第22話 ふたり旅

更新です

最近コウシンが”亢進”と変換されるようになりました。どうでもいいですね。

―――



『冒険心』や『鉱山の金糸雀』があったのと反対側の山向こう。

脈々と繋がる山脈により形成された高地は、高い木々はなく見晴らしはいいものの、代わりに起伏が激しく見通しはいまいちだ。


どうやらコンパスを利用しているらしく迷いなく進むローズに従って進んでいけば、窪地の湖とそれを囲む木々、遠くの山頂あたりから帯を引く河川など、無駄に雄大な自然が目につく。


エドという自動操縦によりなんら意識する必要もないレインは、そんな光景をバックに動画を見てのんびりと過していた。なんならエドまでもなにやらそのウィンドウを眺めている様子すらあり、レインは非常に稀な気まぐれを起こしてまるでフロントガラスのように大画面でウィンドウを置いている。


そんな途中ときおりローズがなにやら話しかけてくるものの、さして興味がないからと一瞬だけ視線を向けるようなことを続けていればやがてそれも無くなってしまう。


(別に勝手に話しとけばいいのに……まあ静かに越したことはないけど)


手慰みにエドの頭をモフりながら思うレインである。

一応、話を続けられればそちらに多少の脳容量を使おうという程度のつもりでいるらしい。


そんな、なんとも悠々自適な旅路を続けることしばらく。


やがてレインたちは、謎の遺跡に到着した。

遺跡というものの、そう壮大なものではなく、屹立する一本のオベリスクである。


【ローカルエリアに侵入しました。】

【"パーティ"及び"ファミリア"のメンバーのみが同じエリアに侵入可能です。】

【詳細はプレイヤーメニュー"ヘルプ/ローカルエリア"を参照してください。】


ある程度近づくと、そんなウィンドウが表示される。

それを手で払いながら、レインはそのオベリスクを眺めた。


見上げる程度の高さの、金属的な素材でできた先端の尖る七角柱。

三人もいれば囲むのに苦労はしないだろうその表面はなにやら縦横無尽に溝が刻まれ、それぞれの面ごとに溝の根元に窪みのようなものがある。


そしてその傍らには、『追憶の欠片』。


『天空を目指す者』

〜あらすじ〜

伝承に聞こえる空の島、超越者たちの住まう幻想郷。その文明はあらゆる未来よりもなお先を進み、ついにはミストをすら生み出す力を手にしたという。

そんな、子供たちだけが信じるような、ほんのくだらないおとぎ話。

―――かつて、天空を目指す男がいた。

〜クリア条件〜

*"柱"の使用方法を知る

・"男"の生存

(*:必須条件 ・:選択条件)

〜クリア報酬〜

『不明』


どうせこれをクリアするのだろうとげんなりするレインだったが、地に降り立ったローズはそれを無視してオベリスクに近寄っていた。


「そんな取説はいりません。こっちに来てください」

「は?」

「その物語はただこれの使い方を調べるためだけのものですから。今は必要ありません」


バカにしたような視線を向けられ、いらっとくるレイン。

しかしそれでひとつ手間が省けたと思えばまあいいかとひとつ息を吐き、レインは同じように降り立つとローズの元に近づいて行った。


そうすると、ローズはオベリスクに手を添えながら自慢げに胸を張る。


「この窪みに第三層の宝玉を正しい位置にはめればいいのです。それ以上でも以下でもダメなので苦労しました。ちなみにこの情報は公開禁止されていますよ。得をしましたね」

「別に」

「そうですか」


つまらなさげに鼻を鳴らし、それからローズは見覚えのある透明なトレイを宙に浮かせると宝玉を並べ始めた。そしてレインに手を差し出してくる。


「あなたの赤色もお寄越しください」

「……返ってくるの、それ」

「当然です。……さすがにここで嘘はつきませんよ」


ふんふんと宝玉を要求してくる手に、レインはしばらく訝しみの視線を向け、しかし結局はインベントリから取り出した宝玉を渡す。

受け取ったローズは早速柱の周りを回って宝玉を嵌めていき、最後のひとつを嵌めたとたん、分かりやすく変化が起こる。


光が、生まれた。


はめ込まれた宝玉と同じ光が、溝を満たしながら這い上がっていく。

やがて頂点に達した光はひとつ大きく脈動し、柱の周りに少しづつ魔法陣が描かれていく。


描かれていく、描かれていく、描かれていく……


「なっが。スキップは」

「ないです」

「ちっ」

「しりとりでもします?わたくしから、リールです」

「は?うざ。ルパン」

「この短時間でよく敗北できましたね。驚くべき才能ですよそれは。すごいですすごいです」


レインは今すぐ宝玉を抜き取って帰ってやろうかと思った。

しかし仮にそれで特に問題なく進行すれば腹立たしいことこの上なく、盛大に舌打ちをするだけでそっぽを向く。


聞こえてくるおちょくるような拍手の音は完全無視である。


そうこうしていると、魔法陣が完成する。

最終的に螺旋を描く七条一重となった魔法陣にローズはようやく手を叩くのをやめ、そうして告げる。


「『アイデンティファイ』」


【ローカルエリアから退出しました。】


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・未明


その瞬間、ふたりは既に草原にいなかった。

柱と同じような素材でできた七角形の小部屋。

光源はないのにやけに明るい不思議な空間。


まるで初めからその場所にいたかのように、降り立つ感覚すらなにもなく、ふたりと柱の位置関係も全く同じだった。


散々もったいぶった割にあっさりだったことにやや拍子抜けしつつ、未だ魔法陣を展開する柱からさっさと赤色の宝玉を回収する。


そのとたん、消え去る魔法陣。


宝玉をしまい込んで、レインはローズに視線を向ける。


「で?」

「最初に言った通りです」


そう言って、ローズは小部屋から続く通路を指す。

どうやらその向こうはすぐ隣の部屋に繋がっているらしい。


まあ約束してしまったものは仕方がないと、レインはローズ共に部屋に入る。

部屋の中には、抱えるほどの透明な水晶球が浮かんでいる。

近づけば水晶の中には光が生まれ、魔法陣が描かれていく。


それが完成したところで、ローズがどことなく面倒そうに呟く。


「『テレポート』」


光が瞬く。

あまりの眩さに目を閉じ、やがて光の感覚が消えたところで目を開くと、ふたりはまた同じ造りの部屋の中にいた。


【中継地点に到達しました。】

【ミスト内に限りリスポーン地点に指定可能です。】


『環境系:―――未踏破―――』

・我らが理想郷を目指す挑戦者を歓迎しよう

・入り組んだ迷宮を踏破し、その気力を示せ

・未明


しかし見れば、七方に―――いや、六方に通路が続いている。ひとつの通路は、すぐそこが壁となって塞がっていた。

それ以外の通路を見ると、見た限りでも通路の長さが異なり、分かれ道の数もそれぞれに異なっている。


中継地点などというシステムからして明らかに面倒を匂わせ、レインは顔をしかめる。


「どうも迷路らしいですよ。不定期的に構造が変わるみたいです」

「めんど」

「まったくです」


やれやれと肩をすくめるローズは、また『オブジェクト』で玉座を作る。

そういえば使えるなと思い出し、レインもエドを呼び出した。


そうして自分の足で歩くつもりのまったくない不真面目な挑戦者ふたりは、適当な通路を選び迷路へと侵入する。


飛び跳ねるにはやや低い天井に遮られた、ひとふたりが並ぶ程度のゆとりのある通路。

少し進めば行き止まりとなり、曲がり道につながっている。

その先を見れば、途中で僅かに角度を変えながら続いているようだった。


これはまた面倒な予感がするなと思いつつ進んでみれば、やはり迷路は嫌になるほど入り組んでいる。探索開始すぐに何度も何度も曲がりくねり分岐したほどだったが、そもそもどの辺がゴールなのかも全く分からないためふたりは適当に道を選んでいく。


そうしていると、ふたりは途中で迷路を徘徊する敵と遭遇した。


『異形系:マキナ・サーチャー』


柱と同じような金属素材でできた、機械的な関節の目立つマネキン人形。

心臓部には青色の宝玉が嵌め込まれ、全身に青の光が走っている。


それは宝玉と同じ色の光を湛える瞳をレインたちに向け、きしきしと身体を揺らすと勢いよく駆け出した。


面倒くさそうに顔をしかめるレインに、ローズは指を立てながら得意げに告げる。


「あなたの出る幕はありません。『オブジェクト』―――『水晶姫クリスタリア』」


間近に迫るマキナ・サーチャーを阻むように出現する、水晶でできた透き通った剣。

ローズが指を一振りすれば、マキナ・サーチャーに向いた剣はひうんと風を裂きながら飛翔し胸の宝玉に叩きつけられる。


ぴしっ、とひびの入る宝玉。

それだけであっさりと光を失ったマキナ・サーチャーは、どぐしゃんと崩れ落ちて光に消えた。


「さあ、行きま、……」


ローズが言うまでもなく動き出しているレインに、ローズはむすっと口を噤んだ。

そんな一幕を挟みつつ、ふたりは探索を続行する。   


「こういう場合は左手法というものが有用だそうですが、ご存知ですか?」

「構造変わるなら意味ないし。バカじゃん」

「……」


「ずばりこの迷路は蜘蛛の巣状となっているようですね」

「そうだけど」

「……」

 

ときおりしたり顔で話しかけてくるローズを切り刻みながら続ける探索。

その途中、レインはふとなにかの音を聞く。

がごんっ、と、なにかがはまりこんだような、それともなにか重いものが動き出したような。


レインがエドを止めれば、健気にも左手を壁に沿わせながら飛んでいたローズが不思議そうに振り向いた。


そしてなにやら口を開こうとした、その瞬間。

迷路が、動き出す。

通路がぶつ切りになり、それぞれが左右にスライドしていく。


「っ……きゃっ」


ぶつ切りの境目が、レインとローズの間に。

互いに逆方向へスライドする通路。

咄嗟に反転してレインの方へと向かおうとしたローズの玉座を、動き出した通路の壁が押す。

よろめいたローズが、肘置きに身を預けるように傾いだ。

まるで扉を閉ざすように境目をスライドしてくる壁の間から、ローズの呆気に取られたような表情と、伸ばす手が見えて―――


「ぁ、」

「ちっ!」


間一髪のところで、レインはその手を取りローズを引き寄せた。

幸い通路の移動はおもむろで、落ち着いてさえいれば十分に間に合う。

まさかあそこまでちんたらされると思わなかったレインは反応が遅れたが、それでもなんとかローズが挟まれたりすることもなく無事にレインの通路に引き込めた。


レインが腕の中で縮こまるローズを見下ろせば、ローズは驚きに目を見開いてレインを見上げている。

その口がなにか音を作ろうとして、


「ふんっ」

「きゃあっ!?」


ぱっ、とレインが手を離したことにより、あっさりその場に崩れ落ちる。

まったく着地できていなかったローズはレインにほとんど体重を預ける形となっていたので、それも当然のことだった。


目を白黒させるローズを無視して、レインはとっさに飛び降りたエドの乗り物へと戻る。


そうして腰を落ち着けると、ふと、自分が向こうに突っ込んだ方が話は早かったのではないかと、そんなことを思う。

そうすればわざわざ、あんなことをする必要もなかったのに。


「……ちっ」


なぜだがムカつく思考に舌を打ち、レインはエドに乗り物を二人乗りに広げさせる。

そうして未だ地べたに這いつくばるローズへと視線を向けた。


「さっさと乗って」

「ぇ、あ、」

「また面倒かけられるのやだから。早くして」

「は、はい……ありがとうございます」


ぽしょぽしょとひどく聞づらい礼の言葉を告げながら、ローズは恐る恐るとレインの隣に乗り込んだ。そうしてその座り心地に目を見開くと、口から感嘆の声を漏らしながら背を預ける。


そんな姿に鼻を鳴らし、レインは視線を通路に向ける。

スライド移動する通路は、未だ止まらない。

振り向いてみても、同じようにある位置でぶつ切りにされその向こうは移動中だ。


「……?」


なんとなく違和感を覚え、レインは前後の通路をきょろきょろと見比べる。

そうして移動がようやく停止した辺りで、気がつく。


同じ向きに移動しているらしい前後で、通路の移動速度が全く同じなのだ。


(……?)


閃いてみたもののそれがなぜおかしいのかと考え込みつつ停止した通路を見やれば、視線の先に続く通路は元の通路と明らかに異なっており、どうやら今のが構造の変化とやらなのだろうとレインは納得する。


「……これは完全に迷子ですね」


ちらちらとレインに視線を向けては逸らしながら呟くローズ。

レインはそれを無視しながら考え、そうして自分がなにに違和感を抱いているのかということに気がついた。


まず前提として、この通路は最初の小部屋を中心にして蜘蛛の巣状に広がっている。

そしてそんな構造物が区分けされて移動するとするなら、その軌道は円軌道以外にありえないとレインは思う。始まりの小部屋を中心としてドーナツのような部分がいくつも重なり、それぞれが回転することで迷路の構造を変化させているのだ。

仕組みとしてはありふれたものである。


重要なのは、その移動速度が同じであるということ。

自転車がそうであるように、同じ時間で360度回転するような円の円周に着目すると、半径の大きい方が時間あたりの移動距離は長い。だから全ての円環が同じように回転しているとすれば、その途中に立つレインには前後の通路の移動速度は違って見えるはずなのだ。


しかしそうではないとすれば、前後の円環は同じ時間で一回転しないということになる。

前の円環が一回転する間に、後ろの円環は二回転しているかもしれない、ということだ。


そこで、ふと、気がつく。


移動速度が同じに見えるということは、当然内側の円環の方がより多く回転するということになる。そして当然、回転数はどれだけ小さくてもゼロが下限だ。

であれば、中央の小部屋からそのひとつ外側の円環の回転数を見れば、迷宮の大まかな規模が掴めるかもしれない。


そういう訳で、レインはいちど中央の小部屋を目指すことにした。

そこで構造の入れ替わりを待ち、全体像を把握することを優先するのだ。

迷路は蜘蛛の巣状なので、通路の曲がる方向を見ればどちらが内側なのかということはなんとなく分かる。


「……?戻っていませんか?」

「そうだけど」

「はぁ。一度やり直すということですか?」

「……まあ、そんな感じ」

「それでは永遠に終わらない気がしますが……まあ付き合ってあげましょう」


説明を億劫がるレインに、なんとも上から目線でローズが言う。

今すぐ放りだしてやろうかと思う程度にはイラつくレインだったが、こいつがウザいのは今に始まったことでもないと大目に見てやる。約束さえしていなければ確実に置き去りにしていた。


そうこうして小部屋に戻ったところで、レインは構造変化を待つためにエドを停止させる。

そしてさも当然のように動画アプリケーションを立ち上げ、エドと一緒に鑑賞の形に入った。


「…………あなたもしかして今動画かなにか見ています?」

「そうだけど」

「なんということですか……ほとほと呆れ果てました。迷路が分からないからといって諦めないでくださいよ。子供ですかあなたは」

「別に、ひとりで行けば?」

「は?……いや、それはおかしいでしょう」

「あっそ」

「あっそ、って……」


一度も視線を向けることなく適当に受け流すレインに、ローズは呆然とする。

しばらく絶句した様子で口をぱくぱくさせていたローズが「ならせめてわたくしにも観せてくれればいいですのに……」などとぼやくので、レインは望み通りにウィンドウを共有化してやった。


「……いや危うく礼を言いそうになりましたけど、そういうことでは……はぁ……」


なにを言ってもレインには意味がないと理解したのか、ローズは諦めて脱力した。

そして結局レインと一緒に動画を観つつ「これはまた、下品な動画ですね」「ああ、あなた二倍速で観る派なんですね。嫌な奇遇です」「……死海、そういえば行ったことありませんね」「人参五本は食べきれないでしょうね……え?後編があるんですか?そんな……」などと聞かせるでもなくぽつぽつ呟く。


ひどく迷惑だったので、レインはゲーム内音声を一時的にゼロにした。


そうしてなぜか、ふたりは迷宮でのんびり動画鑑賞に興じるのだった。



《Tips》

『空間魔法』

・空間を司る魔法。かつて神すら超越した天空の支配者たちが生み出したという。舞台装置的な役割が強く、プレイヤーにすら自由に使えたりはしない特殊なもの。ふたつの位置を一時的に同一の場所とする『アイデンティファイ』、任意の距離ベクトルの転送をする『テレポート』などがある。

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