「へえ」


 おねえちゃんは枝毛探しに飽き、つめの甘皮をいじり始めた。

 なんだか、急につまらそうな顔になった。

 むきになって、白蛇が続けた。


「恐竜が滅亡した本当の理由は、彼らが、文明を拒否したからです」


「文明?」

 圭太は尋ねた。


「火を起こしたり、道具を使ったり、畑を耕したり、ま、そういうことでしょ?」


爪を見ながらおねえちゃんが言った。


「学校の歴史の授業みたい。つっまんなーーーい!」



「なんてことを! 大切な真理を、今、私は、ですね……」


 僅かにピンク色になって、白蛇は叫んだ。どうやら、かなり、フンガイしているらしい。



 お姉ちゃんと違って、圭太は先を聞きたかった。

「”文明”を拒否すると、なんで恐竜は滅亡するの?」



「いいですか、」


圭太と、ついでにお姉ちゃんもじろりと見て、白蛇は説明を始めた。


「君たち人類が、ウロコも鉤爪もない、ちっぽけな裸のサルが、なぜ、これだけ数多く地球上にはびこることができたとお思いか」


「裸のサル? エッチ! 私、ちゃんと洋服を着てるじゃない!」


「だから、その洋服ですよ! 猫や犬は、毛皮があるでしょうが。でも、人間には、自前の洋服がない」


 ふうううう、と白蛇はため息を吐いた。

 こほんと咳をして、再び、話し始める。


「裸のサルが生き残れた理由……それは、”文明”を手に入れるのに貪欲だったからです。風邪をひけば風邪薬を発明し、食べ物が足りなくなれば、木を切り倒して畑を作り、はては、自分たちに都合のよい作物を作り出すことにさえ、成功した。だが、恐竜は、自分たちの為には何ひとつ作ろうとはせず、自然のまま、生き続けた。その結果、彼らは、大災害に対応できず、気候の激変を、生き残ることができなかった」



「僕らは、隕石が落ちてきたら、爆弾打ち上げて破壊すればいいんだもんね」

圭太が言った。


「今の技術では、無理でしょう。でも、雨を降らせる研究も進められています。いずれは、隕石破壊も、可能になるかもしれませんね。文明とは、無限の可能性です。最後に生き残る手段なのです」


「なら、人類は、永遠に不滅よね」

おねえちゃんが嬉しそうに言った。


「ふめつって?」

「滅びないことよ。不は、否定なの!」


「ひていって……」



「いいえ、このままいったら、百年しないうちに、人類は滅びます」

白蛇がきっぱりと言った。

「これを見てごらんなさい」


 白蛇は、わずかにあごをしゃくった。すると、それまで真っ暗だった前方の窓が、ピピピと光った。かと思うと、突然、テレビのように、画像を映し出した。



 「スーパーおろち」の先頭にある、窓は、モニターになっていた。そこには、何もない広い、乾いた砂地を映し出されていた。



 「何、これ? 砂漠?」

お姉ちゃんが首を傾げた。


「サハラ砂漠とか?」

圭太も言ってみる。


「違います。これは、今から100年後の日本、東京、原宿……」


「えっ!」


 圭太は、心底驚いた。おねえちゃんも、口を開けたまま、ぽかんとしている。



 「スーパーおろち」のモニターに映し出されている画面は、それは凄まじいものだった。


 見渡す限り、薄茶色の砂地だ。時折り、乾いた風が吹き、細かい砂ぼこりが舞うだけ。生きて動くものの姿はひとつもない。雑草さえ、一本も生えていないのだ。


 見ているだけで、砂の熱さが伝わってきそうな気がして、圭太は、喉が乾いた気がした。



「あたしの、『ニャーニャ』は? 『ストロベリー・アイランド』は?」

おねえちゃんが、ぼうぜんとしてつぶやく。


「なんですか、それは?」


「あんた、『ニャーニャ』も知らないの? だっさー。あたしのお気に入りのショップよ。カワイイお洋服を売ってるの!」


「知るわけないでしょ。そんなもん、とっくに消え去ってますよ。原宿だけじゃない、百年後の世界では、日本全土、いや、世界中が、このように砂漠化してしまっているのです」



「なんで? どうしてそんなふうになっちゃったの?」

圭太は尋ねた。

「ねえ、それに、人間はどこにいるの?」



 白蛇は、ゆっくりとかま首をもたげて圭太を見た。その目が、なぜか、とても愉快そうに笑っているのに、圭太は気がついた。


「あれほどの文明を築きながら、どうして人間は、誰も気がつかないのか。人間の吐き出した汚れの為に、地球の温度は年々高くなり、何万年もの間生物を守ってきた空気のバリアは壊され続ける。そして戦争。人間同士の殺し合いは、動物や植物さえも滅ぼして行くのです。自業自得とはいえ、人類滅亡の時は、刻一刻と迫っているのです」


「そんな……」

はじめて、おねえちゃんが口ごもった。


「どうしたら、助かるの?」

圭太も不安になった。



「人類なんて、どうなったっていいのです」


白蛇がきっぱりと言った。


「問題は、彼らが、つまりあなた方が、地球を、この母なるたったひとつの惑星まで道連れにしようとしている点です。広大な宇宙空間にこの地球のような生命に満ちた緑輝く星が他にありますか? 地球は、生命に溢れたたったひとつの星です。他に、えはないのです。それなのに、人類は、自分たちの滅亡に際し、この地球まで破滅させようとしているのです。地球は人類だけのものではないのに」


 テーブルの上に飛び乗り、どん、と跳ねた。



 なんだかすごく責められているような気がした。圭太は、しょんぼりと下を向いてしまった。


 さっきまで威勢のよかったおねえちゃんも何も言わない。







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