第33話 霧を抜ける
更新です。
―――
いくつかの道を巡ってみた結果、なにひとつとして得るもののなかったふたりは最初の階段の傍で考え込んでいた。
さすがにあてどなく試してみるのもそろそろ限界だろうということで、腰を据えて謎解きしてみようということになったのだ。
しかしそれもまた難航する。
「ヒントがなぁ……わっけ分かんねえんだよなぁ」
「霧に惑って場を知って道を辿ってって、全部やってるはずなんだけどねぇ」
「実はこの地図みてぇになんかまだ必要なもんがあるとかか?」
「うーん。それ疑い出したらキリはないかな」
つつぅ、と指先で地図の道を辿るローゼマリー。
いくつか道をなぞってなにかの形を見出そうとするがどうにもそれらしいものも見つからず、むむぅと眉をひそめるローゼマリー。
「うーん。ねこちゃん」
「見事に迷走してんな。……第三の眼」
「ぷはっ」
ローゼマリーが道をなぞってでっちあげた猫の額に、同じく道をなぞってイタズラするシズ。
噴き出したローゼマリーはどうやらツボにはまったらしく、彼女はしばらく笑い続けた。
気を取り直したところで、ローゼマリーは改めて地図とにらめっこしながら呟く。
「道全部辿ってみる覚悟が必要かなぁ」
「面倒だがしゃーないかねぇ」
うむむ、と唸るふたり。
しかし他に妙案が浮かぶでもなく、とりあえず歩きながら考えることにした。
地図に沿って歩くのにももうずいぶん慣れて、やるならさっさとやってしまおうと、さくさく進んで行く。
その道中で、やはり何度かローゼマリーは気配を感じたらしく、これも何かのヒントかもしれないと、システムのメモ機能を使って地図上の場所を記しておくことにする。
しかしどう見ても規則性を感じさせない微妙な形に、ふたりは少しがっかりした。
やがてふたりは、地図に示される道の中でも最外に位置するカーブに差し掛かる。
道に従って、どうやらこのエリアの際を表しているらしい霧の壁にずんずんと迫っていけば、ふとシズが首を傾げる。
「この道、霧に入って行ってね?」
「……かも?ぎりぎり入りそうだよね?」
ふたりは顔を見合わせ、そして実際にその先で道は霧の中に埋まってしまう。
地図をなんども確認して方向を示し合わせてみるが、やはり間違いないようだった。
「これはもしかするやつじゃないか?」
「……霧に惑うってそういうことかな?」
「ってことは霧ん中でも道に従ったほーがいいよな」
「たぶん」
ふたりは頷き合い、注意深く地図を見ながら霧の壁の中へと進んで行く。
あっという間に前後不覚になるほど色濃い霧のなかをふたりは地図を頼りになんとかかんとか歩いて歩いていく。
弧を描く道は当然中央に向かっている。
それに沿って行けば距離感的に霧の壁を抜けるタイミングがやってくるはずだったが、しばらく進んでみてもなかなか霧を抜けられない。もちろん、元の階段に戻ることもなかった。
「来てんじゃねえのこれ」
「来てるよ!」
瞳を輝かせながら顔を見合わせたふたりは、ずんずんと霧に包まれた道を進んで行く。
道からそれてしまわないようにと慎重にけれど足早に、適当な道を選んで元居た目的地を目指す。
と。
そこで不意に、ローゼマリーが立ち止まって道の先を睨む。
「なにかいる……!」
「また気配か?」
「そうだけど、今度はなんかもっとやばいかも!」
手中に魔法を描きながらショートソードを構えるローゼマリーに、シズも慌ててスーパーシールドを近くに寄せて長剣を構える。
ざわざわ、ざわざわ。
木々のざわめきが、周囲を覆っていた。
いつの間にかも分からない。
これまでの静寂は、いつの間にかなくなっている。
霧が蠢く。
風に流されて、ではない。
むしろそうして霧が蠢いたからこそ木々が揺れているのだと理解する。
「ちょっと吹き飛ばすよ!」
告げたローゼマリーの手中に二重の円環魔法陣。
現出するは風、破裂するように周囲へ拡散する暴風が激しく霧を揺らす。
しかし霧はどこまでも色濃く彼女たちを覆ったままだった。
―――ずぁ。
「ッ!」
ローゼマリーが咄嗟に振るうショートソードが、なにかを打ち払う。
なにか。
それはまるで、霧の中で霧の腕が伸びてくるような不可解な気配。
確かにそこに嫌な気配を感じたのに、それは霧の中に溶けて実体がないのだ。
いや。
嫌な気配というのなら、それはすでに全身を覆っている。
空間を満たす霧全てが、彼女へとなにかの気配を伝えている。
険しい表情でまた魔法を描きながら、伸びてくる気配を切り伏せる。
「なんか来てんのか!?」
「分かんない!けどなんかある!」
「マジかよ」
シズが焦った様子で周囲を見回しながらスーパーシールドをぐるぐると回す。
しかし何かに触れているのかいないのか、ただただ霧の中を泳いでいるだけでしかない。
「待って、これ増えてる!?どうしよ!無理かも!」
懸命になにかを切り伏せながら風を吹き散らすローズマリーが、どんどん襲ってくるなにかへの対応にいっぱいいっぱいになって泣きそうになりながらシズを見る。
「とりあえず撤退するぞ!スーパーシールド!」
方向すら考えず、スーパーシールドを霧の海に突き抜ける。
なにかがいたとしてもそれで処理できたと信じて、ローズマリーの腕を掴んだシズはスーパーシールドを追って走った。
走って。
そしてほどなくして開けた視界の先に、ふたりは階段を見つける。
「おぉん……まあそうか」
「びっっっっくりしたぁ……!」
はふぅと息を吐いたシズと、胸を抑えて座り込むローズマリー。
どうにかこうにか逃れられたらしい。振り向いてみても、視界がけぶる程度の霧に包まれているだけで、先ほどのような濃霧はどこかへ行ってしまっている。
「まあだが、明らかに進展したって感じでいいよなこれ」
「それは多分……けどあれをどうにかしないとクリアは無理っぽいねー」
「だな」
先ほど襲い掛かってきた霧。
それこそどれだけ攻撃を仕掛けてもキリがないと思えるほどの手ごたえのなさ、どころかシズなどは最後までその存在を確認できてすらいない。どうにかこうにか逃げ切りはしたものの、例えばあれが道を歩く間常に付きまとってくるようであれば逃げ続ける自信はまったくなかった。
「なんか前触れとかはなかったのか?」
「うーん。ちょっと思いつかないかなぁ」
「そか。私なんてぜんぜん気づいてもねえしなぁ……」
「やや、もしかしたらなんか条件とかあるかもだしさ。それに、スーパーシールドのおかげで逃げ切れたと思うし」
落ち込むシズの背をぽんぽんと慰めるローズマリー。
そんな風に慰められるのもなんだか気恥ずかしくて苦笑するシズだったが、そこでふと思いつく。
「なあ、もしかしてだけどよ。マリーが感じてた気配ってのが関係してんじゃねえかな」
「え?」
「やほら、どっちも私分かんねえけどマリーは分かるだろ?似てねえ?」
「なるほど?」
ふむふむと考え込むローゼマリーに、口にすることで更に思いついたらしくシズは言葉を続ける。
「もしかして、あれの待ち受けてる場所がローゼマリーの感じた気配だとか、そういうことってねえ?」
「それあるかも。だとしたら、さっきあれのいたとこも?」
「地図だとここら辺だよな。行くか」
「うんっ」
そこでふたりは、地図を頼りに先ほど霧に襲われた地点まで移動してみることに。
一応警戒してみるが、そこはすでに霧の壁よりも手前に戻っているらしく、少なくとも見た限りでは特になんの変哲もない。
顔を見合わせたふたりは、その地点を通過する。
「っ、ビンゴっぽい!」
「おぉ!?マジか!」
目を輝かせたふたりはハイタッチをする。
霧に襲われた地点と、なにかの気配を感じた場所が重なった。
ということは、なにかの気配を感じる場所を事前に調べてそれを避けるようなルートを使えば問題なく目的地に到達できるかもしれないということ。
ふたりは早速道を後戻りしていき、気配を感じるスポットを避けるようなルートを構築してみる。
しかし、どうにもそうはいかないようだった。
最初の階段から繋がるすべての道の上に、どうしても避けられないように気配があった。
そこまで甘くはないということらしい。
しかしそれまでの道は一切気配と接触せずに通過できるようなので、ひとまずそれは仕方がないとしてそれ以外は完全に安全なルートを構築する。
それを終えたふたりは、帰り道でそれを辿れるような道を選んでまた霧の壁に挑む。
「っしゃ、行くか」
「最悪最後はダッシュねっ」
「おうよ。めちゃつええ魔法頼むぜ」
「任せといてよ」
そんな言葉を交わして、ふたりは霧の壁に足を踏み入れた。
はみ出さないようにと慎重に、しかも今回は事前にリサーチしていた道を間違えないようにとさらに慎重に。
歩いて歩いて。
歩いていけば、拍子抜けするほど簡単に最後の関門までやってくる。
ローゼマリーは手中に魔法を構築し、シズはスーパーシールドをいつでも振り回せるように心構えして、ふたりはぎゅっと手を握り合いながら最後の直線を駆け出した。
「来た!」
「おうよ!」
即座にスーパーシールドで周囲を薙ぎ払うシズ。
同時に解放された魔法が周囲に風の刃を躍らせる。
それらは呆気なく霧に呑まれていくが、ふたりは攻撃を止めることなく走り続ける。
もはやそれが本当に道の上なのかすら確認する余裕はなく濃霧の中をひた走るふたりの視界はやがて晴れる。
―――階段。
「うそっ!?」
「いやちげぇ!」
そこにあった見慣れた階段に悲鳴じみた声を上げるローゼマリーだったが、シズはそれが見慣れた場所ではないことに気が付いていた。
なぜならそこは、霧の壁に囲まれているのだ。
それに気が付いて表情を引き締めるローゼマリーとともに、ふたりは階段に駆け込もうとする。
しかし。
「っ!」
その途端、階段は霧に包まれて見えなくなった。
慌てて足を止めるふたり。
咄嗟に振り向いたその視線の先、壁から這い出る霧の巨人がふたりを見下ろしていた。
◆
『メモランダム』
・メモ。VRゲーム内では、特に付箋のように至る所に張り付けて使用されることが多い。メモのデータは個々人のアカウントに依拠するので、調子に乗って張りすぎると処理落ちの原因にもつながったりする。
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