第15話 紅蓮姫

更新です

バトってます

―――



背筋を震わす悪寒。

燃え上がる紅蓮を置き去りに、拳すら振るわぬただの突撃。


しかしミストの性能を考えれば人間を殺すのに大袈裟な攻撃など必要なく、であればそれはレインの考えうる最速にして最高効率の攻撃だった。


とんっ、と。


大きく後ろに飛ぶレッド。

関係ないとさらに身体を前のめりに突撃するレインの視界は、


「―――来い、カーディナル」


紅く、紅く、燃え上がる。

突如発生した炎に遮られる視界。

しかし、最悪炎に飲まれたとて物理的な障害とはなり得ないのである。構わず突っ切れば確実に届くとレインはそう確信していた。


だから構うことかと炎を突っ切り。


その炎が少しも身を焼かないことに目を見開き。


そして開けた視界に深紅が影をさし、青空と、悠々続く尾根を見て。


確信とともに振り向けば、つい先程レインが動き出したその場所に。


軽やかに舞い降りる、紅蓮を纏った少女。

もはやその足を地に触れることすらなくそこにある少女は、どこか神秘的ですらあって。


「カーディナル。オレ様の相棒だ」


ドレスを翻し振り向くレッド。

その肩の上には、しっぽの大きなリスのような生き物。

姿形は明らかにリスだったが、その毛並みは燃え上がるように真っ赤に染まっていた。


アイドルは攻撃に転用できない。

つまり先程の温度のない炎は―――そして『紅蓮姫ソル』とは別で今も纏う炎はそういうことなのだろうとレインは理解する。


「そういえば紹介していないと思ってな。失敬したぜ」


嘲笑うように告げるレッド。

舐めプされていると魂で理解した。


(絶対殺す……ッ!)


それは果たしてゲーム内での話に収まっているのか。

もはや殺意にまで昇華した激情を瞳に込め、レインは再度疾駆する。


「舐めんな」


レッドの指針に従って、紅蓮がレインへ殺到する。


レッドの回避能力の高さは十分に理解していた。

単に跳躍力の増加などという話ではおそらくない。前提が移動手段なのだ。レインのエドとあまりに異質すぎてレインは想像が上手く働かなかったが、それでもレッドの性質を思い描けば並の機動力とは思えない。


そう考えると炎を突っきるというのは愚の骨頂。

骨まで焼かれて影を踏むだけでは割に合わない。


―――だからこその、直進。


炎の後ろで余裕綽々のレッドが気に食わないという単純ないらだちを原動力に、全速力で炎の中へ。

ただし当然無策ではない。

レッドがカーディナルとかいうリスを使うのなら、レインも同じことをするだけのこと。


炎に巻かれてゆくレッドの顔面に手を伸ばす。

その手中、生まれた闇を握り締める。



超高温を突っ切って。


肩を脱臼しながらも闇に引かれ加速した腕を、レッドは首を逸らすだけで回避した。

そして炎を通り過ぎたレインを、レッドは炎を支えに抱き留める。


見ればレインは足元にも闇を履いていた。

通りでとてつもない速度だったと、レッドは笑う。


「―――」


レインが、唇を震わせて。

しかし音を作ることすら出来ず、やがて光に散った。


それに合わせ。

少し離れたところで寝そべっていたエドが、レインの光を視線で追って。

そうして闇に包まれ、消えた。


「やるじゃん」



「ま、このオレ様を甘く見すぎだな」

「ちっ」


当然リスポーンしたレインは、顔を合わせるなりあっさりと告げられる言葉に舌を打つ。


なんということはない、『紅蓮姫ソル』の火力があまりにも高かったせいで、一瞬のうちに焼かれて死んだというだけのこと。

甘く見ていたつもりはないものの。

しかし確かに甘かったのだろうと、レインは忌々しげにレッドを睨みつける。


レッドはからからと笑い、その身に纏う炎を晴らした。

カーディナルを指先で可愛がりながらレインに近づくと、笑みと共にさっと手を差し出してくる。


「まあまあ楽しかった」

「……」


その手をちらと見やったレインは、さも当然のようにぺしっと払った。

ぱちくりと瞬くレッドに、そしてそっぽを向きながら告げる。


「約束したからやっただけ。馴れ馴れしくしないで」

「ひゅう、苛烈だな。好きだぜそういうの」

「は?きも。死ね」

「ひでえ」


からからと笑い飛ばすレッドにレインはまたいらだつ。

かといってなにか言えばまたうざったい返しがくるのだろうと考えられる程度の理性が暴言に追いついてきたので、レインはむっつりと口を噤んだ。


そんなレインへと、レッドが「なあ」と声をかける。

ちらっと視線を向けると、レッドは相変わらず楽しげに笑みを向けている。


どうやら応えるまで続けるつもりはないらしいと確信できるくらい黙りこくってから、レインは渋々応える


「…………なに」

「レイン、PKやらねえか?」

「は?やだし」


反射的に拒絶しつつ、怪訝な顔をするレイン。

反射的でなくとも、むしろ考えてみればとんでもない誘いである。


レインの把握する中では、ミスティストーリアはPKに寛容―――むしろ暗に推奨してすらいるきらいはあるものの、とはいえPKはどちらかというと悪徳プレイに部類するとレインは思う。大多数の他のプレイヤーもそうであるというのは、人数比と不意打ちPKへの苛立ちを考えれば間違いのないことで。


当然ながら、シズは望まないだろう。


「……やだし」

「そいつは残念だ」


なんとなく考えてみてやはりないなと判断したレインに、レッドは本当に残念そうに肩を落とす。


なぜ、と問いかけてみたい衝動に駆られたレインだったが、それをきっかけにまた勧誘されるのも面倒だと思ったので、結局口を開くことはなかった。


レッドはすぐさま気を取り直したようで、またレインに笑みを向ける。


「そんじゃ、また機会があったら遊ぼうぜ。というか今からもうひと暴れするか?健闘祝いに付き合うぜ」

「しないし。寝る」

「はは、そりゃそうか。じゃあオレ様も寝るとするかな……うっそだろ7時か今。うわ眠っ、気づいたらねむっ、てかこれ寝たら無理じゃねえか、はぁーっ」


時間を確認してわーわー騒ぐレッドを横目に、レインはさっさとログアウトした。


《Tips》

『アイドルの性能』

・アイドルには闇や炎など様々な属性が設定されており、属性ごとにまたいくつかに細分化された能力をアイドルは有している。一応公式に移動手段と規定されながらもそのどれもが移動に向いた能力という訳ではないものの、一部例外を除き相棒以外に干渉することが出来ないという性質故に直接的な攻撃には向かない。


時計に意識が向いている間に挨拶もなく光に消えていったレイン。

レッドは瞬き、それから苦笑する。

そうして近くにある岩にどっかりと腰を下ろすと、足をプラプラさせながら天を仰ぐ。


―――最初は、単に遊んでやろうと思っただけだった。


レッド=クリムゾンというプレイヤーは、わりと悪質な類のPKである。

どこからか広まったかそれとも偶然か、紅蓮姫などという異名まで頂戴している。

どこぞの掲示板(PK雑談でないことは間違いない)では強い相手がいたら片っ端から焼き尽くさなければ気が済まないというキャラ付けまで成されているという噂すら聞き、まあさして間違ってはいないなと笑ったこともある。


レッドは、対人戦というものが好きだった。

単なるキャラクター性能のみならず、プレイヤースキルに左右される戦い。

特にミスティストーリアではレベルのようなものがなく、そんなところがレッド好みだった。

そしてもちろん、負けるよりは勝つほうがいいに決まっている。


レインに関しては、掲示板を眺めているときにちょうど話題に上がって、しかも比較的新参プレイヤー相手とはいえPKKを成したということで、最後に一発引っ掛けるかなと、そんなふうに考えただけのことだった。


しかし。


その性質が、なんとなく琴線に触れて。

気まぐれにちょっかいをかけているうちに、単純に、仲良くなりたいと、そう思っていた。

フレンド申請なんかも、ただの標的になどする訳がないのに。

まして協力プレイや、その後のアドバイスのようなものまで。


興味が惹かれたとはいえ、しょせん初心者。

あれだけ繰り返してなお『理想世界』をクリアできない時点で、魂を沸き立たせるような戦いは望むべくもないのだと分かっていた。

そんな相手と戦いたいがために、わざわざそこまでする必要は、全くないのだ。


どうしてだろうと、最初は不思議だった。

何度か断られた時点で、別に諦めてもよかった。


それなのに、どうして。


その答えは、触れ合っている中で、なんとなく分かった。


一体なにが不満なのか、いつも仏頂面なところとか。

基本的に性格が悪いところとか。

身の回りすべてを敵みたいに思っていそうなところとか。

けれどなんだかんだ押しに弱いというか、良心が人並みにあるところとか。

プラスの感情を受け入れたり、表したりするのが極端に苦手なところとか。


そういうところが、とても。


(似てんだよなあ……)


思い描くのは、リアルでの妹のこと。

レインよりは妹の方がやや可愛げがあるが、それでも、似ている。


(……これもシスコンになんのかね)


実の妹は、家族として普通に好きだけれど。

それはそれとして、好みが妹の要素にわりと占められているというのは、自覚するところだった。

一度だけ出来たことのある恋人も、どうやら最重要な気がする良心の部分がなかったらしく他に男を作ってあっさり振られてしまったけれど、常々妹に似ているなあとは思っていた。

……もしかしたら良心がないのは自分かもしれない。


(まあ、別にそういうんでも、ねえんだけど)


とはいえさすがに、今のところそういった感情は皆無である。

なにせ基本的に、彼女の好みは惹かれる要素ではない。

そういう要素を持った人間が自分に好意を向けているというのならば話は変わってくるが、他人にされたところで『あぁー、妹もこんなこと言うなぁ』止まりである。


―――妹が自分をむしろ嫌っているという事実には目をつぶる。


「……起きるか」


ともあれなかなか面白い知り合いができたことに変わりはない。

妹に似ているというのが基礎にあったとしても、彼女自身のパーソナリティもそこそこ気に入る部類に入る。


また今度適当に誘ってみるかなとそんなことを思いながら、レッドはミスティスを後にした。


《Tips》

『異名』

・プレイヤーネームとは別で固有のプレイヤーを指す名前。二つ名。あだ名よりも仰々しさがある。ミスティストーリアには公式の命名掲示板というものがあり、ほかの掲示板などの書き込みからAIによって有名であると判定され、その上で申請を受諾したプレイヤーへの異名を不定期に募集したりしている。そこで決定した異名は称号として獲得することが出来る。

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