第23話 苦難の道

更新です。


マキナ・ガーディアン→マキナ・ウォールに改名しました。

普通に名前重複してて自分の記憶力疑っちまいましたよ、ええ。

―――



しばらく動画鑑賞をしていると、不意にエドとローズがぴくりと反応する。

それに気がついたレインがゲーム音声をオンにすれば、同時に迷宮は動き出した。


七角形の小部屋に、内接円の切れ目が入り、そして回転が始まる。

塞がった通路が止まるまでにどれだけ移動したのかを基準にその回転を追おうと、視線の方向を定めるレイン。


その視線に、道を塞ぐ壁を置き去りに動き出した通路を捉え。

レインは、大きく目を見開いた。


「もしかしてこれを待っていたんですか?なら言えばいいじゃないですか。あなたの口は飾りなんですか」


ローズがなにやら言っていたが、無視である。

慌てる必要もなく、動き出すまで壁の向こうにあった通路の先を見通す。


通路は、一見してまったく何の変哲もないものだった。

しかし確かになにかを感じたレインは、迷いなくエドに指示し移動中のその通路へと入った。


移動中の通路になにか嫌なことでも思い出したのか、ローズは顔をしかめる。


「なぜわざわざ危険なことを?」

「黙ってて。言っとくけどさっきからほんとうるさくて迷惑なんだけど」

「……」


冷淡に切り捨てるレインにローズはピクっと眉を弾ませ、むすっと黙り込んだ。


「し……れば……って……さっき……のに……」


いや、よく聞くとなにやらもぐもぐと口の中で呪詛をこぼしている。

当然そんなものは知ったこっちゃないレインである。

やがて回転の止まった通路がまた壁に阻まれたことで、やはりそうかと頷く。


さすがにそこに至ればレインの行動の意味を理解できたらしく、ローズはどういうことなのかと困惑混じりにレインを見やる。


そんな視線に密やかな優越感を覚えつつレインが見通せば、通路は途中でL字に曲がっている。

もしもこれで普通に隣の通路に繋がっていれば完全な無駄骨ということになるが、恐らくそういうことはないだろうとエドに命じて進んでいく。


そうして曲がり角にたどり着き、レインは自分の考えが正解だったことを知った。


曲がり角の先には、魔法陣を描き始めた宝玉があった。


「灯台もと暗し、ですか」

「あんたの目が悪いだけでしょ」

「なっ、くっ……!」


感心したように呟いたローズは、レインにぶった切られ悔しそうに歯噛みする。

言い返そうにも事実として気がついていなかった以上反論の余地はないという状況に置かれたローズの心情が想像できるレインは、これみよがしにほくそ笑んだ。されて嫌なことを他人にすることのなんと甘美なことだろう。


「ほら。さっさとして」

「……『テレポート』」


憎々しげにレインを睨みつけながら、ローズが告げる。

そうしてふたりはまた転移し、次に降り立ったのはお決まりの七角形の小部屋だった。


【中継地点に到着しました。】

【ミスト内に限りリスポーン地点に指定可能です。】


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ

・未明


今回は通路は一本。

その代わり幅がかなり広く、どうやら円を描くように曲がっているらしい。

明らかになった規則といい明らかに面倒な気配にレインは溜息をつくが、ひとまずきりがいいということで一旦休憩を挟んだ。


それから改めて集まったふたりは、変わらずエドの力で通路を進むことにする。


その前に、間違いなくなにかがあるだろうということで、ローズは『オブジェクト』により作り出した剣二本と盾二枚を宙に浮かせた。恐らく任意操作なのだろう物体を四つも宙に浮かせている辺りにうっかり感心しそうになったレインである。


さておきふたりは、通路へと侵入する―――


壁に刻まれる魔法陣。


「ちっ」

「これが苦難ということですか」


エドが闇を加速させ、次々に突き出してくる槍を通り過ぎる。

かと思えば今度は前方の地面に出現する多数の魔法陣が行く手を阻むように柱を出現させ、その合間を縫おうとするレインたちに棘を生やして攻撃を仕掛けてくる。


さらに進めば柱の影から現れる異形。


『異形系:マキナ・トラッパー』


を、完全無視して通り過ぎる。

一頭身の機械人形であるマキナ・トラッパーなので、エドにかかれば通り過ぎることなど造作もない。たまに遠くからダーツのようなものを射出してきたりもしたが、ローズが自分の正面に掲げた盾とレインの雑な腕に阻まれて終わった。


林立する柱を抜けても相変わらずマキナ・トラッパーは行く手を阻むがこれも無視。

むしろレインたちを囲むように追従する色とりどりの魔法陣から放たれる色とりどりの魔法攻撃の方が問題だった。

明らかに属性に対応している魔法陣の色を参考にレインがエドに任せないマニュアル運転により多少無理な動作を重ねているものの回避が間に合わない。


「ちっ」

「……吐きそうです……」


ひととき壁を走るという無茶をやらかし風の刃の連撃をかいくぐったレインは、そのまま柱の合間を縫い一回転するように着地しながら前方を睨む。


曲線を描く通路は見通せど見通せどその先がどこまで通じているのか分からない。

間際なく襲い来る魔法、魔法、魔法に一体いつまで対処し続ければいいのか。


そんなふうに思いながら、背後から飛翔してくる炎の砲弾を手近に浮いていた水晶盾をぶん投げて弾けさせる。かと思えば頭上から落下してくる拳大の球体の雨を立ち上がり弾き飛ばし、胴体を分断するように待ち受けた光線を飛び越えた。

高圧力で吹き出る水流を頭上に着席し、行く手を遮る闇の煙へと拝借した球体を殴り飛ばして僅かに晴らす。明らかになった向こうで地面から生えた槍とすれ違えば、待ち受けるのは黄色の魔法陣。


「ちっ」


舌打ちとともに両腕のガントレットを外し投げ飛ばす。

霹靂に撃たれた鉄が弾け、拡散した雷撃がレインとローズへと叩きつけられる。


「っ、」

「あ゛ぐぅっ!」


苦悶の声を上げながらも雷撃を耐えたレインとローズに、追い打ちをかけるように赤色のカーテンが待ち受ける。

ローズが咄嗟に振るった水晶盾が僅かに切り開いた隙間をその身を焼きながらも通り抜けた瞬間、再度立ち塞がる炎の壁。


「クソっ!」

「ぁ……」


ローズの動きは間に合わない。

レインが無理やり振るった拳は形なき炎に効果を発揮することなく、せめてと最高速で炎を抜ける。


全身を蒸発させる炎。

肌がひりつき四肢末端が痛むほどに痺れる。

髪に引火しなおも炙られる感触がうっとうしい。


しかしそれでも抜け切った。

守るように抱えていた頭を上げ、正面を睨む。

乾く目を潤すために溢れる涙でぼやける世界を。


―――光が、覆った。


「っ、エドッ!」

「きゃあ!?」

「わふっ!」


思考さえあれば必要のないはずの声が切迫に押され咄嗟に飛び出る。

ローズを抱き寄せると同時に横向きに急加速した闇は次の瞬間レインの思考に従い消え去り、レインたちは慣性のまま揃って壁に叩きつけられる。

強引にこじ開けた空間を通過する光熱が掠め腕の感覚が消失するのを感じ取りながら、接地前に再展開した闇に受け止められ、即座に再度走り出す。


ぼやける視界が世界を取り戻すよりも早く、前方に浮かぶ黒で描かれた魔法陣の球体。


次はなにが来るのかと睨みつけるレインの視界が、消え失せる。


暗黒。


「わぅっ!」


世界を覆い隠そうとする闇へと吠えるエド。

その目は、闇の中にあってなお黒々と輝く。

レインが咄嗟に操縦権をエドに譲り渡せば闇は次の瞬間わずかに方向を変え、レインの耳元を悪寒が通過していく。


風切りすらも、ない。


ただ、もしも回避できなければ確実に死んでいたという確信。

闇が動く度通過してゆくなにか。

音も消え去った闇の中をひたすらに駆け抜ける


そしてやがて、世界は明るく開けた。


前方、かなり遠くに立ち塞がる見慣れない異形。


『異形系:マキナ・ウォール』


抱えるほどのサイズを有する七色の宝玉が埋め込まれた七重丸の円環。

バラバラな速度で左右に回転する円環どうしの隙間やその中央の空間、そして壁との隙間を閉ざす七色光の壁がその異形の存在意義を克明に告げている。


その倒し方は、レインには一目で理解出来た。

明らかに、これみよがしにクルクル回る円環の宝玉を砕けばいいというだけだろう。


例えばそれが今にも魔法を発動せんとその中に魔法陣を浮かべていなければ。

そして例えば七つもなければ、迷いなく拳を叩き込んだのに。


「っ」

(くそっ、再挑戦したくないんだけどこれ……!)


敗北の気配に歯噛みするレイン。

その視線の先に、す、と割り込むように差し出される指先。

浮かぶ魔法陣が、今三層目を描いている。


いつ発動したのかも気が付かない程に意識の外側にあったローズを見下ろす。

真っ青な顔で、焼け爛れた肌で、けれどローズは自慢するようにレインを見上げていた。


「―――『水晶姫クリスタリア』」


煌めきが空間を埋め尽くす。

瞬くように光を歪ませながら殺到する水晶のつぶてが確かな指向性をもって宝玉を狙い、壁や円環に弾かれながらも宝玉を砕いていく。


色を失う光。


そして、


「っ、足りませんっ!」


礫が止み、しかし白色の光だけがそこには残った。

細かなヒビの入った宝玉は、それでも役割を失っていなかった。


にも関わらずレインたちとマキナ・ウォールの間にはまだ距離がある。

役目を終えた礫は既に消え、闇の中で操作を見失った剣や盾は既にそこにない。


今にも魔法陣が完成しようとする中、ローズの悲鳴じみた声が響いて。


「足りてる―――よくやった」


インベントリを操作したレインの眼前に出現する銀貨。


キンッ―――!


と。

引き絞り、解き放たれた薬指。

俗にデコピンと呼ばれる一撃に弾かれた銀貨が、硬質な音を響かせ閃く。


ビッギッ……!


直撃。

ヒビに満ち砕け散る宝玉。

円環が動きを止め、そして光に散る。


その向こうには、水晶玉の小部屋。


即座に駆け込んだレインたちは、ひとときも安心できず使用可能になるなり『テレポート』によってその場を後にした。


【中継地点に到着しました。】

【ミスト内限定でリスポーン地点に指定可能です。】


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・襲い来る苦難を打破し、その勇気を示せ

・立ち塞がる謎を解明し、その叡智を示せ

・未明


その文言に、ようやくレインたちは方の力を抜いた。


「なんとか抜けましたね……」


疲れきった様子でもたれかかってくるローズ。

かと思えば肩越しになにやらやり切ったというような笑みを向けてくる。

なぜか当然のように自分が背もたれになっている現状に釈然としないものを感じつつ、それをどかすのも面倒だったのでレインは自分の頭を殴り付けた。


アバターの損傷を回復するためのリスポーン狙いの自殺である。


「……は?」


達成感もなにもかもどうでもいいとばかりのなんとも思いきった行動に、ひとり残されて床にべちんと落ちたローズはただただ唖然とするのだった。


《Tips》

『コインシュート』

・VR内で最も有力な武器のひとつに数えられる。指弾だったりデコピン型だったりと多種多様な形式があるものの、いずれにせよ金属を高速でぶち込むのだから弱い訳がない。メリットとしては、ゲーム内で通貨というシステムがあるのなら大体いつでもどこでも扱える、金属というオブジェクトそのものが肉体並のダメージ補正を持っていることが多い、破壊不可能オブジェクトである可能性が高い、といったものが挙げられる。一方デメリットとしてはやはり命中精度の甘さが大きく、ゲームによっても物理演算の質が異なるため余程訓練を積まなければまともに扱えない。

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