第35話 花と冒険者

更新です。

―――


 枯れ果てて乾燥した蔓に覆われた小部屋。

 安らかな光の粒子が舞うそこに、芽生えるように『追憶の欠片』はあった。


『花と冒険者』(未クリア)

〜あらすじ〜

霧で包まれた迷宮が最奥に咲く一輪の少女のもとに、ひとりの冒険者が訪れる。

ひとりぼっちの花は、初めて自分以外を知って。

そしてふたりきりの世界は、少女にはあまりにも満ち足りていた。

〜クリア条件〜

*女の殺害を防ぐ

(*:必須条件 ・:選択条件)

〜クリア報酬〜

『不明』


「不穏だな」

「どうみても戦いっぽいねえ……」

「ま、今度はさすがに殴れるだろ」

「あはは。そうだね」


 なにはともあれここまで来たからにはやっておこうと、ふたりは早速追憶を辿る。



【『花と冒険者』】


 霧で包まれた迷宮が最奥、小さな石の小部屋の中に、彼女はひとり咲いていた。


『異形系:アルラウネ』


 可憐に佇む花の少女。

 いつからそうしていたのか、いつまでそうしているのかも分からない。

 彼女にはなにも分からない。

 ただただそこに咲いていて、それだけだった。


 そんな彼女のもとに、ある日一人の冒険者が訪れる。


「わぁ……きれい」


 地図を握り締めて階段を登ってきた女は、警戒も忘れて、そこに咲き誇る彼女に見惚れた。

 じっと見ていれば、少女は女をじっと見返してきて。


「あの、初めまして」


 話しかけてみるけれど、ただ咲いていただけの彼女に言葉は通じない。

けれど冒険者の女は、その美しい彼女のことを知りたくて、どうにか伝わって欲しいと言葉を重ねる。


 最初は、今まで見たことがない自分以外に驚いて興味深げに見ていただけの花は、やがて女が自分に何かを伝えようとしているのだということに気が付いて、そのなにかを知りたくて、次第に自分からも彼女に触れるようになった。


 それからふたりは、言葉でも身振りでも伝えられないなにかを伝えるために一生懸命になって。


 時には言葉を、時には動きを、時には歌を、時には、時には……。


 時間感覚もあいまいなミストの中で、女は携帯食料や水筒の水で命を繋ぎながら可能な限り少女と共にいようとしたが、やがてそれにも限界が来る。


 だから女は、伝わるようにと信じて、身振り手振りで花の少女にひとときの別れを告げた。


しかしきっと、通じてしまったからこそ。

 通じ合ってしまったからこそ。

 花の少女は、それを受け入れることはできなかった。


 名残惜しげに階段を下っていく女の背。


 ひとりぼっちを知ってしまった花の少女は、もうひとりぼっちは嫌だと、そう思った。


―――だから。


 地を這う蔓が、女の身体に巻き付く。

 力加減を知らぬ少女は、ただ離れがたいという気持ちでその身を砕けるほどに抱きしめた。


 色彩を失う世界。


無機質なウィンドウが表示される。


【物語の分岐点に到着しました。】


〜クリア条件〜

*女の殺害を防ぐ。

(*:必須条件 ・:選択条件)


【『開始』を選択する、または境界を踏み越えると物語への介入が始まります。】


「おぉう……」

「これは、やばいね」


 なんとも重々しい表情を見合わせるふたり。

 正しく追憶、次々と移り変わる場面を通してじっくりと語られた花と女の経緯。

 柔らかく笑みを浮かべて、伝わらない言葉をささやき合うふたりの姿はなんとも微笑ましいもので。種族という垣根を超えたなにか尊い関係性にしみじみしていたのに、あっという間に地獄だ。特にアルラウネが縋り付く幼子のような表情をしているのが悲惨すぎる。


 しばし沈黙して、それからシズは口を開く。


「殺害を防ぐ、なんだよな?」

「う、ん。倒せ、とかじゃない……っていうかアルラウネって倒せるような相手じゃないんだよねそもそも」

「そうなのか?」

「森を相手にするくらいの気持ちかなぁ」

「そいつはまた、やべえな」


 険しい表情を浮かべるローゼマリーに、シズは神妙な面持ちで頷く。


「なんか弱点とかってあったりすんの?」

「強いて言えば斬撃?蔓を切り落として逃げるっていう」

「炎とかきかねえの?」


 なんともネガティブな方法を挙げるローゼマリーに、シズは首を傾げる。

 見るからに花っぽい相手である、イメージ的には炎属性がこうかはばつぐんそうだった。


 しかしローゼマリーは首を振る。


「草タイプっていうよりは自然タイプだからねーアルラウネって。自然の力と水分がたっぷり詰まってるから、まず着火しないよね」

「おぉう、イメージ古いんかね」

「や、ミストリが結構特殊かも」


 そうしてしばらく話し合うふたりだったが、結局すべきことは単純だと、やがて決意を固めて物語を再開する。


「あ゛ぁあああああああ―――ッッッッ!!!!!」


 響き渡る絶叫。

 女が傷ついていることを分かって、アルラウネは目を見開いておろおろと動揺する。

 

 即座に動き出したシズとローゼマリーは各々の獲物でアルラウネの蔓に斬りかかる。

 しかし蔓は一度の斬撃では切り傷が入るばかりで、それもみるみる回復してしまう。

 叩きつけたスーパーシールドも、蔓をへこませはすれど千切れる様子は全くない。


「うっそだろおい!」

「連続で切って!魔法で落とす!」

「っしゃおら!」


 手中に魔法を構築するローゼマリーの指示に従い、シズは何度も蔓を切りつける。


 しかしそこで、混乱しながらも突然の乱入者の攻撃に反応するアルラウネが新たな蔓を操ってふたりに襲い掛かった。

 そくざにスーパーシールドでそれを受け止めるシズだが、蔓は瞬く間にスーパーシールドをからめとるとぎちぎちと締め上げ拘束した。


「まっじかよッ!」


 次々に襲い掛かる蔓をとっさに長剣で打ち払い、当然のようにからめとられて咄嗟に手を離す。

 跳び退ったその場に叩きつけられた蔓が石を叩き砕くのを見て青ざめたシズは、スーパーシールドを再召喚してローゼマリーを背にかくまいつつなんとか蔓たちから身を護る。


「お願いっ!」


 そこで完成した魔法、風の刃が今もなお女を締め付ける蔓へと飛翔する。

 それは見事に蔓を数本切り裂き、そしてそれだけだった。


 蔓を切断されたショックに、アルラウネが声にならない声を上げる。


 ぎゅち。


「ぇ゛あ」


―――ふたりは、肉が絞め潰される音を聞いた。


【物語の重要人物が喪失しました。】

【物語の継続が不可能となりました。】


『異形系:アルラウネ』

・自然の力の結晶のような生物。特に森などで、不思議な力を持った場所=環境系ミストなどに生まれることがあるが、その原因は不明。基本的には敵意を持たない生き物であり、きわめて温厚。ただその精神は生まれたての赤子のように感情に素直であるため、うかつに手を出せばその大自然より吸い上げた力がためらいもなく振るわれる。

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