第32話 森の謎

更新です。

―――



 レインから送られてきたなんともいじらしいアピール(シズたちの中ではそういうものになった)はさておき、気を取り直して冒険を再開する。

 通知音でパニックに陥るようなじわじわと積もった不安感は払しょくされ、なんなら軽快な足取りで進んでいくふたりである。


 とはいえ、そんな風に気持ちを入れ替えてみても、相変わらずなんともない森だ。


 歩いていると不意に、ローゼマリーが「あ」となにかに気が付いたようで声を上げる。

 期待に目を輝かせて視線を向けるシズに、ローゼマリーは苦笑して首を振った。


「や、攻略とかじゃなくて、ミストの名前なんだけどね?」

「おう?」

「なんで『迷宮の森グロウメイズ』なんだろうって思ってたんだけど、もしかしたらもともとこっちが先にあって、で、ここがなんとかの迷宮的な名前で、それが外にまで成長していってできたから迷宮の森で、成長する迷宮グロウメイズだったのかなって」

「ほぉー!おもしれーこと考えんな!」


 きらきらと目を輝かせるシズに照れ照れ笑うローゼマリー。


「ぜんぜんあてずっぽうなんだけどね?」

「やや、でもすげーって。つじつま合ってる合ってる。仮に違っても私の中ではそれが公式解釈になったわ。今」


 うんうんとうなずくシズ。

 あまりにもなにもなさすぎるからとぼぅと考えていただけのローゼマリーは、そこまで言ってもらえるとなんともむず痒く口をによによとうごめかせた。

 とはいえ、合っていようが間違っていようが特に現状は変わるでもない。


 それからさらにひたすら進んでいると、ふとローゼマリーが気が付く。


「あれ?」

「どした?」

「や、あそこ、なんか、霧が深い、かも?」

「まじ?」


 ローゼマリーが指をさす前方をじぃと見つめてみれば、なるほど確かに、ある所から先の森が不自然なまでに深く立ち込める霧によって閉ざされている。


 ふたりは目を合わせて、足早にそこに近づいてみる。


 そしてじっさいに近づいてみれば、それは霧の壁とでも呼べるような代物だった。

 辛うじて見える一寸先の木々、けれど地面すらあやふやで、もしもそこに踏み入ったらほんの数秒で前後不覚になるに違いない。


 恐る恐ると、ローゼマリーは霧の壁に手をうずめる。


「……ぅーん、ぬるい?」

「ぬるい」


 そんな感想があるかよとシズもガントレットを外して手を突っ込んでみるが、なるほどぬるい。

 ふたりは顔を見合わせ、そしてシズが思い出す。


「『霧に惑う』、だったよな?ミストの」

「あぁー、これ?」

「じゃね?」

「かなぁ」


 改めて霧の壁を見やる。

 もくもくと見通せないのは、なにか暗闇よりも未知数な気がしてなんとも不安だった。


 ふたりはまた顔を見合わせると頷き合って、離れないようにと腕を組みながらゆっくりと霧の壁の中に入って行った。


 体にまとわりつくような嫌な湿度を感じながら歩いていくと、やがて、ふたりは霧を抜ける。


「……あれ?」

「そうきたか」


 目の前には見覚えのある階段。

 響く通知音。


『環境系:―――未踏破―――』

・霧に惑う

・場を知る

・未明


「ふむぅ」


 顎に手を当てたシズは、試しに足元を見下ろしてみる。


 ……。


「さすがにそんな簡単じゃねえか」

「うんまあ、そうだね。これって戻ってきたってことなのかな?」


 そう言ったローゼマリーが数歩階段を歩き、そして戻ってきて頷く。


「うん。元の階段っぽい。ちょっと上がったらミストの外だった」

「なるほどな」


 とするとどうやら、霧を潜ると最初の場所に戻されるらしい。

 もしかすると霧はマップの端のようなものかもしれないと、シズはそんなことを思う。


「ってか、それならそれこそ場を知った感じなんだけどな。ミストの入り口って」

「看板でも立ってたら話は早いんだけどねぇ」


 きょろきょろ。


「ないね」

「ないわな」


 肩をすくめたふたりは、少し足を止めて考えてみる。


「前のであれだけ歩かされて、次のこれはなんとなく歩く感じじゃないと思うんだよね」

「というと?」

「例えば、この場を知る?っていうのが、この場所のことが分かるようななにか……看板とか石碑とか、そういうものを見つけるみたいなことだったら、もしかしたら前の段階で見つけちゃうかもでしょ?」

「まあそうだな」


 頷くシズに、ローゼマリーはすとんと表情を消す。


「想定外の動きをして順番が入れ替わるならしかたないけど、そんな誰でも想定できることで順番が逆転するかもっていうのは、流石に不備だよ」

「手厳しいな」


 苦笑したシズは、しかしそれも一理あると納得はした。

 そもそも、仮になにかを探すとして、なんの条件もなしにあてどなくさまよったら偶然見つかる、ではあまりにも悲惨すぎる。探すにしてもなんらかの条件があるだろうと考えたいし、それにしては極端に説明が少なすぎるようにも思えた。


 もっとも、それはあまりにも今更かもしれないとも思うが。


「じゃーどうすっかねぇ。公式サイトにここの名前とか地図とか書いてあったりしねーかな」

「さすがにそんなメタ表現はしないとおもうよ?辛うじてあるにしてもメニューまでかなぁ。でもこのゲームマップ機能みたいなのないからねぇ」

「なるほどなぁ」


 シズは試しにメニュー画面を呼び出して色々眺めてみるものの、特に『場を知る』に関連しそうな項目もない。


「別に、この地図も名前とか表示なかったはずだしなあ」


 と言いつつ、なんの気なしに取り出してみる『理想の道ロードマップ』。

 『迷宮の森グロウメイズ』の場所を教えてくれた地図だ。

 もっともそれは『迷宮の森グロウメイズ』にたどり着いた後は特に変化を示すことはなくなってしまったが―――


 通知音。


『環境系:―――未踏破―――』

・霧に惑う

・場を知る

・道を辿る

・未明


「うっそだろおい」

「え、え、なに?え、あ、それ?!」

「っぽいんだが……」


 戸惑いながらもふたりで地図を見てみる。

 見てみれば、中央で目的地とプレイヤーの現在地の点が重なった地図には、なにやらぐねぐねと迷路のように走る線のようなものが記載されていた。


「道?」

「道、っぽいよな」

「んんー?でもこれどう辿ってもここに戻ってくるっぽいよ?」

「いや早えな。まじかよ」


 中央から四つに始まる道。

 試しに一回分かれ道を曲がったりくねったりと指で辿ってみると、右往左往と紆余曲折を経て中央の道に戻ってくる。


 狐に化かされたような心持ちでぱちくりと瞬くシズに、ローゼマリーはさらに告げる。


「っていうか行き止まりがないから、どうしても迷子かここに戻るかしかない、かな?」

「そう、だよな?そうか、うん、そうだな。ねえな。ってか結局目的地ここってことなんだろ?わっけ分かんねえなおい」


 しげしげと地図を眺めてみるものの、やはりどうにもその結論は変わらないようで、ふたりは顔を見合わせる。

 とはいえ、今度は恐らくこうして考えていてもどうにもならないタイプだろうと、互いに思っていた。


「辿ってみるか」

「辿ってみますか」


 そんな訳で、適当に道を選んで進んでみる。

 道といっても森自体にはなにも目印はないので、地図とにらめっこしながらだ。


 しばらく進んでいると、不意にローゼマリーが振り返った。


「んん、またなにかのけはいー」

「まじか。やっぱなんかあんのかね」


 シズも振り向いてみるが、あいにくと彼女から見えるものはない。

 きょろきょろとあたりを見回してみるが、どうも特に変わりはないようで、ローゼマリーはもどかしそうに眉根を潜める。


「うーん。まあ、ひとまず気にしないで行くしかないかなぁ」

「そーだな」


 また警戒を深めながら、ふたりは歩き出す。

 ちょっと進んではプレイヤーを示す光点が道の上にあるのを確かめつつ、ひとまず最も単純なルートを通って元の場所に戻ってみた。


 その途端、通知音。


『環境系:―――未踏破―――』

・霧に惑う

・場を知る

・道を辿る

・解に至る


「おぉ……嬉しくねえ」

「結局なんにも言ってないのと一緒だねーこれは」


 明らかになった最後の情報がまったく役に立たないという事実。

 答えを知りたいのは最初からずっとだというのに。


 シズは眉根をひそめ、ローゼマリーは苦笑する。


「うーん。これは結構大変そーかも」

「な。くっそ、明日仕事だけど中途半端したくねーな」

「おお!?なら頑張らなきゃだね!」

「っし、そだな!とりあえずいくつか道歩いてみっか!」


 そうしてふたりは、この森の最後の謎に挑む。


『オクシモロン』

・反対の意味を持つような言葉を重ねる修辞法。稀によくある、ゆっくり急ぐ、○○ほど近くて遠いものはない、などなど(例の妥当性は保証できません。ごめんね)。普通に生きていて自然とこれを使えるような人間は今すぐに言葉を扱う趣味を作った方がいい。

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