「星熊、星熊イデスよ」
7月。つまりは夏。
夏真っ盛りである。
夜には全然鳴いていなかった蝉がうるさい。
ミーンミンミンミー。ジーワジーワジーワ…
つまるところ。
「……クソ熱い」
アタシは寝ぼけ眼で、うだるような暑さと喉の渇き、セミの鳴き声で起き、そして。
『おはようございます、明日になったのでお名前を教えていただけると』ぬっ。
「ぬあああ!?」
ごしゃん。思わず後ずさり頭をぶつけた。
「痛ったい!あががが…」
寝ぼけたところに謎生命体の顔があったらそりゃ驚く。
世の中の人間はそんな状況に出会ったことが無いからわからないだけだと言っておこう。断固として主張する。
「あ、あ、あー…そうだった、なんか拾ったんだったアタシ…」
ごしごし目をこすり、昨日のことを思い出す。
『なんか、ではなく”アール”でしょう、貴女がつけたのですが名前』
「あーそうね…おはよう、アール…くああ…」
今何時ぐらいだ…夏で日が上ってるから大体5時半って所かな…
『それで、貴女のお名前は何というのでしょうか、呼ぶ時に困ります』
「あー?アタシ?星熊、星熊イデスよ」
ドアを開け、換気。後ろの方に並べてあるポリタンクから水を取って湯沸かし器に入れていく。
夏とは言え流石に水を湧かさないわけにもいかない。
水分不足で死ぬし生水は怖い。塩は調味料があるし。
『…随分とファンキーな名前ですね、イデス』
「アタシもそう思うわよ…だいぶ減っちゃってるな水…また溜めこまないと…」
さて。それはいいとして。
アタシは今日は学校である。
――
外に出てひとしきり伸びをする。湯が沸くまで軽くストレッチ。
屈伸、伸脚、前屈、体側、回旋。
「毎日準備運動もしない小学生たちって何考えて生きてるのかわかんないわねー…」
高々30日ぐらい毎日ラジオ体操第一をして「えらかったでしょう」スタンプを30個集めるだけで褒められるのは本当によくわからない。
当たり前のことではないのか。
それで褒められるんだったらアタシは今頃36回ぐらいは褒められている。
少し硬めになっていた太もも内側の筋を伸ばしながらそんなことを思う。
「…ん、良し。昨日の落下も引きずってない…」
各所の動きを確認。こうして不調や疲労を確認するのを怠ると普通に死ぬ。
「フレームの方は…」
昨日、乱雑に外しておいた両足用フレームを確認。
ピーッ。ピーッ。
してる最中に湯沸かし器がお湯が出来た事を知らせてくる。
「おっと、先に入れておかないと…」
ポリタンクの横に買い込んであるうどんのカップ麺(バーゲンの時に買い込んでおいた)を一つ取り、開け、お湯を入れて五分。
『……』じーっと。その辺の動作をアールは見ていた。
「…さっきから何?視線がうっとおしいんだけど」
『…いや、人間って生きるために色々しないとならないのですね?』
「……アンタはそこらへんどーなのよ?昨日もアタシの…アタシの飯の種を…食いやがって…………」
がっちゃがっちゃ。フレームメンテナンスの片手間に、その辺を聞く。
いくら何でも自らの生存に必要なことを忘れていたりはしまい。
『そーですね…とりあえず、食べるものを食べないと電力が無くなって動作できなくなりそうですね…』
「つまりそれは、アンタも飯食わないと死ぬってことじゃないの」
がっちゃがっちゃ。基幹フレーム自体は歪んでない。
古臭い第一世代だけど、こういう所は頑丈にできてて助かる。
「んで?どれぐらい食ったり飲んだりする必要があるの?」
『それがよくわからないというか…通常稼働に必要な電力と、この…』
アールが右手を振る。あのわけのわからない威力の光線を放出したやつだ。
『”右手”を稼働させるために必要な電力に差がありすぎてよくわからないというか…桁が違いすぎるというか…』
「なんじゃいそりゃ。つまりその右手を十全に稼働させられる電力があればアンタは別段、何も食わずに生きていけるってわけ?」
細かい部品にはガタが来てる。
仕方がない、全面的にオーバーホールをしないとならなさそうだ。予想外の出費が大きい…
『理論的にはそうなるでしょう』
「はー、なんだか本当にわけわかんないわね、アンタ…」
フレームの点検は終わった。色々する必要があるから学校後に行くとして…
「そろそろうどんは出来たかな…あ、アール」
『はい、何でしょうイデス』
…不安しかないけど。まあこうするしかあるまい。
「アンタ暫く留守番…留守番…?まあ、この中でグダグダしてて」
『はあ…正直、やることもないし暇なんですけど…』
「うっさい、アタシは学校行くから。」
べりべり蓋をはがし、嗅ぎなれたカップ麺の匂いが車内に充満する。
『それで、暫くと言うのはどれぐらいで』
「あっちち…そうね…」
今日は月曜日である。つまり毎週発売される雑誌を立ち読みしていって…
「大体15時ぐらいかしら、その辺でアタシが帰ってきて連れて行くところあるから」
『はあ…』
とにかく
「まあそんなわけで、すまないけど暫く暇してて、いただきまーす」
話もそこそこにアタシはカップ麺を啜り始める。
『…私のご飯はありますか?』
「あるわけないでしょスカポンタン」
アールはしょんぼりしていたが、仕方ないだろう。
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