第14話 理想世界
更新です
別に笑てへんねん
―――
■
その後結局、レッドがひとりで削りきった。
どうやらなんらかの方法で魔力を回復したらしく、魔法と『
そうして敵を倒せば、それに合わせて穴は消えてなくなって。
それ以外のなにがあるでもなく、物語は無事終了した。
元の場所へと戻るふたり。
物語内の損傷がなかったことになりふたつの足で立つレインは、感触を確かめるように軽く地を蹴り、それからふんっ、と鼻を鳴らした。
足を燃やされたときはホントこいつどうしてやろうと思ったが、結局クリアしたというのならまあ大目に見てやろうという気分にもなった。
これでクリアしなかったらとりあえずフレンドからは消えてもらおうと、表示していたフレンドのウィンドウを消し去る。
そんなレインの肩に、馴れ馴れしくレッドが手を置く。
「ま、なにはともあれクリアだな」
「……ちっ」
舌を打ちながら手を振り払うレイン。
そんなレインに肩を竦め、それからレッドは言った。
「で、早速行くだろ?」
「は?」
「行くんだろ?『
レッドの言葉にレインは一瞬表情に疑問を浮かべ、そうしてああ、と思い出す。
そういえばそもそも、ここにはそれを目標としてやってきていたのだ。
レッドの呆れたような視線を無視しながら、レインはウィンドウを操作する。
『後日譚』を選択し、さっさと用を済ませようと指を動かそうとして、一瞬止まる。
「……」
(……いいや、めんどいし)
たった一度のタップを厭い。
だから変わらない設定のまま、レインは追憶を辿る。
■
《Tips》
『回復アイテム』
・回復するためのアイテム。ミスティストーリアでは、そのほとんどが貴重品。もっともありふれたものですら『遺物系:
■
そこは理想の場所。
全てがあるがままにあれる場所。
本来あるがままにしかあれないその場所に、理想を守り抜いた者は招かれた―――
『環境系:
・あるがままにあれ
「相変わらずくすぐったい場所だぜ」
「……」
ふたりが降り立ったのは、穴の向こうに見えたのと同じ森。
穏やかな光に包まれた、なんとなく景色すべてがぼやけて見えるような、幻想的な世界。
まったく情緒を介すことなく言葉をこぼすレッドに、同じような感想を抱いていたレインはぴくっと表情を動かしつつも特に何をいうでもなく、キョロキョロと周囲を見回した。
「……なにここ」
「なんだ。あんま詳しく知ってるわけじゃねえのか」
「そういうのいいから」
「そうかよ。ま、説明役はちゃんと居るぜ」
そう言って、レッドは適当に歩き出す。
(……別に、いいけど)
後日譚への、パーティ参加。
それをまるで当然のことのように受け止めるレッドに、やや釈然としないものを抱くレインである。かといってなにか反応をされればそれはそれでムカつくだろうとは思う。結局分からないのは自分の心のようで、レインは小さく舌を打った。
「どうしたよ」
振り向くレッド。
レインはそれに応えるでもなく、やや間を空けて、歩き出す。
わざわざ隣に来るまで待ったレッドともに、レインは森を進む。
そうしていると、程なくして開けた場所に出た。
そこには、光がある。
キャラクターメイキングのときに見たような、光。
となれば当然聞こえてくる、声。
なんとなく声音が違うような気がしつつ、なにはともあれ興味はなく。
視界の端に指を鳴らすとスキップと表示されていたので、当然のように鳴らす。
隣のレッドがけらけら笑いながら虚空を叩けば、イベントはスキップされる。
暗転。
【イベント"理想世界の客人"をスキップしました。】
【このイベントはプレイヤーメニュー"ストーリア"の項目からいつでも追憶できます。】
明転。
ふぁあ、と光量を増した目の前の光が、そして薄らんで消える。
【ここでは、プレイヤーの理想的な相棒"アイドル"を仲間にすることができます。】
【"アイドル"は一度しか仲間にならない貴重な存在です。慎重な選択を推奨します。】
【"アイドル"に関するチュートリアルを開始しますか?】
【(このチュートリアルはプレイヤーメニュー"チュートリアル/アイドル"からいつでも実行可能です)】
「チュートリアル無駄に長いからやらなくていいぞ。教えてやるよ」
「……」
当然のように『はい』を目指していたレインの指が、レッドの言葉に『いいえ』を選ぶ。
ひどく不承不承といった表情ではあるが、レインはレッドに視線を向けた。
「さっさとして。三行」
「欲しいやつ思い描く
見つける
仲良くなる」
「は?分かんないし」
「だろうよ。ま、やれば分かる。レインはどんなやつが欲しいんだよ」
「どんなって……」
レッドの問いかけに、レインは考える。
自分はどんなものを求めているのだろう。
レインのイメージとして、"アイドル"とは移動用のペットシステムである。
なにやら単に騎乗するという範囲に収まらないらしいということくらいは理解しているが、直接的に戦うなどということは、少なくともできないという。
とはいえレインはそんな多機能性など毛頭求めていない。
レインの求めるもの、最低要件は、ふたり乗りということ。
ちょうどシズクと一緒に乗れる程度のサイズ感がベスト。
あと思い浮かぶこととしては、面倒でないことだろうか。
昨今のペットシステムというのは、なまじフルダイブ技術などというものが確立されてしまった分、その挙動のリアリティが高いという傾向にある。
しかしレインとしては甘えてじゃれつかれるのも欠片も求めていないどころか鬱陶しいだけであり、当然普通にペットを飼うような世話など言語道断である。
移動手段なら移動手段に徹してくれること、それも重要であるように、レインには思えた。
そこまで考えて、そもそもどんなやつ、というのはどれくらい具体的な情報が必要なのかと疑問に思う。
「……どこまでいるの」
「そんないらねーな。要素2、3個でいい。なんなら1個でいい。具体的なほどドンピシャのが狙えるけどな」
「じゃあいい。次」
「なら―――っと。そういやレインのヘッドセットImagine4.00以上積んでるか?」
「……?」
「あー、設定のイメージトレース感度今どうなってる?」
「ああ。最初からそれ言ってよ。"ムービー"だけど」
「ならよし。じゃあ行くか」
「は?めんど。ひとりで行って」
「レインが行かなくちゃ意味ないだろ」
レッドの呆れた視線に舌を打つ。
誘われたからとりあえず拒絶したという極めて反射的な行動ではあったが、面倒ということに変わりはなく、渋々ながらもレインは歩き出す。
「
「バカにしてる?」
「一応だ一応」
肩を竦めるレッドともに歩く。
少し歩いたところで、世界が急激に変化する。
森を抜けた先は、洞窟。
それも、洞窟の中。
振り返っても、既にそこに森はない。
陽の光など望むべくもない場所ではあったが、やはりうすぼんやりとした光に照らされて、視界はあまり悪くなかった。
そんな視線の先、洞窟の突き当たりに、異様なまでの、黒がある。
どこもかしこもが光に包まれたこの空間そのものを拒絶するように、際立った闇の塊。
「ほぉ。面白そうなやつ引いたな」
「なにあれ」
「さあな。話しかけてみればいいだろ」
「……」
あっけらかんと言ってのけるレッドに、レインは胡乱な視線を向ける。
けれど変わらず頷くレッドをしばらく見つめてから、レインはその闇の塊に近づいて行った。
その塊は、人の頭程度の大きさをしている。
しゃがみこんで見下ろしてみても、あまりの暗さゆえに立体感が上手く掴めず、そこにただ影が差しているようですらあった。
「ねえ、……」
試しにと語りかけてみて、やっぱりなんか意味分かんないと、口を噤む。
からかわれてるのかと振り向くが、レッドはなにやらうんうんと頷くばかり。
大人しくチュートリアルを受けておけばよかったかもしれないと、レインは闇の塊に視線を戻した。
相変わらず反応はない。
やれやれと一つ息を吐いた。
と。
闇の塊が、突然変形する。
一部分だけがぱかりと開き、その向こうからそれは現れた。
後ろで驚きの声を上げるレッドになど目もくれず、目を見開くレインを、それはじぃと見つめている。
「……」
「……いぬ?」
闇の中で、なんとも気だるげにぐでぇ、と寝そべるそれは、犬だった。
毛玉のような白いもふもふ、突き出した黒い鼻先は湿り気を帯び、なんとなくレインを苛立たせる笑みを浮かべている。
そんな犬を後ろから覗き見ていたレッドが、へえ、と興味深げな声を上げる。
「サモエドっぽい、というかもろサモエドだな」
「なにそれ。犬種?」
「ああ。白くてもふもふして、あと笑ってるみたいな顔してるだろ?大型犬なんだが、そいつは小さいな。子サモエドだ」
「ふうん」
どうでもよさそうに頷くレインを、犬も同じく気だるげな様子でしばらくじぃと見つめる。
かと思えば犬はくぁと欠伸をして、徐に身体を起こすと、空いた穴から、ぬ、と鼻先を突き出してくる。
【あなたのことを気に入ったようです。】
【この個体を仲間にする場合は、名付けを行って身体に触れてください。】
「にしても元気ないな。弱って……は、まあねえだろうし、よっぽどぐうたららしいな」
「……」
呆れたようなレッドの言葉を無視しつつ、眠たげな視線と見つめ合う。
愛想の欠片もない辺りは好感触であるものの、それを踏まえても顔がムカつくレインである。
しばし見つめ合い、それからレインは問い掛ける。
「なにができんの」
「わふぅ……」
レインの問いかけに、やれやれ、とでもいいたげに一つ息を吐く犬。
いらっとくるレインの目の前で、犬を包む闇が形を変える。
にゅおー、と広がった闇が、レインに絡みつく。
ぴくっと眉をあげるレインがなすがままにされていると、闇はむにゅむにゅと、平たい車体のような曲線的な形となり、その上部に空いた座席へとレインを座らせた。
ひんやりともぽかぽかともしていない、温度という概念の感じられない不思議な感覚。
のぺっ、とレインを受け入れる座り心地は、悪くないどころかかなり好ましく思える。
へえ、と片眉を上げるレインは、傍らでのっぺりとうつ伏せに寝転んでいる犬へと視線を向ける。
「動く?」
「わぅ」
なに言ってるんだ、とでも言いたげな犬の声。
同時に、レインの乗る闇の乗り物はするすると動き出した。
「おっと」
当然のようにレッドを轢いてやろうとばかりに動き出した乗り物を、レッドは壁際に回避する。
そんなことも気にせず進む乗り物は、徐行ではあるものの、振動のようなものが一切なく、乗り心地は悪くない。
「速度もっと出るの?」
レインが尋ねれば、そのとたん乗り物は急加速する。
ほんの少し移動したところで今度は急停止。
そして今度は急バックからの急停止。
当然慣性によって振り回されるレインだったが、あまり気にせず、なるほどと頷く。
それからちらとレッドに視線を向け、レインは犬の耳元で囁く。
「ふたり乗りは」
「わふ」
当たり前だろ、とでも言いたげな犬の声と共に、乗り物の横幅がにゅ、と広がる。
それに合わせて座席がちょうど二人分(+α)といった程度に広がった。
「へぇ。複数輸送いけんだなそれ。オレ様も乗せろよ」
「は?やだし」
「わぅ」
「仲良しかよ」
興味津々といったレッドが近づいてくると、にゅ、と縮んでひとり乗りに戻る。
顔も態度も腹の立つやつではあったが、なかなかどうして気の利くやつだとレインは犬を見下ろす。
犬はちらっとレインを見て、それからふりっと尾を振った。
「……ま、いいや」
「決まりか」
「面倒だし」
「結構気に入ってそうだが」
「は?別に」
「わふ」
わたしも別にお前で妥協してやるよ、とでも言いたげな憎たらしい顔を向けてくる犬にレインはいらっときたが、舌を打つだけで特になにを言うでもなく、座席にもたれかかって考える。
それからちらっとレッドを見たレインは、決めた名前を胸の内に秘め、犬の頭に手を置いた。
そのとたん身体を包む淡い光に、レインは眉をひそめ、犬は小さく唸る。
光はすぐに消えてなくなり、やかましいファンファーレが鳴り響いた。
【"エド"があなただけの"アイドル"になりました。】
【以降、メニュー"アイドル"の"呼び出す"コマンドから自由に"エド"を呼び出すことができます。】
【(物語内での呼び出しは不可能です)】
そんなウィンドウを振り払う動作に、レッドが首を傾げる。
「名付けも終わったのか?」
「それがなに」
「ならちょっと試していこうぜ。広い場所とかも行けるぞ」
「別に、ここでする必要ないし」
「わぅ」
まったくだ、とでも言いたげな様子の犬―――サモエド風小型犬のエドは、さっさと闇を回収してまた引きこもりに戻ってしまった。
「自由なやつだな」
「……」
楽しげに笑うレッド。
自動的に立たされたレインはそんなエドをちらっと見やり、それから『後日譚』を終える。
元の場所に戻ったレインは、眩い太陽に目を眩ませて舌を打つ。
そしてひとつ大きく息を吐くと、レッドと向き合った。
相変わらず不遜という言葉を体現するような佇まいで立つレッドは、ひどく憮然とした様子のレインにまたたき、それから笑みを深める。
「なんだ、忘れてなかったのか」
「……いいから来れば」
「へぇ。いいのかよ」
「別に。わたしPKじゃないし」
「それもそうだな」
素っ気なく告げるレインに、くつくつと楽しげに笑うレッド。
揃った二本の指が、緩やかに天を突く。
レインの視線が鋭く尖り、僅かに腰が沈む。
紅玉が閃き、爛々と輝く獰猛な笑みがレインに向けられて。
「さあ、遊ぼうぜッ!」
―――そして指針は落とされた。
■
《Tips》
『イメージトレース』
・プレイヤーのイメージをシステムが解釈すること。感度は解釈できる複雑さを表す。ミスティストーリアでは、文字のような簡単な情報まで解釈できる"センテンス"、言葉や画像のイメージといった固定のものであれば解釈できる"ピクチャ"、音声や映像といった時間要素を含むかなり複雑なイメージまで解釈できる"ムービー"の三段階が用意されている。この感度が高いことにより、例えば触れてもいない炎を思いのままに動かすといったようなことが出来るようになる。とはいえ実際に高感度で使用するためには当然ハードウェアの方もそれに合わせた高性能なもの(作中におけるImagine4.00もそれ)が必要となってくる。これは現代でいうグラフィック品質とGPUの関係に近い。ちなみに『思考ショートカット』はこれとはまた別種の概念である。
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