第26話 勉強会は脱線の枕詞

更新です。

よろしくお願いします。

―――



魔法を使うとなればそれなりの場所ですべきだろうと、シズはローズマリーと共に広々とした場所に向かうことにした。

幸い広大な世界なので、スペースには事欠かない。

ひとまず『おてんば姫の大冒険Ⅰ』にファストトラベルし、広々とした草原に降り立つ。

してみると、やはり時間が時間ということもあり近くには少々プレイヤーたちがいたので、軽く距離をとることに。


「〜♪」

「なんかご機嫌だな」

「えへへ、ここのBGM気に入っちゃった」


なにやら楽しげに音符を生むローゼマリーに首を傾げれば、ローゼマリーははにかみながら頷く。

その耳慣れない単語にシズは当然のように疑問を深めて生返事。

それを不思議に思ったローゼマリーはぱちくりと瞬き、そうしてあっと気が付く。


「あ、もしかしてBGM聞いたことない!?」

「いや普通に言葉は知ってるぜ?」

「あはは!んとね、設定開いてみて?」

「おう」


ローゼマリーの指示に従い、シズは設定を表示する。

それから言われるがままに『音声』のタブを選択すれば、なるほど確かにBGMという項目がそこにはあった。


「初期だとオフだもんねー」

「そだな」


にこにこ笑むローゼマリーの視線を受けつつ、ぽち、と項目をオンにする。

そうすると聞こえてくる、静かに力強い弦楽の音色。


「うおっ」

「ふふっ」


身体の中で反響するような音にたじろぐシズに、ローゼマリーが楽しげに笑う。

こほん、とひとつ咳払いして赤くなった頬を誤魔化したシズは、視線の端で【♪月光の閑(Ai.Cocolone)】という文字が陰る月のように消えていくのを見送りながら音色に心をすます。

フルダイブ音楽というものに触れたのが久々だったため驚いてしまったが、落ち着いて聴いてみればなるほどつい口ずさんでしまうのも分かる心地よい音色だ。


(ぁー、高校以来か……)


耳を介す必要がなく、直接的かつ直感的に音を楽しむことのできるフルダイブ音楽。

想えば最初は文化祭でちょっぴりだけ味わったこの感動からよく音楽を聴くようになったんだっけなあとしみじみ。


呼吸ひとつ分。

目を閉じて聴き入り、吐き出しながら目を開く。

そうして視線を向ければ、ローゼマリーはにやっと笑んだ。


「いいなこれ。ありがとな」

「へへっ、でしょー?ミストリって名曲揃いだから」

「おお、なんか玄人っぽい」

「えー?そーかな」


いやあはは、と恥ずかしがって頭を搔くローゼマリー。

うんうん頷きながら、今度アカリにも教えてやろうと決意するシズ。きっと喜んでくれるぞと、ルンルン気分で胸躍らせた。


そうして少し世界が彩りを増したところで、シズとローゼマリーは魔法を試す。

まずシズが、昨夜の成果である宝玉たちを自慢げに見せびらかした。

青、黄、緑、茶、白、黒、六色。

それにわーきゃーと楽しげに声を上げるローゼマリーに満悦したところで、今度はローゼマリーが取り出した赤色にシズが驚きの声を上げる。


「まー今これだけなんだけど」

「いやいや、でもそれ結構おっきいよな?」

「うんっ。めっちゃ運良くてさー」


にこにこ笑んだローゼマリーは、それからシズにその宝玉を差し出してきた。

ん、と目の前に差し出される宝玉を、シズは疑問符を浮かべながら特に深い考えもなく受け取る。


「はい、ぷれぜんとふぉーゆ」

「……は!?」


ローゼマリーのまるでなんてことない口振りに一瞬理解に苦しみ、それからシズは驚いて目を見開く。


「いやいやいや!貰えねーよ!」

「えー?でもわたしもうこれ要らないし」

「いやんなことねーだろ!?」

「ふっふっふ、んなことあるんだよねーこれが」


いたずらめかして笑ったローゼマリーは、そうして見せびらかすように手で器を作った。

一体なんだと覗き込めば、そこに発生する光。

そして周囲に描かれていく魔法陣に、シズは目を白黒させる。


「なんこれ……?」

「そりゃもち魔法だよー」


そう言ったローゼマリーの手の中で、炎がぼぅ!と音を立てて燃え盛る。

慌てて飛び退いたシズに、ローゼマリーはなんとも楽しげに声を立てて笑った。


「とまあこんな感じでねー。わたし一回使った魔法完璧覚えちゃうからさー」

「はぇー、あ、それがマリーのミストってことか?」

「そそ。『追憶の魔法メモリア・アクト』、それが私の運命フォーチュン!」


大仰に両手を広げるローゼマリーの仕草。

シズは目を輝かせて歓声を上げた。


「おおっ!?なんそれ!」

「えへへ、過去キャラの真似。まあぜんっぜんカンケーないんだけど!」

「ねえのかよっ」


ともあれそうであればお言葉に甘えることにするシズ。

もちろんただもらうだけではなく、ローゼマリーに自分の宝玉を使ってもらうということにした。

それを使って、魔法についていろいろと教えてもらうということで取引成立。


宝玉をそこらへんに散らせ、向かい合って座ったところでローゼマリーがぱんっと手を鳴らす。


「じゃーまずは、私の一番好きな属性からいってみよー」

「おー」

「あっはは」


腕を突き上げて乗ってくるシズにローゼマリーは嬉しそうに笑い、意気揚々と緑色の宝玉を拾う。


「緑っていうと……風か?」

「そそ。あ、名前知らないよね?『翠風の宝玉ウィンディア』っていいまーす」

「おおー、さんきゅ」


遺物系ミストの性質として、その名を知ったシズの眼前に『翠風の宝玉ウィンディア』についての解説が表示される。


翠風の宝玉ウィンディア

・風の魔法を構築する媒体となる翠玉。

・第三層程度の大きさ。

・風属性の魔法を使用可能になる。使用可能な魔法を知ることができる。


「なんか洒落てんな」


といっても比較対象は『理想の地図ロードマップ』だけだが。

まあそんなものかと思いつつのシズの呟きに、ローゼマリーは「むふふ」とわざとらしく堪えて笑う。


「んだよ?」

「ややー。ミストリヲタとしては語りたいことがたくさんあるけどネタバレになるからさー」

「ほほう」


その口ぶりからして、なにか隠された秘密があるらしい。

とうぜんそんな匂わせをされたらそれこそ気になってしまうもので、シズはずいと身を乗り出す。


「ちょっと教えてくれよ」

「えへへー。じゃあちょっとだけね?」


などと言いつつ語りたくてうずうずしていたらしい。

それからしばらく熱弁されるローゼマリーの宝玉話、最初はちょっとした興味でしかなかったシズも、気が付けば興味津々といった様子で積極的に質問なんぞし始める。


内容としては、宝玉は人工的に作られた遺物系ミストであるという話に始まり、宝玉を始めとしたさまざまな人工ミストを作るに至った天上に住まう種族の話に続き、今作ではその種族の住まう空島に行くことができるという話にまで発展した。


そんなこんなのうちに小一時間が経過したところではたと気が付いたローゼマリーは、時計に視線をやってあちゃーと額を抑える。

実は時間に気づきつつまあいいかと聞き入っていたシズとそろって苦笑し合い、それからやっと元々の目的である魔法のことに話を進めた。


「それで、風の魔法だけど、風の魔法にも色々種類があって……っていうかそもそも属性にはじつは細かい分類があるんだよね。で、魔法ってそれを組み合わせて作ってあるんだ」

「そうなのか?」

「そそ。なんちゃら層ってあるでしょ?あれって、一層ごとに分類一つってゆー感じになってるんだって」

「へー。層が少ないほどシンプルなわけか。あ、じゃあ同じ層でも使えないのがあんのは、規模がでかいとかいうパターンなのか」

「そのとーり!理解力のごんげ!」

「ふはは。まかせろ」


ぱちぱちと手を叩くローゼマリーにシズは胸を張る。

そんなシズに、ローゼマリーはさらに説明を続けた。


「で、まあだいたい分類は『属性』『規模』『指向性』『速度』『操作性』『構造』……くらいが基本かな?風でいうと、『属性』は風、『規模』は風の大きさとか範囲、『指向性』は風向き、『速度』は風速、『操作性』は風をどれくらい動かせるか、『構造』は竜巻とかかまいたちとか風の形?みたいな」

「おおー、なんぞややこしいな」

「まあこれって別に公式設定で公開されてるやつじゃないから、そこまで厳密じゃないんだけどね」

「そうなのか?」

「いちおそれっぽいことは過去作でちょっぴり言ってたりするんだけどさー。やっぱり未知の力っていう感じだから、あんまりそういうメタ的な考察ないんだ」

「へぇ。それをプレイヤーで解き明かしてるってことか。すげーな。ってかそこまで調べてんのなマリー」

「ふっふっふ。なにを隠そう分類説の第一人者のひとりだからねー」

「まじか!?やべえ。マジもんの魔法学者かよ。すげえ」

「えっへへー」

(ぁー、めっちゃ反応いいな……これだよこれ)


すげえすげえとしきりに感心の声を上げるシズに、鼻高々といった様子のローゼマリー。

なんだかその様子がとても可愛らしく思えるシズは、どこぞのニートとは違いなんとも褒めがいのあるローゼマリーをそれはもう褒め殺す勢いで褒め称える。


そのせいでまた脱線することになってしまうふたりは、果たして相性がいいのか悪いのか。


少なくともレインと一緒にプレイしているときよりは楽しげなシズの様子は、レインが見ればミストを暴発させること間違いなしだった。


『人工ミスト』

・本来は未知なるものの総称であるはずのミストを自らの手で作り上げようとしたある種族の、その結果物。事実彼らは過去作ミスティストーリアの時間軸においてもとっくに姿を消しており、ゆえにその遺物は後の時代における未知=ミストとして認識されている。そもそも遺物系ミストの語源もそこにあったりするが、彼らの存在以前から遺物系ミストに分類されるものは存在していたというのが一般的な学説。―――彼らにとってそれらの未知は既知であった。であればあらゆる未知は、いつかは既知であったのかもしれない。ともすれば、明日の我らにとっての。

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