第13話 紅雨共闘
更新です
ちょっとずつストックが迫ってきてどきどきです
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「ま、最初のほうはオレ様に任せとけよ。赤子同然にひねり潰してやらぁ」
「あっそ」
ぱきぱきと指の関節を鳴らしながらのレッドの言葉に素っ気なく返し、レインは軽く腕を回す。
刮目してろ、と自信ありげに告げたレッドは、そうしてパチンと指を鳴らした。
わざわざ無駄な行動を挟んでまでカッコつける様にレインは内心で嘲笑を向けつつ、動き出した闇を見回す。
繰り返死によってすっかり見慣れた闇の雲。
任せろというのなら勝手にやらせるかと静観を決め込むレインの隣で、レッドは犬歯を剥き出し獰猛に笑った。
「『
紅蓮が、咲く。
レインとレッドの周りを囲むように巻き起こる真紅の火炎が、迫り来る闇の触手を焼き尽くした。
照りつける熱に「あっつ……」と顔をしかめるレインに、レッドは声を上げて笑う。
「熱いだろ、オレ様の『
「うざい。早く消して」
「おう。さっさと消し炭にしてやるよ」
(そういう意味じゃないし)
レッドがぴんと揃えて立てた二本指を振るえば、火炎は指示に従いまるで生き物のようにうねり迸る。正しく指針とでも呼ぶべき軽やかな指使いでもって迫ろうとする闇の尽くを焼滅させるその様は圧倒的で、レインは心底いらついた。
「いっそあの周りのやつ焼けばいいのに」
「総動員して圧殺されんだよ」
「……役立たず」
「おまえはどうなんだ?えぇ?」
じとっ、とした視線を向ければ、挑発的な笑みで返される。
いらっ、として睨みつければ、そんなときちょうど闇が雫をこぼし、歪な怪物が生み出される。
それに合わせ、レッドはこれみよがしに通り道を作った。
「ちっ」
任せろというのはなんだったのか。
まったく本当にうざったい、と呆れ返る心地で、しかしレインはレッドが作った通り道を駆け抜ける。向かう先には怪物、それがレインを迎撃しようと徐に動きだすが、当然そんなものは間に合わない。
跳躍、そして勢いを蹴りで叩き込む。
その時点ではミストは発動しない。
怪物を壁に反転するそのときに、衝撃を増幅させ叩き込んだ。
結果レインは次の怪物へ向かう初速を確保し、壁となった怪物は無惨にも蹴散らされることとなる。
その間、わずか2秒。
ソロでこの怪物の群れを抜けるために最適化されつつあるレインの動きに、レッドは自らも炎を操りながら口笛を吹いた。
「やるじゃねえの」
「……黙って仕事して」
「〜♪」
「……うっざい」
ぴゅっぴゅひゅ〜♪と口笛コミュニケーションを試みるレッドにレインは舌を打つ。
そんなことをしていながらもさくさくと怪物を叩きのめしていると、やがて闇から落ちる雫がその数と速度を増す。
地に落ちた雫は、人の半分ほどの背丈しかないのっぺりとした塊となる。
辛うじてある手足で、それは這うように進み始めた。
間違いなくレッドの仕事であると判断したレイン、反転した頃には既に帰り道が用意されていることにまた舌を打ちつつレッドのそばに戻った。
レッドはそんなレインを迎え入れて、なにやらニヤニヤと笑っている。
「……なに」
「〜♪」
「うざい。喋って」
「よう。いい線いってんなぁ、レイン。やるじゃねえか」
「……気安く呼ばないで気持ち悪い」
つん、とそっぽを向くレインに、レッドはからからと楽しげに笑った。
そんなこともうっとうしく思えて聞こえよがしに舌を打つが、レッドはやはり笑いとばす。
迫り来る闇の軍勢は、近づくものからレッドの炎が容易く焼き尽くした。
さきほどかなり苦しめられた相手があっさり消えてゆく光景は胸のすくものも感じるものの、やはりどちらかというとムカつくレインである。
そんないらだちをぶつける相手を、闇は用意してくれていた。
小型の怪物たちの中に、最初の大型怪物が混ざり始める。
言葉なくとも開いた道を、レインは舌打ちと共に駆け出した。
小型の怪物は、小型なだけあって大型よりも遥かに弱い。
それでも下手すればあっさりと死ぬ(実際レインはこれらに引き倒されて集り殺されたこともある)ので、油断は禁物だった。
そんな小型と大型が一度に向かってくる中で、レインの取った行動は至ってシンプル。
「し、ねっ!」
どごすっ!
と、盛大な音を立てて蹴り飛ばされる小型。
風を切って飛翔したそれは、大型に直撃してその上半身とともにばちゅんと弾け散る。
一発で命中したことになんとなく気分を良くするレインの耳に、飛び込んでくる盛大な笑い声はとうぜん無視する。
それからしばらく怪物シューティングで遊んでいると、今度は闇の中からなにかがぞぶりと生えて出た。
ぞるる、じゅる、と蠢き出てきたそれは巨大な触手だった。
これまでの雲のようなものとは異なり、明確に形を持っている。
ぬぉん、と空気を汚しながら震えた触手は全身でがぶぁ、といくつもの口を開き、そうしてレインたちを狙って襲いかかる。
「ちなみにオレ様は狙われたら死ぬからよ。頼んだぜ」
「は?」
迫りくる軍勢を焼き払いながらなにやら突然おかしなことを言い出すレッドに、レインは怪訝な表情を向ける。
「ま、とどめは任せとけ」
今まさにレッドを狙ってその巨体を振り下ろさんとする触手の下で、レッドはよっこらせと座り込んだ。なぜか三角座り。ドレスで。
そして炎を繰るのと反対の手を器のように開けば、その手中に光が生じる。
光を囲むように描かれてゆく円環魔法陣
レインの知るやり方と明確に異なる魔法の兆しにやや関心を抱きつつ、レインは舌を打った。
「……足でまとい」
忌々しげに呟きながらレインは駆け出す。
ほぼ同時に振り下ろされる触手。
その質量は見るからに膨大で、迎え撃てるなどとは思わない。
そもそもミストはレインにかかる衝撃を緩和したりはしないのだ。
だから叩くべきは、横。
振り下ろされる触手を、跳躍と共に蹴り飛ばす。
衝撃が爆発し、弾かれた触手はそのまま地面を叩きつけた。
小型の怪物が潰され、飛び散った液体がレッドの炎に焼き尽くされる。
ついでに触手を炙る炎に、たまらずと弾き飛ぶように逃げていった触手は空中でぐねりとうねり、口々に耳障りな絶叫を轟かせた。
怒り狂うようにのたうち踊る触手が、次の瞬間大きく振りかぶり怪物たち諸共にレインたちを大きく薙ぎ払う。
挑戦的なレッドの視線。
「ちぃっ!」
忌々しげに舌を打ちながら、向かってくる触手を迎えうち、全力でもって蹴り上げる。
さすがにレインも弾かれ無様に地を転がることとなるが、弾かれ浮いた触手はレッドにかすることすらなく通過した。
怪物たちを薙飛ばしながら地を滑り、振り抜かれる触手。
「助かったぜレイン。これで終いだ」
手中の光を囲む四重の円環魔法陣。
しゅたっ、と立ち上がり、そして、指針を再度襲いかからんとする触手へと向ける。
「真っ赤に尽きろ―――フランベルグ」
渦巻き集う焔が、紅炎と混ざり合い螺旋描いて槍を成す。
それは一瞬の停滞すらもなく、顕現したときには既にその意義を知っていた。
すなわち全てを焼き尽くせと。
そうして一息の間に顕現した極大の熱量が、空気を焼き尽くし飛翔する―――ッ!
結果は瞬きすら必要なく現れる。
焼滅した空気に音を届ける力はなく、ゆえに終始そこに音はなく。
その半分以上を焼失し、さらには傷跡に食いついた炎によって身を焼かれる触手という、圧倒的な結果のみがそこにはあった。
身体を失った触手はみるみる崩壊を初め、そして消え去った。
魔法陣の数を単純に数えれば第四層に分類されるはずの魔法。
その絶大の威力を前にしたレインはちょっぴり感心し、そんな事実にまたいらだって舌を打った。
そんなレインの横で、レッドはまたその手中に魔法を構築し始める。
怪訝な表情を向けるレインに、レッドはあっさりと肩を竦める。
「ま、中堅ってとこだな」
「……」
「安心しろよ、こっからは早ぇ」
にやりと笑うレッド。
まるでその言葉をキーとしていたかのように、追加の触手が生えて出る。
先程よりも幾分か細いそれは、しかし次々に闇から躍り出た。
「対応で種類変えてくるらしいんだよなこれ」
「は?あんたのせいであんな数ってこと?ほんとクソ」
「いいや、オレ様のおかげなんだよ―――焼き尽くすぜ、ブレイズウォール」
二重の円環により、レッドの魔法が発現する。
レインたちの正面を大きく覆うように立ち上る分厚い炎の壁。
レッドが腕を動かせば、それは『
次々に飛び込んでくる触手たちは、縦横無尽に動き回る炎の壁に飲まれ一瞬で焼滅していった。
四方八方から伸びてくるその対処に追われる分、焼き払われず迫ろうとする怪物をレインが面倒そうに叩き潰す。
「でけえのだと焼き尽くせねえんだよこれが」
「中途半端」
「弾くので手一杯だったやつがなんか言ってらぁ」
「ちっ」
「なんてな。相性最悪だろ?にしては上等だぜ」
「は?……うざい」
忌々しげに睨みつけながら、そのいらだちを発散するように怪物を踏み潰すレイン。
レッドはからからと笑い返し、そうこうしているうちにも到来する触手たちはそのほとんどが焼き尽くされていた。
全てを焼き尽くす前に魔法の効果が消失して炎の壁はその規模を縮めるが、残りの触手は一本一本速やかに焼却すれば事足りる。
あっという間の全滅劇。
気がつけば闇は随分と薄れた。
雨が、止む。
「さあてよ、感動のフィナーレだぜ」
「ちっ」
再三、魔法陣を描きながらレッドは告げる。
その視線の先で、渦を巻きながら闇が集う。
波打つように集結した闇が、どろり、と、空間に染みを残しながら地に落ちる。
物体と液体と、その性質を併せ持つような不可解な質感。
弾めど、散らず、のたうち、揺れる。
ぞぞる、と、生える歪な腕の数々が、ざぐざぐざぐ、と地面を押す。
その胴体に、腕に。
息を求めるように開く口、口、口から、吐き出される腕、腕、腕。
ある腕はなにかを乞うように大地を叩く。
ある腕はなにかを恋うように天へと縋る。
ある腕はなにかを請うように拳を握る。
ある腕は、ある腕は、ある腕は―――
ぴたり、と。
その動きが、唐突に止まる。
彼らは知っていた。
そのなにかは大地に無く。
そのなにかは天にも無く。
そのなにかは手中に無い。
だから彼らはそこにあり。
そして
腕がそれを求めて手を伸ばした。
届かぬならと地を這うことは、彼らにとって息をするよりも当然で。
息など忘れた彼らはけれど、ただそれだけでそこにある。
―――望みを、我が手に。
『環境系:』
・望みを我が手に
阻まれ続けた望みの手は、今ぞるぞると這い上がる。
それを見下ろしながら、レッドは「ああ」とレインに視線を向ける。
「ちなみに全ブッパでも足りねえ」
「は?」
「ついでに魔法はラストだ。ま、『
「……で?」
「削り切らねーと、敗けだ」
「…………つっかえな」
ぺっ、と吐き捨てるレイン。
レッドは楽しげに笑い、そうして未だ尽きることのない『
「ま、ふたりがかりならなんとかなるだろうよ」
「ちっ」
面倒くさそうに舌を打つレイン。
とはいえ、そもそも戦闘の場で戦うことなど当然のことでしかない。
特に意図があったわけでもなく反射的な態度である。
仕方ないから叩き潰すかと、レインはそして駆け出した。
追従するように、炎がうねり疾走する。
闇が蠢き、開いた口から闇色の弾丸が放たれる。
先駆した炎がそれを焼き尽くし、肌を焼く熱に舌を打ちながら更に距離を潰す。
煩わしいと振るわれる腕を掻い潜る。叩き潰すように振り下ろされる平手を躱す。振り抜かれる拳とすれ違う。
炎が腕を炙り焦がすが、レインは末端になど興味はない。
叩くなら本体と相場が決まっているのだ。
周囲の闇が晴れたからだろうか、世界がやけに明るく見える。
だからこそ際立つ闇は既に眼前。
もはやそこは射程圏内。
投げ出すように拳を振るう―――ッ!
ドムンッ、と、ゴムでも殴り付けたような鈍い感触。
ミストを発動してなお揺るがない重々しさ。
気づく。
目が。
瞳はない。
ただの落窪んだ穴でしかない。
それでもそこに、目が―――
レインは咄嗟にその場を飛び退く。
次の瞬間殺到する腕、腕、腕。
突き抜けるように叩きつけられる炎の槍が爆ぜ、レインの視界を紅蓮に閉ざす。
「ちっ」
舌を打ちながら拳を振るい、迫っていた腕を打ち払う。
爆ぜる衝撃に弾き飛んだ腕は半ばほどから千切れ、殺到した炎が切れ端を焼却した。
それを確認するまでもなく、レインは本体への攻撃ではなく腕を狙う方針へと切替える。
本体が強い場合には末端から削り尽くすというのが相場である。
本体からはやや距離をとり、迫り来る腕を叩き潰してゆく。
「レインッ!退けッ!」
レインの耳に届くレッドの声。
それに従い即座に反転するレインは、頂上の眩さに目を細める。
そこには、太陽があった。
レインを追い越した紅炎が、太陽を真紅に染め上げる。
全速力で山頂に戻ったレインがレッドとすれ違ったその瞬間、レッドは天に腕を突き上げた。
太陽を向く五重の円環が燐光を放つ。
手中に太陽を握りしめ高らかに唄う。
「真紅に染まれ―――ソルブレイズッッッ!!!」
打ち降ろす拳と共に、そして太陽は堕ちた。
―――世界が炎に満たされる。
衝撃が轟き山脈を揺るがす。
吹き上がる熱風と荒れ狂う炎が山頂を蹂躙する。
炎は爆心地を中心に停滞し。
やがてそれら全てが消え去った。
残ったのは赤熱し融解した岩肌と。
その身の半分ほどを焼失しながらも、這いずろうとする闇。
そして、ふたりのプレイヤー。
「ひゅう、今回もギリ生きてんな」
完全に発動したと同時にレインを抱き寄せそばの岩に隠れたレッドが、破壊の跡を覗き見て楽しげに笑う。
「無事か?」
「っ、気安く触らないで」
その腕の中で目を白黒させていたレインは、レッドに笑いかけられとっさに逃れ出、ようとして。
どさっ、と、すっ転ぶ。
なにせ片足がなくなっているのだ。
当然、そんな突発的な動きなど出来るわけがなかった。
レインは無くなった足を見てぱちくりと瞬く。
なにやら足の先は黒く変色し、転倒の衝撃で一部砕け落ちてすらいた。
おおよそ正確に全てを理解したレインは、そして能面のような表情をレッドへと向ける。
レッドはひくっと頬を引きつらせ、にへらと笑った。
「あー。わり」
「死ね」
「……くふっ、」
「っ、死ねっ!死ねっ!このっ、死ねっ!」
■
《Tips》
『炎属性魔法』
・炎属性の魔法。特筆すべきは、炎と熱という具体的でない性質である。形なく故にその規模は際限なく、触れずとも熱は届く。文字通り火力を求めるのなら外せない、最も破壊力を有する属性である。一方で、その恐るべき勢いは諸刃の剣ともなり得る。不用意に火炎を撒き散らせば、使い手諸共全てを焼き尽くす。それこそが炎属性というものである。
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