第37話 広がる世界と閉じた世界

更新です。

序章はこれにて完結です。

―――



 世界は光に包まれた。

 まるで時が止まったみたいな穏やかな光の中、声が聞こえる。


―――紡ぎ手たちよ―――


 全てのプレイヤーに聞き覚えのある荘厳な声。

 いつの日か彼らを迎えた何者かの声が、再びプレイヤーたちの元に届いた。


―――あなたたちの働きにより、数々の物語が紡がれました―――

―――その働きによってこの世界もまた、いま再び始まろうとしています―――

―――終わってしまった物語を、紡ぐことのできる可能性が生まれたのです―――

―――ありがとう―――


 人々はそして、振動を感じた。

 大陸のどこにいようとも感じる振動。


 これは後日語られたことだったが、あるプレイヤーは、そのとき水平線の彼方に浮上する大陸を見たという。


―――さあ紡ぎ手たちよ―――

―――さらなる物語を紡ぎなさい―――

―――いつかこの世界を、再び物語で満たさんことを―――



 こんこん。


「なあ、アカリ、起きてるか?」


 声をかけてみて、そういえば扉は防音だったと思い出すシズク。しばらく反応を待ってみるが特に返事もないので、彼女はなんとなく緊張しながら扉を開いてみた。


 開いた扉から廊下の灯りが入り込んで、真っ暗な室内が見渡せる。


 アカリは自分のチェアに三角座りをしていて、ディスプレイも転倒させずにじっと俯いていた。


「よ、よう。なんだ、起きて……るよな?」


 シズクが問いかけると、アカリは徐に顔を上げる。

 睨みつけるような視線。

 目つきが悪いのはデフォルトだったが、なにか、普段よりも威圧感を覚えてシズクは生唾を呑む。


「あー、えっと。そ、そうそう。あのな、すげえ景色送ってくれただろ?実は、ってか送ったよな?森。あの後私もアカリの知らなさそうなミストクリアしてさ。それがまたすっげえ大変でさ。今度またお互いに……案内?ってかそんな感じでやろうぜ。これまではアカリ任せなところ多かったけどさ、今度は私が保護者らしいとこ見せるからよ」


 どどんと胸を張ってみるが、アカリは一ミリも反応しない。ただただ、その視線をシズクに向けるばかりである。

 妙に恥ずかしくなったシズクはこほんとひとつ咳払いをして、それからぱしんと手を叩く。


「そうだ!それによ、なんか新大陸?みてーのが出たんだぜ!」


 あの後。

 『追憶の欠片』から帰還した途端に発生したイベントによって、ミスティスの世界には新たな大陸が生まれた、らしい。直接見たわけではなく掲示板で知った情報だが、もしかするとふたりの攻略がきっかけになったのかもなどとワイワイはしゃいだものである。


 きっとアカリも興味を惹かれるだろうとわくわくしてそれを告げれば、返ってきたのは舌打ちだった。


「なにそれ」

「あ、アカリ?」


 戸惑うシズクを、アカリはぎりっと歯を噛み締めて睨みつける。


「なんでアカリ意外と遊んでんの」

「は、はぁ?」

「アカリと一緒にやるからって買ったのになんで勝手に他の意味わかんないやつとやってんの」

「いや、おいおい待て待て。今日一緒にできねーって言ったのはアカリの方だろ?」


 それ以前に、アカリも散々自分だけでプレイしている。

 もちろんその部分に文句などある訳もないが、行っていることが支離滅裂すぎてシズクは混乱していた。


 しかしアカリはシズクの言葉にバンッ!と机を殴りつけると、唖然とするシズクを放ってベッドにもぐりこんでしまう。


「アカリ、どうしたんだよおい」

「……うっさい。寝るから消えてくれない?邪魔」

「アカリ!」


 シズクはベッドに近寄りアカリと目を合わせようとするが、アカリはすっかり布団にくるまってしまう。その身体をゆさゆさしながら、シズクは懸命に声をかける。


「おいアカリ、悪かったよ」

「うるさいって言ってんのッ!消えてよッ!」

「ぐっ、」


 ばしっと振り払われた腕が痛み、シズクは呻く。

 その声にアカリはびくっと震え、けれど謝罪もなく「早く消えて」と震える声で言った。


 シズクは腕をさすりながら沈痛な面持ちで下唇を噛んでうなだれる。


「……分かった。ま、なんだ。また明日話すか。うん。眠い時にハイテンションで来られたら、そりゃうぜえわな。すまんすまん」


 力なく笑って、シズクは部屋を後にする。

 最後にちらりと振り向くが、やはりアカリはベッドに潜ったまま。

 扉を閉じたシズクは、はてさてどうしたものかとため息を吐いた。


―――その日以降、アカリはミスティストーリアをプレイしなくなった。

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