第25話 彼女のいない日

更新です。

ストック切れにより次回から不定期更新になるかもです。

すみません。

―――



宝玉をスライドさせ、全ての溝に光を灯した上で初めにオベリスクにはめ込んだのと同じ並びを作るパズルをレインがクリア。ローズはますます苛立ちを重ねる。


7×7の49マスを埋める立方体をサイコロのように回転させ、六面のうちどれかふたつ以上を繋ぐように開くトンネルを連結させていく覆面回路パズルをローズがクリア。明らかに面倒だったので勢い込むローズを眺めていただけのレインだったが、自慢げなローズにムカつく。


7×7マスに並んだ3段階押下スイッチ(押す度に高→中→低→中→高→……)、押すと隣接した4つのスイッチも連動して1段階押されるそれを全て低で揃えるパズルをレインがクリア。かわりばんこにプレイしていたためローズは自分のお膳立てのおかげと言い張った。


「あまり調子に乗らないでくださいね」


などと鬱陶しいローズをレインは当然のように完全無視した。

そんなことよりも、扉の先の部屋に水晶玉があることの方がレインとしては重要である。

部屋の中央に陣取る水晶玉に近づいてみるものの、魔法陣は発生してこない。


見下ろせば、溝はレインたちの入ってきた通路の隣りに伸びている。

この時点で少なくともふたつ以上は別のパズルを解く必要があるということで、レインはげんなりした。


なにげにパズルに結構な時間をかけているので、ふたりはいったん休憩をとる。

見るつもりがなくとも自然に目が向いてしまう時計は、気がつけば午前3時を示していた。


ログインしてきたローズが、ふぁ、と口を抑えながら欠伸をするのをなんとなく見ていると、ローズは頬を染めて恥じらう様子で顔を背けた。


「……とりあえずこのフロアが終わったら一旦お終いにしましょうか」

「は?なに言ってんの」


一旦、などと。

まるで次回があるかのような口ぶりに、レインは怪訝な視線を向ける。

ミストを途中で離脱してしまえば、途中から再開するというシステムはない。

つまり次回があるとすると、必然的にミスト内に拘束されるということで。


本気で言っているのかとすら疑うレインに、ローズはぱちくりと瞬いて首を傾げた。


「別に今回はお終いでもいいですけど?わたくし学校があるので本当は早く眠りたいんです」

「違うっ。私何日もつきあうつもりないんだけど」

「そうは言っても終わらないんですから仕方ないでしょう」 

「はぁ?意味分かんない」

「まったくです。まさかこんなに手間取るとは思いませんでした」


はぁ、とため息を吐くローズに、レインは舌を打つ。


「絶対やらないから」

「それは約束が違いますよね?」

「知らないし。ひとりで勝手にやって」

「もともとそのつもりでしたよ」

「は?」


なにを言ってるんだと顔をしかめるレインに、ローズはうっすらと笑みを浮かべて言葉を繋げる。


「あなたが赤を欲しがらなければ、ですけど」

「……」


表情を険しくするレインに、ローズはやれやれと肩をすくめる。


「別にわたしは道連れを探してなんかないんですよ。最後にまた宝玉が全て必要だから仕方なく一緒にということになりましたけど。赤色だけひとつしかなかったんですよね」

「っ、とにかく私やらないから」

「約束を破るということですか?」


じろりと睨まれ、レインは歯噛みする。

別に、約束なんてどうでもいいと切り捨てるのは難しいことではない。

赤色の宝玉は既に自分のものになっているので、どうあれレインの望みは叶うのである。

そして当然ながら、目の前の意味分からない女などより、シズクとのひとときの方がレインには優先される訳で。

シズクとのひとときを捨ててまでわざわざこんな相手の言いがかりにしたがってやろうなどと、レインは少しも思わない。


例えばそう切り捨てられるのなら、もっと生きやすいだろうと何度か考えたレインである。


「……ちっ。今日で速攻終わらすから」

「ええ、もちろん。開始時間は、ひとまずここ終わってから考えることにしましょう」


にっこりと笑うローズにレインは渋々頷き、そしてシズクに思いを馳せる。

せっかく魔法を手にしてワクワクしていたシズクを一日待たせることになってしまうことが、レインにはなんとも心苦しかった。



《Tips》

『中断』

・ミスティストーリアでは、物語を除きログアウトした場所にそのままログインするという方式になっている。そのためいつでもプレイを中断して再開することが可能だが、冒険を好きに中断できたりはしない。クリアするまでが冒険です。広すぎる世界やそういった不親切は作品で一貫する部分であり、賛否両論別れるところ。なにせ前作まではファストトラベルすらない。ちなみに、そういった部分をあまりゲーム的に省かないゲームをトラベルゲーなどと初め呼んでいたが、気がつけばそれが転じてトラベルという単語にフルダイブVRゲームをするという意味合いが発生していたりする。最近広辞苑に新語として掲載されたらしい。



VRから浮上する。

むくりと起き上がるとヘッドセットを投げ捨てて、そのままごろんとまた寝転がる。

長めに切りそろえられた黒髪が顔を覆うのをうっとうしげに手で払い、ぱちくりと瞬く。

ごろんごろんと体位を変えて、結局側臥位の姿勢になったところで、深々としたため息とともに目を閉じた。 


眠たくはあるが、いまいち眠気はこない。

ここ最近はあまりしっかりとした睡眠をとれていなかった。

どのみちすぐに眠れた所で睡眠時間は4時間程度が限度ではあるが、だからといってそれが2時間になるのをよしとする訳でもない。

多分、だから自分は育たない子なんだろうとぼんやり思う。


(寝れないですね……)


なんだかそう考えるだけで、いらいらする。

だからそれを誤魔化すように、坂上さかうえ美穹みそら(17)という名の少女は、つい先程まで『ローズ』というキャラクターだったときの記憶をつらつらと思い返した。


とある目的のために空島を目指して数日、そのための最後のピースを手にしたと思ったら卑怯なPKにかっさらわれたときはゲームの引退を考えたものだ。けれどそのPKがその後すぐにリスポーンして、かと思えば―――


(……ムカつくやつでした)


一目見ただけでわかる性格の悪さ。

いらだちのままに突っかかってしまったのは普段の自分らしくもなかったが、言葉を交わせばそれは確信できた。あれはとても性格がよくない。


ぜったい友達には欲しくないタイプだと、ミソラは自分を棚に上げて思う。


なにせ多分、ひとりで動画とか見てたし。

わざわざ話しかけてやったのに気の抜けた返事されたときは、まったく今すぐ叩き潰してやろうかと思ったものである。


それを華麗なる自制心によって抑えた後、挑む空島への道。


(まあ、そこそこ有用でしたけど……)


想像していたよりも、やや、ほんの少しだけ、手強い試練。

例えば彼女がいなければもう少し手こずっていただろうと思う。

そこは認めてやってもいいかなと思うミソラである。


「っ、」


不意に、間近に迫った彼女の顔を思い出す。

抱き締められたのはいつぶりだろう。

しょせん虚構では、あるけれど。


とくとく弾んだ心臓は、多分怒りとかそういうやつだと決めつける。


なにせあれは性格がよくない。

愛想もよくないし、隙あらば馬鹿にしようとしてくる。

あの魔法エリアでつい気安げな感じを出してしまったのも、あんなのは気の緩みからであって、別に心を許した訳ではないのである。


それにミソラは、ああいうそこそこに可愛いアバターが嫌いだ。

ああいうのは大抵リアルの顔そのままと相場が決まっている。

そうでなければみな、自分がそうであるように、ファンタジーな容姿になるものだ。


けれどリアルでもあれだというのなら、ずいぶん上等ではないか。

しかもそれをVRの中でもさも誇らしげに晒すのである。

あんなのは自分に無駄に自信のあるようなやつに決まっている。

つまりミソラの嫌いなタイプだ。


まるで自分の姉のような、嫌いなタイプだ。


彼女は、またなにかそれとは違うような気もするけれど。

いやそんなことはない、あれはとても性格がよくないのだと、ミソラはかぶりを振る。


バカにされたし、めちゃくちゃバカにされたし、すこぶるバカにされた。

円滑なコミュニケーションを真っ向から否定するまったく敵対的なやつだった。


―――そういうところは、嫌いではかもしれない。


そんなふうにぼんやり思って、誤魔化すように寝返りを打つ。


ミソラは、自分を褒めるやつが嫌いだ。

自分が褒められるような上等な人間じゃないと知っているから、全部が全部皮肉か世辞にしか聞こえない。内心では全く思ってもないことをよくもまあそれだけ言えるものだと吐き捨てたくなる。


自分より成績がいいくせに自分を褒める姉とか。

自分より可愛いくせに可愛いとか言ってくる姉とか。

まったく死ねばいい。


それを思えば、あそこまで辛辣なのは……いや、それはそれでムカつくけれど。

それに、それも別に嫌いではないというだけで、それ以上のことはない。


『―――よくやった』


ああそういえばあいつにも一度だけ褒められたなと、思い返す。

本人は、まるで気がついていないみたいだったけれど。


つまり、やっぱり私はあいつが嫌いだ。

これですっきりした。


「……♪」


結局その日の睡眠時間は最終的に1時間ほどしかなかったが、いつもよりはちょっぴり爽快な一日だった。


《Tips》

『容姿』

・どれだけ時代が過ぎても、可愛い・格好良い・綺麗・凛々しいとかそういう顔はそこそこのアドバンテージです。とはいえ気軽にカワイイは作れる(仮想)な現代においては、三日で飽きると噂の美形に対するリアルの需要は実はあまりないのかもしれません。それとも逆に、だからこそコンプレックスは大きくなるのか……そういうのも多分人によるのでしょうけど。


「今日一緒にできないから」


などと一方的に言って部屋に引こもるアカリに、シズクはなんとも戸惑うことになる。

なにせその視線は憎しみすら感じさせるもので、もしかして知らないうちになにかとんでもないことをしでかしてしまったのかと戦々恐々したものである。


けれど去り際に「……明日ね」などと言い残す辺りそういうこととも違うようで、シズクはまったく訳が分からなかった。


ともあれそういうことならば仕方がないかと、シズクはひとりでミスティストーリアをすることにした。元々早く魔法を試してみたいということもあるし、きっとアカリからすればその程度のことわざわざ付き合うのも億劫だろうと思う。


それに、単純に、ミスティストーリアの世界は魅力的だ。

なんなら森を散歩してみるだけでも、フルダイブする価値はあるだろう。


そんな訳でシズクは、シズとなってミスティスに降り立つ。

降り立ってみると、世界は暗闇に包まれている。

『鉱山の金糸雀』から離脱してそのままログアウトしたため、現在地は森の中、崖のそば。


静かな空気に、ざわめきが染みる。

遠くに聞こえる滝の音がなにか寒々しい。

無音よりも静かな、深い、深い夜だった。


すぅ、と胸いっぱいに夜闇を込める。


ちょうどそのとき、シズの元に通知が届く。

はぁ、と吐きつつ開いてみると、『ローゼマリー』からボイスメッセージが届いている。

時間を見るに、三十分程度前のことらしい。


開いてみると、暇なら一緒にプレイしようというお誘いだった。

シズはまず少し時間が空いてしまったことを軽く謝罪し、是非一緒にと前向きな返答をした。


とりあえず今日は魔法で遊ぼうと考えていただけのシズであるから、当然暇も暇である。

アカリもいないということで、一緒に誰かがいると心強い。


問題は、果たして時間が空いてしまってもまだお誘いが有効かどうかということだったが―――


「おっ」


返信してすぐに、早速ローゼマリーからの返信が来た。

文字しかないのに、なんともハイテンションな文面である。

とりあえず『冒険心』で待ち合わせをしようとのことだったので、早速ファストトラベルすることに。


「あっ、シズさーん!」


降り立ってみれば、後ろから呼びかける声。

振り向けば、ちょうど追憶の欠片の向こうに見覚えのある白ローブがぴょんぴょんしていた。

てってってー、と駆け寄ってきた彼女が「こんばんわー!」とご機嫌に両手を掲げてくるので、シズは苦笑しつつそれに両手を合わせた。


ぱちこん、とハイタッチをしたまま指を絡めるようにして、ローゼマリーは楽しげにシズに身を寄せる。


「えへへ、シズさんノリいーね!」

「ローゼマリーさんもお元気そうで。こんばんは」

「シズさんてーごつごつしてるねー」

「え!?あ、篭手か」

「戦士の手だ!」

「たしかにある意味……?」


戸惑うシズに、ローゼマリーは楽しげに笑う。

そうしてひらりと身を離すと、軽やかな手つきでウィンドウを操作しパーティ申請をしてくる。

当然それを承諾しつつ、シズは尋ねる。


「それで、なにか予定などはあるんですか?」

「え?ないよー?シズさんはやりたいことあるます?」

(ある、ます……?)

「あー、あるますね」

「お、じゃーそれでいこー!」

「あっ、でもただ魔法色々試してみようっていうだけなんですけど」

「おおっ!?」


シズが言うと、ローゼマリーは途端に目を輝かせる。

ずずい、と身を乗り出してくるローゼマリーに、シズはたじたじだ。


「シズさんもーまほってるの!?」

「まあはい、全然使いこなせませんけど」

「いいよいいよー!色々教えちゃうー!」

「本当ですか!」

「もちろん!あ!やっぱやだ!」

「ええっ」


即座に言葉を翻すローゼマリー。

ぱちくりと瞬くシズに、ローゼマリーははにかむように俯き、上目遣いにシズを見やる。


「えっとねー、教えるのはやまやまじゃないんだけどー、タダって訳にはいきませんですなー」

「……お金はあまりありませんが」

「へっへっへ、そしたら身体で払ってもらうしかなさげですのぅ、ぐふふ」

「っ、」


にやにや笑って手をわきわきとさせるローゼマリーに危うく吹き出しそうになり手で押えるシズ。そんなシズににっこり笑って、かと思えばきりりと表情をキメたローゼマリーはシズにずびしと指を突きつけた。


「ずばり!シズさんはわたしにけーご使わないの刑だー!」

「刑罰なんですか……?」

「ほらそこー!けーいーごー!」

「あー……」

「それともシズさん友達にも敬語なさぴ?」

「いえ、そういう訳ではないですが……」


ぱちくりと純粋な視線を向けられ、シズは困ってしまう。

普段から他人と触れ合う場合は基本的に敬語である。

架空の存在であるNPC相手とは違い、普通に中身が人間だと思うと敬語を解くのもやや抵抗がある。


なにせシズは口が悪い。

その点敬語であれば少なくとも不快感を与えることはないので、わりと気に入っているのだが。


しかし、人間相手とはいえゲームの世界。

みんなで楽しんで仲良しこよし、というのに普段使いではない敬語は確かに不似合いかもしれないと、シズは思った。


「……ん、よし、分かった。ちょいと口悪ぃって言われるからよ、こんな感じだけどいいか?」

「おおー……」


にかっと笑って見せれば、ローゼマリーはなにやら声を上げて頷く。

一体なにに納得しているのやら、苦笑するシズに、ローゼマリーは呟く。


「なんか、すごい、性癖に刺さる」

「とんでもねえこと言うなおい。やっぱやめといた方がいいですかよ」

「わっ、ごめんなさい!なんかこー、いやあっはっは」

「欠片も言い訳になってねぇですよー」


じっとりとした視線を向ければ、ローゼマリーは顔を背けて笑う。

やれやれと肩をすくめていると、ローゼマリーは慌てて言い訳を連ねる。


「あのね、待って、おかしな意味じゃなくてね?言葉を致命的に間違っただけでめっちゃ好みっていう感じでね?ああもう気をつけてたのにぃ……」

「はは、わりいわりい。大丈夫だからあんま気にすんなって。分かってるって」


がっくしと肩を落とすローゼマリーに、シズは苦笑した。

性癖、などという言葉が飛び出したことに少しの驚きはあったものの、それを言うならシズとて自分の趣味を100%全面に出したという意味で性癖の塊と言って差し支えない。

だから、少しからかってみたものの、その言葉自体はシズにとっては単なる褒め言葉だ。


慰めるようにぽんぽんと頭を撫でればローゼマリーは驚いたように目を見開き、そうしてはにかみ笑う。


「えへへ。恥ずかしついでにもいっこいい?」

「おう?」

「名前、呼び捨てしていい?」

「構わねえよ?」


なんだそんなことかと頷けば、ローゼマリーはきらきらと瞳を輝かせた。


「ほんと!?あはは!いやー、ふだんは普通にやってるんだけど、こー、なんかこー、ね?」

「あー、わりいわりい」


敬語を使ってくる相手に、軽率に距離を詰めるのが難しいというのはシズにも分かる。

だから敬語を使っているという側面がある以上、こうして少し距離を詰めてみればなんとなく申し訳ない気持ちになった。


それを軽く笑い飛ばし、シズは手を差し出す。


「改めてよろしくな、ローゼマリー」

「うん!よろシズ!あ、わたしマリーでいいよ!」

「おう。……ちなみによろシズってなに」

「?そんなこと言った?」

「おまえ舌に中学生飼ってんの……?」


《Tips》

『性癖』

・性質のかたより。そのひとのくせ。性癖の性は性質の性であって性的の性ではない。というのは昔の話で、今(作中時間現在)では広辞苑にも用法その二としてそういう意味の記載がある。類語としてフェチ(=フェティシズム)も挙げられている。ただし使われる界隈によって意味合いのフランクさが全く異なっており、聞き手も話し手もちゃんとそれを理解しないと痛い目を見ることに。

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