第5話 こみゅにけ

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よろしくお願いします

―――



無事に初戦闘を終えたふたりは、その後物語の続きを垣間見て、元の場所に戻っていた。

捜索隊が駆けつけて報酬として端金を渡してくるというだけの無難な話だったのでレインは九割方ぼーっとしているだけだったが、シズはなにやらうんうんと満足げにうなずいていた。意味が分からない。


戻ったところで、また聞こえてくる荘厳な声。


要約すれば『冒険が始まった』で終わりそうなことを無駄にゆっくり告げられてレインは辟易とした。


「……んで、さっきのなんだよおいこら」


そういった諸々を終えたところで、むす、と不機嫌そうな表情を向けてくるシズ。

そういう子供らしさに妙にどきりとさせられ、ごまかすように舌を打つ。

視線も自然と逸らしてしまった。 


「べつに、ふつーにやっただけじゃん」

「普通って、あれが能力なのか?レインの能力ってなんなんだよ」

「なんか、攻撃の衝撃を大きくするみたいな」

「へー、名前は?」

「……別にいいでしょ」


ミスト名に関しては色々と思うところのあるレインである。


苦々しげな表情で分かりやすく話を避ける様子にシズはなんとなく興味をそそられたようだったが、ひとまず大人しく納得しておく。


しかしまだ疑問があるようで、シズはまた首をかしげた。


「んでもよ、なんで能力名とか言ってないのにやれたんだ?」

「べつにそんなことしなくてもできるし」

「まじか!教えろ!」

「は?やだし。めんどくさい」

「そーゆーなって!たのむ!」

「ちっ」


このとおり!と頼み込んでくるシズに、レインはにやけを隠すように舌を打つ。


レインのやったことはややテクニカルなことであり、練習してようやくできるようになったことだった。そのおかげでこうして教えを請われている今の状況はリアルではなかなかないことで、やはりゲームは素晴らしいものだとレインは思う。


そんな訳で、レインはシズに『言葉に頼らない能力の使い方』をレクチャーする。


それは俗に思考ショートカットと呼ばれる技術で、ミスティストーリアに限らずフルダイブVRにおいては一般的なものだ。


その名の通り動作や言葉ではなく思考によってなんらかの操作を実施する技術であり、当然それまでの具体的な操作とは異なってやや癖がある。フルダイブ環境に慣れた上で練習をしないと思ったように使いこなせないこともあり、フルダイブVRにどれだけ適応しているかの一つの指標となっていたりする。


メニューから思考ショートカットをオンにして意気揚々と試してみるシズだったが、さすがに当然上手くいかない。


「んー……でろ!」

「だからそういうんじゃないんだって」

「いややってると思うんだけどな?わたしの脳内メニューでは常に能力がプッシュされてんだぜ?」

「だから違くて、選んだらゲームに教える感じなんだって」

「むぐぐ……」


そんなこんなでしばらく練習をしてみるふたりだったが、結局形にはならず諦める。

これからも言葉にしなきゃいけないのかとややしょんぼりするシズが立ち直ったところで、またふたりは追憶の欠片を使うことにする。


「クリア後のやつも行ってみよーぜ」

「は?なんかあるの?」

「いや書いてあっただろーが」

「ああ。見てない」

「おいおい」


呆れかえるシズにむむぅとうなり、それからレインは思い出してみようとするが、さすがにどうにも思い出せない。

そんなレインにシズが言うには、どうやらクリア後の追憶の欠片のなかには物語のその後の世界を訪れることのできるものもあるらしい。


確かに追憶の欠片のメニューを見てみると、『懐古』と『後日談』のふたつの項目が用意されていた。 


わざわざそんなものを試すのも面倒だと分かりやすく表情に出すレインに気づいた様子もなく、シズは意気揚々と『後日談』を選択した。


そうしてまた、ふたりは光に包まれる。


《Tips》

『思考ショートカット』

・思考による操作の一般名称。家庭にあってもかなりの精度で脳波を測定可能となるフルダイブ環境にあって生まれた新たな操作方法。項目をイメージしてシステムに伝える、という癖のある思考形式が必要となる。そのため慣れていないとなかなか扱えず、普及率は低い。

■ 


青年となった少年は、朽ちず育った冒険心を胸に広い世界へと旅だった。

きっともう語られることのない彼の故郷の小さな村は、今日もなだらかに時を過ごしている―――


「おおー!見ろ人がいるぞ!」

「いたじゃん」

「いやまたちゃうだろこれは」

「あっそ」

「あっそ、てなぁ……」


がっくしと肩を落とすシズを尻目に、レインは興味なさげにさっさとすすんでいく。

それについてくるシズのがちゃがちゃやかましい足音になんとなく耳を澄ませながら、レインはその場所を眺める。


ふたりが降り立った場所は相変わらずの森の中ではあったが、その近くには村があった。

先ほどのアナウンスを聞き流したところによれば、その村はあの少年の故郷らしい。

システムでさえ小さなと言われるだけあって、多くとも人口数十人という規模の寂れた村だった。

ふたりがその村を訪れても、村人達は視線を向ける程度で大した反応を示すでもない。


そのあたりはやはりゲーム的だと密かに安心する社交性:0%レイン。


いっぽうのシズはといえば、NPCとの積極的交流に興味津々といった様子で近くの村人に話しかけにいっていた。

それを嫌そうに眺め、レインは村を囲む雑な木の柵に腰掛ける。


そうしていると、やがてシズが戻ってくる。


「やー、さっきも思ったけどやっぱすっげーな!ほんと人間みたいな感じだった!ほんとは誰かがやってんじゃねーのあれ!」

「バカじゃないの」


くぃくぃと揺れる柵で時間をつぶしていたレインは、興奮気味にもどってくるシズに胸の内をむずむずとなって、視線すら向けられず吐き捨てた。


「んだよー!レインも一緒に行こーぜ?」

「はぁ……」


水を差されてもなんのそのでテンション高めなシズに、やれやれとため息を吐きながらレインは立ち上がる。

ぶすっ、と不機嫌そうに後ろで腕を組み、所在なさげに足先で地面を突きながらもレインはシズを見た。


「で?」

「お、おおう」

「なに」

「や、なんでも?行こーぜ!」


にっこりと笑うシズにつれられるまま、レインは村を巡る。

どうやらこの村には、小さな店が一つある以外はめぼしい施設はないらしい。

その店も売っているのは食事や日用品ばかりで、プレイヤーにとって利益のありそうな物は特に見当たらなかった。


レインとしてはまったく価値のない村で早々に興味を喪失していたが、シズはNPCとの交流が面白いらしく積極的に話しかけては会話に花を咲かせている。

たまにレインに話が振られるが、レインはシズの身振り手振りを眺めるくらいで内容など聞いておらず、当然返答は適当なものとなる。とはいえ流石にNPCなだけあってそれでも気分を害した様子なく会話は続くので、シズも気にした様子はないらしい。


そんな和気藹々わきあいあいとした会話が、なんとなく面白くないレインである。

特に相手が年若い乙女であったりすれば、無性にぶん殴りブレイクスルーしたくなる。


「いやあ、それにしてもいい空気だよなーここ」

「そうなんですか?」

「あそっか、ずっとここいるんだよな」

「はい。外の世界って、少しあこがれます」

「んじゃー一緒に来るか?なんつって」

「まあ。うふふ」

(笑ってんじゃねーし。潰すぞ)


シズにとってはるんるんの、レインにとってはいらいらの時間。

そんな途中、村一番の長生きで『長老』と呼ばれ親しまれるおばあさんNPCとの会話の中で、その話は出た。


「―――ところで冒険者さん。あんたらは、この森にあるというミストを探してきたのかの?」

「お?いや、初耳だな。このあたりに村があるとか聞いたもんだからふらっと寄ってみただけだぜ?」

「そうじゃったか」

(……ん、シズって首の後ろほくろあるんだ)


ロッキングチェアに揺られながらほむほむとうなずく長老。

愛嬌に満ちたしわだらけの顔をふいとどこかへと向け、懐かしむように目を細める。


「懐かしいものじゃ……なにを隠そう、そもそもわしがこの村に来たのはそのミスト目当てでの」

「長老ってこの村出身じゃねーの?」

(つむじつついたら怒るかなー……)

「そうじゃよ。若い頃はやんちゃでのう」

「あはは、どおりで元気な訳だな」

「ふぉっふぉっふぉ」

(髪の毛とかは同じなんだよなー……)


シズの言葉に楽しげに笑った長老は、ゆっくりと言葉を続ける。


「じゃが、わしは結局そのミストを見つけられなんだのよ」

「なんかあったのか?森だし迷いそうだもんな」

「うむ。まったく、あんな気の効かんじじぃいに引っかかるなど、気の迷いとしか思えんわい!」

「あ、そーゆーね」

(くっだらない……)


かっかっか!と豪快に笑う長老にシズは苦笑する。

どうやら大事は(ある意味一大事ではあるが)なかったらしい。

しばらく笑った長老は、笑いすぎて目に浮かんだしずくを指先でぴょいっと払い、一つ息を落ち着ける。


「それでの。あんたら、そのミストに興味はあるかの?」

「まあそりゃあ、あるな!」

(ああ、そういうイベント転がってるんだ……めんど……)

「じゃろうのう。冒険者というのはそういうものじゃ」


うむうむとうなずいた長老は、ロッキングチェアの肘おきをぽこんと叩く。

にゅ、と、引き出しが生えた。


「おお!?」

「仕込みイスじゃよ。ふぉっふぉっふぉ」


いたずらが成功したことに上機嫌な長老は、引き出しの中にあった丸まった紙をシズに差し出した。

戸惑いながらも受け取ったシズがそれを広げてみれば、それはなにやら地図のような物だった。


「それは『理想の道ロードマップ』という名のミストじゃ」


その名を知らぬ者いなければ、その名は意味をも想起する。

それが遺物系ミストというもの。


故に長老の口からその名を聞いたとたん、レインとシズの眼前にウィンドウが表示された。


『遺物系:理想の道ロードマップ

・理想へ至る道を示す地図。

・ある目的地を示す地図。持ち主の現在位置と目的地が紙面には常に表示され、目的地に近づくほど地図は鮮明になる。赤の光点が持ち主を、青の光点が目的地を示す。


地図を見れば、なるほど紙面には赤と青のふたつの光が点滅している。

それ以外は、森の中ということしか分からないひどく雑な地図だ。


「持って行きなされ。わしにはもう必要のないものじゃ」

「いいのか?」

「もちろんじゃとも。ただし気をつけるのじゃぞ。ミストを侮ってはいかん」

「おう。肝に銘じるぜ。ありがとな!」


がっし、と長老の手を取り笑うシズ。

無駄だと思っていた時間に意味ができてしまって、レインはやれやれと肩を落とす。

この具合では、NPCを見つけるたびに似たようなことになりそうだ。


かと思えばまた話に花を咲かせだす美女と老婆に、レインは辟易として鼻を鳴らした。


《Tips》

『後日譚』

・クリアした物語の、その後。とはいうものの必ずしも物語の続きを追うという訳でもなく、その物語が影響を及ぼした未来全般を指す。逆に言えば後日譚にてたどることのできる追憶は、つまり物語がなければ存在しなかったということ。

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