第17話 追いかけっこ

更新です

えいぷりるへーれ

―――



「―――っと、あんまのんびり遊んでる暇もねえか。わりい」

「……別に」

「ひとまず遊ぶのはクリアしてからにすっかね。いくか」


まるでまっとうなことを言うシズだったが、割としっかり魔法で遊んでからの言葉である。

なんとも物言いたげなレインの視線はいったん見ないふりをしつつ、けれど少しだけ頬をそめつつ、シズは歌声を追って歩き出す。


薄暗闇のむこうに目をこらし、分かれ道に到達する度に耳をこらし。

少女の姿は見えてこず、反面少しずつ大きく聞こえてくるような気がする歌声。

近づいていることは疑っていないものの、そもそもどれだけ遠くを目指しているのか。


もしかしたらああして遊んでいる間にも目的の少女との距離は離れていたのだろうかとそんな不安を抱えながら歩く。もしもタイムリミットがあるとしたら、間違いなく致命的なタイムロスである。


暗闇の中でなにかに襲われる少女の姿を想起して、シズはなんとも嫌な気分になった。

チェイサーが無害だからとすっかり安心してしまったものの、それ以外の脅威があってもおかしくはないのだ。


それを思うとまたなんとなく憂鬱になる。

気分を紛らわそうとレインにちょびちょび話しかけつつしばらく歩いていると、シズはふと、音を聞いた。


―――しゃりん。


ガラスの粉をまくような、透き通った音。

ちょうど十字路にさしかかろうというとき、右手の方から聞こえてくるその音に耳を澄ませていると、音の出所はあっさりとシズの目の前を通過する。


それは、光。


ぼんやりとした赤色の光が、ふらふらと漂うように横切ってゆく。


「なんだあれ」

「知らない」

「追ってみっ」


追ってみよう、と提案する言葉は、途中でつっかえる。

シズの眼前を、光を追うように布の群れが通過する。

激しい波音を幻聴するほどの勢いである。

見れば、近くのチェイサー達も動き出してはその群れに混ざっていた。


「……なるほど」


チェイサーというものの意味をそれとなく理解し、あの光はいったん無視することを決心したシズである。


「女の子も待ってるしな。うむ」


完璧な理論武装を携え、シズはなにも見なかったことにした。

レインは特に興味がないらしく、ぼぅ、と過ぎていったチェイサーを眺めていた。


そんな一幕もありつつ、ふたりは再度洞窟を進んでいく。

しばらく進んでいたふたりは、やがてあっさりと目的の少女を見つけた。


古典文学にもいそうな黒いローブの魔法使いルックの少女である。


少女は、まるでチェイサーのようにふらふらとふらつきながら歩いていた。

遠くから声をかけても一切返事はなく、怪訝な表情となったシズが少女の肩を後ろからたたく。


「おーい、無事か?」

「……」


返事は、やはりない。

ぐ、と手を振り払い、少女はなおも歩く。

流石にこれはおかしいと正面に回り込むが、少女はうつろな目をさまよわせ、シズに気がついた様子もない。ただならない様子に足を止めようと肩を押さえるが、少女はそれを嫌がるように身体を揺すり、なおも歩くことをやめようとしない。シズの力に勝てないながらも、ひたすらにその足を動かしていた。


「……どいて」

「おお?」


しびれを切らしたようにしっしと手を振るレインに、シズは特に考えもせずその場を退く。

それと同時に、もしかしてこれ退いたらまずいのではと脳裏をよぎる嫌な予感。


そしてそれは全く違うことなく、足を蹴飛ばされすっころぶ少女という形で現実のものとなる。


「なにやってんの!?」

「あらぢりょう」

「いややり過ぎだろ!死ぬわ!」


受け身どころか身じろぎの一つもせず顔面から地面にたたきつけられた少女を、シズは慌てて抱き起こす。仰向けの姿勢にしてみると、気を失ったらしく目を閉じる少女の額にはなんとも分かりやすくたんこぶができていた。

そんなところでコミカルにする必要があるのかと疑問符を抱きつつ、少女の頬をペしぺしと叩く。


「起きろ!大丈夫かおい!」

「……っ、ぅ……?」


シズが呼びかけると、少女は顔をしかめながら緩やかに目を開く。

焦点の定まらないうつろな目。

どきりとするシズだったが、その目はすぐにシズを見て、光を灯す。


「……あなたは……」

「!」


なんと、まさか本当に効果が出てしまうとは。

驚いてレインに視線を向けば、もう興味はなくなったのだとばかりにそっぽを向かれる。


「あの……」

「あ、ああわりい。私はシズってんだ。そっちは?」

「シズさん……あ、わたしはフニルっていいます」

「フニルちゃんね。いい名前だ」

「はあ……」


戸惑った様子で、気のない返事の少女―――フニル。

そんなフニルに、シズはなるべく気のよさそうな笑みを浮かべる。


「まあ何にせよ無事でよかった。なんか尋常じゃねえ様子だったからよ。心配したぜ」

「しんぱい……?」


ぱちくりと瞬いたフニルは、そうして周囲を見回す。

洞窟と、チェイサー。

記憶を思い出すように頭を押さえるフニルは、かと思えば酷く顔をしかめて自分の額に触れる。


「っ、これ、なんだろ……」

「あー、すまん。支えるの間に合わなくてな。痛むか?」

「ぁ、大丈夫、です……ありがとうございます」


軽く身体を起こして礼を告げるフニルに笑みを返す。

あえて自分たちが転ばしたなどと言うことを言う必要もないだろうと、その事実は胸の奥にしまっておく。


それからとくに脳しんとうのようなこともないらしいフニルを起こしてやり、安心させるようにぽんと肩を叩く。

フニルははにかみ、そしてぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます」

「なんのなんの。それより、ほんとに大丈夫か?かなりヤバそうな感じだったんだがよ」

「はい。あの、わたしはいったい……?」

「んー……なんかふらふらしてて、聞こえるか?この歌声に誘われてる感じだったな」

「歌声……」


シズの言葉にフニルは少し首をかしげ、それからはっとして口を押さえる。


「そうだ……わたし……呼ばれて……」

「呼ばれる?この歌にか?」

「分かりません……でも……呼ばれたんです……」


ぎゅう、と身体を抱くようにしながら、歌声の聞こえてくる先に視線を向けるフニル。

かと思えば不思議そうにぱちくりと瞬き、それから「ひっ」と声を上げてシズに抱きつく。


レインの視線が鋭くなったことに、シズもフニルも一切気づいた様子はなかった。


「おおっ、どうした!?」

「あ、ああ、あそこ、み、みすとが!ちぇいさーが!!」

「あー、いや、大丈夫だ。確かに怖い形してるが、あいつは無害なやつだよ」

「そうなんですか……?」

「おう」

(あれも通り過ぎただけだしな。うむ)


信じられないといった様子のフニルに笑ってうなずけば、フニルはやはり怖がりつつ、それでも少しだけほっとした様子でシズから離れた。

そうして恥ずかしげに頬を染めるフニルがなんともかわいらしく、シズはついつい慈愛に満ちた視線を向けてしまう。


そうしていると、フニルがおどおどとレインに視線を向ける。


「あの、ところで、そちらの方は……?」

「ん?こいつはレイン。わたしの相棒かな」

「レインさん、ですか?ありがとうございます」

「……別に」


フニルの礼に、ちらっと視線を向けただけで素っ気なく返す。

そんな様子にわたわたとするフニルに苦笑しつつ、シズはその方をぽんぽんと叩く。


「じゃあさっさとこんなところおさらばしようぜ。送ってやるからよ」

「あ、はい……」

「ん?なんか気になることでもあんのか?まさか歌が気になるとか言わねえだろうなおい」

「あ、いえ、それはなんだか怖くて、離れたいんですけど……その、魔法……」

「あー、なるほど」


そういえばそういうあらすじだったと、シズは納得してうなずく。

するとフニルは慌てて首を振り、「大丈夫です!なんでもありません!」と言って笑った。


シズは優しくほほえむと、そんなフニルの頭に手を乗せ、視線を合わせた。


「いいぜ、付き合ってやるよ。ほしいんだろ?魔法」

「えっ、でも、」

「こう見えてもお姉さんたちは頼りになるんだぜ。それとも私たちじゃ頼りないか?」

「そんな!……いいんですか?」

「おう!」


おずおずと尋ねるフニルにシズがうなずけば、フニルは表情を輝かせた。

きらきらした笑顔で礼を告げるフニルの頭をぽんぽんと叩き、それからシズはレインへと振り向く。


案の定レインは心底面倒と言いたげな表情を向けており、シズはなんともばつが悪そうに笑う。


「という訳で、いいか?」

「……別に」

「すまん、恩に着るぜ」


つん、とそっぽを向いてしまうレインにぺしっと手を合わせるシズ。

なんだかんだ拒絶はしないだろうという予感がしていた分、なんとなく罪悪感があった。


「つーわけで、目指せまほー使い!」

「お、おおー」

「……」


気を取り直すように無駄に上げたテンションに、戸惑いながらも合わせてくれるフニル。

もちろんのこと完全無視なレインに苦笑しつつ、それから三人で魔法を求めての探索を始めた。


とはいえ、そもそも魔法に関するミストについての事前知識はまったくと言っていいほどない。

どうやらそれはフニルも同じらしく、ただただこの洞窟に行けば魔法が手に入ると教わっただけらしい。


「求めるならば追え、ね」

「なにかを追いかければいいんでしょうか?」

「……」


よぎる記憶。

いやまさかな、とシズは頭を振る。

しかしどうにも、嫌な予感は振り払えない。


チェイサー追跡者、それがこぞって追う光、求めるならば―――


「……ぐふっ」

「だ、大丈夫ですか……?」

「いや、自分の想像があまりにも鈍器だっただけだからよ……」

「???」

「ふんっ」


はてなマークを浮かべるフニルの頭をぽんぽんしつつ、シズは苦々しい表情でひとつ息を吐く。

そんなシズをレインが鼻で笑うあたり、恐らくは同じ考えで、そしてそれは間違っていないのだろう。


なんとなく重くなる内臓をさすりつつ、シズはきりっと表面上は覚悟を決めた。


「フニルちゃん、気を強く持てよ」

「は、はい。……?」

「っし、気合い入れてくぜ!」


がしっ、と拳を平手に合わせて自分を鼓舞するシズ。


求めるはあの光。

かなりの抵抗はあるが、今度は追いかけてやると意気込んだ。


―――しゃりん


「なあっ!?」


水色の光が、浮かぶ。

からかうように、突如目の前に現れた光。

驚きを飲み込み手を伸ばせば、あっさりと遠ざかる。


「っ、逃がすかよ!」


シズはフニルやシズを置いて駆け出した。

求める光が目の前に現れるという絶好のチャンス。

チェイサー達が集まってくる前にそれを手にしてしまえばそれで終わりなのだ。

だから顧みることすらせずに全速力。


けれどそれを嘲笑うように、光はくるりと加速した。


(追いつけねえ!)


歯噛みするシズ。

その視線の先で、光は付かず離れず踊っている。


ふと、シズの脳裏を過ぎる予感。

追いつき手に入れるのではないという、可能性。


振り向けば。


残光を追って。

追跡者たちは、動き出している。


その向こう、おろおろと戸惑うフニルと、呆れ返った様子のレイン。

分断されたという事実と、位置的にチェイサーに追われる身となったという事実と。

その他もろもろひっくるめて、シズは思う。


(―――そういう可能性あんなら先言えよゴルァッ!)


さすがにちょっと、レインを蹴飛ばしたくなった。


《Tips》

『システム的理不尽』

・例えば光が追う者に合わせて速くなる、例えば進行度から考えると強すぎる負けイベントのボス、ムービー中では威力の増す拳銃、などなど。システムに規定されているのだからどうしようもないとプレイヤーたちを弄ぶ恐るべきシステム。拳銃はさすがにどうしようもないが、負けイベントの中には勝利できてしまうものもあったりする。しかしその後のイベントでは何故か負けていたり敵が本気を出していなかったとほざいてみたり進行は全く変わらない。では果たして光には追いつけるのだろうか。それは開発者のみぞ知る。

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