第29話 機械の竜

更新です。

一章終了までちょっと毎日更新でいきまする。

―――



【中継地点に到着しました。】

【ミスト内に限りリスポーン地点に指定可能です。】


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ

・立ち塞がる謎を解明し、その叡智を示せ

・蠱惑する幻影を看破し、その理知を示せ

・待ち受ける守護者を打倒し、その武力を示せ

・未明


「こんどは戦闘のようですね」


 これまでと比べてもなんとも分かりやすいお題に、ローズは表情を明るくする。

 どうやら実力に関しては自信があるらしい。「ここはサクッと攻略してしまいましょう」などと言って悠々と歩き出すローズに、一体その自信はどこから来るのやらと怪訝な表情を向けながらもレインは続く。


セーフエリアの小さな小部屋から続く先は、真っ暗に閉ざされている。


 またおかしな幻影でも見せられないだろうなとちょっぴり警戒しながら踏み入れば、その途端に視界は眩く開けた。突き抜ける風と突き刺す日差しに咄嗟に目を閉じて、レインは眉根をひそめる。


 なんとか目を開いてはしぱしぱと瞬き、というのを繰り返してどうにか目を鳴らしたレインは周囲を見回す。


 そこは円形の広場。

 見晴るかす空を天井に、見渡せば地平の代わりに雲の大地が広がっている。

 振り向けば、ちょうどその中央あたりがセーフエリアの小部屋だったらしく、立方系の部屋とぽっかりと口を開いた闇があった。


「さしずめ空中の闘技場といったところでしょうか」

「そのまんまじゃん」


 レインが嘲笑えば、ローズはむっと眉を弾ませて口を開き。


 けれどそれが音を生むよりも早く、暴風と共にそれは現れた。


「―――――――――――ッ!!!!!」


 金属の軋みこすれ合うような激烈な絶叫。

 雲の大地の欠片を散らしながら飛翔するそれは、太陽に重なって彼女たちを見下ろした。


 陽光、煌めき、ぼやける視界の先にあるそれは異形の生物―――否、生物ですらない。


 それは黄金にも見える金属の甲殻を纏う異形。

 それは刺々しく閃く六の脚にしゅらりと長く伸びる一の尾を持つ異形。

 それは背中に生える二対四枚の翼を高速で振るい宙を飛翔する異形。


 それは竜がごとき凶悪なる相貌で彼女たちを見下ろしている。


『異形系:マキナ・ガーディアン』


 絶叫途切れ、その威容を畏れる間もなく、機械の竜はふたりを目掛け急降下する。


「エドッ!」


 即座に呼び出したエド、なんとも気が利く相棒の呼び出した闇に飛び乗り、ついでに呆然と見上げているローズを引っ張り込みながらレインは急速にその場を離脱する。


「ぼさっとしてないで」

「わ、分かっています!」


 とっさだったので膝の上に頭が乗っかることになったローズをぎろりと見下ろせば、ローズは顔を赤くして飛び上がる。そしてなぜかせこせこと風になびく髪を整えるように手櫛を通して、それからようやくマキナ・ガーディアンを見上げる。


「落ちるつもりですかアレは!『ロックバレット』!!」


 円を描くように逃れるレインたちを狙い急降下する機械の竜が、直角に曲がって回避するレインたちを通り過ぎて円形の舞台に墜落する。

 正しく墜落、例えば飛行機がそうするように徐々に速度を落とそうという概念などそれにはなく、ほぼ垂直に地面に叩きつけられる超重量に世界がたわむ。

衝撃が吹き荒れエドの闇もろともに吹き飛ばされそうになりながらもなんとか爆心地からは逃れたレインがどうせなら今ので砕け散っていてくれと睨みつけるが、竜は羽ばたきひとつでその身を浮かすとぎゅるりと旋回してレインたちへと振り向き着地した。


「―――『水晶姫クリスタリア』ッ!!」


 指先に浮かぶ光を囲む三重の魔法陣を竜に目掛けて声を飛ばす。

 数えきれないほどの水晶の礫が陽光に煌めきながら竜の身を叩く。

 しかし竜は一切の痛痒を覚えた様子もなく猛然とレインたちへと疾駆する。


「、もっと威力が必要ですか!」

「やれるなら最初からやって」

「だから言われなくても分かっています!『ペネトレイター』!」


 険しい表情で魔法陣を描き出すローズ。

 レインが舌を打ち竜の突進を回避すれば、竜はその六肢を突き立て身体ごと尾で薙ぎ払う。それを飛び越えたかと思えば飛びかかってくる竜を掻い潜り、振り落とされる尾の攻撃を回避、即座にその場を離脱するレインたちを向いた竜の顔が、横に走る亀裂から裂けるように開く。

 収束する光。

 悪寒を捻じ伏せ即座に正面から逃れるレインの背後を、極光が貫く。

 晴れ空の下にあってなおまばゆい七色の光束、ちらりと見ただけで冷汗が流れるほどの強烈な存在感、そして竜は首を振るう。


 迫る極大の光撃、竜の吐息。


 薙ぎ払うブレスを飛び越えて、はるかかなたの雲が消失するのを遠目に見、そこでようやくローズが指先を竜に向ける。


 そのあぎとを閉ざしレインたちへと向けられる竜の睥睨。

 指先に浮かぶ光の球を囲む四重の円環魔法陣。


「―――『水晶姫クリスタリア』!」


 生ずるは水晶の槍。

 さながらドリルのようならせんを纏うそれが、急速な回転と共に放たれる。


 空気を掘削して飛翔する貫く者ペネトレイター

 それは寸分の狂いもなく竜の眉間に叩きつけられ火花を散らす。

 しかし拮抗は一瞬、竜が嫌がるように頭を振れば、ただそれだけで容易く吹き飛ばされた槍が宙を舞う。


「――――――ッッッ!!!」

「黙りなさいッ!」


 咆哮する竜へ、ローズが吠える。

 弾かれ宙を舞った槍がその穂先を竜へと向け再び回転。

 元の通り貫く者としての存在を得た槍は、


流星が如く落下する―――ッ!


 ギャリリリリッ!


 竜の首へと叩きつけられる槍の一撃が火花を散らす。

 悶える竜をなお貫かんと回転する槍が、ほんのわずかずつ埋没していく。


 しかしそこで、不意に槍が砕け散った。


 魔法の効果時間の果て、存在を保持できなくなった槍は光に弾けて消え去る。

 

「――――――――――――ッッッッッ!!!!!」


 咆哮。

 明らかにダメージが入ったと分かるほど身悶える竜は、その翼をはためかせ宙へ逃れると、レインたちを見下ろしその六手を開き尾先を向ける。


 創出されるは七つ七色の円環魔法陣。

ひとときの間に生じた七の魔法がレインたちを目掛け降り注ぐ。


 火炎が躍り、水流が唸り、烈風が嘶き、岩石が蠢き、雷撃が閃き、光球が輝き、暗黒が侵す。


 駆け巡るレインたちを狙い、時には先回りするように打ち込まれる魔法の乱舞。

 いかに素早く小回りを利かせようともとても逃れられるとは思えない弾幕を、レインの拳とローズの操る水晶の盾とで砕き散らしながらにかいくぐっていく。


「ちっ」


 広場に叩きつけられて弾けた岩石の欠片を殴り飛ばして火炎の弾丸を爆ぜ散らしたレインが、傍らに着弾する水球の飛沫を受けて舌を打つ。直後視界を真白に染める閃光に背くようにぎゅるりと旋回すれば影を追うように叩きつけられる雷撃に肌が痺れ、水晶の盾に阻まれた風の刃が拡散して頬を切る。刹那の停止すら許さず、広場を浸すように広がった闇から生え出るスパイクを飛びのけば、また降り注いだ雷撃が背後で爆ぜた。


 空を舞う竜からとめどなく畳みかけられる魔法、魔法、魔法。


 息をもつかせぬ連撃の中、ローズが苛立たし気に指先を天に向ける。


「『水晶姫クリスタリア』!」


 四重の魔法陣、構築される水晶のらせん槍が高速で飛翔する。

 『水晶姫クリスタリア』の能力により降り注ぐ魔法を掻い潜ったらせん槍が、宙を舞う竜の腹部に叩き込まれる。


 キュリリリリリリ!と響く金属の掘削音。

 ねじ込まれていく槍を、ひぅんと暴れた尾の一撃が弾き飛ばす。


 その向こうに、レインはほんのわずかに覗く七色の光を見た。

 

 即座にレインはローズに指示を出す。


「体内に核がある。今のもう一回―――」


 言葉を続けようとして、レインは顔をしかめる。

 咆哮を上げた竜の腹が、ぎゅぎゅぎゅと広がるようにして傷を塞いだ。


「あれを一撃で抜くのは難しそうですね……」

「役立たず」

「じゃあレインさんはでき、る、」


 むむっと肩を怒らせて反論しようとするローズが目を見開いて言葉を途切れさす。

 レインもまた険しい表情でそれを見上げた。


 荒れ狂う七色の光。


 溢れだしそうな光を喰らう竜が、レインたちを睥睨する。


―――そして極光が降り注ぐ。


『マキナシリーズ』

・機械というのは言うまでもなく自然発生しない。それはミストとて同じこと。しかるにこの存在がすでにかつてのあった彼らの偉業を示しているようなもので。あるいは彼らが現代にいたのなら、その存在は異形系ミストとして定義されるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る