第28話 踏破の向こう側

更新です。

こっちは楽しそうですね。

―――



迷宮の森グロウメイズ

・何人たりとも森を穢すことなかれ。

・戻らば戻る。

・至らば至る。


 暗闇の森を、シズのスーパーシールドと地図を頼りに進んだ先。

 視界に現れたウィンドウ、周囲を囲む光の粒子に照らされた森がその場を示す。


「ついたな」

「わぁー、なんか、いかにもって感じ!」


 流石に二度目ということもありあっさりウィンドウを振り払うシズと歓声を上げるローゼマリー。

 一定範囲から先を見通せない暗闇と木々のざわめきを恐れるようなふたりではないらしい。


「ここクリアしたらあそこ行けんだよ」

「へー、せっかくだし私謎解きしていい?」

「おうよ!ってかぶっちゃけわたしもそんな分かってなくてよ。一緒にやろうぜ」


 シズにとって記念すべき初踏破ミストである『迷宮の森グロウメイズ』だが、その実レインがひとりで攻略したようなものだった。未だにミストの詳細がなにを意味しているのかをあまり理解できていないことを、シズはひそかに気にしていたのだ。


 道中でそういった話をしていたので、ローゼマリーはその発言に納得してうなずいた。


「レインさんがさくさく解いちゃったんだっけ。よし、じゃあ一緒に挑戦だね!」

「よろしくな!」

「おー!」


 意気揚々と腕を突き上げ、ふたりは迷宮に挑む。

 といってもさすがに過去作の経験者であるローゼマリーはこういった迷宮にも慣れた様子で、自然と先導する形になった。


「迷宮っていうくらいなんだし、とりあえず適当に歩いてみよっかな」

「なんかセオリーとかねーの?」

「迷子になって見えるものもあるんだよ!」

「なるほど!」


 というわけであてどなく歩き出すふたり。

 進めばそれだけ逃げ、そして追ってくる闇のおかげで行く先も来た道も見えない。

 相変わらず方向感覚が狂う場所だと顔をしかめるシズの一方、きょろきょろと周囲を見回していたローゼマリーがつぶやく。


「こういうタイプだとありがちなのは、やっぱりループ系かなあ」

「ループ?」

「うん。進んでるように見えて、実は全く同じ場所をくりかえしてるの。暗い森とかだとループしてても気づきにくいでしょ?」

「なるほどなあ」


 言われて周囲を見回してみるが、やはりシズの眼にはどこもかしこも代り映えのない森だ。

 なるほどなるほどとうなずき、ついでにあっと思い至る。


「そっか、だからレインも痕つけてたのか」

「痕?」

「そそ。木を蹴りつけてよ。まあひどい目にあっただけだったけどな」

「ひどい目って、なになに?」


 興味ありげに覗き込んでくるローゼマリーに、シズはとんでもなくビビっていた自分を思い出してげんなりしながらも出来事を語って聞かせた。


「なんかに追われたんだよ。追われたってか、レインに言わせると制限時間的な奴だったらしいんだけどな」

「ふうん」


 足を止めてふむふむと考えこむローゼマリー。

 しばし考え込んだローゼマリーは、ひとつ大きくうなずくとシズに笑みを向ける。


「まだ分かんないや!」

「ははっ、そりゃそーだ」


 さすがにそう簡単に攻略法が分かったりはしないらしい。

 そんなもんだと笑うシズだが、ローゼマリー「でもまあ、」となにか案はありそうな様子で続ける。


「ループ系ならいくつかセオリーがあるんだよね」

「あー、決まったルートとかか?」

「うん。あとは、なにかキーアイテムを手に入れたら進めるようになるとか、おかしいところを見つけたら脱出できるとかそんな感じかなぁ」

「ほぉー。じゃあそれっぽいの探せばいいのか?」

「とりあえずそう思ってるけど、なかなかないよねー」

「そかー」


 きょろきょろと見まわしながら、またしばらく歩いてみる。

 けれどどうにも目立つものは見当たらないまま、ローゼマリーのもとに通知が届く。


「あ、進行しちゃった」

「ん?ああ、二つ目出たのか」

「そそ。『戻らば戻る』ね」

「意味分かんねえんだよなあそれも。そりゃ戻ったら戻るだろーに」


 頭を悩ませるシズの一方、ローゼマリーはなにか思い当たることがあるらしくくるりと振り返った。


「お?どした?」

「うんと、多分分かったかな?」

「マジかよ!どーゆーことなんだこれ?」

「多分だけど、戻ろうと思って行ったら入り口に戻れるってことだと思うんだよね」

「うん?」


 結局なにを言っているのかとシズは首を傾げ、けれどその微妙な言い回しから意味を理解するとぱちくりと瞬いた。


「……あ、え、そんなことできんのか!?」

「うん。それくらいの思考トレースはできるはずだよ」


 そう言いつつ、ローゼマリーはてくてくと歩いていく。

 それに遅れないようにしつつ頭の中で『入り口に戻ること』を強く意識しながらシズも続いて、そしてふたりはほどなくしてミストの外に出た。


「マジじゃん!すげえな!戻るって意志をシステムが察して戻してくれてるってことだろ?ぱねえなVR!ああでも、あれか、考えてみりゃ魔法とかも結構そうなのか。いややっぱすげえよ。よく気づいたなおい」

「ふふ。けっこうありがちなシステムではあるんだけどね」


 すげえすげえと連呼するシズにローゼマリーは照れ笑う。

 それからミストに視線を向け、首を傾げる。


「だから、もしかしたら案外ゴールしたいって思いながら進んだらそれで行けたりするかも?」

「あ!それあるぞ!次のやつ『至らば至る』だし!」

「ほんと?ならやってみよっか」


 そういう訳でまっすぐに進んで行くふたり。

 目を閉じて「行ける、着くぞー、ゴールだー」などと自分に言い聞かせながら進むシズにローゼマリーが胸を抑えてみたりしながら進んで行けば、やがて視界がぱぁと開けた。


「シズ、目開けたほうがよさそうだよ」

「んぉ?」


 言われてぱちりと目を開けば、視界の先、木々の向こうに拓けた場所が伺える。

 ふたりは顔を見合わせ、そして足早にその場所へと。


 ふたりを迎えるのは、大樹。


 眩いほどに満たす光の粒子に照らされた、見上げても足りないほどの巨大な樹。


「わぁ……!」

「ひゅう!やっぱすっげーなぁ」


 スクリーンショットでは表現しきれない森の息遣いが、その迫力が、ふたりの心から自然と歓声を引き出した。


「やー、ほんと何度見てもすげーよなこれ」

「想像よりずっときれー!」

「だろ?へへ、そんな喜んでくれると紹介した甲斐があるぜ」

「うん!ありがとシズ!大好き!」

「うお!?」


 がば!と抱き着いてくるローゼマリーを目を白黒させながらも受け止めたシズは、それから楽しげに笑うとその頬をむぃっと持ち上げてうりうりと可愛がった。


「ははっ、ほんと可愛いやつだなマリーは」

「むひゅー!」

「っと、すまんすまん」


 頬をむぃむぃにされながらも抵抗を見せるローゼマリーを解放すれば、彼女は頬に手を当てながらシズを睨んだ。


「もう!そんな籠手でやったら痛いでしょー!」

「そこなのかよ?んじゃおりゃ」


 装備していた手甲をインベントリしまいこんで改めてうりうりとやれば、ローゼマリーは満悦した様子でむふーと鼻息を吐き出す。どうやらお気に召したらしい。

 しばらくローゼマリーを弄んだところで互いに満足し、ふたりは改めてこの空間への感動を共有する。


「なんか、わあー、もう、どこからみてもなんかすごい!きれい!」

「語彙力なくなるの分かるわぁ……個人的にはあっちの方から見るのが一番だぜ」

「おお!どこどこ?!」

「んとなー」


 シズが記憶を頼りに案内する間にも、大樹の推し角度を見つけては歓声を上げて共有したがるローゼマリー。シズも触発されてあっちこっちと見つけている間に最初に案内するつもりの角度も分からなくなってしまうが、どちらもたいそう楽しそうではあった。


 そうしてふたりは、しばらくひたすらにスクショを取ったりひたすら大樹を眺めたりしてわいわいと過ごした。


 それこそ一時間もたっぷり堪能したところでいったん満足がやってきたらしく、ふたりはその場に寝転んで大樹を見上げる。


「やーこれは来ないと損だね!」

「な!これで十分報酬って感じだぜ」

「あはは!言えてる!」


 そう言って笑ったローゼマリーは、それからえいやと立ち上がると悪戯っぽくシズを見下ろした。


「けど、それだけじゃないって言ったらシズはどー思う?」

「は?なんかあんのか?」


 きらきらと目を輝かせて立ち上がるシズに、ローゼマリーはにっこりと頷く。

 そうして大樹を見上げ、ずびしとその茂る枝葉を指した。


「先人は言いました。『デカい木があったらとりあえず登っとけ。高いとこ好きな馬鹿がだいたいなんか隠してんだろ』」

「口わりぃ先人だなおい」

「前作の登場人物が言ってたんだけど、これが結構当たってるんだよねー」

「ほおー……いいじゃねえの」


あながち馬鹿にできないかもしれない情報に、犬歯をむき出して獰猛に笑うシズ。


「問題はこれ登れるかなーってことだけど、まあ頑張るしかないねー」

「ふっふっふ。それは任せろ」


 にやりと笑ったシズが出しっぱなしのスーパーシールドをぽんぽんと叩けば、ローゼマリーは瞳を輝かせた。


「それ乗れるの?!」

「おうよ!二人乗りはしたことねえけど、まあ行けんだろ!」

「乗りたい乗りたい!」

「っしゃー!そうと決まれば行くぜ!」


 意気揚々とスーパーシールドに乗り込むふたり。

 さすがに二人乗りには適していないようで、がんばって密着してなんとか乗り込むことになった上に動きが非常に鈍くなる。それでもなんとか上昇はできるようで、ふたりはゆっくりとではあるがスーパーシールドで樹上を目指した。


 ひとまず見下ろしてやろうと樹の上空にやってきたところで、ふたりはそれを見つける。


「んだあれ?」

「なんだろ……石、かな?」


 見下ろした大樹の頂点、枝葉を突き抜けて頭を覗かせる石柱。

 ちょうど下からでは見えない程度の長さだけ突き出したそれは、四角錐の先っぽのような形状をしている。


 明らかになにかがあると確信させるその近くに降りてみるが、どうやら他には目につくものはないようだった。


 ふたりは顔を見合わせ、ローゼマリーが恐る恐ると石柱に触れる。


―――が、特になにもおこらない。


「……いやなにもないのかよ!」


 吠えるリン。

 ローゼマリーも、明らかになにかありそうだったのが裏切られて拍子抜けした様子だった。


「うーん。なんだろう、条件足りてないのかな……それともなにかアイテムとか?」

「ここまで来て諦めんのもなんだかなあって感じだよなぁ。とりあえずもちょっと下も見てみるか?」

「うん。そうだね!色々見てみよっか!」


 そうして樹の周囲をくるくると飛び回ってみるが、結局何か新しい発見があるでもなく。

 それはそれとして間近で見る樹の姿はとても幻想的だったのでスクショは増えたが、それだけだった。


 改めて頂上に戻ってきたふたりは、石柱のそばで考えこむ。


「うーん。これ、樹に埋まってるってことなのかなあ」

「としたらとんでもねえよな。どんだけ昔からあんだよ」

「ねー。おっきいもんねえ。樹に呑まれた遺跡みたいな感じなのかな」


 ぺちぺちと石柱を叩く。

 多分レインがこの場にいたら迷いなくぶっ壊してたんだろうなとそんなことを考えながら石柱を眺めていたシズは、そこでふと気が付いた。


「んー、てかさ。なら逆じゃね?」

「え?」

「や、普通に考えてよ?なんか遺跡みてーなのがあったとして、大事な部分って普通根本じゃね?」

「……たしかに!なんで気づかなかったんだろ!」


 心底驚いた様子で手を叩くローゼマリー。

 そんな様子に苦笑し、けれどシズはまた考え込む。


「つっても、じゃあどうすんのかっつったら分かんねえんだけどな。掘る訳にもいかねえし」

「そうだよねえ。遺跡、っていうかほんとに柱なのかな?お墓とか、まあなんでもいいけど、例えば秘密の暗号!とか書いてあるにしても、どう考えてもこの樹をどうにかしないとどうにもならないもんねえ」

「焼くか」

「ぶっそう!」


 さすがにそれはないなと、ふたりして頷く。

 もったいないというのもあるしなにより、現実的に考えてこの規模の生木を焼き払う火力はそうそう用意できない。


 しばらく考えて、そろそろ諦めという言葉がちらついてきた頃。


 突拍子もないことを思い付いてしまった、というような困った表情でローゼマリーが顔を上げた。


「ねえ、シズ。これってすごい妄想っていうか、都合よすぎな解釈なんだけどね?」

「おう?なんぞ」

「や、例えばだけど、この樹の下にはまた迷宮みたいなのが広がってるとしてね?この石柱はもともとその入り口を示してるみたいな」

「ほう」


 なにやら面白そうな説に、シズは身を乗り出す。

 そこまで期待されると困ってしまうようでローゼマリーは苦笑するが、それでも言葉を続けた。


「で、そうだったなら、入り口が埋まっててもこのミストのルールで行けるんじゃないかなって」

「至らば至る、ってか?」

「そうそう。この下に迷宮的なのがあるって信じてその中に行きたいって思ったなら、もしかしたらーって」


 どうかな?と首を傾げるローゼマリー。

 シズはふむふむと考え込み、それからにやりと笑った。


「やってみる価値はあんだろそれ!」

「そうかな?」

「おう!ってか違ってても別に困んねーし!思いついたら試してみよーぜ!」

「うん。じゃーやってみよっか!」


 そうしてふたりは、いったんミストを離脱してからその試みに挑戦してみる。


「『樹の下の迷宮』、って感じでいいか?」

「どうだろ。多分ほんとにあってるなら、結構そこ具体的じゃないと受け付けてくれないと思うんだよね。だからまあ、最初はそうだね、迷宮だと思って行ってみよっか」

「っし!じゃーそれでいくか」


 きちんと共通認識を築いた上で、ふたりはミストへと足を踏み入れる。


 森を行く。


 進んで進んで行けば、いつしかふたりは前方の闇に追いついて。


 顔を見合わせたふたりは、そうしてその闇の中へと足を踏み入れた。


―――こつん。


 と。

 硬質な足音。

 がしゃがしゃと常にうるさい鎧姿のシズだが、それとはまた違うものだと、足元の感触が教えてくれている。


 足元を見下ろせば、そこには朽ちて自然に侵食された、けれど明らかに人工を感じさせる石畳。


 一歩を歩み、振り返ればそこには樹木の根のようなものに塞がれた階段があって。


「……当たっちゃった」

「マジかよおい。おいおい!やったなマリー!」

「うん!やー!わたし冴えてる!」

「おう!すげーよマジで!天才だな!や、ここはさすが熟練のミストリ博士って感じか!?」

「ふふん!まあね!わたしくらいになるとノーヒントで謎といちゃうからね!ミステリーハンターマリーって呼んじゃってよ!」

「ひゅー!」


 うなぎ上りのテンションに分かりやすく図に乗るローゼマリーとそれをおだてるシズ。

 きゃっきゃきゃっきゃと喜ぶふたりが落ち着いてその場所を把握しようとするまで、実に数分かかった。


《Tips》

『環境系ミストの秘密』

・環境系ミストを踏破するということは、その環境系ミストを完全攻略したこととはまた意味が異なる。あくまでも踏破はその最奥に到達したという証明でしかなく、例えばそこに秘宝が隠されていようとも、それとも次なるミストに通じていようとも、それを知らずに踏破できてしまう。なにも実りのない場所だと思ったら謎解きがあって強力なミストが隠されていたなどというのはザラにあることで、大体そういう場合にはミスト名にヒントが隠されていたりするか、どこかで情報を得ることで解明できたりする。

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