『…あまりセンスのない名前ですね』

――どうにか、空いた穴を通り外に出て。


帰り道。


空にカラスが飛び、かー。かー。と寂しげな鳴き声を住宅街に響かせる。


「………きれいなゆうやけだなあ……はぁ」

今日の稼ぎは0。つまりボウズ。

何故かと言うと。


『おや、何を溜息をついているのですか』


――この、能天気極まる”へんなやつ”がアタシのバックパックを占有しているからである!!!


「………………はぁ……」答えずに溜息ひとつ。


しかしどうしたものか。この喋る不思議生命体を。

ざっかざっか。住宅街を抜け、更に郊外へ歩いていく。


機械兵は、一応「人類の敵」区分である。

普通のやつらが街に出て来たらそれだけでも結構な惨事になることは想像に難くない。

たとえそれが、こんなへんてこな喋る能天気物体でも、外部にはそう映るまい。

――実際、右腕の光線でも撃たれればアタシなんてひとたまりもないだろう。

(撃った後めっちゃ腹が減っただの、うるさかったから撃たないだろうけど)


――何故アタシはこんなものを拾ってしまったのだろう…自分でもわからない。


『どーしたのですかー、おーい』能天気物体は思考を遮るがごとく、ぶんぶんバックパックからはみ出た右腕でアタシを叩いてくる。

「やめい、見つかったらどーすんの」

ぐいっとそれを抑え込み、さらに歩く。家はもうすぐだ。



ぎぃぃ…

アタシの”家”がある廃棄場までたどり着き、フェンスを開け、抜ける。


各所から炊事の煙がちょこちょこ見える。アタシの”同類”が今日も生きてる証。


それを尻目に歩き、右に曲がり、また歩く。

少し歩いてさらに右。入口からは結構近い。

ちょうど、くぼみ状になっているジャンク品の山。

その中に。


――ワンボックスカー。その廃棄された”モノ”。

車種は知らないし、興味もない。

とにかくこれがアタシの”家”だ。



(エンジンには使われることもない)鍵を開けて入り、能天気物体を投げ捨てる。


「ただいまあ」

と言っても誰も答えるものはなかった。


『ぐえーっ』

ぼふんぼよん。寝っぱなしの座席を跳ねるやつ。


――今までは。


『おかえりなさい』

ぼふん。跳ね終わったそいつがそう答える。


「……いや、ここアタシの家だけど。むしろアンタが上がりこむ側じゃないの」


『おや、そうでしたか。いや…そう答えるのが礼儀だとデータにあったので…』


「…はあ」

あきれた。何だコイツは。

ドアを閉め、後部座席側に寝転がる。


「…んで?あんた何?何故喋ったり埋まったりしてんの…」

疲れた。とにかくアタシは疲れた。

ぐでっとなりながら目下の疑問を口にする。


『いやあ、それが私にも、とんとわからないんですよね…どっこいしょ』

よじよじ右手だけでバックパックから這い出ながらそう返される。


「はあ?わかんないって、アンタのことでしょーが」

『と言われましても…本当全然わかんないんです』


ぶんぶん右手を振られ、わからないと言い始める。マジで何だコイツ。


「…んじゃあ、名前は?それ位わかるでしょ」

『なまえ…なまえ…いや、やっぱり全然わかんないです…』

「はー?冗談でしょー…」


聞きたいことなんて幾らでもあるが、本当にわからないようだ。

何しろ名前もわからないと言い始める。


「はー…何度目の溜息かしら、これ…」

『大変ですねえ、溜息をつくと幸せが逃げると言いますよ』

「何でそんなことばっかり知ってるのよアンタ…」


どうにもこうにも調子が狂う。

疲れた。とにかくアタシは疲れたのだ。


「……”アール”」

『?』

「アンタの名前。右手だけしかないから”アール”ね。分かったわね、わかったらアタシは寝る、いいわね」

『はあ…』


投げやりにパッと思いついた適当な名前を投げつけて、安物の毛布二枚で出来た万年床にくるまる。


『…あまりセンスのない名前ですね』

「ぶっ飛ばすわよこの野郎、と言うか機械兵にセンスの有り無しわかるのか」


ごろん。後部座席側は窓がないので視界が暗くなり寝やすい。背を向けて寝る。

疲れた。疲れたので全てのことは明日のアタシに丸投げする。


「んじゃ、おやすみ、アール」

『おやすみなさい、……名前、聞いてないです』

「めんどい、明日よ、明日…」


(…おやすみ、って言って。それに返されるの、何年ぶりだったっけ…)


――そんなことを思いながら、アタシの意識は闇へ落ちて行った。

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