第31話 迷宮の森の森
更新です。
―――
◆
踏破したはずのミスト『環境系:
しばし喜びを分かち合っていたふたりは、流石にいつまでもこうしてはいられないと、気を取り直して状況を確認する。
どうやらそこは森の最奥に合った木の根元ということらしい、周囲には木の根がずりずりと生えていて、背後の上り階段など完全に埋没してしまっている。
そして奥に視線をやれば、そこには更に下っていく石の階段が続いている。
シズのスーパーシールドがあっても見渡せないほどに暗い地下につながる階段は得も言われない恐ろしさを感じさせて、シズは「ほほぉー」と面白げに声を上げる。
「うーん。ヘビが出るかジャが出るか」
「それだったら何の問題もねえんじゃねえか?」
蛇。
苦笑するシズに、ローゼマリーはぱちくりと瞬いて自分の言葉を思い返し、じっくり数十秒考えて、それからかぁっと頬を染めるとその場にうずくまった。
「もうお嫁にいけない……」
「そこまでかよ?」
「いやー……だって多分、今までずっとこう言ってる」
「なんだそりゃ」
「だからあいつ毎回にやにや……くそぉ……!」
どうやらずいぶんと恥ずかしい思い出がフラッシュバックしているらしい。ここにいない誰かを睨みつけるローゼマリーがさすがに哀れに思えて、シズはその背をポンと叩く。
「まあ、今回気づいたってことでな。よかったじゃねえか」
「うぅ……シズさん優しー」
「おーよしよし。いいこいいこをしてやるぞー」
えぐえぐと鳴いたふりをして縋り付いてくるローゼマリーをよしよしなでなでするシズ。
そんな茶番はさておき。
「じゃあ行こっか!」
「おうよ」
ふたりは揃って階段を下っていく。
下って行けば、あっという間に周囲は暗闇に包まれていく。
果たしてどこまで続くのかとどきどきしながら下るふたりだったが、ほんの一分もしないうちに足元の感触が変わる。
ざふ、と、なにか、芝を踏むような心地。
見れば、階段のひび割れなんかから緑色が侵食し始めている。
顔を見合わせて、さらに進んで行く。
するとやがて、突然に視界が晴れた。
「わぁ!」
「おほぉー」
―――光の粒子に照らされた、広大な森。
生える木々がどれも細く背が高いため、実際よりもなにか広々と開けているように感じる。地面は薄く広がる緑に覆い尽くされていたが、やぶのようなものも見当たらないというのもその広さを助長していた。静かに染み渡るようなBGMが、妙にしっくりとくる。
振り向けば、壁も何もないところにただ階段だけがあって、なんとも珍妙な光景になっている。
『環境系:―――未踏破―――』
・霧に惑う
・未明
「来たなぁーおい!」
「うん!」
やはり新たな環境系ミストだったとあって、ふたりはハイタッチして喜び合う。
とはいえ喜ぶのは上でもうさんざんやったので、ウィンドウに目を通しつつ早々にふたりは探索を始めることにする。
「さっそく意味分かんねーけど、とりあえず行ってみっか」
「だね!惑ってこー!」
「おー」
とても攻略しようとしているとは思えない後ろ向きなだったが、システムが言っているのだから仕方がない。むしろ積極的に迷子になっていくくらいのつもりで、ふたりは勘で道を決めてずんずんと進んで行く。
いちおう、なにが現れるとも分からないのでふたりとも武器を構えている。
シズは長剣、ローゼマリーは魔法使いなのに長方形の刀身を持つショートソードだ。
「杖とかじゃねーの?」
「ミストリって、ミストの杖とかじゃないと効果ないんだよね。私の場合わざわざ宝玉持ってなくてもいいし」
「なーる」
「こーみえてけっこーやる方だよ?」
むふふん、と胸を張りながら手の中で剣をくるりと回すローゼマリー。
「おっとぉ」
裾にあたって剣を取り落しては「やー、手が滑っちゃった!」などと笑って慌てて拾う姿に、シズはなんとも言えない表情になる。
とりあえず自分が頑張らなくてはと、今のところまともな出番のない長剣をぎゅっと握りしめた。
とそこで、不意にローゼマリーが振り向く。
それに合わせてシズも振り向くが、ぱっと見特になにもおかしなものは見当たらない。遠目に見える階段も、依然としてそのままだ。
「どうしたよ?」
「んー?なんか、なんだろー。気のせいかも」
「ふぅむ。なんか気配でも感じたってか?」
「かも?」
ふたりしてきょろきょろと周囲を見回してみるも、やはり特に目立つものはないように思える。
試しにスーパーシールドを振り回してみても、見ての通りの空振りだ。
ふたりは顔を見合わせる。
「とりあえず、ちょぴっと警戒してくか」
「うん。まあほんと気のせいかもだけどね」
「警戒するに越したこたあねえからな」
ふたりで笑い合って、また歩き出す。
森は静かだ。
風ひとつも吹いていないので、生まれる音はふたりの歩む音ばかり。あまりの静けさに黙っていられず言葉を交わすふたりだが、先ほどのなにかの気配が気になってそれもやや弾まない。
さくさく、さくさくと、草を踏む音ばかりが耳につく。
木々ばかりに包まれた景色は、歩けど歩けどまるで進んでいないようにも思えて、けれど振り向いたら、もう階段は見えなくなっている。それを進んでいると喜ぶべきなのか、それとも帰り道が分からなくなったことを恐れるべきなのか。
いやでもまっすぐ歩いてるしな、とそんな風に思うシズ。
そう思って、けれど同時に、それを疑う自分もいる。
本当に、まっすぐに歩いているのか―――歩けているのか。
足元の緑は、あいにくと足跡を残してくれるほどにはやわではなかった。
「ほんっとなんもねえな」
「ねー」
自然と身を寄せているふたり。
―――ぴろりん♪
「ひょぇあ!?」
「わっ!なに!?どーしたの!?」
悲鳴を上げるシズに、ローゼマリーもびっくりして周囲に剣先を向ける。
シズもぐるぐる周囲を見回して、ふと視界の端にメッセージの通知が来ているのに気が付くと、ほっと息を吐いて苦笑する。
「すまん、メッセ来てら」
「えぇっ!もー!びっくりしたよ!」
「や、わりぃ……お、レインからだ」
確認してみると、差出人はレインから。
見れば、『こういうの好きでしょ』という文言と共に雄大な自然の景色となにやら遺跡のようなものの映る画像が添付されている。
「おぉー!なにこれすげー!見ろよマリー!」
「んんー?あ、おー!空島だ!」
「知ってんのかマリー!」
なにやら知っているらしいローゼマリーに、きらきらと瞳を輝かせてわくわくするシズが詰め寄る。
そんなシズににこにことローゼマリーが空島について軽く教えれば、シズはなんとも興奮した様子でパンパンと腿を叩く。
「くぅー!行きてー!ってかそんなんひとりで行くなよなぁーもー!」
「あはは。あ、でもアイドルの時みたいに驚かせたくて準備してくれたんじゃない?」
「おお!その線もあるか!あいつけっこうそういうの好きっぽいんだよなぁ」
そうかそうかと嬉しそうに笑うシズ。
そんな横顔をローゼマリーは微笑まし気にみつめ、それからポンっと手を叩く。
「じゃー私たちも送ったげよーよ!」
「お、いいなそれ!」
そしてまたふたりでやるときには、互いに紹介しあったりなんかするのだ。
そんないかにも親密げな妄想ににやにやと笑ったシズは、さっそくローゼマリーと一緒に送る用の画像を用意する。
なにせテンションが上がっているシズなので、それはもうウキウキ気分で撮影する。そしてまた一緒に行こうというお誘いもノリノリで打ち込んで変身を待つ。
しかし。
「あれ?ログアウトしたぞあいつ」
「ほぇ?あー、まあ多分そこ近くに『追憶の欠片』あるし、キリがいいとこで終わる前にって送ってくれたんじゃない?」
「なーる。んじゃまあリアルで誘ってみっかな」
うきうきとそんなことを言うシズ。
しかし実際はそれどころではないのだと知るのは、まだ先のことである。
◆
『気配』
・例えば音、空気の揺らぎ、足音、声、そんなもろもろを集めて、そこになにかが、誰かがいると無意識に気が付く。気配を察知するというのはそういうものである。けれど果たして本当にそうなのだろうか。もっと超自然的な、五感では説明がつかないような、正しく気配としか表現できないような、そんなものがあるのではないか―――実は、ある。少なくともゲームの中には。
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