第10話 ひとり旅

更新です。

主人公は性格悪いです。悪役とかでなく。改めて。

―――



「わりぃ!めっちゃ遅くなった!」


そう言ってシズが帰ってきたのは、二時間近く経った後のことだった。

ゲームとは別のアプリケーションを起動して延々動画を見ていたレインは、見ただけで楽しんできたことが分かるシズへと視線を向け、ため息とともに動画のウィンドウを消した。


「いいとこだったのに」

「まじ?わるいなそりゃ。なに観てたん?」

「別に」

「……おかしなもん観てねぇよな」


怪訝な表情となるシズに肩を竦める。

嘘をつく理由もない。


それからレインは寄りかかっていた壁から身体を離す。

軽くこきこきと首を鳴らしていると、不意になにか美味しそうな匂いが鼻につく。


「そんなことより土産買ってきたんだぜ土産!」

「……ああ」


そういえばメッセージを読んだなと、レインは思い出す。

シズが街をうろついている間何度も送ってきたメッセージは、一応全て目を通しているレインである。人々との触れ合いを感じさせる度心がささくれだったりはしたものの、なんだか遠距離恋愛でもしているみたいで全体的には悪くない時間だったと言える。


それはさておき。

シズが差し出すのは、紙に包まれた串焼き。

インベントリに入っていたおかげで、未だ焼きたてくらいに熱々だ。

香ばしい香りが食欲をそそる謎の肉を受け取ってパクつけば、なるほど確かに悪くない。


「んまいだろ?」

「……そこそこ」

「そいつは上々」


なんだか素直に言葉を口にできず、ふい、と視線を逸らすレインに、同じく串焼きにかじりつきながら嬉しそうに笑うシズ。

美味い美味いと食べるシズの様子を見て、レインはなんだか、普通に美味しいと口にできない自分に嫌気がさした。

しかし、普段のご飯にも言ったことのない言葉を、どうしてこんなところで口にできるだろう。


そんなことを考えたせいで。


ずしりと、胸の奥が重い。


食欲が萎えるのを感じながら、そこで要らないと言ってしまえばきっとシズは悲しむのだろうと、無言で肉を食べる。


懸命に肉と向き合うレインは気がつかなかったが、シズはそんな様子になんとなく無理をさせているらしいと察して、少しだけ表情に陰をさしていた。


「けっこう多いからよ、腹いっぱいなら無理すんなよ」

「……べつに」

「そか」


もぐもぐもぐ。

無言で肉を食べる。


「あ、そんでさそんでさ!メッセでも送ったけど次山でいいか?」


なんとなく微妙な空気を払拭するように、シズが努めて明るい声で言う。

努めて、とはいうものの、わくわくと瞳を輝かせているのを見るに本当に楽しみではあるようだった。

レインはぱちくりと瞬き、それから記憶を辿るように視線を巡らせ、ああと思い至る。

魔法使いから魔法を得る術を聞いたと、そんな内容だった。

そのためには、山にあるミストを目指すのだと。


思い返して頷けば、シズはぱちんと手を叩く。


「んじゃ決まりな!目指せ魔法使い!」


うぉおー!と意欲を見せるシズに、レインはそっと息を吐く。

まあレインが嬉しいならいいかと、最後のひとくちを飲み下した。


《Tips》

『フルダイブVR向けアプリケーション』

・フルダイブ中に使用できる様々な便利機能。なくてもフルダイブ体験はできるが、あるとより楽しめる、そういった類の代物。『Stream』で配信されているプラットフォームを同じくするようなものであればだいたいのゲーム内で扱える。有名なものだと、ホラグラフィック型デスクトップ、メディアプレイヤー、Webカメラを利用したリアルの確認といったものがある。


どれだけやる気を見せていようとも、時間というものはどうしようもならないことである。

なんだかんだ結構な時間ミスティストーリアを楽しんだふたりなので、ログアウトしてみれば外はとっくに夜もふけている。


慌てて夕食を摂りお風呂に入りとばたばたしていれば、翌日も仕事のあるシズクにはふたたびゲームに戻る余裕はなかった。


一方のアカリ。

憲法に定められる義務を鼻で笑う生活をする彼女であるから、眠気によるもの以外の時間的束縛は無いに等しい。


とはいえ、先程まで清々しい空の元にいたせいか、なんの気なしに弄っていた髪に不快感を覚えてしまったので軽くシャワーを浴び、ついでに服を洗濯機に放り込めば、着替える気力も湧かなかったので全裸のまま自室にまた引きこもる。


そうして寝る間を惜しんでなにをするのかといえば、それは当然ミスティストーリアだった。


何度かシズに褒められたことに味をしめたアカリは、自分だけゲームを進めてもっとシズに頼られるようになろうと画策しているのだった。短距離転移能力を持つジョシュア相手に苦戦してしまったというのがやや心残り、というのもある。


あんなザマでは、シズに自慢できないのだ。


そんな訳でアカリは、レインとなってミスティスに降り立つ。

リアルは夜でも、ミスティスは変わらずの午前中。

ミスティスの一日は、リアルの96時間になっている。

リアルの四日が、ミスティスでの一日なのだ。


リアル時計と並んで表示されるミスティスの一日を24時間として換算した時計を参考にすれば、現在の時間はお昼前。恐らくもっともレインが引きこもっているだろう時間帯、シズもいないのになんでこんなところに来なくてはいけないのかと忌々しげに太陽を睨みつけ、それはさておきレインは行動を開始する。


魔法を得られるミストとやらは目指さない。

そこはシズのために取っておく。

一足先に魔法を取得するというのも考えないではなかったが、恐らくそれよりは一緒に初見という方が好ましいだろうとレインは考えた。


そうしてまず、レインはすぐ側の『追憶の欠片』を使用する。

選択するのは、『後日譚』ではなく『懐古』の項目。

クリアした物語を再度プレイできる。


一瞬嫌そうに顔をしかめて躊躇いながらも、吐息と共に追憶を辿る。


光に包まれ、降り立った場所は人ごみ。

うっとうしげに押しのけながら路地に逃れたレインは、そこで彼女を待った。


「通るわよっ!」


大通りを抜け出る、ピンクゴールド。

それとすれ違い、向こうに抜けるのを見過ごして、それからレインは振り向く。


碧眼が、ひいらとレインを見つめていた。


「―――邪魔をするつもりですか?」

「いいから来いよザコ」

「、―――ッ!?」


全力で放つ後ろ回し蹴り。

転移の瞬間には既に動き出していたレインの攻撃を、後ろを向いたままに回避する術などない。


直撃。


プレイヤー故の恵まれた身体能力により弾き飛ばされたジョシュアが、壁に叩きつけられ地に転がる。

呻くジョシュア顔面を丹念に踏みつけ目を潰してから、レインはその身体を蹴飛ばした。

一度、二度、三度。

弱々しくなってゆく喘ぎ。

最後にレインは、ジョシュアの頭を思い切り踏みつぶす。


ミストの力が爆ぜる。

砕け散る頭とともに、死体は光に散った。


世界が色を失う。


【物語の重要人物が喪失しました。】

【物語の継続が不可能となりました。】

【追憶から帰還します。】


ひどくあっさりと、レインは元のミスティスへと戻された。

やはり転移能力は移動先を予測して攻撃を置くのが一番だと改めて実感し、レインは口角を上げる。


(やっぱザコだし)


苦戦、という忌まわしい記憶を、一方的な勝利によってねじ伏せる。

確かに満たされた自尊心にくつくつと笑い声をこぼし、けれど、直ぐにそれにも飽きた。


気だるげに周囲を見回し、それから、さてどこへ向かおうかと考える。

今のところ、レインには世界への興味や好奇心など皆無である。

見たい景色もなにもなく、具体的な目的もなく、モチベーションすらほとんどなくここに立っている。


しばし考えたレインは、特に迷いなく攻略サイトを見ることにした。

攻略サイトを見すぎると、じゃあプレイしなくていいや、となるタイプであることを重々承知しているので、近場でなにか興味が引かれるようなものがないかということにだけ焦点を絞って確認する。


そうして攻略サイトを眺めていると、数ある情報の中で、レインはとある『追憶の欠片』の情報に興味が湧いた。

なんとその『追憶の欠片』では、条件を満たすと移動手段を取得できるらしい。

その移動手段にも色々と種類があり、ものによってはふたり乗りも可能ということだった。


見た目に分かりやすく自慢しやすい上に、ふたり乗り。

これは取るしかないと、レインは決意する。

場所も、やや遠くはあれど、明日の夕方―――つまりシズが仕事に行き、そして帰宅するまでをリミットとすれば、十分すぎるほどに余裕はある。


強いて挙げれば中堅プレイヤー以上の4人以上パーティ推奨という結構な難易度目安が気になるところではあったが、まぁなんとかなるだろうという楽観視が発動した。


そんな訳で、レインのちょっとした大冒険が始まる。


誤差程度であれど距離的に近いので、まず森にある『冒険心』へとファストトラベル。

そこから『おてんば姫の大冒険Ⅰ』を目的地に指定してコンパスを表示、目的地を示す針のちょうど直角向きに、草原から離れるように移動する。

方位を示すコンパスがあれば話は早いのだが、あいにくとレインはそれを持っていないので、目安として代用することにした。


そこからは、ひたすら早足だ。

広大な森の中を、一心不乱に突っ切っていく。

プレイヤー自体の成長性のなさ故か敵とのエンカウントのようなものがほとんどないミスティストーリアなので、移動に差し障ることがらは体力くらいのものだった。


森の深まりを感じつつさくさく進んでいくと、やがて、大地が少しづつ傾斜し始める。

見通して見ればかなりあからさまな傾斜に、負担は大きくなってゆく。

ミスティス最大の山脈に、レインは足を踏み入れつつあった。


進む、進む。


次第に傾斜の強くなってゆく足元。

気を抜けば肌を切る枝葉。

苛立つレイン。

自慢とふたり乗りによる強いモチベーションが、ふにゅふにゅと萎んでゆく。

リアルから唯一持ち越される眠気という感覚に、レインは大きく欠伸をした。

しぱしぱと瞬き、大きくひとつ息を吐く。


―――悪寒。


なんの前触れもなく発生した鳥肌を立たせる冷ややかな感覚。

とっさに飛び退いたレインの影を抉り、地面から生える大地の槍。

明らかな殺意を放つ鋭利。


着地と同時に駆け出しながら、周囲を見回す。


左右前後上下まで、見渡せど見上げれど見下ろせど、怪しげな人影も、人ならざる影も、ない。


「ちっ」


舌打ちと共に、走行の軌道をジグザグとした無作為な軌道に変える。

おそらくそのタイミングはただの偶然だったろう、その瞬間再び、レインの直進する先を塞ぐように発生する大地の槍。

もしもう一歩を踏み出していれば、レインは確実にそれに突き刺されていた。


今度は、悪寒のようなものはなかった。

だからそれを回避したのは偶然だった。


恐らく、続かない。


「―――ッ!」


歯を食いしばりながら、飛び込むような勢いで地面を殴りつける。

爆ぜる衝撃。

振動が木々を揺らし、レイン本人もバランスを崩して転がった。

しかしそれでも、思惑は適った。


「んなぁっ!?」

(―――見つけた)


ぎらり、と獰猛に光る瞳。

驚愕の声、なにかの倒れるような音。

いなかったはずのその場所にいる軽装の人間。

頭の上に浮かぶ赤色の名前が、プレイヤーであることを示している。


這い上がるように、疾駆。

まごつくプレイヤーが起き上がるのと、レインがその顔面を蹴り飛ばすのは同時だった。


弾け飛ぶ顔面。

プレイヤーは光に散った。


【プレイヤーキラーを撃退しました。】

【プレイヤーキラーに関しての詳細は"ヘルプ"より確認できます。】


そんなウィンドウに、やはりあれはPK(プレイヤーキラー)、つまりプレイヤーを倒すことを楽しむプレイヤーだったのかと納得するレイン。

ヘルプをざっと流し読むと、ミスティストーリアにおけるPK行為はかなり敷居が低そうだった。その分、プレイスタイルの一環としてむしろ推奨されているきらいすらある。


もちろんPK側の方はややリスクを背負うことになっている。

最初にレインの感じた悪寒もその類のようだったが、それを含めても重々しいと思えるものはあまりない。


そのリスクのひとつとして、所持金全部と所持品をひとつドロップするというものがある。

レインが足元を見下ろすと、そこにはたしかに腕輪のようなアイテムが落ちていた。


拾い上げてみると、シンプルな銀の腕輪に透き通った茶色の宝石が埋め込まれている一品だった。


【魔法関係の道具を取得しました。】

【魔法のチュートリアルを開始しますか?】


「……うわぁ」


さすがにうわあと声が出る。

どうしようもなく、まさかの展開だった。

試しにチュートリアルをさらっと聞いてみるに、腕輪に付いている宝石が魔法におけるキーということらしい。色からして地属性なその宝玉(名前を教えてはくれないらしい)をなんらかの形で身に着けるなどしていれば、それだけで地属性の魔法が使えるようになるという。


基本的には、属性に対応した宝玉が魔法のキーとなっているようだが、同じ宝玉でも大きさに違いがあり、大きさにより使える魔法のレベルに差が出てくるという。


レインの手に入れた宝玉は、使えるようになった魔法(メニューの『魔法』の項目から参照できた)を踏まえると、だいたい『第二層』程度の大きさらしい。つまり下から二番目だ。


試しに、レインは『スパイク』という魔法を使ってみることにした。

説明書きからして先程のPKが使った魔法らしい。


ミスティストーリアにおける魔法は、やや独特なステップを踏んで発動される。


まずは、メニューや思考ショートカット、発声などによって魔法名をコマンドとして入力する。今回は当然、思考ショートカットにより『スパイク』を選択した。


そうすると、わずかに身体の内側からなにか(恐らくは魔力とかいう概念なのだろう)が吸い取られるような不思議な感覚と共に、所持している宝玉の中心に光の玉が発生する。

そうして、それに沿うように円環の魔法陣が描かれてゆく。


呪文の詠唱のようなものが必要ない代わりに魔法陣の作成に少し時間がかかり、そのせいで先程のPKの攻撃は断続的になっていたようだった。


しばらくして完成した『スパイク』の魔法陣は『第二層』に部類されており、各々別々に回る二重の円環によって構成されている。

この円環の数=第?層となる。

基本的に円環が増えるほど複雑で高レベルな魔法ということだが、同じ層の魔法の中にもレベルがあり、『第二層』サイズと判断した宝玉でも全ての『第一層』『第二層』魔法が使える訳ではない。


そうして発動の準備が整うと、今度はターゲットを指定する。

レインの視界に表示されたポインターを操作して適当な地面を指定すれば、あとは発動するのみ。


このときの文句は設定で変更も可能のようだったが、初期設定では魔法の名前そのままとなっている。


そうした段階を踏んで、レインは『スパイク』の魔法を発動した。


地面から、大地の針が突き上がる。


その結果を見て、なるほど、とレインは頷く。

そうして、とりあえず腕輪をインベントリにしまい込む。


その表情には、笑み。


これはシズにいいお土産ができたと、レインはるんるん気分だった。

地属性というのが微妙に地味で気に入らないものの、きっとシズなので魔法でさえあれば喜ぶだろうと、レインは確信していた。

どうやらいくつか属性があるようなので、ひとつであればシズをガッカリさせることもないだろう。


そうして足取りも軽やかに、レインはまた歩き出すのだった。


《Tips》

『PK』

・プレイヤーキラー、またはプレイヤーキル。プレイヤーキラーは、特にPKerとも。PKはプレイヤーネームが赤色で表記され、最後のPKから一定期間その状態が継続する。ミスティストーリアにおけるPKのメリットは、硬貨の略奪、PK数による称号、PK限定のイベントといった程度。一方PKが返り討ちにあった場合は所有するアイテムのどれかと所持する全ての硬貨がその場にドロップされ、更にしばらくの間能力系ミストが使用不可能となる。

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