第2話 はじめてのVR体験
めりくり。
クリスマスなので二本更新しています。
よろしくお願いします。
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◆
初めてのオンラインゲーム。
謎の緊張と興奮を抱くシズクが舞い降りたその場所は、光に満ちた場所。
どこからともなく聞こえてくる声にきょろきょろ見まわしたりしつつ、おっかなびっくり話を聞く。
それを聞くに、どうやら自分は今から物語世界ミスティスを冒険するらしい。
物語世界ミスティスでは、運命の中で起こりえる様々な物語が、たくさんに分岐した世界の中で繰り広げられている、らしい。
そしてこれからプレイヤーとして冒険するミスティスは、そんな可能性の中でも、全ての物語が消えてしまい、ついには滅亡してしまった世界だという。
プレイヤーはそんな世界を冒険し、あるはずだった物語の追憶を辿り、消えてしまった物語の続きを紡ぐことが目的となるらしい。
世界が分岐だの、物語がなくなったことがどうして滅亡につながるのかなど挙げればきりがないほど気になることはあったシズクだったが、ゲームというものはそういうものなのだろうとひとまず納得しておく。
耳慣れない言葉の連続に漠然とした理解ではあったものの全体的に楽しんで説明を聞き終えたシズクは、それからキャラクターメイキングに移る。
当然のようにチュートリアルを受けたシズクは、うんうん唸って考え込んだ。
基本的に物覚えのいい方である。
そのためステータスについては特に支障なく理解できたのだが、問題は、やはりアカリのこと。
「うーむ」
アカリがゲームを好きということは、知っている。
部屋を掃除した時に様々なゲームのパッケージが乱雑に捨て置かれていたのを思い出してみる。
小遣いなどの使用明細を見るに、パッケージ版以外でも色々と購入しているらしい。
さておき床に散らばるゲームたちの記憶をためつすがめつしてみれば、肌色以外では銃が多かったような覚えがあった。なんなら肌色と銃が同時に存在していたりもして驚愕したものである。
ガンシューティングというジャンルについては、シズクも知っていた。
知っていると言っても、なんか敵をバンバン撃つやつ、という程度の浅いものだが、とりあえずそれがボクシングや格闘技の対極にありそうだとシズクは思っている。
そういうジャンルが好きだとすれば、アカリがこういったジャンル(=RPG)でも遠距離からの攻撃を好む可能性は高いように思われる。それにそもそも、どれだけ頭をひねってもアカリがアグレッシブに直接攻撃するようなイメージは思い浮かばなかった。むしろキーボードやマイクを武器にしている方が余程納得できる。いやもちろん、そんな悪い子ではないけれど。
さてそうしたとき、シズクには二つの選択肢が思い浮かんでいた。
つまり、一緒に遠距離攻撃を扱って教えてもらうというスタンスを取る選択肢と、保護者としてアカリのことを守るようなスタンスを取る選択肢だ。
直感的には、前者の方が良さそうに思える。
その方が親しげというのもあるが、もうひとつ、ちょっとした思惑によるものだった。
人間関係において、賞賛の言葉の万能性を信奉するシズクである。
とりあえず、それが的を外してさえいなければ褒められて嫌な気分になる人はおらず、仮に的を外したとしても、すくなくとも貶すより悪いということはない。相手の悪い部分を指摘する場合でも、ひとまずワンクッションとして挟んでおけば受け入れやすくなるというもの。
なにより嫌なところを見るよりいいところを見たほうが体感幸福度指数が上昇するので、自分自身も気分がいい。
だから常日頃からわりと軽率に賞賛の言葉を口にするシズクなのだが、アカリに対してはその機会が滅法少ない。むしろたまに、ごくたまに、非常に疲れている時なんかはイラッとくることすらある。礼の言葉もなければ手伝いもないという、なんとも養い甲斐のない生き物なのだ、アカリという人間は。
しかし、リアルにおいてなかなか得られない機会を、教わる立場であれば得られそうな気がすると、シズクは考えた。あわよくば社会復帰、と心の片隅に思惑はあるが、どちらかというと単純に、一緒に暮らしているのだから少しは親しくなりたいというのが大きい。
だから素直に後衛を選ぶというのも悪くはないと思ったが、しかし同時に、なかなか関わりを得られてこなかったからこそなけなしの母性のようなものを発揮してみたいような気もする。
格好よくアカリを守って、すごいすごいと言われてみたい。
色々と考えた結果、結局シズクはアカリを守ることを決意する。
考えてみればどちらにせよシズクは初心者であり、
それならやはり自分の欲求を求めてしまうのが世の常というもの。
親しみからの信頼というコンボを貪欲に狙っていく。
そんな訳で、それに合わせたステータスをフィーリングで割り振った。
筋力:30%
耐久力:30%
持久力:10%
身軽さ:0%
器用さ:0%
神秘性:30%
目指すは頼れる大人。
シズクの頼れるイメージは主に経済力と肉体的パワーである。
そのうちゲーム内での経済力はよく分からないので、分かりやすく筋力・耐久力に割り振ってパワーを捻出した。ついでに、せっかくだから魔法とか使ってみたいという欲求から神秘性にも割り振る形となる。
息を荒げる姿は見せたくないので持久力はそこそこ、身軽さと器用さについては0%でも普通には動けるだろうという考えから0%とした。
試しにステータスを今現在の自分に適応させてみる。
軽く動いてみると、やはりリアルとそう大して変わりはないように感じられる。
それはリアルでもシズクが不器用であることを意味していたのだが、それを指摘する者はいない。
ひとまずそれで納得して、今度は自分のアバターを弄ることにしたシズク。
わざわざこのために近くのゲームセンターに行ってVR用の身体・挙動データを取得しただけあり、ウィンドウに映る小さな自分はまったく見覚えのある姿だった。うにーとズームしてみると、目じりの泣きぼくろまで再現されている。
シズクはしばらく布の服をまとう自分を眺める。
中学生の時点から体積のほぼ増加していない小柄な姿。
身長を聞かれた時には『150cmはない』と胸を張って答える142.6cm。
張る胸もないと嘲笑う友人(てめぇもしょせんBどまりだろうがッッッ!)をそのつど
じぃ。
おもむろに編集ツールを呼び出し、各種ある項目にざっと目を通すと『等身』項目を操作しすらっと背の高い女性を作り上げる。ついでに気合を入れてできる限り大人びた表情をしてみた。
それを上から下まで眺めたシズクは、ぎりっと歯噛みする。
「やっぱそーなんだよ……ッ!」
常々、背が高ければ間違いなく美人であるという確信を抱いていたシズクである。
これまでの人生で容姿について貶されたことは数える程しかないものの、欲しいのは可愛いではなく美人または格好いいだった。そして花のように可愛らしい恋人を侍らせたいというのが中学半ば頃からの夢である。
それの大部分が背の低いことからくるコンプレックスの産物であったわけだが、あながちそれはおかしな妄想でもなかったらしい。
せっかくだからとそもそも顔の造形からやや大人っぽく編集してみれば、誰が見ても間違いなく美女と呼べるシズクの憧れがそこにはあった。
それをいろいろな角度から見てはガッツポーズなんぞするシズクである。
ひとしきりそれを楽しんだシズクは、次に初期装備を選ぶ。
どうやら部位ごとに個別で選択する以外にプリセットが用意されているようで、その中から騎士風の全身鎧を選択した。兜はあまりにもうっとうしかったので外し、それでもあまりにもごついので代わりに雫型の深い青色のピアスを着ける。シンプルな革でできた鞘に収まる長剣を腰に下げてバックラーを腕に装着してみれば、ややコスプレ感はあるもののなかなかどうして様になっている。
やはり高身長か、としみじみ思いつつ、最後に名前はよく友人に呼ばれるということで本名をもじって『シズ』を採用。
キャラクターメイキングを終えれば、また荘厳な声が響く。
―――最後に、ミスティスを冒険し物語を紡ぎ出すための力を授けましょう―――
―――あなたはどのような力をもとめますか?―――
同時に表示されるウィンドウを読むと、どうやらプレイヤーにミストを与えてくれるということらしい。
チュートリアルをしっかり見ていたシズクなので、ミストについては大まかに理解している。
ミストとは、ミスティスに存在する人智を越えたもの全般を指す。
分類としては、人々や生き物の持つ超能力である『能力系』、不思議な力を持つ道具である『遺物系』、恐るべき怪物である『異形系』、この世のものとは思えない場所である『環境系』、世界を脅かす強大なものである『災害系』の五つ。
荘厳な声とウィンドウからすると、ここでいう力は『能力系』のミストを指しているらしい。
参考例をざっと見てみると、その自由度はかなり高いらしいとうかがえる。
しかしながら、シズクはさして迷わなかった。
すでに方針は決まっている。
「盾みてぇな守る力がいいな。自分が戦ってても守れるといい」
―――望みは以上ですか?―――
「おう」
―――確かに望みを聞き届けました―――
―――それではあなたに力を授けましょう―――
光があふれ、身を包む。
ドクン、と弾む心臓に目を白黒させるシズクの視界に、ウィンドウが表示された。
『能力系:―――』
・光の盾を召喚する能力。
・浮遊する光の盾を召喚する。盾は任意操作と単純な指令に基づく自動操作が可能。盾は破壊されるか任意で消滅させる、または有効範囲(プレイヤーから10m)を逸脱するまで永続する。
なかなかいいじゃん、と笑みを浮かべ、シズクはそのミストで決定した。
そうするとまた聞こえる荘厳な声。
―――それはあなただけの特別な力―――
―――冒険を通してあなたとともに成長していく魂の力―――
―――さあ、その胸に浮かんだ名を教えてください―――
ミスト名を求めるウィンドウにシズクはぱちくりと瞬く。
確かに参考例で見たミストには名前があった。
しかしまさかそれをつけることになるとは思っていなかった。
てっきりイカした名前を勝手につけてもらえるものとばかり思っていたのだ。
しばし考え、まあいいかと適当に名付ける。
ぽちぽちと打ち込んだ名称は『スーパーシールド』。
きわめてシンプルな名前で、適当な割にシズクはちょっぴり気に入っている。
そんなこんなでようやく全ての設定を終えたシズクは、荘厳な言葉に送られてミスティスの世界へと旅立った。
溢れた光に包まれて。
それが晴れれば、そこは森の中。
フィトンチッドがそよ風に香る、理想の中にしかないはずの爽快な森の空気。
それを胸いっぱいに吸い込んで、シズク―――シズは晴れ渡る青空を見上げる。
「すっ、げぇー」
ほぁー、と自然に上がる歓声。
わくわくと胸躍らせる期待と感動に、シズは知れず手を握りしめていた。
元々アカリとの交流を求めてのものだったが、想像していたよりも壮大な現実感にあっという間に引き込まれる。ありえないくらいに着慣れない鎧の重さもなんだか楽しかった。
興味津々と、シズは周囲を見回す。
ざわざわとささやく音に乗り、楽しげに踊る木漏れ日の森。
同じように周囲を見回す他のプレイヤーの姿はあるが、アカリらしい姿は見えない。
とはいえ、アカリもシズと同じように姿を変えている可能性もある。
先に名前を把握しておくべきだったと反省しつつ、シズは少しドキドキしながらメニューを呼び出す。
音声による呼び出しも可能だが、せっかくなので特定動作による操作を使ってみる。
メニュー呼び出しにデフォルトで設定されているのは、手を視界の端から内側に払う動作。
右から左に払えば右側に、左から右に払えば左側にメニューが表示されるらしい。
シズは左利きなので、左から右に手を振ってみる。
その動きに合わせ、しゅいん、とスライドするようにして、丸いアイコンが縦に並ぶメニューバーが視界の中に表示された。
逆の動作をすると、またしゅいんと消える。
ほほう、と数回繰り返す。
しゅいん、しゅいん、しゅしゅしゅいん。
ちょっぴり楽しくなってメニューで遊んで、それからシズは、三人寄れば文殊の知恵みたいなピクトグラムの『コミュニケーション』の項目を選択する。
事前にある程度調べていることもあって特に迷いない手つきで外部のアカウントを同期させ、そこでフレンド登録を済ませていたアカリのアカウント『Akari』にメッセージを送った。
これでひとまず、同じようにアカウントの同期をすればゲーム内でもアカリはメッセージを確認できる。
さて、とウィンドウを消したシズは、それから視界の端に視線を向ける。
頭を動かすと一緒に動いてしまうので少しだけそれにすら戸惑い、また楽しみつつ。
ついと視線だけを向けると、そこには『目的』と記されたポップアップが表示されており、『近くを探索してみる』というようにプレイヤーの行動を誘導するような文言とコンパスのマークが表示されている。
どうやらコンパスは、上向きが前、下向きが後ろ、という形になっているらしい。
試しに回ってみると、それに合わせて針もくるりと回った。
試みにタップすると、視界に光の粒子が舞う。
黄金の蛍のような粒子を追うと、それはある方向に線のようなものを作り出した。
そちらを向けば、コンパスの針は丁度真上を向く。
どうやらおしゃれな道しるべらしい。
スマートグラスのガジェットに似たものがないか探そうと密かに思いつつ。
それを散らすように、シズは歩いてみる。
硬質な鉄に弾かれて舞った光は、けれどふわふわとまた元の位置に戻って行く。
それをなんの気なしに視線で追っていると、ふと、とんとん、と肩を叩かれる。
「おねーぃさんっ」
「あ?」
振り返れば、白いローブを着た少女がいた。
光に透けて金色にも見える明るい茶髪と、黄金色の瞳。
首の後ろでフードを揺らし、にこにこと快活な笑みを向けてきている。
ちらと頭上に浮かぶプレイヤーネームを確認してみるものの、『ローゼマリー』の名に聞き覚えはない。それに、見た目といい言葉遣いといい、アカリらしさの欠片もない。
よく分からないながらも他人スイッチの入ったシズは、その少女と向き合う。
「どちらさまですか?」
「わたし?ローゼマリー。おねーさんは?」
「シズです、けど。知り合いではない、ですよね?」
「あはは!おはつでーす!」
そう言って楽しそうに笑う少女、ローゼマリー。
その手が軽快に動き、シズに通知が届く。
【プレイヤー"ローゼマリー"があなたにフレンド申請しています。】
「てことでよろしくね!」
「ええ……?」
しゅぴ、と差し出される手に、シズはおろおろするしかないのだった。
◆
《Tips》
『外部のアカウント』
・『ミスティストーリア~追憶の物語~』をはじめとして多くのフルダイブ式VRゲームは共通するプラットフォーム上で展開されている。そのプラットフォームを提供するのが『Stream』(技術の発展と共に激流のごとく変化していくゲーム市場を表現しているらしい)という老舗企業であり、フルダイブVR関連ソフト・ハードも大々的に取り扱っている。ここでいうアカウントはこの『Stream』アカウントにあたる。ゲーム内で『Stream』アカウントを同期させることで、そこに付随するコミュニケーションツールの使用やVR機能拡張のためのアドオンのインストールなどをゲーム内でも行うことができる。
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