第18話 転入者

 清真大附属高等学校は、付属中学よりも奥側にある。それは校門から歩く距離も長くなるということだった。校門を入ると左手側に百台駐車可能な駐車場があり、右手側に付属幼稚園と、付属小学校が並んでいる。硬式野球とサッカーが同時にできるグランドに沿って進むと、中学の校舎が現れる。そこからテニスコートや体育館などを挟んだ先に、高校の校舎がある。


 校門をくぐってから校舎に着くまで、一キロ近い道のりを歩くことに成る。明良が智成と礼美と三人で、その長い道のりを歩いていると後ろから樹希が追いついてきた。

「おはよう、いよいよ高校生だね」

 樹希は朝から元気が良い。

「おはよう、樹希。高校になってもよろしくお願いします」

 朝日を浴びて樹希の顔が輝いて見え、明良は少しはにかんで応えた。

「樹希、学年は違うけど、これからよろしくね」

 礼美が屈託なく笑いかけてくる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。三年からの編入って大変ですね」

「そうだな、ここは無条件に大学に進める付属高校ではないからな」

 智成が厳しい表情を見せた。


 清真大学の付属学校は、幼稚園から高校までは落第しないかぎり、ほぼエスカレーター式に上がって行ける。ところが、高校から大学に進むためには、入学したい学部が指定した教科の高校三年生時の平均成績が、学部ごとに設定した閾値を超えなければならない。

 付属高校から無条件に受け入れることによる、大学の質低下に対する危惧がこのような進学ルールを作ったのだ。

 もちろん、一発試験で挑む入試のように、運・不運に左右されることがないから、努力した分はしっかり反映される。だからある程度ゆとりも生まれる。それでも三学期になると、閾値すれすれの学生は、寝不足の血走った目で毎日を過ごす。


 四人で仲良く話しながら歩いていると、智成に対し強い殺気を放ちながら追い抜いていく男女がいた。

 あまりにも強い殺気なので、四人とも警戒して立ち止まったが、追い抜いた男女はそのまま校舎に向かう速度を緩めず、どんどん先に進んで行く。

「ねぇ智成、あの二人ってまさか……」

 礼美が目を丸くして智成に確認する。

「ああ、八雲と雷だ。あいつらもこの学校に転校してきたのか」

「あの八雲さんって、智成が裸にひん剥いたあの八雲さん」

 樹希が怖い顔で確認する。

「馬鹿、樹希、あれは止むを得ずだ」

 智成が慌てて訂正する。

「それで智成にあんな強い殺気を放ったのね。気持ち分かるわ」

 礼美が皮肉っぽい口調で智成を責める。


 明良はそれには加わらず、二人の後姿を見ながら言った。

「何のためにここに入学したんだ。樹希、二人は僕たちと同じ一年生だよ。一般入試だろうから、クラスは違うと思うけど」

「友達になるためにかしら」

「この前戦ったばかりだよ」

「私たちが強かったから、仲良くしようと思ったかもしれないじゃない」

 思慮深くて慎重な明良と、楽観的で直線的な思考をする樹希では、なかなか結論が折り合わない。そんな二人にもう一人追いついた者がいた。


「おはよう、樹希」

 杏里紗だった。

「杏里紗か、おはよう」

 零士のパーティ事件以来、三人は仲がいい。特に樹希は杏里紗にいじめられていたにも関わらず、姉妹のように杏里紗のことを気にかけている。

 当の杏里紗は強くなった。それまでのような甘ったれたひねくれ者の姿は影を潜め、零士の妻と成りその子を産むために命をかける覚悟で、未来をしっかり見据えて生きていた。


「智成、彼女が杏里紗だ」

「おお、零士殿が愛している神樹か」

 智成のストレートなものいいに、杏里紗の顔が赤く染まる。

「ホントに智成はデリカシーがないから。私は唐木田礼美、礼美と呼んで。これからよろしくね」

 礼美が手を差し出し、二人は握手する。

「零士殿は壮健かな?」

 橋本告発の政治的後始末のほとんどを零士に託しているので、心配そうに智成が訊く。

「ええ、とても元気です。今こそがんばって政治を変えるんだと、張り切ってますよ。ただ私と会う時間はぐっと減りましたけど」

 おそらく杏里紗を目立たなくするためだと、明良は思った。これからは九家だけではなく、政界の敵対勢力から狙われる。新たな敵に対して零士のアキレス腱があるとすれば、間違いなく杏里紗だ。


 明良たち付属中学からの進学組は、二クラスに編成される。明良、樹希、杏里紗は全員同じクラスになった。最も一年生の後半から、進路別に科目選択性になるため、必ずしも同じ教室で授業を受けるわけではない。

 教室の前に張り出された座席表を見て、明良は異変に気付く。

 八雲と雷の名前がそこに記入されているのだ。

 明良は急いで教室に入り、八雲と雷の姿を見つけ近づく。


「どういうことだ。ここは中学からの進学組のクラスだ」

「我々も、中学からの進学組だ。中学三年最終日に転入している」

 平然として雷が答える。

「クラスまで同じにして何を狙っている」

「そんなことを敵として戦ったお前に答える義務はない」

 今度は八雲がきっぱりと断った。

 周囲も注目し始めたので、明良は諦めて樹希の隣の席に戻る。


「やっぱり仲良く成りたいんじゃない」

 樹希はどこまでも楽天的だ。

 だが今はあれこれ詮索しても仕方が無い。樹希のように鷹揚に構えた方が、精神的にストレスが少なくてすむ。

 樹希に倣って考えることをいったん中断し、ホームルームの始まりを待った。


 教室のドアが開いて、担任が入って来た。長身で筋肉質、大きく開いてるシャツの胸元から見える筋肉は、獰猛な獣を連想させる。長い髪を後ろで縛っている。所謂いわゆるサムライヘアだ。

 その彫りの深い顔を見て冷静な明良がびっくりした。もしかしたら見間違えではないかと、慌てて凝視し始めた。

 担任はそんな明良を一瞥し、ニヤッと笑って自己紹介を始めた。

「これから三年間、このクラスの担任になる楠木正臣くすのきまさおみだ。実は去年まで大阪で教師をしていて、この学校は初めてだ。授業は国語を担当する。一年時は必修になるから全員を教える」

 間違いない楠木家当主の楠木正臣だ。なぜ教師をやってるのかは謎だが、何か狙いがあってこの学校に来たことは間違いない。斜め後ろの八雲と雷も驚きで目が彷徨さまよっている。

「先生の教育方針は『ふれあい』だ。みんなともしっかり触れ合っていくからよろしくな」

 正臣の型破りな雰囲気に、みんな驚きもしないで真剣に食い入って聞いている。

 ユメガエの発動を疑ったが、そんな雰囲気はない。もちろん話が進むにつれて、強力な思念が正臣の身体から漏れ出しているが、これは別名オーラとも呼ばれ、魅力あるスピーカーが熱弁したときに漏れ出すものと同じだ。


「最後に、戸鞠、上杉、直江、緒川、及川の五人は話があるので、放課後教室に残るように。以上だ」

 言いたいことを言って、出席も取らずに出て行った。まあ、確かに全席埋まっているから欠席者はいないが。


「なんか面白そうな先生だね」

 樹希はすっかり正臣のことを気に入ったみたいだ。無理もない、中学のときの担任松宮と比べれば、遥かに頼りになりそうだ。


 放課後に成り、他のクラスメートが下校する中、明良たち五人は席に座って正臣を待ち続けた。

 樹希と杏里紗も明良から正臣の正体が楠木家の当主と聞き、緊張して言葉がない。

 八雲と雷も黙っている。なぜ、ここに正臣が現れたかなどと、詮索しても意味がないことを知っているからだ。


 他のクラスメートが全員下校してしばらくくすると、正臣が現れた。

「おっ、全員ちゃんと残ってるな。なかなか素直でよろしい」

 正臣は満足そうに豪快に笑った。

「楠木、なぜお前がここにいる」

 八雲が舌鋒鋭く、正臣に問いただす。

「上杉八雲、逆に訊くぞ。お前はどうしてここにいる。しかも転入日付をわざわざ中学三年時に戻している」

「……」

 八雲は答えられない。

「まあいい。言っておくが、ここでは俺はお前たちの先生だ。面と向かっているときは、ちゃんと楠木先生と呼べ」

 真剣な顔つきだった。先生であることには拘っているようだ。

「楠木先生、どうせちゃんとは教えてくれないと思いますので、本当の狙いはなんて聞きません。今日はなぜ、僕たち五人をここに残したのですか?」

「おい戸鞠明良、どうせちゃんと教えてくれないなんて悲しいことを言うな。俺は先生であるときは、ちゃんと生徒には本当のことを伝える」

 明良は戸惑った。正臣は本気で自分たちの先生をやる気のようだ。


「俺がここに来た理由、それはズバリお前たちを鍛えるためだ」

――鍛える?

「我々、上杉は代々伝わる訓練法がある。他家の助けは必要としない」

 正臣の助けを八雲は断固として拒否した。

「これは、上杉家当主上杉剱山けんざん殿の直々の依頼だ」

「父上が! 嘘だ。私には何もおっしゃらなかった」

「剱山殿は元々素目羅義のために働く気などなかった。なぜお前たちを北条屋敷に出向かせたと思う」

「父上は私を信頼されてるのだ。それにはっきりと里見零士の陰謀を阻止しろとおっしゃった。だから私は北条屋敷に向かった」

「その結果、お前たち二人は少弐智成と唐木田礼美に完敗したな。それも剱山殿はある程度予期されていた。だからお前たちにこの学校に行けと言われたのだ」

「なぜだ。我らを鍛えるのであれば、父上自ら鍛えればいいではないか」

 八雲は納得いかないという表情で、正臣を睨みつけた。

「今のお前では、新たな敵に対して剱山殿の足手纏いになるのだ。だから他家と干渉してお前の育成期間を一気に引き上げに掛かったのだ。雷、お前も同じだ」

 八雲は唇を噛んで怒りを噛み殺していた。雷が心配そうに八雲の表情を窺う。


――新たな敵とは何だ? そう言えばコーマも素目羅義とは違う別の脅威が迫っていると言っていた。

「楠木先生、質問があります」

「なんだ、戸鞠」

「新たな敵とおっしゃいましたが、それはもしかして外国から来たのですか?」

「鋭いな。その通りだ。新たな敵は米国財閥連合の依頼を受けて、欧州からやって来るアンデッドたちだ」

「アンデッドって、ドラキュラとかその類ですか?」

「血を吸ったりはしないぞ。不死身という意味だ」

「不死身?」

「そうだ、奴らは奴らで独自の思念活用力を持ち、蝙蝠や狼といった守護獣を持っている。その力には共通の力が有り、それがアンデッドだ」

 今度こそ明良は頭がくらくらしてきた。


「奴らの強さの証を、これから話す。北条屋敷が襲撃を受けた日、本来ならば儀介殿も影を放つはずであった。だがそれはできなかった。顕恵迄参戦しながら、今一歩及ばなかった原因はそこにある。なぜだと思う」

 そう、そこは明良も引っ掛かっていた。あの日の勝利の要因は三つあって、一つは北条屋敷で戦ったのでツノの力を借りれたこと。次は上杉が当主剱山が出て来なかったこと。そして最も大きい要因は、素目羅義儀介が何もしなかったことだ。

「あの日、素目羅義儀介は戦いに参戦しようと、北条屋敷に向けて思念の集中を始めた。ちょうどそのときにアンデッドに不意を突かれて、今病院の集中治療室にいる」

 誰も声が出なかった。不意を突かれたとは言え、九家筆頭の素目羅義儀介が病院送りにされているのだ。


「いいか、意地とか面子とか、そんなくだらないことはかなぐり捨てろ。今は全力で強く成るしかないんだ。それが分からないお前たちではないだろう。八雲と雷、お前たちはまずは少弐の二人のレベルに成れ。最低でもそれが必須だ。そして明良と樹希、北条屋敷以外でも武田を倒した力を発揮できるように成るんだ。分かったな」

 吸い込まれるように、全員「はい」と声を揃えた。

「よしそれでは、八雲、雷、樹希、杏里紗、今夜八時に北条屋敷に集合しろ。全ての段取りはそこで説明する」

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