第27話 それぞれの冒険


 シズとローズマリーがよろしくやっているころ。

 相反するような二人も、引き続き迷宮に挑んでいた。


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ

・立ち塞がる謎を解明し、その叡智を示せ

・覆い尽くす闇を潜り、その冷静を示せ

・未明


 プレイ時間の水増しのためとしか思えない(レイン評)謎解きゾーンを突破した次なる階層、水晶の玉座に腰かけたローズは悠然な笑みを浮かべてレインへと。


「ここは暗いだけのようですね。さあ速やかに攻略いたしましょう」

「喋ってないでさっさと動いて」


 そんなローズへと辛辣な言葉を投げながら、レインはさっさと通路を進んでいく。

 しばしあっけにとられ、それから耳を真っ赤にして歯を食いしばるローズは射殺すような視線を向けながらにレインを追う。


「やる気満々のようですねっ」

「ちっ」


 隠せぬ怒りに震えながらも揶揄するような声音で挑むローズ。

 レインはいらだたしげに舌打ちするだけにとどめ、行く先を睨んだ。


 セーフティゾーンから続く通路、その先は妙に薄暗く視界が通らない。


 どうせなにかのギミックが待っているに違いないそれにまず苛立ちを覚えるタイプのレインであり、しかもそれが酷く不本意な状況下であるとなればその機嫌は最悪と言っていい。

 それになにやら、昨日よりローズのテンションが高いようなのも腹立たしい。

 自分が嫌な思いをしているときにプラスでいる奴を見ると反射的に中指を立てたくなるのがレインという人間である。


 と、そこでふとレインは立ち止まる。


 振り向けば、いつの間にかローズはそこにいなかった。


 死んだか?


 そう思い、フレンドリストなどから確認しようとするレイン。

 しかし何故かメニュー自体が開かず、レインはまた舌を打つ。


 間違いなくなにかが始まっているという確信。


 それを裏付けるように、声。


「おおーい!」


 とても聞き慣れた声。

 レインは目を見開き、その声の方へと視線を向けた。


「ようレばっ!?」


 気安げに手を挙げて名を呼ぶシズ……の姿をした何か、その頭部が弾け飛ぶ。

レインのミスト『石穿ちブレイクスルー』による単純な破壊。

ただでさえ苛立っているのにくだらない偽物を見せられて咄嗟に叩き込んだ拳には、肉を壊した不快感だけが残った。


苛立たしげに舌打ちしたレインは、光に消えることすらなく地に倒れるシズ(偽)を執拗に踏み砕く。

 

それが形を失うほどぐちゃぐちゃに砕けたところで、レインはふとそれが土くれであることに気がついた。


「くだらない、くだらない、くっだらないっ!」


 噛み砕くように吐き捨てて、レインは土くれの残骸を蹴り散らす。

 それでは気が休まらず、なんどもなんども舌打ちをしながら壁に八つ当たりなんかして気を晴らす。


 しばらくそうしていたレインは、それがあまりにも無意味だと気が付いて、VRの中だというのに息を乱しながら通路の先を見やった。


 そこには、すっかり見慣れてきたセーフティゾーン。

 振り向けば、そこには変わらず暗闇の通路が続いているようだった。


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ

・立ち塞がる謎を解明し、その叡智を示せ

・蠱惑する幻影を看破し、その理知を示せ

・未明


 いつの間にか、ミストの詳細にも変化が表れている。

 もともとがなんだったのか、そもそもあまり興味のないレインには思い出せなかったが、さきほどの趣味の悪い幻影とやらが次なる試練だったらしい。


「……ちっ」


 蠱惑、という漢字の読みにちょっと自信を持てないレインにも、けれどそれがなにか誘惑的な意味合いに近いことくらい分かる。


 つまりシステム的に、あれはレインを誘惑できると判断されたようなものであるらしい。


 とりあえずレインは運営に『趣味が悪い』という一言だけ20回くらい送りつけておいた。

 言うまでもなくシズと一緒にいると喜びを感じはするが、それを偽物で再現できる訳もないのだ。


 そんなことよりも。


「ってか、遅。なにやってんの」


 苛立たし気に通路を見やる。

 その向こうにいるのかいないのか、ローズは未だ姿を見せない。


 まあ、おいていけばいいか。


 レインはいたってスムーズにそう思考した。


 して。


「……はぁ。早くしてよね」


 呼び出したエドの闇に腰かけ、レインは暇つぶしに動画を視聴し始める。

 どうやら待つことにしたらしい。

 なにかもの言いたげな(に、レインは思える)視線で見上げてくるエドの頭をぽふっと叩き、レインはひとつ舌を打った。


 手慰みにエドの頭をふさふさしながらぐったりと待つことしばらく。


「なっ、また出ましたわね!?」

「あ゛?なに言ってんの」

「!、そ、いいえ!?なんでもないですけど!」


 少なくともなんでもないことはなさげなローズ。

 そんな感情の機微はどうでもよく、レインは視線を鋭くローズを睨む。


「てか遅い。無駄に遅い。なにやってんの」

「……、っ、……!、、!、なんでもよろしいでしょうそんなことは」


 一人喜怒哀楽というくらいに表情を変え、最終的にそっぽを向いてツンと澄ますローズ。

 きわめてうざいというシンプルな気持ちに拳を振り上げそうになったレインは、けれど舌打ちでそれをごまかすとエドを帰還させる。


「なんでもいいからさっさとして」

「言われなくとも分かっていますっ」


 ふんっ、と鼻を鳴らし、ローズはつかつかと宝玉に近づいていく。

 すでに陣を描き終えた宝玉に触れ、そうしてふたりは次なる階層へと進んでいった。


『感情』

脳の働きに介入するフルダイブVRにおいて、感情というのは客観的データとして解析されている。といってもそれが一般向けになったのはつい最近のことであり、一般のゲームでは『あるタイミングで喜怒哀楽を覚えた』程度を記録するのが限度。一部のAIを除き感情の機微を解釈することなどできず、そのため『プレイヤーが欲しているもの』なんかはいまいち的外れになりがち。もちろん、ストライクな場合もあるのだが。


 宝玉の中に描かれていく円環の魔法陣。

 それを尻目に、ローゼマリーは瞳をきらめかせながらシズへと語る。


「で、次は最後で、同じく光の第三層『ミーティア』。光の玉を操る魔法。持続時間が結構長くて、とりあえず戦闘のとき出しとけばなにかに使えるっていう感じかな」

「そりゃ便利だな」

「そそ。これ欲しかったんだー」


 そんな説明の間に出来上がった円環の魔法陣。

 三重成したそれをきゅっと握れば、呼応するように宝玉が光を放った。


 眼前に生ずる光の球体。


 それはくるくると宙を舞い、シズの周りを踊った。

 反射的に手を伸ばすと、光球はその手をひらりと避けてからかうようにふるふる揺れた。


「ほほぉー、こいつぁいいな」

「でしょー」


 ひとしきり遊んだところで、光球は弾けるように消えた。


 それを惜しむように見送ったローゼマリーは、それからあっさり気を取り直すとズバッと両手を天に突き出した。


「て感じでマリーちゃんの魔法講座入門編はしゅーりょー!」

「おぉー!……って入門編かよ!?」


 高らかに宣言するローゼマリーにたまらず突っ込むシズ。

 これまでそこそこ長い時間かけて、シズの宝玉で使用可能な魔法をすべて説明してくれたローゼマリーである。

 それはシズにとってきわめて楽しい時間ではあったものの、少々肩の凝る分量であったことは間違いなかった。


 それが入門編となればシズからすれば全く驚くべきことで、けれどローゼマリーは宝物を自慢する子供のような純真さでむふふんと胸を張る。


「ふふふ、なにせ歴代最高の魔法は九層もあるんだからね」

「うっそだろおい」


 第九層。

 層毎にひとつの要素というローゼマリーの説に従うと、もはや例えばをあげつらうことすらシズにはできそうもなかった。


「どんな魔法なんだよそれ」

「うっふふー、秘密」

「くっそぉー!いつかぜってー見てやる!頼むぜ先輩!」

「おお!?もちろんろん!」


 いえーい、と謎にハイタッチを求めてくるローゼマリーに素直に応えるシズ。

 指を絡ませてしばらくるんるんと楽し気にしていた二人だが、ちょっと虚しくなったのでそろそろと離れては気恥ずかしげにはにかむ。


「さ、さーて、せっかくだしこれからどっか冒険すっか」

「うん!シズはどこか行きたいとこある?」

「まあ、ないな!」

「あはは!だよねー!じゃああたしのお気に入りスポットでもしょーかいしちゃおっかな!」

「まじ?めっちゃ嬉しいわそれ!」

「まっかせて!」


 ぶいぶい!とピースサインを見せるローゼマリーに、シズはにこやかに笑む。


「じゃー最初どこ行こっかなー」

「お、そうだそうだ」


 るんるんと考えこむローゼマリーに微笑ましいものを感じながら、シズはあることを思い出してウィンドウを弄る。


 お気に入りスポット、というにはまだ世界を知らないかもしれないし、それにローゼマリーは知っているのかもしれない。それでもこの親愛なる友人にどうしても、自分の好きな景色を自慢したかった。


 おや、と覗き込んでくるローゼマリーに、シズは自慢げにそれを見せつける。


「お気に入りっていえばよ、見ろよこれ!すごくね!?」


 シズの見せたスクリーンショット。

 光の粒子が舞い散るなかに、ただただ揺ぎなく佇む巨木。

 揺らぎ踊る幻想は、自分で見返してもなお美しいと思えるようなもので。


「わ!なにこれ!きれー!」

「へへー!すっげーだろ!」


 自然と上がるテンションに、呼応するように目を輝かせるローゼマリー。

 シズはにやにや上がる口角を隠しもせずに胸を張り、どやどやどやと次々にスクリーンショットを展開していく。


 そのたびに「すご、え、はわぁ……」だとか「え、っていうかこんなに高いんだ!?」だとか「え、っていうかこの人めちゃくちゃ木ー叩いてない!?」だとかきわめて良好な反応を示してくれるローゼマリー。


「はは!そいつはあれ、一緒にやってるやつなんだけど、なんか報酬をよこせーとかってさ」

「木をゆすっても・・・・・フルーツくらいしか落ちてこないよ!?」

「おっ!上手いこと言うな!」

「え?えへへ、そうかな」


 照れり照れりと頬をかくローゼマリーに、シズはまた上機嫌になってずいと顔を寄せる。


「ってかなあなあ、もしかしてこれ、知らねー?」

「うん!知らない!すごいよシズ!すごいすごい!」

「っしゃ!やー、もらうだけってのもなんだからよ。あっ、てかなんなら一緒に行こうぜ!」

「え?」

「今日は色々魔法教えてくれたろ?そのお返しって感じでよ」

「ええー!いいの?いいの?」


 キラキラ輝く瞳。

 期待に満ちたそれはレインがきっと見せることはないだろうもので、シズとしては極めて心地よい。


「おうよ!マリーっていろいろ知ってるからさ、こういう時に自慢させてくれよな!」

「うふふ。ならお言葉に甘えちゃおっかなー」

「まかせろ!じゃーいくぞー!」

「おー!」


 元気に手を突き上げ、それからふたりは追憶の欠片を渡って行った。


『第九層魔法』

・ミストリシリーズに登場した中で最高層の魔法。プレイヤーの使用できるようなものではなく、なんなら使用という概念すらない完全自律型の魔法。今作においてその存在が明かされることはあり得るが、しかし―――

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