第18話 チェイサー

更新です

一週間が長い長い

―――



チェイサー達の先陣を切るという立ち位置。

こんな電車ごっこは嫌だと誰に文句を言えばいいのか。


幸いにして速いとは言い難いチェイサーたちのおかげで、鎧を纏いながらの長距離走でも今のところ動けなくなるほどの疲労感ではない。かといって大きく差を離そうとすれば恐らく体力が足りなくなるだろうと分かるからこそにっちもさっちも行かない現状、せめて絶対に逃さないようにとひたすら光を追いかける。


終わりの全く分からない地獄めいた時間。

それはけれど、思いのほか唐突に終わりを迎える。


走り、走り、いくつもの分かれ道を通り過ぎ。


そして不意に角を曲がる光。


負けじと追えば、その道の先は行き止まり。


目を見開くシズの視線の先で、一足先に行き止まりにたどり着いた光がその動きを止め、一際強い光を放つ。


「っけぇえええ!」


全速力。

背後のチェイサーたちをぶっちぎり、シズは光に手を伸ばす。

触れる。

ぎゅうと握り込めば、手の中には小さな球体の感触。


「とったぁああ、ああああ!?『スーパーシールドォォォ!!!!』」


未だ光発する球体を掲げ雄叫びをあげる、その直後に背後から伸びる手、手、手。

押し倒さんばかりの勢いに咄嗟に光の盾を背後に薙ぎ払う。

振り向けば、数体のチェイサーたちが光の盾に弾かれて、しかしまだまだ恐ろしいほどの数のチェイサーが、シズの持つ光を求めるように布の下から枯れた手を伸ばしていた。


「来んじゃねえよオラァ!やっばこれ、!」


はっ!と思いつき、シズは咄嗟に手の中の宝玉をインベントリにしまおうとする。


【現在このアイテムはインベントリに収納できない状態です。】


「!!?!?!!?はっ!?誰得システムだよオラァッ!」


シズの怒声がこだまする。

そんなものは意に介さずわらわらと寄ってくるチェイサーたち。


シズは即座に光の盾を呼び戻し近づく端から殴り飛ばしていくが、いかんせん数が多すぎてじりじりと押し込まれる。

レインたちはと視線を遠くに投げれば、チェイサーたちの後ろで相変わらずフニルはおろおろしていて、レインはチェイサーの群れを後ろから殴り飛ばしているもののどうやらかなり相性が悪いらしく相当苦慮している様子だった。


(まずい、マジでやられる……!)


切迫する状況。

どうすればいいのかと巡らそうとする思考が焦りによって阻まれる。

その間にも伸びてくる手を盾で薙ぎ払い―――


「っ、これしかねぇ!『スーパーシールド』ッッ!」


大きく押し出すようにしてチェイサーたちを僅かに後退させる。

同時にシズは跳躍、戻ってくる光の盾を倒し、その上に身体を叩きつけるように乗り込んだ。

片手が塞がっているためもう片方の手だけで全力で縁をつかみ、そして盾の軌道を思い描く。


「いっけぇええええ!」


シズの思うがまま、チェイサーたちの頭上を飛び越える盾。

そうしてシズは、チェイサーたちの群れの上で静止した。

頭も上げられない天井付近、わらわらと伸びてくる腕が盾の表面をかりかりと擦る音にビクビク震えるシズ。


ひとまず安全圏に逃げてみたもののまったく安らかでない心。

どうしよう、と視線を向けてみれば、レインはシズが逃れたからか群れに攻撃するのをやめてシズを見上げていた。フニルはやはりおろおろしている。どうやら助けは望めないらしい。


(どうすんだこれ……このまま逃げる……いやレイン……は大丈夫そうでもフニルが呑まれたらやべえし……っんとにこれなんでしまえねえんだよ……!)


ぎゅう、と手の中のものを握りしめる。

手甲をつけているおかげで感触はいまいち分かりにくいが、大きさはやや大きめのビー玉程度だろうか。今なお水色の光を放つそれをいっそ投げ捨ててやろうかという思いすらよぎるが、すんでのところで思いとどまる。


とそこで、シズはその光が少しずつ小さくなっていることに気がついた。

焦っていて全く気がつけなかったが、見ている間にも指の隙間から漏れる光は収まっていく。


手を開けば、そこには深海に繋がっているかのような暗い色の宝玉がある。

波のように揺れる光が手のひらにさざめいて、シズは状況も忘れてはっと息を飲んだ。


やがて宝玉は、ついに光を失う。


それと同時に、盾をかすめる手の音が消えた。

見下ろせば、チェイサーたちはまるでなにごともなかったかのようにまた好き勝手に蠢き始めている。


「……おわった、のか?」


恐る恐ると盾を動かしてチェイサーの群れを飛び越えてみても、反応はない。

ついにレインたちのそばに降り立ったところで、シズはほっと息を吐く。


「死ぬかと思ったぜ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「おう!ひやひやしたけどな!」


心配そうに見上げてくるフニルに強がって笑い、その頭をぽんぽんと撫でる。

そうしてしゃがみこむと、手の中の宝玉をフニルに差し出した。


「ほらよ。多分これ、そうだろ」

「あっ……」


美しく静謐を湛えた宝玉に、誘われるようにフニルの手が伸びる。

しかし途中ではっとして、うごめくチェイサーたちに視線が向いた。


「あー、そりゃそうだな。んじゃあここ出てからやるよ。それなら安心だろ?」

「あぅ……ありがとうございます……」

「怖ぇもんなあ、あいつら」


恐縮するフニルに笑いかけるシズ。

それからシズはレインに振り向き、宝玉をつまんで自慢げに掲げた。

レインはそれをしばし眺め、それから鼻を鳴らしてそっぽを向く。


やれやれと肩を竦め、なにはともあれ脱出しようと歩き出すシズ。

慌ててフニルが続き、レインも不機嫌そうながらもてくてく着いてくる。


そして少し歩いたシズは、ふと思う。


「……出口って、どっちだ……?」

「……あっ」

「ちっ」


顔を真っ青にするフニルの声と、レインの舌打ち。

今だけは、歌声に誘われて見てもいいかもしれないと思うシズだった。



《Tips》

『異形系:チェイサー』

・魔法の輝きを求めてひた走る異形系ミスト。宝玉を獲得できる環境系ミストで見られる。早い者勝ちなどという概念は彼らにはないので、一旦宝玉を手にしても油断は禁物。宝玉が光を失うまで全力で守り抜かなければならない。



「抜けたぁー!」

「わぁっ!」


真ん丸なお月様に吠えるシズ。

フニルも嬉しそうに歓声を上げ、瞳をきらきらと輝かせていた。

ひとりレインだけが月光すら眩しいとばかりに顔をしかめている。


「っと。忘れねえうちに渡しとくぜ」


ひとしきりフニルと喜んだところで、シズはインベントリ(光がなくなったからだろうか、インベントリに収納できるようになっていた)にしまっていた宝玉を取り出す。


差し出された宝玉をおずおずと受け取ったフニルは、そのひやりとした感触にわぁ、と声を上げ、宝玉を月にかざした。


「やっぱり、とってもきれい……」

「へへっ。これでフニルも魔法使いだな」

「はいっ!シズさん!レインさんも、ありがとうございます!」

「いいってことよ」


ぺこっと頭を下げるフニルに、シズはにかっと笑う。

そのとき、シズの身体を光が包み始めた。


「おっと。どうやらお別れだな」

「シズ、さん……?」


みるみるシズとレインの周りを覆う光に、フニルはおろおろと戸惑う。

シズは安心させるように笑みを向け、その頭をぽんぽんと撫でた。


「見送りできなくてすまねえ。もうあんな歌に誘われんなよ」

「っ、はいっ!」

「じゃあ、あー、元気でな!フニル!」

「はいっ!おふたりもお元気で!」


大きく手を振るフニルに見送られ。

そうしてふたりの視界は光に消える。


【"鉱山の金糸雀"をクリアしました。】

【この物語は"追憶"の項目から何度でも再挑戦可能です。】


ファンファーレにとともに、ふたりは元の陽光の下に降り立つ。


「うぉっ、さすがに眩しいな」

「……」


反応はなかったものの、恐らく同意しているだろう、顔をしかめるレインである。

シズはしぱしぱと瞬き目を慣らすと、それから時間を確認する。


「っちゃあ、やっぱ結構経っちまったな」


物語のプレイ中は没入感を高めようとセルフ時計縛り(といっても仕様上消すことはできないので、極力視線を向けないというだけだが)をしていたシズ。

さすがに洞窟で迷い過ぎたらしく、気がつけばログインからすでに一時間以上経過している。

やはり平日はクソだと内心で愚痴りつつ、レインに視線を向ける。


「今回もこのまま後日譚でいいか?」

「別に」

「っし。じゃあ行くか!」


翌日も仕事があることを考えれば残された時間は半分程度。

せめてその時間を有効活用してやろうと、シズは早速『後日譚』を辿っていった。


《Tips》

『没入感』

・その世界に自分が入り込んでいる、という感覚。主に操作面でのリアリティが恐ろしく跳ね上がったフルダイブの場合では、逆に没入感を阻害するためにUIユーザーインターフェースを消せないようになっていたりする。というのも、フルダイブ黎明期にゲーム内時間とリアル時間の差による時差ボケにも似た障害や、自分で思っている動作とリアルの身体の動きの齟齬による障害などが報告されたことに由来する。今ではそういった障害を発生させないためにフルダイブの感覚をリアルに持ち越さないようになっているが、それでもよりきちんと区別できるようにするに越したことはない。人気ゲームなどは非公式でUIを消すソフトウェアが開発されていたりするが、とうぜんのように犯罪行為なので興味本位でインストールしないように。知っていても知らなくとも、インストールするだけで犯罪となる。

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