第30話 降下する人
更新です。
レインパートは一区切りです
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■
上空から降り注ぐ極光が広場を縦横に切り刻んでいく。
ひたすらに回避を繰り返しながらローゼの魔法で反撃を試みるも、ともすればその攻撃すらもが極光に呑まれ到達することすらできない。
「くっ、卑怯です!何とかしてくださいよレインさん!あなた何もしていないんですから!」
「今なんで生きてられると思ってんのあんた」
もしもエドがいなかったら今頃二人とも極光に呑まれて終わっていただろう。
言いがかりはやめてほしいと舌を打ちつつ、しかし実際このままでは埒が明かないと思考を巡らすレイン。
逃げ続けていればやがて終わるだろうとは思うものの、しかし先ほどから徐々に追従する光線は加速している。それどころか細かくレインたちを追うようにすらなっていて、これ以上絶対に逃げ続けられるかというと疑問が浮かぶ。
かといって相手は空。
ローゼの魔法以上の遠距離攻撃がない以上、それが通用しないのなら手立ては―――
「―――おい」
「なんですか!」
切迫した表情で歯噛みしていたローズが、レインの呼びかけに睨みつけるように振り向く。
ローズが窮地に弱いことなど今までの道中で十分察しているレインは、そんなローズに有無を言わさず言葉を続けた。
「あんたの持ってる射出系の魔法で一番打撃力あるやつを真上に撃って」
「どういうことですかっ」
「いいから早くして」
「っ、……いいでしょう。『マウントブラスト』」
冷ややかに睨みつけられ、睨み返しながらもローズは魔法陣を描く。
その間に、レインは広場の縁を目指して加速した。
「―――行きます!『
やや規模の大きい二重の円環魔法陣。
出現した水晶の塊に、レインは即座に飛びついた。
「なッ!?」
「エド、適当に逃げて」
「わふっ」
ローズの驚愕、そして承諾するような吠え声を背に、水晶塊は放たれる。
風を切る切る水晶塊、風と水晶に挟まれる圧迫感に潰されそうになりながらも、レインはやがて竜を飛びすぎる。
自分の身に迫らない物質に反応しなかった竜が依然としてローズたちを追うその背を見下ろし、レインは水晶塊を殴りつける。
ドゴォッ!!
ミストが炸裂し、勢いを失った水晶塊はひととき宙で止まった。
ふわりと投げ出されるレインの身体。
ぎゅるりと身をねじり、レインはその渾身を足先に乗せる。
「落ちろッ!」
ゴドォウッ!!!!!
鳴り響く爆音。
振り抜かれる蹴りによって半ばほどを砕かれながらに超速で飛翔する水晶塊が、竜の翼ごとその背を捻じ伏せる。
「――――――ッッ!?!」
悲鳴のような音を上げながら墜落していく竜。
広場に叩きつけられた竜は、やはりその身体を一切ゆがめることすらなく翼をはためかせ、しかしそのうちの2枚しか稼働しないために身体を浮かせることもままならず六肢でもって立ち上がる。
咆哮上げ、己を地へと堕とした憎き相手を見上げる竜。
視線の先、レインはひたすらに落ちていく。
当然だ、彼女に飛行能力はない。
竜が翼をはためかせて跳び上がる。
落ちてくるレインを喰らわんとその顎が大きく開かれて、そして―――
―――バクン!
レインを呑み、閉ざされる顎。
―――――――――ォォォオオオオオオンッッッッ!!!!!
次の瞬間、竜の体内で爆ぜた轟音が其の金属の身体に反響し空間を揺さぶる。
落下の勢いをそのままに発動されたレインのミストが、竜の体内を蹂躙した。
それはさながら竜の断末魔のようで。
騒音立てて地に倒れ伏す竜が、光に爆ぜる。
喪失する竜の躯、残るのはもともと人だった塊がひとつ。
「―――けふっ」
落下の衝撃で足と内側を、機械で構成された竜の体内に挟まれたりぶつかったりしたせいで体の至る所を欠損した。恐らく腹部も大きく穴が開いて、もはや感覚も分からないが、四肢は足りていないのだろう。
しかし奇跡的なことに辛うじてでも生き残ったレインの視界の端に、ウィンドウが出現する。
『環境系:
・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう
・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ
・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ
・立ち塞がる謎を解明し、その叡智を示せ
・蠱惑する幻影を看破し、その理知を示せ
・待ち受ける守護者を打倒し、その武力を示せ
・ようこそ、我らが理想郷へ
どうやら攻略ということらしい。
それだけを確認したレインは、やかましく近寄ってくる声に顔をしかめ、開いているのも億劫なまぶたを大人しく閉じた。
そして気が付けば、レインはセーフエリアの小部屋に立っている。
一応無事にクリアしていることを改めて確認したレインが小部屋を出ると、恐らくはエドがいったん帰還したことで落下したのだろう、しりもちをついたような体勢で瞬くローズと目が合った。
それを鼻で笑っててくてくと広場の縁の方に歩いていくレイン。
ローズは顔を真っ赤にして立ち上がると、駆け足でレインに近づいてくる。
「あなたでも命を張ればまあまあ役に立つんですねっ」
なにやらぷぎーぷぎーとうるさいが無視をして、レインは広場の縁から真下を見下ろした。
広がる雲海の向こう、雲間に覗く陸地。
それもただの陸地ではない、なにせそれは空中にあるのだ。
ただただ広い海の上空に、当然みたいに浮かぶ空の島。
人工的な建造物らしきものや森に山、湖など、見渡す限りにも数々の冒険の気配がそこにはある。
レインたちのいるその場所は、空の島の中心的な塔の上だった。
「いつの間にか到着していたようですね」
レインと同じく見下ろしたローズが、まるでもともと知っていたような口ぶりでそんなことを言う。視線を向けてみれば、ローズはつらつらとこの場所について語った。
空島。
かつて神の一族とすら呼ばれた者たち住まう場所。
島の至る所に彼らの遺産が残り、そこを訪れた者は世界を手にするとすら言われているとかなんとか。
ゲーム的に言えば、始まりの大陸に続く新マップといったところだ。
どうやらローズはここを目指していたということらしい。なにか目的のミストがあるとかなんとか熱弁していたが、レインは興味がなかったのでほとんど聞き逃した。
そんなことより、レインには気になっていることがある。
「で、ここ欠片はあんの?」
せっかく来たというのに『追憶の欠片』がなければファストトラベルもできやしない。
まさか来るたびにこのミストを越えてこなければいけないとは言わないだろうとローズに視線を向ければ、ローズは当然と頷いた。
「そのはずですよ。そのためにはまずこの塔を降りなければですけれど……」
ローズは改めて塔の下を見下ろす。
雲より高い塔だ。大地はちょっぴり霞んでいる。
「……さすがに落ちたら助かりませんね」
こわごわと呟くローズ。
ふと突き落としたくなったレインだったが、やかましそうだったのでやめておいて、代わりに口を開いた。
「あんたちょっと下行って見てきたら」
「はい?」
「水晶に乗ったら飛べるんでしょ」
「……それがよさそうです」
頷いたローズは、それからにやりといやらしく笑ってふんぞり返る。
「レインさんはどうするつもりですか?土下座をするなら乗せてあげてもいいですよ」
「下にあるんだったら別にしてやってもいいけど」
「言いましたね!」
鬼の首を取ったように目を輝かせ、ローズは水晶の椅子を創り出すと喜び勇んで降りて行った。
それを見届け、それからレインは身を翻す。
―――そもそもおかしいのだ。
どうしてこんな明らかなバトルフィールドに、わざわざ小部屋を残したのか。
セーフティゾーンからまた転位してやってくるという方がどう考えても自然だ。
先ほどはしなかったが、もしまともな遠距離職がいて時間を度外視するのならセーフティゾーンから顔を出してちまちまと攻撃するという戦法もあり得てしまう。
不自然だと思う。
だったらつまり、それはなにか必要があるからなのだろうとあたりを付けていたレインは、セーフティゾーンにポツンと浮かぶ水晶に触れる。
「『テレポート』」
そうして次の瞬間、レインは別の場所にいた。
天上があり、日差しはあるがやや暗い。見回せば円を描くように建つ美しい装飾の施された柱、その向こうにはぐるりと壁が覆っていて、等間隔な八か所には出入り口が開いている。
そんな広間の中央、他のものと比べてもやや大きいように見える宝玉の傍に立つレインは、軽く周囲を見回して、それから外に出てみる。
【ローカルエリアを退出しました】
そういえばそんなシステムもあったなと、レインはウィンドウを払い消す。
出てみれば陽光に迎えられ、振り向けばそびえ立つ塔。
どうやら正解だったらしい。
塔の立つそこは小高い丘の上で、雄大な空島をそこそこに見渡せる。
なんとなくシズが喜んでくれそうだと思って、レインはスクリーンショットを撮るとシズに送信する。
それから適当に塔の周りを散策すると、ちょうど近くに『追憶の欠片』がある。
『彼の目指した天空』(未クリア)
〜あらすじ〜
かつて、天空を目指す男がいた。
長い年月の果てにたどり着いた彼は、そこでようやく空の高さを知った。
〜クリア条件〜
*なし
(*:必須条件 ・:選択条件)
〜クリア報酬〜
『旧ミスティ金貨20枚』
「……あぁ」
そうか、彼はたどり着いていたのかと、ふと納得する。
今は昔のことに思われるほど薄い記憶の中で、そもそもここに至るための方法を知るための『追憶の欠片』があったことを思い出す。
既プレイだったローズがいたためプレイしていなかったが、勝手にその男は志半ばで死んだことにしていたレインである。
なにはともあれファストトラベル用の追憶の欠片を見つけて約束も果たしたので、どうせなら今ログインしているらしいシズと合流しようかなと思うレイン。
そんな彼女の元に、シズからの返信が届いた。
画像だ。
見覚えのない森のような場所で、見覚えのない女とツーショットしている画像。
心底から楽しそうな、レインがあまり見たことのない笑顔。
肩まで組んで、なんならほっぺたまでくっついている。
続けて届くメッセージ、『私も今友達とミスト攻略中』『だぜ!』という文面。
普段のレインならば、一度送ったメッセージがなんだか堅苦しく見えて付け足した追加の語尾が可愛いと思ったかもしれない。
「なっ、いつの間に降りてきたんですか!?どうやって!」
なにかやかましい声が上から降ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
近くに寄ってきたやかましいのが顔を見たとたん青ざめて腰を抜かしたがそんなことはどうでもよかった。
レインは殴りつけるようにウィンドウを操作してログアウトした。
もう、すべてのことがどうでもよかった。
「―――死ねばいいのに」
「ひゃっ」
ログアウトの間際、呟かれた呪いにローズが悲鳴を上げたけれど、それは多分、他のなによりもどうでもよかった。
■
『NTR』
・寝取り。または寝取られとも。恋人が別の人と付き合うとか。一時期人気のジャンルとなっていたらしい。胸糞である。しかし中には片想いの相手が云々というタイトルのものも散見され、そこから推測するに主人公の傲慢さと身勝手な憎悪の描写をこそ楽しむサイコスリラー作品的な側面もあったのかもしれない。今回はそれに近いが、あいにくと全年齢なので特に怖いことはない。
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