第7話 おてんば姫
更新です。
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結局『
なにはともあれ初めての環境系ミストを見事にクリアしたということでよしとして、ふたりは『
ミスティストーリアにはフィールド限定でファストトラベル機能があるので、当然それを使用した。行先はこれまでに発見したことのある『追憶の欠片』のみであり、今のところふたりは一箇所限定だが、とりあえず暗闇の森を再度抜ける必要がなくなっただけで十分だった。
これまでにも道を示したりと役立ってきた黄金の光に包まれて、それが晴れたときにはふたりは見覚えのある光景に立っていた。
久々の陽の光に照らされて、ふたりは目をしぱしぱと瞬かせる。
さすがにリアルよりも順応は早いらしく直ぐに視界は元通りになったが、レインにはそれでもなんだかやけに眩しく感じた。
日の元に戻ってきたところで、『森を抜ける』という目的に合わせてコンパスを向ける。
黄金の光が示す道標を辿り、ふたりは歩き出した。
「どこに続いてんだろなこれ」
「外」
「そうじゃねえよ。いやそうだけどよ」
「街とかじゃないの」
「そう言うのねえんじゃねえの?」
「知らない」
「察したわ。ねえんだってよ」
「ふうん」
どうやらこの世界には街の類はないらしい。
世界が滅んでいるので当然なのだが、そんなことを初めて知ったレインだった。
シズが呆れた視線を向けてくるのを感じつつ、レインはなんの気なしに道の先を見つめる。
当然木々に阻まれるせいで、あまり遠くは見通せなかった。
しばらく歩いていくと、やがてふたりは森を抜けた。
特になにか障害があるでもなく、あっさりと。
抜けた先は、広々とした草原だった。
なだらかに起伏する大地を、さわさわとそよぐ緑の絨毯が覆っている。そのまにまにいじらしく香る控えめな色の花々が、素朴ながらも殺風景ではない美しさを演出していた。
森の境界に沿って遠くを見やれば穏やかな湖がきらきらと煌めいて見え、振り向けば木々に阻まれてなお堂々たる山が天に霞んでいる。
見渡せど見通せない、広大な世界がそこにはあった。
「ぅおお……」
はしゃぎ回るような感動ではなく、なにか染み入るものがあるように草原を見渡すシズ。
そんなシズに口を挟むでもなく、レインはまっすぐと遠くを睨みつける。
草原に出たとたんに、道標は消えてしまった。
設定された目的もなくなって、まったく自由すぎると呆れ果てるほどの投げ出されっぷりだった。
自由度の高いゲームを好む割に、こういった自由は好かないレインである。
せめてなにか先行きの目処でもあればいいのに、とため息を吐くレインだったが、そんな憂鬱を消し飛ばしたのは時間経過で感動よりワクワクが勝ったシズの言葉だった。
「っし。んじゃあとりあえず街んとこ行くか!」
「は?無いんでしょ?」
「?……ああ。いや、昔あったらしいぜ。ってことはどうせ追憶の欠片とかあんだろーよ」
「へえ」
初耳といった様子のレインだったが、一応その話は後日譚の村でレインとシズが一緒にいるときにした話だったりする。
当然聞いていなかったのだろうと納得したシズが説明することには、遠くに見える湖のほとりには当時大きな街が栄えていたのだという。
そんな街があったというのなら、当然目指さない手はない。
そうと決まれば迷いはないと、ふたりは歩いて池のほとりを目指す。
木陰に涼みながら、広々とした草原をさふさふさふと歩くふたり。
ちらほらと見かけるプレイヤーの中には同じ方向を目指すものも何人かいる。
ときおり逆に湖の方からやってくるようなプレイヤーもいたりして、なんとなく湖の方にあるだろう存在を匂わせていた。
「……なんかめっちゃのどかだな」
「ひま」
「若者かよ……」
「そうだけど」
「そうだったよ……」
老けたなぁ、とどこか遠くを見やるシズ。
そんなシズに、そんなことないよ、だとか気休めでも声をかけられるくらいなら今頃引きこもってなどいないはずのレインである。もちろんもっと気の利く言葉など望むべくもなく、しかし手持ちの手札の中ではおそらく最もまともであるはずの沈黙を選択することに成功した。
そのせいでしばらくしみじみと沈黙を挟んだりもしつつ。
思いのほか遠い道のり、途中で一度ログアウト休憩を挟むはめになったりしつつ延々と歩き続けたふたりは、結構な時間をかけて湖のほとりへと到着する。
森を突っ切る川の終点となっている湖。
到着してみると、湖の手前あたりから朽ち果てた石壁だったらしきものが生えているのを発見できたりして、はるか昔の人工物の気配を感じなくもない。
さらにその巨大な湖のほとりを、森から遠ざかるように迂回してゆく。
そうしてかなり進んで行くと、ふたりは『追憶の欠片』が浮かんでいるのを見つけた。
『おてんば姫の大冒険Ⅰ』
〜あらすじ〜
うーん。なんだかとってもお腹がすいてしまったわ。
そうだわ!たしかお兄様がとぉってもおいしい串焼きのお話をしていたわね!
海向こうの街だったかしら……ジョシュア!行くわよ!
〜クリア条件〜
*"おてんば姫"との邂逅
・襲撃者の撃退
・"おてんば姫"と"ジョシュア"の合流
(*:必須条件 ・:選択条件)
〜クリア報酬〜
『ミスティ金貨1枚』(初回)
『ミスティ銀貨5枚』(2回目以降)
『その他』
「またバトルものかよ」
「そんなもんでしょ」
嫌そうなシズのつぶやきにあっさりと頷き、そうしてふたりは追憶を辿る―――
■
《Tips》
『ファストトラベル』
・任意のランドマークなどに瞬間移動する機能。ゲームによっては移動距離に応じてゲーム内時間が経過するものもあるが、オンラインゲームである今作ではそういった仕様はない。過去のミスティストーリアシリーズではそもそもこのシステム自体がなかったのが、今作で初めて追加された。ちなみに、過去作で『能力系:
◆
ざわめき。
人いきれ。
立ち並ぶ背の高い建物たち。
前回のような準備時間もなにもなく、オープニングイベントのようなものすらなく、降り立ったそこは既に街中。
数え切れないほどのNPCの行き交う道のど真ん中に、シズとレインは立っていた。
【『おてんば姫の大冒険Ⅰ』】
【物語の分岐点に到着しました。】
【この街のどこかにある物語を探し出しましょう。】
〜クリア条件〜
*"おてんば姫"との邂逅
・襲撃者の撃退
・"おてんば姫"と"ジョシュア"の合流
(*:必須条件 ・:選択条件)
「うっわ、すっげ」
シズとレインをなんとも邪魔そうに避けてゆく人の群。
その勢いに感動した様子できょろきょろ見回していたシズは、ふと傍らのレインに視線を向ける。
すると案の定と言うべきか、レインは今すぐにでも惨殺事件を起こしそうなやばい顔をしていた。
拳がむずむずと揺れている。
(爆弾みてぇなやっちゃなこいつ……)
「どうどう、落ち着けよー、ほら、あっちが空いてるぞ」
「……」
ぐい、と腕を引けば、レインは頷くでもなくシズをじぃと見やる。
なにを考えているのやらと疑問符を浮かべながら、シズはレインを引きずって街路を抜ける。
建物の脇道に潜り込めば人の姿はほとんどなく、そこでシズはレインを解放した。
「大丈夫かよおい」
「……別に」
「あっそ。ならいいんだけどよ」
まあ無理すんなよ、とシズはレインの肩をぽんぽん叩く。
それから、大通りに顔を覗かせた。
「にしても、こん中からおてんば姫とやらを探すってのは結構きっちいよな。コンパス働かねえみてえだし」
「……多分、なんかある」
「なんか?」
なんだそりゃ、と振り向いて首を傾げるシズだったが、レインはむっつりと嫌そうな表情で大通りに目を向けるばかりで、言いたいことは言い終えたということらしい。
と、そんなとき。
「通るわよっ!」
「ぅおっと、わりー!」
「かまうことなくってよ!」
凜っ!と響く元気な声に、慌ててシズはとびのいた。
大通りからシズたちのいる通路に飛び込んできたのはひとりの少女。
ふわふわのドレスを身につけながらもなんともアクティブに、すったかたーと通過してゆくピンクゴールドの髪をぼんやりと眺めるシズ。
その背がまた向こうの大通りに飛び込んでいくのを見過ごして、それからぽつりと呟く。
「―――あれじゃね?」
「そうだね」
「やばくね?」
「そうだね」
「……ちくしょお!」
直視した現実を追って駆け出すシズ。
しかし大通りに突っ込む直前で振り向くと、一切動く様子のないレインに切迫した表情を向けた。
「なにしてんだおいぃ!?」
「別行動」
「はぁ!?」
「見失うよ」
「お、あ、……ええい!わたしは行くかんな!」
「はいはい」
しっし、と手を振るレインに背を向けて、シズは再度走り出す。
幸いと言うべきだろう、あの恐るべき存在感を持つ少女には道行くNPCたちも道を譲るという行動に出るらしく、辛うじてシズはその背を捉えた。
「待ちやがれおらぁ!すみません!」
焦っているせいでついつい荒らいだ言葉を投げかけながらもちょっとぶつかったNPCへの謝罪を忘れず、シズは少女を追い走る。
少女はちらりと振り返ってシズを見ると、何故かにっこりと笑ってふたたび脇道に消える。
「んにゃろめ……ッ!」
(ぜってえとっ捕まえてやる……!)
ぎらりと獰猛に目を光らせ、シズは駆ける。
NPCの合間を塗って脇道へ。
ピンクゴールドの残光を置い更に向こうへ。
今度は大通りを突っ切りまた向こうの脇道に移動しようとしているのを見て、シズは咄嗟に叫ぶ。
「塞げ!『スーパーシールド』ォッ!」
応え集う護りの光が、形成す時すら惜しみ飛翔する―――ッ!
割れたNPCの波を抜け、路地へと突っ込んだ光は盾に。
少女の脇を疾風となって通り過ぎ、そしてその行く手を塞ぐ。
脇を通ろうとすればすすっと塞ぎ、踵を返そうとする頃には既にシズが路地を塞いでいた。
振り向き笑う少女へと、シズは獰猛な笑みを見せて。
そしてふと我に返る。
「―――いや待てちげえ!」
これでは完全に自分が襲撃者だった。
少なくともシズにはそうにしか見えなかったし、そして少女もそう思うらしい。
「あははっ!面白い暗殺者もいたものね!」
「誤解だ!うわなんだこれ説得力ねえ!」
自分で言っておいて恐ろしく信憑性のない言葉に頭を抱えるシズ。
しかし少女は、楽しげに笑いながらも可愛らしく首を傾げた。
「あら。そうなの?」
「おう!」
「なら味方なのかしら?」
「そのつもりだ!」
「それならちょうどいいわね!」
「は?」
「ちょうど今味方が欲しかったところなのよ!」
「え」
にっこり笑って上を指す少女。
つられて頭上を見上げれば、今にも建物の屋上から飛び降りようとする人影が―――
「っ、護れっ!」
「まあ!便利なミストだわ!」
能天気に笑う少女に駆け寄り、上空へと盾を掲げる。
次の瞬間響く金属音。
かと思えばしゅたっと降り立つ白装束のNPCに、シズは頬を引き攣らせた。
「っあー、いい天気だな?」
「きっと明日は槍が降るわね!」
「笑えねぇよ!」
そんなくだらないやり取りを気にも止めず、明らかに襲撃者っぽいNPCはその手に持った鈍い黒のナイフを構えた。
どうやらのんびりお話するつもりはないらしい。
(レインまじなにやってんだよおぃいい!)
◆
《Tips》
『おてんば姫』
・ミスティストーリアシリーズ定番のマスコットキャラクター。ミスティストーリアシリーズ第一作ではメインヒロインのひとりとして登場するもののメインヒロインの中では唯一恋愛的要素の欠片もなかったという曰く付きのキャラクター。でも公式曰くメインヒロイン。第二作・第三作においてはサブキャラだったものの必ず物語の重要部分に大きく介入しており、キャラクター紹介のページでも何故か一番に据えられているという曰く付きのキャラクター。でも公式曰くサブキャラ。
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