「説明を続けますよ!」


 白蛇が、尻尾でソファーを叩いた。


「竜王があなた方に与えた任務は、『恐竜に仕えること』です。そして、彼らに教えるのです。文明の素晴らしさを。そうすれば、彼らは、永遠の繁栄へと導かれるでしょう。そしてそれは、地球の意志でもある」


「え? どゆこと?」


 と、お姉ちゃん。圭太にも、いまいち、わからない。話が飛び過ぎている。


 地球の意志?

 恐竜が栄えることが?



 白蛇は、鎌首をぐるりと回した。人間なら、肩を竦めた、といったところだろう。


「賢い恐竜が、地球を支配すれば、地球は滅亡したりしない。文明を手に入れてね。愚かなサルの子孫がいじくりまわすから、地球は汚れ、破滅するのです」


「その場合、人間はどうなってしまうのかな? 恐竜の繁栄が、ずっと続いたら」

心配になって、圭太は尋ねた。


「ご安心なさい。地球の片隅でひっそりと生きていくことができます。恐竜に守られた地球の片隅でね」



「なーんか、納得できなーい」

おねえちゃんが金切り声をあげた。

「なんで、あたしらが、主役じゃないわけぇー?」


「それは、竜王の意志だからです」

白蛇は、重々しい声で言った。


「それで、僕ら、何をすればいいの?」

自分に何ができる? 圭太は不安だった。


「いい質問です。あなた方は、恐竜に、文明の素晴らしさを教えるのです。自然のままに生きるという恐竜の生き方では、かの隕石大衝突の折りに、生き残ることはできません。彼らに、ちょっとだけ、教えてあげればいいのです。『道具を使えば便利だよ』って。後は、賢い恐竜たちのことです、自分たちでどんどん、文明を造りあげていくことでしょう」


「道具は便利だよって、教えればいいの?」


「そんなの、あなたがしなさいよ」

あくびをかみ殺して、おねえちゃんが言った。

「なんか、めんどくさそう」


「駄目です。竜王の命令ですから。」

断固として、白蛇は言い張った。



「実を言うと、今までに何人かの人間たちが竜王に選ばれて、文明の素晴らしさ、便利な道具のありがたさを恐竜たちに教えるべく、太古の世界へと旅だったのです。このスーパーおろち号に乗ってね! いずれも私がお供したので、よく知っています。しかし、彼らは、ことごとく、失敗しました」


「なんで?」



「ある者は、恐竜たちに、きれいにすることの気持ちよさを教えると言って、ジュラ紀の森にお風呂屋さんを作りました。恐竜界に、お風呂はありませんから。でも、ある日、ブロントサウルスが入浴に来て片足を入れた時、お風呂は一瞬で壊れてしまいました……」


白蛇は、悲しそうに目を伏せた。



「また、ある者は、恐竜たちに『家』の良さを教えるといって、白亜紀の海岸沿いに、豪華なホテルを建てました。平屋建てにして体重制限をしたので、しばらくは、順調でした。ところが、ある日、お客のユタラプトルが、隣の部屋のお客のムッタブラサウルスを食べてしまったのです。当然ホテルは営業停止。植物食の恐竜と、肉食竜を隣り合わせに泊まらせるという基本的な間違いをしでかしてしまったばっかりに」



 おねえちゃんは、目を白黒させた。圭太は聞いてみた。


「ねえ、なぜ白蛇さんは、そんなに悲しそうな顔してるの?」


「それはね、人間が恐竜に文明を教えるのに失敗すると、その人間は、恐竜に食べられてしまうからですよ」



「なんですって!」


おねえちゃんがきーっと叫んだ。


「さっきっから聞いていれば、変な話ばっかりして。なんで、人間が恐竜に食べられなけれゃ、ならないのよ!」


「そりゃ、そうでしょ。弱い者は食べられる。自然の掟です」


「そういう問題じゃなくって……。そもそもなんで、あたしとこの子が、恐竜の世界に行かなくちゃいけないのよ。あたしは絶対にいやよ。もう帰る。ここで降ろしてちょうだい」


「僕も」

恐竜は好きだ。でも、一人ではたまらない。圭太も慌てて申し出た。



「100年もしないうちに滅びてしまう人間の世界へ、ですか?」


不気味な声で、白蛇は言った。


「さっきの映像を見たでしょう。100年経てば、地球は全てああなるのです。水も緑も失われた大地で、あなたは、生きていけるのでしょうか?」


「100年……経ったら、あたし、まだ、生きてるかしら?」


おねえちゃんが、自分の年を計算しだしたので、圭太も考えてみた。100年経ったら、圭太は、110歳だ。



 「もう、おそい。見てごらんなさい。そろそろ時流空間に突入です。途中下車はできません」

 白蛇が叫んだ。



 暗い窓の外を、赤や黄色や緑のメタリックな光が、びゅんびゅん飛びすさり始めた。光は次第に数が増え、目の回るような勢いで、次々と切れ目なく後方へ流れ去っていく。



「次に人間世界へ帰ってくるのは、あなた方が、恐竜に文明のよさを教えることに成功した時です」


「あのさ……」

おずおずと圭太は、口を挟んだ。

「恐竜に文明を教えたら、繁栄するのは、恐竜なわけでしょ? 人間じゃなく」


「そうですよ」


「つまり、僕たち、どう転んでも、元の世界には帰ってこれないってこと?」


 だって、未来は変わることになる。


 圭太たちが帰るのは、恐竜の時代から見て、未来の世界だ。

 その未来で繁栄しているのは、人間でなくて、恐竜、ということになる。


 もし、圭太たちの「仕事」が成功したのなら。


 そしてもし、失敗したのなら、圭太とお姉ちゃんは、未来の世界へ帰ることはできない。二人は、恐竜に食べられてしまう。







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