第8話 それぞれの戦い
「更新です。
読みやすくなるかなーと文章に改行を差し込んでみました」
能力者たちの初バトル回です。
―――
■
シズが去って行った大通りをしばらく眺め、それからレインは振り返る。
通路の先には女が一人。
まるで普通の街人のような簡素な服を身に着けた茶髪の女。
透き通った碧眼が、ひいらとシズを見据えている。
「―――邪魔をなさるつもりですか?」
「そうだけど」
「そうですか」
「ッ!」
聞こえる声は背後から。
とっさに振り抜いた裏拳はあっさりと空を切る。
女は身をかがめ、そのまま流れるようにレインの足を払い、
「―――」
衝突の瞬間逆に弾き飛ばされる足。
ひとときの動揺を押し殺し、見上げる先にはレインの拳。
揺らいだバランスを敢えて崩すように叩きつける拳は、しかしまたあっけなく空を切る。
咄嗟に開いた手で地面を投げ飛ばすように退避。
着地と同時に振り向こうとしたその瞬間見えた女の背。
悪寒。
しかしどんな動作も間に合わず、女は背後からレインの足に足をかけ引き寄せるようにしてレインを転ばせる。
空中で背に触れる足を感じた瞬間レインは拳を振り下ろし、地面に目掛けてミストを炸裂させた。
ドゴォンッ―――!
盛大に音を立て、揺れる地面。
それに乗じて逃れたレインは振り返り、静かに佇む女を睨みつける。
「短距離転移」
「そちらは衝撃の増大でしょうか」
「ちっ」
やはり今のやりとりで手の内はバレている。
だから払わず引いたし、潰すように踏みつけようとしたのだ。
レインの能力『
それを自覚するからこそ、レインは忌々しく舌を打った。
それに対して転移能力者というのは、どんな創作物の中でも厄介極まりないものだ。
少なくとも、相性のいい相手ではないだろう。
あの少女の逃げっぷりからしてどうせいるのだろうと推測した追跡者。
しれっと捕縛してシズに自慢してやろうと思っての待ち伏せだった訳だが、まさかこんな相手だとは思いもしなかった。
最悪の可能性があるなと覚悟するレインに、女は告げる。
「それが分かったのでしたら、諦めてはいかがでしょうか。
今すぐにでも私は彼女を追えるのですよ」
「どうせ見えるところにしか飛べないんでしょ。
それか失敗したら大惨事?
どっちにしてもやれるならやってる」
「……」
どのみち無駄だと分かってはいたのだろう。
レインがあっさり言ってやれば、女は沈黙した。
ゆらり、と、女の身体が揺れる。
「どうやら、あなたを排除する方が速いようです」
「悪いけど、わたしもさっさと行ってやらないとダメだから」
言葉を交わし、そして互いに同時に駆け出す。
能力を使わず駆けてくる女に最大限の警戒を抱くレイン。
その距離は瞬く間に消失し、レインの拳すら届くほどまで女は迫った。
胸中に湧く動揺。
レインは、女が転移前と転移後で同じ方向・体勢となるのだろうと当たりをつけていた。
だから先程の瞬間背を向けていたのだと考えれば説明がつく。
しかし、そうなれば今こうして真正面から向き合っていることの説明がつかない。
疑問はある。
だからこそ疑問をねじ伏せるように、叩きつけるつもりで拳を振るう。
「ォオラァッ!」
それは当然にすり抜ける。
しかしなおも眼前に女はいた。
横にズレるだけの短距離転移。
反転する視界。
たった今投げ飛ばされているのだという理解は落下に追いつくことなく―――
「んっぶぁっ!」
とっさに撃ち抜く自分の腹部。
破裂した衝撃に弾き飛ばされ、女の拘束から空中で抜け出す。
そのまま着地出来る訳もなく地面に落ちながら、手当り次第にミストを爆発させる。
弾ける石畳の破片舞う中を転移はしない。
そんな仮定に基づいたその行為は確かに女の表情を一瞬でも歪ませた。
しかし女が転移に頼るだけの雑魚ではないとレインは知っている。
立ち上がる余裕すら許さないと駆けてくる女を眩む視界は捉えられない。
拳を振り上げる。
女はその次の瞬間に起きることを察知し、ほんのわずか、跳ぶ。
たとえその拳が地面を殴ったとすれば、地に這い蹲る体勢のレインの方がむしろ不利。その上でこうして宙に浮いてしまえば、女の勝利は文字通り揺るぎない。
―――はたしてレインは、拳を地面に振り下ろす。
ばちっ。
地面を揺らすどころか、ヒビのひとつもはいることのないただのパー。
起こらなかった揺れ。
隙の生まれるのを避けたはずの女は、今、宙にあるという致命的な隙を晒した。
石畳を握りしめるように、レインは一息に身体を跳ねさせる。
空中にある女は、しかし、既にレインを見てはいない。
―――たんっ。
拳を振るう。
飛び上がるように振り切った右腕が伸びきった不格好な体勢。
その正面に、首だけで振り向いた姿勢の女が出現する。
ぐるんと回った顔がレインを捉えるよりも早く、女の手がレインの頭を上下から掴む。
拳を振るう余裕はなく、首をへし折られて死ぬだろうとレインは確信した。
だから先に振るったのだ。
「ぐっ、ぅ……」
たたらを踏み、後ずさる女。
ようやく苦しげな表情を見れたと、両腕を引きながらほくそ笑むレイン。
先程の女の瞬間転移。
短距離とはいえ前方への跳躍による勢いを乗せたままの転移となれば、レインの背後に出現したところで攻撃に移るにはディレイが生じる。少なくとも着地までの時間は空白なのだ。
だからレインは、女が拳を回避するためだけに二連続で転移をしてくることを当然に予想した。
あとはそれに合わせて、拳を振るっただけのこと。
作戦が上手くいったことに上機嫌でふんぞり返るレインを、女は腹を抑えながら強く睨みつける。
「……なぜ、ミストを使わなかったのですか」
「そりゃ殺したらなんも吐かせらんないでしょ」
「……」
「徹底的にボコしてあの女の子追ってる理由とか人数とか吐かせるから」
余裕ぶって尊大に言い放つレイン。
それを受けて、女は今までで一番動揺した。
それはもうどうしようってくらいに唖然とした。
そうして、ひどく戸惑った様子で、恐る恐ると尋ねる。
「あ、あなたは、あの子をどうするつもりなのですか……?」
「は?だからあんたみたいなのから守んなきゃいけないの。
まああんたひとりって言うならさっさとぶっ殺すけど」
「…………わたしはあの子の護衛です」
「…………は?」
ぱちくり。
なんのかんのと巡る思考が全て消し飛んだ。
「…………あんた名前なに」
「……ジョシュアと申します」
「うっ……わ……」
なんてことだ、とレインは顔を覆う。
つまりは、そういうことらしい。
落ち込む気分は、しかし、それ以上の衝撃に強引に押し上げられる。
「っ!?シズが危ないっ!
ああもう紛らわしいなぁクソムシ!」
「……」
苛立たしげに吐き捨てながら、レインは駆け出す。
クソムシ呼ばわりされた女ジョシュアは、ひっそりと胸を痛めた。
■
《Tips》
『ジョシュア』
・おてんば姫のお付き人。当然ながら毎度毎度なにごとかしでかしやがるおてんば姫に散々振り回される苦労人。今回もクソムシ呼ばわりとかされて可哀想な人。視線上に転移する『能力系:
◆
「いや、ちょ、死ぬ無理やめうぉおおおお!?」
閃、斬、突。
投げられ振るわれ突き出されるナイフに怯えながら、少女を抱き抱えるシズはなんとか生き延びている。
どうやら襲撃者は失う端からナイフを補充するようなすべ(恐らくはミストだろうとシズは思っている)を有しているらしく、弾こうがかわそうがお構いなしで、どこからともなく出現するナイフで猛攻を続けてくる。
スーパーシールドによる自動防御が優秀でなければ今頃とっくにナイフの一本や二本突き刺さっていてもおかしくないような、ひどく切迫した状況だった。
そんな状況だというのに、腕の中の少女は笑い声なんぞ上げている。
「あはははは!無様だわ!」
「おまえどこ目線だよ!
狙われてんだろぉがっ!」
「大丈夫!あなたならやれるわ!」
「部活のコーチかおまえよっほぉ!?」
目前に迫った投げナイフが盾に阻まれ、シズは素っ頓狂な鳴き声をあげる。
少女がけらけら笑う。
投げつけてやろうかとシズはわりと本気で思った。
「……ありか?」
「あはは!……なんだかよく分からないけれど少し自重するわね!」
「そうしろっ!」
どことなく緊張感のないやり取りをしている間にも刺客は絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。
今すぐ背後の大通りめがけ駆け出したくもなるが、少女を抱えていては追いつかれるリスクも高いしなにより人通りのある場所にこんなやばいものを連れて行きたくなかった。
「くっそ、なにやってんだマジでレイン……!」
なにやら興味なさげに自分を送り出した相棒を思う。
背中を預けるにはあまりにも自分勝手すぎる彼女は果たして今頃なにをしているのか。
そんなことにのんびり思いをめぐらせる余裕などありはしないが、それでも恨みごとのひとつやふたつは口の端からこぼれる。
その時点で、既に戦闘への集中力が保たれていないということで。
仮にもたったひとりで計画的に襲ってきた襲撃者を相手に、その状態は隙でしかなかった。
正面から突撃してくる襲撃者。
両手に持ったナイフが空を貫き飛翔する。
光の盾がそれを防ぐ。
予定調和のごときその展開、盾が動いた瞬間にはすでに距離を取ろうと一歩下がっていたシズはしかし、その瞬間壁を蹴り光の盾を飛び越えてきた襲撃者に目を見張る。
単純な話、ナイフと襲撃者、ほぼほぼ自動にゆだね油断していたシズでは、ふたつの脅威を同時には防げないということで。
「しまっ―――!?」
空中、光の盾を蹴り飛ばし加速。
例えどんな手を使っても光の盾は追いつかない。
そして襲撃者は、驚愕に目を見開き硬直したシズの首を狙いナイフを閃かせる―――ッ!
「―――死ねよ」
バギャョッ!
と。
複雑な骨格が尽く砕け散るような特有の人体の破壊音。
吹き飛んだ襲撃者が建物に激突して、壊れたマリオネットのようにへし折れ地に落ち光の粒子と弾けて消える。
シズが目を見開いたのは襲撃者の挙動に対してではない。
その背後に突如として現れた彼女に対してなのだ。
「れ、いん……?」
唖然としたシズは、襲撃者を蹴り飛ばして一撃で葬り去った彼女―――レインの名を呼ぶ。
しかしレインは憮然とした表情でシズから視線を動かし腕の中の少女を見やる。
少女はなんとなく退屈そうに口を尖らせていたが、レインに視線を向けられるとぱちくりと瞬き、そうしてシズとレインを見比べ、最後ににっこりと楽しげに笑った。
ぴく、とすこし、レインの手が震えた。
「直ちに回収いたしますので抑えていただけるとありがたいです」
「お、おお?」
そんなレインの後ろからひょっこり顔を覗かせた女に、シズは戸惑う。
シズとは完全に初対面だ。
プレイヤーネームが浮かんでいないということは、NPCなのだろう。
そんな女が、レインに話しかけている。
しかもレインは、「さっさとして」と苛立たしげではあるものの返答しているのだ。
衝撃の光景だった。
なにがなにやらと混乱するシズの前にやってきた女は、どことなく眠たげな碧眼でシズを見据える。
「シャル様の御身を護って頂き、ありがとうございます」
「へ?」
深々、と下げられた頭に、シズはぱちくり瞬く。
それから見下ろせば、少女はにこにこ笑ってシズを見返した。
「残念だけど意地悪メイドに見つかってしまったみたいだわ!」
「はぁ」
「私はシャル様の付き人をしているジョシュアと申します」
「!あ、ああ、なるほど」
その名を聞いて、ようやくシズも状況を理解する。
そうしてほっと胸を撫で下ろし、腕の中の少女をそっと解放した。
「あー、シズだ。
この子を保護してくれるってことでいい訳か?」
「もちろんでございます」
「ぶーぶー」
「シャル様」
「ちぇっ」
すぅ、とジョシュアに睨みつけられてつまらなさそうに舌打ちする少女。
そんな様子に微笑ましいものを感じてついつい笑みを浮かべ、それからシズはレインの元へ。
「いやぁ、助かったぜレイン!ありがとな!
ちゃんとそっちはそっちでジョシュアさんを
探してくれてたのか!」
「そうだけど」
実際のところを知らないシズが感動の視線を向ければ、レインは悪びれもせずに頷いて見せる。
シズの後ろでジョシュアがすっとお腹を抑えるのに、少女がひとりで爆笑した。
なにか面白いことでもあったのかとシズが振り向けば、少女はまなじりに浮かんだ涙を指で払いながらシズを見る。
「ご苦労だったわねシズ!
ほんとはこの意地悪メイドからも護ってくれればこれ以上のことはないけれど……まあいいわ!
このわたしを守り抜いてみせたあなたにご褒美をあげなきゃね!」
「ははっ、いやいや別に大したこたぁしてねぇよ。
てかわたしも狙われてたしな!がっつり!」
「どっちだっていいわ!だってとっても楽しかったもの!
取っときなさい!」
そう言って少女は、懐から取り出したものをポイっとシズに投げつける。
驚きながらもそれを受け取ったシズが見てみれば、それは一枚の金貨だった。
『ミスティ金貨』
「うお、金貨!?」
ミスティ硬貨の価値など全く分からないシズではあっても、金貨となるとそれだけでなんとなく凄いと分かる。なにせ金貨である。ピカピカしているのだ。
「ほんとうはこのわたしの命はそんなものじゃ釣り合わないのだけど、
あいにく今はそれくらいしか持ち合わせがないの!
また今度会ったらそのときお返ししてあげるわ!」
指でつまんでじろじろと金貨を見るシズへと、少女はなぜかふんぞり返って言う。
「いや貰いすぎだぜこんなん」
「ポケットマネーよ!大したことないわ!」
「お納めくださいませシズ様。
もしものことを思えば、むしろ安すぎるほどでございます」
「いんじゃない、別に」
「おおぅ……分かった。
じゃあありがたく貰っとくぜ」
少女以外の面々からもそう言われてしまえば、そこまで固辞するのも失礼というものかと、シズは金貨をインベントリにしまった。
それを見た少女はにっこりと笑い、それから瞳を黄金色に輝かせる。
それに同調するように、ジョシュアの瞳も黄金色に輝いた。
「っ、シャル様っ!」
「それではまた会いましょう!」
「失礼しますっ!」
慌てて声を上げるジョシュアの脇を通り過ぎ、そのまま駆けて行ってしまう少女。
ジョシュアもその声を追うように、まるで障害物を探るみたいに両手を突き出して駆けて行った。
なにやら騒がしいふたりが大通りに消えていき。
そうして、追憶は終わる。
光に包まれ、そして開ける。
追憶を終え湖のほとりにもどったところで、シズは大きく息を吐く。
「いやー、なんかめっちゃ疲れたぜ……」
「……そうだね」
なにやら微妙な表情で頷き返すレインに、シズはにこりと笑みを向ける。
「そっちも探してくれたんだもんな。
さんきゅ。まじで助かった。いやほんと」
「別に」
「いやいや。結構まじで死ぬと思ったわあんなん」
「ザコすぎでしょ。
飾りなら捨てれば?その剣」
「あー……」
そういえば、とシズは腰に提げた剣に視線を向ける。
ついでに視線を転じれば右腕にはバックラーも装着されており、なんなら金属の鎧まで身に着けている自分を改めて省みると、確かにあの慌てようはひどすぎたかもしれないと顔をしかめる。
「いやでもよ?ふつうあんながんがん来られたら無理だって。
慣れてるレインがすげーの」
「ザコ」
「ぐぅ……!」
わりと正当なはずの言い訳をレインに鼻で笑われて、シズのなけなしの自尊心が呻いた。
実際、自分で口にしたことが道理と思いながらも悔しいという思いはあるのだ。
むぐぐ、と唸ったシズは、それからはきりっと表情を引きしめる。
「っし。次戦闘あるときは任せろ。
頑張ってみるぜ」
「勝手にすれば?」
「おうよ」
突き放すようなレインの言葉にサムズアップで返すシズ。
レインはそんなシズをしばらく眺めていたが、ふいとそっぽを向いてしまう。
それはさておき。
「んじゃまあ早速お楽しみといこーぜ!」
「は?……ああ」
わくわくと目を輝かせて後日譚を選択するシズ。
レインがやれやれと呆れるのも気にせず、そうしてふたりはまた追憶を辿る。
◆
《Tips》
『喪失』
・物語世界ミスティスにおいて、なにかが光に還ることを指す。生物の死亡、異形系ミストの死亡、遺物系ミストの破壊などにより発生する現象として、世界の法則のように認知されている。そのためミスティストーリアシリーズでは、倒した敵が光に散るという形式を用いながらも、敵性NPCなどの撃破後にムービーイベントのようなものを挟むことなく自然に話を続けられる。
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