第3話 とある出会い

二本更新したうちの二本目です。

第2話を欠かさずチェックしてくださいねっ

―――



「いやー、おねーさんが見るからにゲーム初心者だったからさー。こー、ちょっかいかけたく?なっちゃった感じのさむしんぐ」

「はぁ。ちょっかい」


きらーん、と言ってのけるローゼマリーに、シズは生返事。

フレンド申請のウィンドウは視界の端にいったん置きで、光の道を歩きながら会話をするふたり。

結局どういった要件なのかと尋ねてみれば返ってきた驚きの返答に、シズとしては戸惑うほかない。


これがうわさに聞くナンパというやつなのかもしれないと、シズは思い始めていた。

今現在、少なくとも見た目に関しては、まごうことなき美人である。


「え、っと、私けっこうアバターとか弄ってますが?」

「へ?……あー!あっはは!おねーさん面白すぎ―!そーそーナンパナンパ!おねーさんきれいだし!」

「はぁ」


自分の理想形なだけあって、きれいと褒められれば悪い気はしない。

なんとなく行き場のないむずむず感に耳を弄るシズを、急に真剣な表情になったローゼマリーはまじまじと見つめる。

シズが思わずたじろぐと、ローゼマリーはふむ、と頷いてみせた。


「結構しっかり弄ってる風だけど、おねーさんぜったいリアルも美人さんだね。ピアスちょー似合ってる」

「言われたことないです」

「ええ?いやいや。だって表情きれいだし、あんまり顔はいじってなくない?」

「見ただけで分かるんですか?」


少なくとも自分では見ても分からないほどに、違和感なく操作できたという自信がある。

しかし分かる人にはわかるのかと、やや不安そうに顔を触るシズ。

ローゼマリーは楽しげに笑ってそんなシズの手を取った。


「やや、あたしがそーゆーの見慣れてるだけだから!心配しなくてもフツーわかんないよ」

「そうですか」

「ってゆーか分かるならぜったいおねーさん美人って思うから!いやこれほんと!」

「はぁ。どうもありがとうございます」


何度も繰り返される誉め言葉に、じわじわと頬が染まる。

ずっと向けられるきらきらとした視線が、妙にこそばゆかった。


シズはそれをごまかすようにこほんとひとつ咳払いをして、ローゼマリーを見つめる。


「わ、え、なに?」

「……ローゼマリーさんも、とても可愛らしいですよね」

「おおー!でしょでしょ!気合入れてるからね!」


シズからのお返しの言葉に、ローゼマリーは胸を張る。

照れの一つも見せないことにじゃっかんの悔しさを抱くシズに、ローゼマリーはずいと身を乗り出してくる。


「ねね!どこが一番いいと思う?」

「どこ、?」

「そそ!ほら!顔とかプロポーションとか!」


くねくねりと謎のポージングを見せるローゼマリーにシズは少し考えこむ。


ローゼマリーのアバターは、間違いなく美少女に見える。

気合を入れた、という言葉は多分純然たる事実で、リアルにいれば間違いなく話題に上るだろう程のかわいいで構成されている。方向性が違いすぎてうらやましいという感情すら浮かばないものの、しかし、現時点で理想の美女である自分でも並ぶと少しドキドキしてしまうくらいだ。

あと、美少女を侍らすという夢が不意に叶ってしまってちょっと嬉しい。


そんな少女の、もっともいいところ。


考え込むシズに、困らせてしまったのかとローゼマリーは慌てて問いかけを取り消そうとするが、それを遮って、シズは呟いた。


「鼻、ですかね」

「ぅえっ」


驚いた様子で、声帯を潰されたような声を上げるローゼマリー。

ぱちくりと瞬いてまじまじと見返してくる美少女に、シズはとんでもなく間違ったことを言ったらしいと判断して慌てる。


「あ、いや気持ち悪いですね、すみませんなんか変なこと言って」

(なに言ってんだほんと私は……ッ!)

「や、だいじょぶだいじょぶ!えへへ、おねーさんお目が高いねー!」


ほんの少し恥ずかし気に笑うローゼマリー。

自分でもなぜ口をついたのか分からないが、なんにせよ微妙な発言だったとシズは反省した。


しばし微妙な空気が漂い、それを払しょくするようにローゼマリーが口を開く。


「ところで、っとごめんちょっとまって」


口を開いた途端になにやら虚空に目を通すローゼマリー。

嫌なメッセージでも届いたのか、急に表情が暗くなるローゼマリーが気になりつつ、あまりじろじろ見るのも失礼かとシズは風景を眺めた。


「ごめん、おねーさん……あたし用事できちゃった」

「え?」

「急に話しかけといてごめんなさい……」

「いや、用事があるなら仕方ないですから」


振り向けばしょんぼりと落ち込むローゼマリーに、無難な言葉を返すシズ。

ローゼマリーは力なく頷くと、のろのろとメニューを操作する。


「ばいばい、おねーさん……またね」

「はい。……また、機会があれば」


ゆるゆる振られる手に振り返し、ログアウトしていくローゼマリーを見送る。

ぴゅわー、と光に消えた少女にしばらく手を振り、それから一つ息を吐く。


けっきょくよく分からない少女だった。

最後まで置いてあったフレンド申請のウィンドウを眺め、まあいいかと承諾しておく。

ゲーム内初のフレンドがアカリではなくローゼマリーとなってしまったが、まあきっとこういう謎の出会いもゲームの醍醐味だろうということで納得しておくことにした。


それから改めて、シズは光の道をたどっていった。


《Tips》

『■◆』

・場面転換の際に使われる記号。場面の終わりと始まりに付随する。種類の違いはどのキャラクターに焦点を当てるかによる。


パチ、と目を開く。

ぱちくりと瞬き霞がかった頭を晴らす。

手元のコンソールを人差し指でとんとんと叩けば、頭に着いていたヘッドセットがウィーンと収納されていった。

フルダイビングチェアの上でぐぃーと伸びをして、女は「んんー」と気持ちよさそうに声を上げた。


女は、岡野おかのかおる(21)という。

至って普通の、なんとも化粧映えしそうな顔立ちの女である。

とはいえ、老若男女限らず化粧というスキルが普遍化した現代で、だからこそやらないという選択をする彼女である。見せる相手がいるでもなし、そもリアルの自分になど大して興味もなく、今も最低限の清潔さやお肌の質だけを保つばかりで長らく化粧などしていなかった。


「悪いわね邪魔しちゃって」

「あはは、だいじょぶだよ。あんがとー」


後ろからかけられる声に笑い返し、カオルは差し出された湯気たつティーカップを手に取る。

粉のミルクココアをホットミルクで溶かす、ミルクたっぷりのココアだ。

ご機嫌取りということなのだろう、同居人である永瀬ながせとおる(21)はしかりとカオルの好みを押さえてきていた。

ふーふーと吹き冷ましながらも、逸る気持ちを抑えられず口をつける。

当たり前のように火傷をして、ココアの甘さを感じ取る前に味蕾は熱でしぼんでしまう。


むむむ、と唸りながら、カオルはまたコンソールを叩く。

目の前のデスクの天板が立ち上がり、埋め込まれたディスプレイに灯りが点る。

届いていたメールを確認してみれば、知ってはいたが仕事の依頼だった。


カオルは、フルダイブVR向けのアバター制作をなりわいとしている。

業界ではそこそこ名の知れた方(本人談)であり、実際それ一本でゆうゆう食べていける程度には稼いでいるプロフェッショナルだ。


添付ファイルとして送られた微妙に不親切な依頼書を展開してざっと目を通していると、うしろからトオルが顔を覗かせる。


「あちゃあ。まためんどうなお仕事ね」


そう言って苦笑するトオルを横目に眺める。

相変わらず、極めて顔の造形に優れた女である。

VRという、性別問わず顔面偏差値を簡単に高水準にできてしまう環境が普及してなお、際立っている。そのくせ肌の手入れくらいで他に特殊なことをしていないというのだから、まったく人間の個性というやつは不思議なものだった。


「なによ」

「んーん。ナガって美人だよね」

「ええそうね」

「そんだけ」

「そう。なにかいいことあった?」


さすがと言うべきか、この美人同居人はたったそれだけでカオルの心中を言い当てて見せた。

カオルはフルダイビングチェアにどっかりと体重を預け、ぼんやりと呟く。


「趣味で作ってるって言ってたじゃん?」

「ああ。ローゼマリーだっけ。できあがったの?」

「ん。で、ミストリオンラインやってたんだけど」

「あなたまたわざわざサブ作ったのね」

「ミストリは二人目だから。でさあ」

「はいはい。それで?」

「鼻、きれーだって」


むふん、と鼻高々なカオル。

トオルはぱちくりとまたたき、それから優しげな笑みを浮かべた。


「よかったじゃない。知り合い?」

「ううん。ナンパした人」

「……あなたオンラインゲームで普段なにやってるのよ」

「あははー」


一転寒々とした視線を向けてくる同居人に笑い声を上げ、目を閉じたカオルはゲーム内での出会いを懐古する。


見た目から、様子から、分かりやすいほどの初心者だった。

VRというものへの感動と、ゲームへのわくわくに胸躍らせていた。

その見た目や言葉遣いとは裏腹に、けれどどうしてか違和感のない少女めいた彼女。


「~♪」


記憶とともに喜びも思い出したのか、とたんに機嫌よさげとなるカオルに、トオルはやれやれとでも言いたげに肩をすくめてひとりにしてやった。


カオルはるんるん気分でチェアをぶらぶら揺らし、宝物を隠すかのように大事に鼻を包む。


鼻というものを顔面で最重要とする彼女は、同時に自分の鼻を大層気に入っている。

だから自分用のアバターは、基本的にリアルの鼻を元に顔の造形を変えていたりする。

つまり言わば鼻というのは、VR内での彼女のアイデンティティのようなもので。


それを、全く知識のない相手から褒められたのだから、喜びもひとしおである。


「えへへ」


どうやら半日は使い物にならなさそうだ。

トオルはため息をつき、自分のホットチョコレートを舐めた。


《Tips》

『フルダイビングチェア』

・フルダイブVR向けのお高いチェア。意識を没入する分、褥瘡や深部静脈血栓症、座骨神経麻痺などのリスクが高い座位姿勢でのフルダイブVRに向いているというだけあって、単に座り心地がいい椅子ではない。定期的な座面・背面の背抜き機能、マッサージ機能、事前設定に従ったフルダイブ中の自動リクライニング機能までを基本搭載している。今回登場したものは、他デバイスの遠隔操作が可能でその上フルダイブVRヘッドセットと一体化しており、たとえば通販サイトでフルダイビングチェアを値段昇順に並べれば1~2ページ目で見つかる程度の代物。


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