5 


 「何を驚いているんです? たった今、説明したばかりじゃないですか。これから、太古の世界へと旅立つ、と」


 白い蛇が、むっとした顔でお姉さんをにらんでいる。



「知らない知らない、僕、何も聞いてない!」


 圭太は叫んだ。

 ちょっと半狂乱の気分だった。



 「まあ、座って」


蛇は言った。憎たらしいほど落ち着いている。


「はじめまして、圭太君。私は白蛇。それから、こいつは、カイバです」


 白蛇は、顎でしゃくるようにした。そうやって示したのは、圭太をここまで連れて来たひからびたチビだった。


「カイバは、タツノオトシゴです」



「よろしく、よろしく」

カイバが言った。



「僕、藤原圭太です。どうぞよろしく」

向こうが礼儀正しく挨拶(?)してくるので、一応、圭太も行儀よく挨拶した。



 それにしても。

 タツノオトシゴ、っだってぇ?

 あれは、海の生き物だったのでは?


 しゃべるヘビに、タツノオトシゴ。


 どうやら、スーパーおろち号の中は、今まで圭太のいた世界とは、違う世界に属しているらしい。



「えー、みんなあいさつするわけぇー」


 中学生のお姉ちゃんが鼻を鳴らした。


「それじゃ、しかたないなぁー。わたし、神崎りさ。漢字は理科の理と、えー、君、小学生? じゃ、漢字はいいや。りさおねえちゃんよ」


 変なしゃべり方、と圭太は思った。



 「じゃ、全員の自己紹介が終わったところで、」


 圭太とおねえちゃんの顔を順番に見ながら、白蛇は言った。

 気取った声で、白蛇は続けた。


「これから、君たちを、時空の旅へとご案内致します。行き先は、人類が生まれるはるか昔、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀……。そう、偉大なる恐竜達が、君臨していた時代です……」


「何それ?」

ばさばさした髪の毛をいじっていたおねえちゃんが尋ねた。


「君臨って?」

圭太も聞いた。



「まったく。人選ミスだな、これは。コンピューターのバグだな」

小さな声で白蛇がつぶやいた。


「えっ?」


 今度は圭太とおねえちゃんが同時に言った。

 小さなため息を、白蛇はついた。


「君たちはね、スーパーおろち号のコンピューターが選んだ人たちなの。偉大なる恐竜たちに仕えるしもべとして、君たちは……」


「しもべって?」

また、二人同時に尋ねた。


「もう! 静かに聞きなさい! まったく、だんだんしつが悪くなってくるんだから。このままじゃ、今度もまた……」


白蛇は言葉を切って、薄気味悪くにたりとした。


「だから、しもべだの君臨だの言ってないで、ちゃんちゃんとしゃべってよ。順番にね! あんたの話、ただでさえ、わかりにくいんだから。わかりやすい言葉で話してよね」


おねえちゃんがぴしゃりと決めつけた。



 「よろしい」


白蛇は、こほんと小さく咳をした。


「サルにもわかる言葉で話してあげよう。君たちは恐竜って、知ってるよね」



 なんか悪口を言われた気がしたが、圭太は突っ込むのはやめた。

 早く話の続きが聞きたかったからだ。


 だって、恐竜……。

 恐竜だよ?


 もちろん、友達や先生のことも心配しなくちゃいけないのだろうけど。

 でも。


 恐竜。



「ああ、あれね。ゴジラとか、モスラとか、キングギドラとかもいたっけか?」


 ……あれまあ、このおねえちゃんは。

 圭太は呆れた。



 白蛇が鼻の辺りから、しゅーっと、音を出した。


「そいつらは、怪獣です! 恐竜とは、およそ1億6000万年の間、地球を支配した偉大な種族のことです。彼らは人間には考えられないくらい長い間、地球のいたるところに栄えました。それが、いまから約6500万年前、突如として謎の滅亡を遂げてしまったのです」



「えーーっ、鳥って恐竜の子孫でしょ?」


 思わず圭太は突っ込んだ。

 だって、去年の夏、お父さんが、「大恐竜展」へ連れて行ってくれた……。



「おや。君は少しは、話がわかるようんですね?」


 白蛇の赤い目が、ちかりと光った。


「嘆かわしいことです。同じ遺伝子を受け継いでいようとも、あのようなチビどもが、恐竜の子孫なんて。ぴいちくぱあちく、群れているだけのアホではないですか! やはり、6500万年前に、恐竜は滅びたのです。私たちの良く知っている、偉大な、美しい種族はね!」



 恐竜から鳥への進化は、まだまだ謎が多いことを、圭太は知っていた。「大恐竜展」のパネルを見ながら、お父さんが教えてくれたのだ。


 お父さん……。

 お母さんとの「約束」で、数ヶ月に一度しか会えないのだけれど。



 白蛇は、悲しそうにうつむいた。


「それから、哺乳類が繁栄し、あのように美しく、偉大な生き物は二度と、この地球に現れることはなかったのです」


「なぜ、恐竜は、絶滅したの?」

少しは興味を感じたのか、おねえちゃんが聞いた。


「地球が寒くなったとか、隕石が衝突したとか、いろいろいうよ」


圭太は教えてあげた。感心したように、白蛇が頷く。


「よく知っていますね、圭太君。そう、それも、理由のひとつです。でも、一部分に過ぎない。もっと大きな理由があるのです」


「へえ? 僕知らない」


圭太が言うと、本当に満足そうに、白蛇は笑った。


「それはね。恐竜が、あの優美な種族が滅亡した本当の理由はね……」


 もったいぶっている。


「もうっ! 早く言いなさいよ!」


 お姉ちゃんが、どんと、脚を踏み鳴らした。

 ソファーにとぐろを巻いていた白蛇は、カイバと一緒に、飛び上がった。


「わかりましたよ。言いますよ。だから、乱暴は止めて……」


 どうやら白蛇は、弱い生物らしい。


「恐竜が滅亡した理由……それは、彼らがあまりにも謙虚でやさしかったからなのです」







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