第36話 囁きと雫

更新です。

そろそろ終幕するる。

―――



 蔓の中で砕け散る命。

 自分が失ったものが光に溶けていくのを、花は呆然と見つめていた。

 蔓が蠢き、どこかにいってしまった女を探す。

 蔓が小部屋を覆い尽くして、けれど、それはどこにもない。

 

消えてしまった。

 

 それを理解した時、彼女はもはやまともではいられなかった。


 絶叫。


 大地を揺るがす悲鳴。


 やがて、ふ、と意識を失うように、彼女はうずくまった。


 ぽたり。


 彼女の目から、雫が落ちる。


 ぽたり、ぽたり。


 それが落ちるたび、大地は脈動し、少女の身は萎れていく。


 やがて少女は枯れ果てて。


 そして、それでおしまいだった。


【追憶から帰還します。】



「……『囁きの精霊アルプ・ラウネン』っていう遺物系ミストがあってね」


 ローゼマリーの呟きを聞いたシズは、その名を知ったことでその詳細もまた知る。


囁きの精霊アルプ・ラウネン

・大自然の力を凝縮した雫。

・大自然が生んだ至上の回復薬。大自然の力があらゆる害を打ち払い、その身は二度と病を患うことがなくなる。


「それこそ超重要イベントアイテムくらいの代物なんだけど……これ、実はアルラウネの語源なんだよね……」

「……ぅむぅ」


 ローゼマリーの言いたいことをなんとなく察してシズは唸る。

 静かに流れるアルラウネの涙を思い返して、彼女はまたすこし落ち込んだ。


 しばらくまた沈黙して、それからローゼマリーはまた口を開く。


「たぶん、やるなら一回でっていうことなんだろうね」


 明らかにあのとき、蔓を切られたことが原因で締め付けが強くなっていた。


―――それはつまり実質彼女たちがやってしまったようなもので。


「あぁ……そうだな……」


沈痛な表情で頷いたシズは、耳に残る嫌な音を振り払うように頭を振ると、パチンと頬を叩く。


「っし、だからってあんま落ち込んでもいられねえな。次こそ助けてやろう」

「……それなんだけどね、シズ」


 拳を握って決意を固めるシズだったが、ローゼマリーが言いにくそうに口を開く。


「多分、普通にやって助けるのは無理だと思う。さっきのやつ私の魔法だと一番切れ味あるし。もうちょっと強い魔法が使えたら別だけど」

「そう、なのか」


 むむむ、と眉根を潜めるシズ。

 そんなシズに、ローゼマリーはさらに言いにくそうな様子で言葉を続けた。


「だから、クリアしようと思ったら、例えばだけど、ほんとに命にかかわるところだけを狙うとかになっちゃうかな」

「んあー、そゆことか」


 なるほどな、とシズは渋い表情で頷く。

 ローゼマリーが言いにくそうにしていた理由もよく理解できた。

 なにせそれは、まったく残酷な方法だ。

 例えば足がつぶれたところで死にはしないからと、その部分の蔓ははなから切断を諦めるという方法。所詮仮想の世界の、しかも追憶の向こう、過去の話なのだと言えばそこまでなのだろうが、確かに気は進まない。


 シズはしばし唸り、それからローゼマリーを見つめる。


「マリーは、そーゆーのってけっこう抵抗ある方か?」

「んと……正直あんまりかも。進んでやりたいとは、そりゃあ思わないけど」

「そか」


 それならいいと、シズは笑った。


「やるか。で、まあ無理そうならまた鍛えてからリベンジだな」

「だいじょうぶ?」

「おう。どっちかってぇと、あのままにしてやる方が私としちゃあ心が痛えよ」


 からからと笑ったシズにローゼマリーはぱちくりとまたたき、それからくすっと笑う。

 ふたりは少しだけ打ち合わせをして、再度追憶に挑む。



「あ゛ぁあああああああ―――ッッッッ!!!!!」


 二度目の絶叫。

 できればこれを最後にしたいものだと視線を鋭くしながら、シズは長剣を構えアルラウネを見やる。

 先ほどの挑戦ではすぐに斬りかかったので攻撃が返ってきた。

 そのため今回は必要最低限の攻撃に留めようと、ローゼマリーの魔法がひとまず完成するまでは静観である。


 どうやらそれは上手くいっているようで、全身を締め付けられる女の悲鳴が心に痛くはあるものの、アルラウネは戸惑うばかりで攻撃を仕掛けてこない。


 そこでふと、今ならアルラウネを説得できるかもしれないとシズは思った。

なにせ彼女は追憶で見た限りはなんとも温厚な生き物で、今こうして危険な状態になっているのも、本人の害意などではなく力加減が分かっていないといった様子だ。

もしかしてと希望に瞳を輝かせ、シズは声を張り上げる。


「おい!アルラウネ!この人を離してやれ!蔓がキツくて苦しんでいるんだ!」


 声を上げるシズにアルラウネは視線を向けて、そこで初めてシズの存在に気が付いたとばかりに目を見開き、睨みつけてくる。


 蠢く蔓が、彼女たちを敵と見定めた。


「あ、やべ」

「シズさぁーん!?」

「いや、ぉん……わりぃ」


 文句のつけようもなく過失である。

 次々に襲い来る蔓の鞭に、シズは表情を引きつらせながらもスーパーシールドを突撃させた。

 当然スーパーシールドは受け止められてがんじがらめになるが、そこで即座に再召喚することで絡み合った蔓だけをその場に残す。いざという時のために考えておいた秘策である。


「シズ!」


 とそこで、魔法を完成させたローゼマリーが鋭く声を上げる。

 即座に応えて蔓をスーパーシールドで薙ぎ払ったシズは、長剣を振り上げ女冒険者を掴む蔓に向かった。


「ずぇえええいッ!」


 大上段からの振り下ろしに、スーパーシールドを上から叩きつけて加速。

 気迫の一閃はギリギリのところで蔓の一本を断ち切り、それと同時に叩き込まれた風の刃が数本の蔓を切り落す。


 アルラウネの悲鳴が響き、そして握りしめられた蔓が女の肉を砕く。


「がぁあああああああ――――――ッッ!!?!?!」


 上がる絶叫。

 下腿を捻り潰されて地に落ちた女は、切断されても未だ蠢く蔓に絡みつかれながら芋虫のように悶えた。


「すまん!こうするしかなかったんだ!」


 泣きそうになりながら謝罪の言葉を投げたシズが彼女を抱き上げ、一目散に背後の階段を目指す。しかしその途端に蔓が階段を埋め尽くし、慌ててシズは飛びのいた。


「アルラウネッ!」


 怒りすら滲ませ振り向くシズ。

 アルラウネは、鬼のような形相でシズを睨みつけながら蔓を躍らせる。

 ひぅんひぅんと風を切って暴れた蔓が、その先端でシズに狙いを付けた。


 女を抱きながらそれを睨みつける彼女に、そして蔓たちはいっせいに放たれる。


「シズ!」

「来んな!」


 鋭く告げるシズのもとに到達する蔓たち。

 それはシズの胸に頭に全身に叩きつけられ、シズは凄絶に弾き飛ばされて蔓の壁に受け止められる。ぎゅるぎゅるとその身体を埋め尽くす蔓に拘束されながら、シズは蔓に抱かれる女を悔し気に見つめた。


「クソがッ!」


 失敗をしたのだと確信する。

 忌々し気に吐き捨てるシズは、けれどそこで不意に気が付いた。


 アルラウネの蔓は、女をくるんではいたが、締め付けてはいないのだ。


 まさかと思って見つめる先で、女を自らの元に運んだアルラウネは、彼女の頬に手を伸ばす。

 まるで触れることをさえ恐れるかのように震える指先で、ほんの一瞬だけ触れる。


 彼女は、きっと、自分の力が女を傷つけたことを理解していた。


 そんなアルラウネの手を、女はそっと掴む。

 優しい手つきで引き寄せて、アルラウネをその胸に抱いた。


 その耳元で、何事かを囁く女。

 アルラウネも、応えるように囁きを返す。


 ぽつり。


 アルラウネの零した│一滴ひとしずくが、女の服を濡らす。

 女は柔らかく笑んで、その目元にそっと口づけた。


―――変化は、劇的だった。


 目を見開く女の脚が瞬く間に元通りに生えそろい、苦痛に青ざめた表情は血色を取り戻す。

 瞬いた女は、呆然とした様子でアルラウネの頬に触れた。

 すがるように見上げるアルラウネは儚く笑い、そしてそっと身体を起こす。


「ぬぉ!?」


 そこで突然、シズは解放された。


 シズを捕まえていた蔓の壁がなくなり、階段への道が開く。


 女がそれを見て、そしてアルラウネに視線を戻せば、彼女はただただ寂しそうに微笑みを浮かべていた。


 女は驚きに目を見開いて、それから下唇を噛んで表情を歪めると、アルラウネに抱き着いた。


 女は、泣きそうな笑みでシズたちを振り向く。


「どこのだれかは分かりませんが、助けてくれてありがとうございます」

「お、おう?や、なんだ、えと、乱暴して悪かっ、た……?」


 いまいち展開がつかめず戸惑うシズ。

 女はアルラウネと見つめ合い、それから言葉を続ける。


「私は、ここに残ることにします。わがままを言うようですが、どうか、この子とふたりきりにしてはいただけませんか?」

「……いいのか?」

「はい。……そしてできれば、どうかこの場所のことを秘密にしてほしいのです。あなたたちも、冒険者なのですよね?わたしの持つものはなんでも差し上げます。それでどうか、この子のことを秘密にしてください」

「や、別にそんなん貰わなくても」


 咄嗟に遠慮するシズに女は優しく笑み、それから深々と頭を下げた。


「ん、まぁ、なんだ。ともかく、じゃあ、私たちはおいとまするぜ。いいよな、マリー」

「うんっ。お元気でね!」

「ありがとうございます」


 そうしてその場を去ろうとするふたり。


 アルラウネが、歌う。


 言葉ならぬ声。

 けれど呼び止められたとそう感じたふたりは振り向いた。


 嬉しそうに女に抱き着きながら、アルラウネはその蔓をにゅにゅっと二人の元に伸ばしてくる。

 その先端にぷくりと膨れた蕾が芽生え、かと思えばそっと落ちるそれを慌てて受け止める。


 どうやらプレゼントのようだ。

 ふたりは顔を見合わせ、揃って礼を告げると今度こそその場を後にした。


 背後で、階段に通ずる出入り口が蔓に閉ざされた。


 そして追憶は終わる。


囁きの精霊アルプ・ラウネン

・問答無用で完全回復する上に一部除いた状態異常を永遠に無効化するとかいう壊れアイテム。とはいえインベントリなら“キーアイテム”のタブに収まるような代物で、過去作では病に伏したお姫様を治すために使用されたことがある。

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