ミスティストーリア〜追憶の物語〜

くしやき

序章

第1話 ゲームやろうぜ!


「オンラインゲームしようぜ!」


大宮おおみや静雫しずく(24)がそう言って扉をあけ放った丁度その時、扉の向こうの彼女はワークチェアの上で三角座りして肌色の画面を眺めていた。

廊下の光にまぶしそうな様子で眉を顰める女にシズクは硬直し、慌てて顔を覆った。


「うぉお!?昼間っからなにやってんだよ!」

「なんでもいいでしょうっさいな」

「やだもう恥じらいすらないよこいつ!」

「そんなことより要件はなんなの」

「いやとりあえずそれ隠しとけよ!気になって話できねーよ!?」


ぎゃーぎゃーとうるさいシズクに、女は心底面倒そうにウィンドウを最小化する。


現役女子ニート宮坂みやさか朱里あかり(19)は、『なんでわざわざこっちが合わせてやらなきゃいけないんだ』とでも言いたげな表情を浮かべながら心底けだるげに椅子を回転させる。

テーブルに肘をつき、そうしてこれ見よがしに深々ため息をついた上で、アカリは道端に張り付くガムを見るような視線をシズクに向けた。


「で?なに、ゲーム?」

(なんでこいつ養われてる分際でこんな態度できんだよ……)


毎度といえば毎度のことに表現し難い感心すら込み上げてくるシズク。

自然奇妙なものを見るように遠ざかる視線にアカリは不快そうに眉根を潜め、シズクは慌てて言葉を続けた。


「あ、あーっと、ほらアカリも知ってんだろ。最近でたオンラインゲーム。あのVRの」

「で?」

「いや、だから、やろうぜ?って感じで……そのだな……」


あまりに悪いアカリの反応にしどろもどろになるシズク。

ニート兼引きこもりなどという社交が4倍弱点になりそうな属性持ちのアカリである、同居人とはいえ、気安くあれど仲良しとは言いづらい関係性(と、シズクは解釈している)のシズクからゲームに誘われて、はいそうですかとほいほい釣られるタマではないような気がしてくる。


もしかしてはやまったかもしれないと、シズクは思った。


そもそも、同居し始めて一年程度が経過して未だにそんな関係性であることはじつはたいそう不健全なのではないかと考えた結果、趣味を共有してみようと思い立ったというのが今に至る経緯だったりする。

しかしながら普段ゲームをやらないシズクには一緒にオンラインゲームをするというのにどの程度の関係値が必要となるのかいまいち分かっていないのだった。


そんなシズクになにを思うのか、アカリはじぃとシズクを見つめる。

表情だけを見れば間違いなく拒否だろうと思わせるアカリに、シズクはいったん出直すべきかと一つ息を吐き、


「……ちっ。お金出さないからね」

「え?」

「アカリも気になってたから」


あっさりとそう言ったアカリは、話は終わったとばかりにヘッドホンを装着しまたディスプレイに向き合う。

どうやらもう言葉を交わすつもりはないらしい。

シズクはとりあえず部屋を出て行き、防音の効いた扉前でしばし呆然とする。


しかしシズクの言葉を反芻してなんとか意味が理解できてくると、深い納得を示すように深々と頷く。


「なるほど、やっぱゲームがキーなのか……」


そんな訳で、シズクとアカリは一緒にオンラインゲームをすることにした。


《Tips》

『Tips』

・本作における様々な語句をそれとなく解説したいと考えた筆者が、しゃれっ気を出した結果生み出された蛇足部分。場面転換の合間に、さながらローディング画面のごとく差し込まれる。お暇であればおつきあいください。


オンラインゲームをする、という話を持ちかけられた翌日には、全ての準備が整っていた。

アカリは自前の機材を所持しているが、無駄に張り切る同居人はこのためにあたらしく購入したらしい。


諸々の設定をなんとか自力で終わらせたと、シズクが件のオンラインゲーム『ミスティストーリア〜追憶の物語〜』のパッケージを持って来たのは朝10時のことだった。


低血圧な上にサーカディアンリズムが狂いっぱなしのアカリが覚醒するのを待ちつつインストールなどを終えて、そうこうしているうちに昼食時を迎え、結局開始は13時頃となる。


『ミスティストーリア〜追憶の物語〜』は、アカリも名前は聞いたことがあるフルダイブ式VRゲームの初期から続くシリーズもの、その第4作目だった。

そこそこの人気を博すシリーズの初めてのMMORPGということで期待が集まっているのだとネットニュースの見出しに書いてあるのを見た覚えがある。


あいにく過去作はプレイしたことのないアカリだったのでさしたる興味もなく、なんならゲーム自体にもあまり惹かれるところがあるでもなく、特に感慨もないままにゲームを起動する。

VRへと意識上で没入するというフルダイブ形式の仕様から、頭に専用ヘッドセットを装着しベッドに寝転ぶアカリ。


眠気のようなものに包まれ、そうして気がつけば彼女は光に包まれていた。


穏やかで、暖かな、ふわふわと漂うような光の空間。

遥か先まで見透せるような、一寸先すら危ういような、そんな不思議な空間。


乱雑にただ短くしただけの髪は綺麗に切り揃えられ、確か二日くらい洗濯をしていない寝巻きのシャツは地味な布の服になっている。

全体的に小綺麗になってはいれどアカリそのものの姿が、VR内におけるアカリのメインアバターだった。


そんなアカリの目の前には、ひときわ強い光がゆらゆらと揺らめいていた。


―――……すか?―――

―――聞こえますか?―――


どこからともなく呼びかける荘厳な声。

視界の端に『(指を鳴らすジェスチャー)会話イベントをスキップする』と表示されるのに気がついたアカリは迷うことなく指を鳴らし、確認のウィンドウの『はい』を選択する。


続こうとしていた声が途切れ、暗転。


視界に表示される文章ウィンドウ。


【イベント『紡ぎ手』をスキップします。】

【このイベントはプレイヤーメニュー『ストーリア』の項目からいつでも再現することができます。】


明転。


―――これから、ミスティスを冒険するあなたの分身となる登場人物を記します―――

―――一度記してしまえば、二度と書き換えることは出来ません―――


声が告げる。

同時に、アカリの視界にはキャラクターメイキングの画面が表示された。


【これよりキャラクターメイキングを開始します。】

【原則ゲームの途中でキャラクターメイキングをやり直すことは不可能です。】

【注意してください。】

【キャラクターのステータスについてのチュートリアルを行いますか?】

【(このチュートリアルはキャラクターメイキング中に何度でも再現可能です)】


アカリは特に迷うことなく『はい』を選択する。

キャラクターメイキングといってもステータスとアバターの容姿、あとは初期装備くらいのものだったが、ステータス画面がやや特殊のようだったので一応聞くことにした。


【チュートリアルを開始します。】

【まず『ステータス』のウィンドウを見てください。】


ちかちかと点滅するウィンドウに視線を向ければ、各種の項目や設定の方法についてのチュートリアルが始まった。


ステータスのウィンドウは、以下のようになっている。


〜名前〜

『入力してください』

〜ミスト〜

『なし』

〜ステータス〜

筋力:20%

耐久力:20%

持久力:20%

身軽さ:20%

器用さ:20%

神秘性:0%

〜称号〜

『なし』


名前はその通り名前。

ミストというのはミスティストーリアシリーズにおける独自の設定であり、当然に説明があったが、あまり興味もなく今後出てきたらでいいやと聞き流す。

ひとつ飛ばして称号に関しては、プレイヤーの行動やゲームのプレイ実績によって得られるゲーム側からの勲章のようなものとなっている。


そして問題のステータスだが、よくある数値の割り振りではなくパーセント表記となっている。その傍にはそれぞれの項目を頂点としたグラフが表示されており、初期設定のままのそれはやや傾いた三角屋根の家のような五角形になっている。

このパーセンテージはプレイヤーにとっての項目の重要度を示しており、プレイヤーがどんなプレイスタイルを目指しているのかを考えて自由に決定することができる。


レベルというシステムのないこのゲームにおいてステータスは一種の才能のようなものであり、%が高ければ高いほどアバターはその能力値に秀で、逆に低すぎるものは一般にも劣る。レベルがなくとも目に見えないところでアバターは成長していくようだが、その成長性もこのステータスに準拠するという。


当然これも再設定不可であり、事故が起きないようにといくつかプリセットが用意されているが、中々悩ましいものだった。


基本的に、アカリはどのゲームでも遠距離職としてプレイすることが多い。

このゲームにおいての遠距離武器は分かりやすいところでいえば弓や魔法があるようで、前者ならば筋力・器用、後者ならば神秘性のステータスを中心にすればいいらしいとプリセットからも理解できる。


最初はそのどちらかにしようと考えていたアカリだったが、ふとウィンドウを弄っていた手を止めてシズクのことを思い浮かべた。


アカリの知る限り(という程多くを知っている訳ではないにせよ)、シズクはこれが初めてのオンラインゲームだ。

今もきっとバカ正直にあの声を大人しく聞いているのだろう姿がありありと想像できる。


そんなシズクを、矢面に立たせる。


「……」


むむぅ、と顔をしかめるアカリ。


基本的に対人関係が苦手で、世界の大半は自分の敵だと思い込んでいるタイプの人間ではあるものの、一年ものあいだ自分を養ってお世話して可愛がってくれる(恐らく本人が聞けばはてなを乱舞するが)シズクには並々ならぬ感情を抱くアカリである。


普段は金をもらっているがごとく優しいシズクに甘えて好き勝手しているが、こういうときくらい頼れる所を見せるのも悪くはないかもしれないと、アカリはそんなことを考える。


幸いと言うべきか、ゲームはアカリのほぼ唯一の苦手でない分野である。

基本遠距離職であるとはいえ、VRにおける身体動作はなまなかのものでないという自負があった。

やろうと思えば前衛としても十分やっていけるだろう。


そんな訳で、アカリはステータスを決定する。


筋力:25%

耐久力:15%

持久力:15%

身軽さ:25%

器用さ:10%

神秘性:10%


名称の通りの筋力と、身体全体の器用さとでも呼ぶべき身軽さの項目がやや高い。

半面細かな動作にかかる器用さは最低限を確保し、神秘性による魔法の余地も用意する。


びみょうに中途半端臭のするステータスに、そうとは全く思っていないようすで満足げなアカリ。

それから自分のアバターが表示されるウィンドウに視線を向け、普段通りにこぎれいになった自分の姿を眺めると、適当に初期装備を選ぶ。


どうやら初期装備は、部位ごとに個別に選ぶだけでなくプリセットも用意されているらしい。

それをつらつら眺めたアカリは、とりあえず動きやすいように格闘家の道着モチーフの軽装を選択する。そこに武器としてごついガントレットを装着して終了とした。長物はあまり好きではない。


それからプレイヤーネーム。

普段使いしているものから適当に選ぼうと思っていたが、直前になってそれをやめた。


しばらく考えて、考え抜いた『レイン』という名前に設定し、しつこく確認してくるウィンドウに肯定を叩きつければ、また声が響く。


―――最後に、ミスティスを冒険し物語を紡ぎ出すための力を授けましょう―――

―――あなたはどのような力をもとめますか?―――


【あなたの"能力系ミスト"の決定にかかわる質問です。】

【あなたの欲しいと思う特殊な能力を好きに伝えてください。】

【(※能力には実現できる限界があります。そのため、伝えた能力が完全に実現できるとかぎりません。)】

【(ミスティストーリアシリーズに登場したミスト名を伝えた場合も同様です。)】

【思いつかない場合には"参考例"を選択していくつかの能力の例を見る、または"思いつかない"を選択してください。また、それに準ずる回答をしても構いません。】


そんな文言に、アカリはふむと考え込む。


能力系ミストというのは、先ほど聞き流した説明を思い返せば単純に特殊能力のようなもの。

それをくれるというのだろう。


文面からして、例えば『無敵になる能力』などは叶わないのだろうことは分かる。

叶わないにしても言ってみれば方向性は合わせてくれるというのだから、そこまで詳細を考える必要はなさそうだが。


アカリはまず、『参考例』を見てみることにした。

参考例では、こんな能力がありますよ、というのが簡単な文章で記載されている他、過去作品に登場したらしきいくつかの能力系ミストが羅列されている。


身体能力を向上させる、とても素早く動く、異様に器用になる、宙に浮く、強大な魔法を使う、大気を操る、自然を操る、なんでも見通す、テレパシーを飛ばす、道具を生み出す、レーザーを射出する、瞬間移動をする、などなど。

とりあえず適当に思いつけば大体叶いそうな能力の羅列にアカリはまた頭を悩ませる。

どうやら参考例は必ずしもそのまま叶えられるものではないらしいが、その自由度の高さは十分に理解できた。


どうやら本当に、好きに伝えるべきらしい。


自由そういうことが一番苦手なアカリなので、なんとも悩ましい。

せっかくなのだから、シズクに自慢できるような能力がいいなとは思う。

しかし、あまりにも行き過ぎても叶えられないで残念なことになる可能性がある。


うむむ、と頭を悩ませた結果、アカリはとりあえず思うままに伝えてみることにした。


「破壊てきな?岩とか殴って、爆発、するとか、あ、でもなるべく道具とかいらなくて、近接で、ド派手にぶち壊すようなの?」


海外のアクション映画の爆発シーンを観て歓声を上げているシズクを、以前アカリは見かけたことがあった。

それに基づきつつ、そういえば前衛のつもりだったので欠かさず伝えてみてと、自分で言っといてどうかしてると思うアカリだったが、どうやらこのシステムは優秀らしい。


―――望みは以上ですか?―――

―――……―――

―――確かに望みを聞き届けました―――

―――それではあなたに力を授けましょう―――


ぱぁ、と光が強くなり、アカリの身体にまとわりつく。

きらきらと身体を包む光を指先で遊ばせていると、アカリの心臓がどくんと弾んだ。


そういった身体的表現を好かないアカリが顔をしかめるが、幸いそれはひと鼓動で終わった。

視界の真ん中に表示されるウィンドウ。


『能力系:―――』

・打撃による衝撃を増大させる能力。

・対象への打撃的接触(直接・間接を問わない)による作用のみを任意で増大させる(反作用への影響はない)。元となる作用が大きいほど最大威力が大きくなる。


【この効果で問題はありませんか?】 

【("いいえ"を選んだ場合には質問から再開します)】


文面をじろじろ読んで、そうなったかと一つ息を吐く。

さすがに人の手で爆発を起こすような能力とはならなかったらしいが、破壊力は十分にありそうだ。

これ以上に具体的なものも思い浮かばなかったので、アカリは大人しく『はい』を選択する。


―――それはあなただけの特別な力―――

―――冒険を通してあなたとともに成長していく魂の力―――

―――さあ、その胸に浮かんだ名を教えてください―――


【ミスト名を設定します。】

【(※変更はできません。慎重な名づけを推奨します)】


またしてもアカリの頭を悩ませる設定事項。

参考例にあったミスト名を思い返してみれば、漢字かな&横文字ルビという組み合わせのものが多かった。とくだん、それだけではなんの参考にもならない。


その手のセンスはないと確信しているアカリは、ひたすら悩んだ。

悩んで悩んだ挙句、なんとか絞り出したなけなしのネーミングセンスを震える指で打ち込んだ。


岩穿ちブレイクスルー


それがアカリのミストの名。

打ち込んだ文字列を眺めたアカリは、謎の気恥ずかしさに苛立ちながら決定を押した。念押ししてくるウィンドウは殴りつける。


―――す


続こうとしていた言葉はスキップできたので容赦なくスキップ。

そうしてアカリの視界は暗転する―――


《Tips》

『アバター』

・この時代におけるフルダイブVR、特にゲーム分野ではアバターは一定の規格に基づいて作成されているため、一度アバターを作成すればそれに対応する全てのゲーム内でそのアバターを使用可能となっている。これはフルダイブでの操作性を高めるという目的から利用者の身体組成・挙動のデータを測定する必要があることを理由としており、初期設定の段階では測定データ通りの見た目で設定される。しかし現行のフルダイブ環境ではその辺はかなりフレキシブルに操作可能であり、中には人ならざる姿を体験できるようなフルダイブVRもあったりする。

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