04 ……お金のはなし
ババアについて掘り下げる前に、これを避けては通れないというやつがひとつある。
お金のはなし、だ。
もうかれこれ20年も前のことなのだけれども。
とある作家に言われたことがある。
プロになりたければ、自分の作品を絶対にタダで読ませるな、と。
当時は、そんなこと言ってたら誰にも読んでもらえねぇよって反発したし。いまもカクヨムなんかでタダで読ませてる・読ませてもらってる自分が言えるこっちゃないんだけど。
ある意味この言葉は真実だと思う。
世のコンテンツの多くが“タダ”になって、目先は盛り上がったけど、長期的に見たら“タダ”はコンテンツの価値を下げてしまってるんじゃないだろうか。
だいたい世の中にタダのものはない。なにかしら費用なり時間なり労力なり費やされて作られている。
それを“誰か”が見えない形で負担して、提供して、無料コンテンツは運営されている。
無料とかタダとかいう施策自体が悪いわけではないけれど、結果なんでもかんでもタダが当たり前なってしまうなら、当然問題が出てくる。
タダじゃないものを無料でだすなら、なんとか費用を削って、どこかで費用を回収するしかない。
削られる費用、真っ先に創作者費用になる。
なぜか。創作は無から有を産み出してるように見えるから。見える数値で費用が出てこないから。そんなに費用かかってないでしょ。というわけだ。
どうしたって数字で出てくる費用のほうが強い。
小説において作家の果たす役割は大きいはずなのだが。費用としては削りやすい。
創作者は創作の労力をはっきり費用として声高に主張しなければならない。もっと。もっともっと。
だというのに、カクヨムでは大勢の創作者が「私の創作物はタダです」と叫んでしまっているわけで。それを費用ゼロと勘違いされないようにするのは、大変だ。
資本主義社会である以上、金銭的価値がソレそのものの価値と深く結びついている。プロの作家を目指すなら、タダで作品を出すときはそのことを肝に銘じておいたほうがいいのだろう。たぶん。
無料コンテンツの費用回収。いろいろな形で行われているから一概には言えないのだろうけど。
無料コンテンツを成長させた要因のひとつに「広告料で回収」がある。
コンテンツの中に広告を挿入して広告料を稼いで、費用どころか利益あげられるんじゃない!?というドリーミーなあれだ。
本当に夢のような、これからのコンテンツは全てが無料になる!とまで人々に思わせた。
のだが、それで世の中本当に回るかというと、どうやらそうは問屋が卸さないようである。
このあたりの詳しい考察は専門家がしていると思うので、ごく個人として問題だなあと思う部分をちょっと書いておく。
広告料でコンテンツを賄う。広告を出している企業がコンテンツのお金を払ってくれているということだ。
その企業は、広告にかかった費用を商品・サービスに上乗せして販売する。
要は、広告料は間接的に消費者が払っている。
なら問題ないじゃん。と思う?
でも、間接的に支払うというのは、消費者がなににいくら支払うか自分で決めることができなくなる、ということだ。
本来は、商品やサービスを消費者が自分で選んで、金額が妥当だと思えば支払って購入する。それだけだった。
が、間接的な広告料の支払いだと、自分が購入した商品代金の一部が、自分の望まないコンテンツの費用になっていたり。あるいはいくら自分の好むコンテンツでも広告主が広告の価値無しと判断すればお金が入らなくなってしまう。そういうことが見えないところでおきるのが、間接的な支払いだ。
資本主義社会である以上、金銭的価値がソレそのものの価値と深く結びついている。のに、その価値を決める権利を消費者から取り上げるのが、広告料システムなんじゃないだろうか。
たとえば。ふいに目についたネットニュースのタイトル。気になってついページを開く。が、読んでみれば中身のない記事で、タイトルなんてページを開かせるためだけに付けられた誤認誘導だった。なんて経験、ないだろうか。
ま、そういうページを見ちゃったときは「くそ、ひっかかった」とかなんとかぶちぶち言いながらそっ閉じする、というのが普通の反応だろう。
せいぜいコメントに文句を書き込むかもしれないけど、もはやそれすら時間の無駄。
まあ、無料で出てる記事だし。仕方ない。と大抵の人間は諦めて思うものだ。
でも、そういうページにも広告はついていて、つまり消費者が払ったお金で作られている。
つまり、間接的有料記事。であるのに、消費者は直接自分が払っていない以上、無料と認識し、低クオリティにクレームを入れることはなくなっていく。
商品の品質を保つには、消費者がそのコンテンツにお金を払っているという認識があったほうがいい。
お金もらって自分の小説を読ませるとなったら、大抵の作者は責任感じてがんばっちゃうはずだ。
(いっそ責任を感じたくないから売るのはちょっと……という人も当然いるだろう。でも、責任うんぬんはともかく、自作に対して真摯であるなら、ちゃんと価格をつけて売るべきだと思う。そのほうが、あなたの創作力もきっと上がる)
広告や広告料を収入とすること全てが悪いわけではないが、広告料に頼りすぎるのは危険だ。
(なお、広告がどうのこうのと言いつつお前このエッセイにばんばん広告いれてるやんけ、と皆さんお思いのことと思う。
その通り。ばっちり広告を入れている。
単なる言い訳だけれども、私の作品で稼ぐ広告料はカクヨムへ支払う住民税のようなものだ。
カクヨムも運営費用は莫大にかかっているだろうし、かといってカクヨム発作品で儲けられているようにも見えないし。カクヨムが潰れないように雀の涙ながらお捧げしている笑。
なんとかカクヨムが広告料に頼らず収益をあげられるといいんだけれども、現状のシステムだと難しいだろうなー)
というわけで。このババア論では、「商品・サービスにはちゃんとお金を払う」ことを重要視している。
そして、「ちゃんと利益が出る」ことも。
物事を長くしっかり続けていくために、利益をおろそかにしてはいけない。
システムを構築するなら、最初から利益が出る形として考えなければならない。
前回まででも、あっちこっちでお金お金利益利益なんて書いていたと思う。その理由が、まあこんな感じだ。
金の亡者なのかなこの人、とか思われていてもしょうがないところだけれども、この話は単なる綺麗事じゃない、本気の裏返しなんだということを頭の片隅に入れておいてもらえたら嬉しい。
最後にどうでもいいけど。本稿を書くときにいれようと思っていたのに入れられなかったネタがあるので書いときます。
「だいたい世の中にタダのものはない。あるとしたらたかぱしの真心ぐらいなものだ!」
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