時に叫んだ。



「なによ。あなた達、文句あるっていうの? だったら、私、この仕事から降りる。ハッピーだいちゃん♡ じゃなきゃ、私、やらない」



 「これだから娘っこというのは」


 仕方がない、というように白蛇はため息をついた。それから、君もいいよね、というように、圭太の方を見た。


 「じゃ、何かお手伝いしてもらいたいことがあったら、ハッピーだいちゃん♡♡まで、って、広告、流しておきますよ」



 白蛇は、車両の隅、「スーパーおろち号」の先頭部に置いてある端末に向かった。


「ああ、そうそう、あなた方の部屋は、末尾の車輛になります。連結部に、シャワーもついています。食事は中程の食堂車で。恐竜のいた世界に着くまで、まだ時間があります。部屋へ下がって、ゆっくり休んだらいいでしょう」



「ここが、僕らの部屋じゃないの?」


 先頭車両2階部分が自分たちの部屋ではないと聞いて、圭太はがっかりした。



「いいじゃないの、どっちだって。今朝は早起きしたから、私、眠くなっちゃった」

おねえちゃんがあくびをしながら言った。



「末尾車両からだって、後ろの景色が見えます。先頭車両と同じくらい眺めがいいですよ」

と、白蛇。


「それから、このカイバが、君たちのお世話係です。いつも一緒にいるから、何か困ったことがあったら、相談してみて下さい」


「ヨロシク、ヨロシク」

かさかさしたタツノオトシゴが、あいさつした。


「あんたは?」

おねえちゃんが白蛇をじっと見ている。

「まさかこの豪華な部屋が、あんたの部屋だなんて言うんじゃないでしょうね」


「私は、竜王様との連絡係です。竜王様からのおことづけは、全部この先頭車輛のコンピューターが受信するのです。それと、恐竜たちからの仕事の依頼も。私は、この部屋に常駐しなくては」


「ふうん」

なんか、怪しいなあと思いながらも、圭太はうなずいた。






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