第21話 まうんと

更新です

面倒な二人

―――



声を掛けられたからといって応える必要性などある訳もなく、心底無視してやりたい気持ちになるレインだったが、しかし真正面で向き合っている相手をスルーするというのも気が引ける。


レインは、声掛けを取り消してどっかに行ってほしいという気持ちをありありと表情に乗せながらしばし沈黙し、やがて諦めてひとつ大きくため息を吐くと、ようやく空色の目を見やる。


「なに」

「いいえ?ただ先程のお礼をと思っただけですよ。倒して、得たのでしょう?」

「だから、それがなに」

「……」


すう、と睨みつければ、空色はとたんに不機嫌そうな表情となり、腕を組む。


「…………あの宝玉は、最初わたくしが手にしたものです」

「で?」

「……それだけですが」

「あっそ」


それで話が終わりというのならもはや付き合ってやる道理もない。

レインがそんなことを思うのを察したのか、空色は慌てた様子で視線をさまよわせ、かと思えばなにやらウィンドウをいじる様子を見せる。


【プレイヤー"ローズ"があなたにフレンド申請しています。】


「……」

「?」


無言で拒否すると、空色―――ローズは首を傾げてまた指を動かす。


【プレイヤー"ローズ"があなたにフレンド申請しています。】


当然拒否。

そうするとローズはぱちくりと瞬き、そうして怪訝な表情となった。


「あなた、拒否しています?」

「それが?」

「どうしてですか?」

「は?当たり前でしょ」

「意味が分かりません」

「こっちのセリフなんだけど」


どうして初対面の意味分からないやつとフレンドにならなければならないのか。

こんなくだらないやり取りで無駄に時間を取られることが、そもそもレインは気に入らない。

一区切りした時点でさっさとログアウトしておけばよかったとこれみよがしにため息を吐くレインに、ローズはむっ、と眉根をひそめる。


「別にフレンド登録くらい手間のかかることではありませんよね」

「する理由ないし。ウザいんだけど」

「……分かりました。ではこうしましょう。今から戦い、勝った方が魔法を手にする」

「は?やだ」

「……あの宝玉は最初、」

「で?」

「……」


レインが強く睨みつければ、ローズはたじろいで目を泳がせる。

それからむむむと悔しげに口を引き結び、はっと気づいたように手のひらを合わせる。


「では交換ということでどうでしょうか」

「は?やだし」

「そう仰らずラインナップだけでも見てください」


そう言ってローズは、まず透明な皿のようなものを実態化させて宙に浮かせて、そこに次々と宝玉を置いていく。


青、黄、緑、白、黒。

水、雷、風、光、闇。


茶と赤以外の、ミスティストーリアにおける魔法の色がやがて出揃う。

見た限りでは、どれもこれも、レインの持つ茶色と同じ程度のサイズ感だ。


「この中からひとつと交換、ということでどうでしょう」

「……赤はないの」


当然、レインはそんなことを尋ねる。

その途端にローズが、にこやかな笑みから一転むすっと口を尖らせる


「赤色がお好きですか」

「は?」


脳裏に思い描くのは、赤色の少女。

好きか嫌いかでいえば、まあ嫌いに入る。

また会ったら次はぶっ殺してやろうと、レインは心に決めている。


「……嫌いだけど」

「お目が高いですねっ」


そうした思いに眉根をひそめて言えば、とたんにローズは目を輝かせる。

なんだこいつ、とちらっと視線を向け、それからまた尋ねる。


「……赤色がないならいらない」

「?お嫌いなのでは?」


なにを言ってるんだと言わんばかりに首を傾げるローズに、レインは言い淀む。


「……とも、ふれ、……知り合いが集めてる。赤だけ足りない」

「なるほど。もしかしてそのお知り合いも『空島』を?」

「は?」


聞き覚えのないその音に、レインは怪訝な表情をする。

ローズは「ああ、違うのですね」と頷き、そうしてなにやら難しそうに眉根をひそめる。


「いえ。ですがそうですね……」


言い淀みながら、ローズは赤色の宝玉を取り出す。

なんだあるのかと思っていると、ローズはレインを見て首を傾げた。


「これをお求めということでしたら、ひとつ追加条件を付けさせていただきたいのですが」

「は?じゃあいらない」

「そう大変な条件ではありません。わたくしと、とあるミストをクリアしていただきたいのです」

「やだし」

「では、また洞窟を歩き回るのですか?」

「……」


勝ち誇ったようなローズの言葉に、レインは盛大に顔をしかめる。

もしもローズがこんな提案をしなければ、諦めて地属性の宝玉をプレゼントするつもりだった。

しかしこうして可能性を提示されてしまうと、なんとなくそれでは物足りなく思えてくる。


今はインベントリに入っている雷属性の宝玉の、お返しという体でのプレゼント。

リアルでなかなかお返しすることも出来ない分、せっかくの機会にはやはりより良いものを渡して喜んだ顔が見てみたい。一緒にプレイしているときはまったく役に立ず忸怩たる思いだった分、その思いは強い。


しばし悩み、レインは口を開く。


「詳細くらいは聞いてあげる」

「……まあそうですね。それくらいならば構いません」


レインの口ぶりにややむすっとしつつ、ローズは追加条件について語る。

その内容はなんとも面倒な事柄ではあったものの、まあそれくらいならばやってもいいかとぎりぎり思えなくもないようなことで。


予想される所要時間と面倒を気力と天秤にかけ、あっさり面倒に傾きそうになるのをシズクへのプレゼントという要素が支える。

それで辛うじて、ぎりぎり面倒に傾いでいる、という程度になった。


レインは長々と考え、そうして口を開く。


「そこまで言うならやってあげてもいい」


そう言い放ったレインに、ローズは怪訝な表情となる。


「……あなたの方がお願いする立場なのではないですか?」

「は?……別にわたしこれでいいし」

「これが欲しいのでしょう?あなたは」


見せつけるようにインベントリから宝玉を取り出せば、負けじと、するするした手袋に包まれた細やかな指が赤色の宝玉を持ち上げる。

誘うようにふらふら揺れるそれを見もせず、レインはただローズへと冷ややかな視線を向ける。


「わたしは、交換するなら赤がいいというだけ。しなくてもこのサイズなら十分価値はある」

「で、ではこの宝玉は要らないとでも?」

「同じことわたしも言えるけど」

「ぐ、くっ……!」


提案に乗らない、とは言わない。

やや面倒ではあるものの、むしろ内容的には好都合とすら言える。


ただし立場は自分が上。


身に余る自尊心を保つためのくだらない儀式だった。

そしてそれに張り合うというのなら、当然言い返す。


むしろ、これで逆にぐうの音も出ないほど言い負かされればやる気を失ってあっさりログアウトしていただろうと自分でも思うので、この結果はローズにとっても良いことなのだと割と本気で思っているレインである。


「っ、……ぐぅう……!わかり、ました。よろしくお願いしますっ、これでいいですか?いいですよね?」

「そこまで言うなら乗ってあげる」

「ぐぐぐ……!」


しばらく悔しげにレインとその手に持つ宝玉を交互に見るローズは、そうしてついに、レインに協力をお願いした。歯噛みして刺々しくレインを睨み付ける姿はとてもお願いする態度ではなかったが、なんとも清々しい心地にレインは快くそれを承諾する。


それからレインは、まず先にローズと宝玉の交換をこなす。

手にした赤色を手の中で弄び、そうしてふたりはまず『理想世界』のある山頂へとファストトラベルする。


「もっと向こうにファストトラベルできれば楽なのですけれどね」

「じゃあひとりで行けば」

「っ、……」


嘲笑うように言うローズをあっさり切って捨てつつ、レインはエドを呼んだ。

悠々と闇に身を預け、悔しげにレインを見やるローズを顎でしゃくる。


「じゃあさっさとして」

「っ、ええそうですね。『オブジェクト』」


そう言ったローズが指を立てれば、その指先に光が生じる。

その周りに魔法陣が描かれ、やがて三重の円環魔法陣が成立する。


「『水晶姫クリスタリア』」


す、と指先で少し離れた地面を指し、呼びかけるようにキーワードを告げる。

発現した魔法が、その地上に透明なクリスタルでできた一人乗りの玉座のようなものを出現させる。

さも当然のようにインベントリから取り出した空色のクッションを置き、その上に深々と腰掛け足を組むローズ。


なんだこいつ、とおかしなものを見やるレイン。

そんな視線に気がついているのかピクっと表情を動かし、しかしなにを言うでもなく前を向いたローズが極めて無表情に指を動かす。


ふわり、と玉座が宙に浮かぶ。


「では行きましょう。……足でまといにならないように」


チラと横目にレインを見て、そしてローズはかなりの速度で玉座を飛翔させる。

ばかばかしい、とため息を吐きつつレインとエドはそれを追う。


そうしてふたりは、山脈の向こう、脈々と広がる高原地帯へと下ってゆく。



《Tips》

『オブジェクト』

・地属性第三層魔法。任意の形をした石の塊を作り出す、または存在する地属性的なもの(石、地面、鉱石、金属、などなど)を任意の形に整形する。サイズや材質など限界はあるものの、その場で思い描いたイメージ以外にも外部から取り込んだ3Dイメージをそのまま出力することが可能となっており、ミストリ芸術班必修魔法として広く知れ渡っている。

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